幕間
私の名は香坂 瑞希。今日は私と、私から見た主とその息子さんについて語ろうと思う。
私の主は時司様だ。私は主の下で秘書兼護衛として働いている。もう何年目になるか、まだ社会人として駆け出しの頃に時司様に拾われたのだ。時司様はその時に、青田買いしただけだよ、と言ったが、私は知っている。私が今は亡き奥様に似ていたからだ。写真を見る機会があった時、私はそれを知った。私と奥様を重ねられたのだ、と。聞いたところで、はぐらかされるのが落ちだと分かっているため、口には出さないが。
と、私のことはこのくらいにして、時司様と息子さんの話に移ろう。
先日、時司様と私は息子さんに久し振りに再会した。ただ、この二人は表面上は仲が悪い。会えば、必ず揉めるほど。仲裁はいつも私だ。嫌になるが、これが二人のコミュニケーションなのだから、最近は仕方ないことだと割り切った。
また、これは私個人の意見だが、この二人は言っているほど相手を嫌いになりきれていないと思う。時司様も、息子さんをからかっているだけで嫌ってはいない。そう思うのだ。本人は違うと言うだろうが。
今日も、息子さん関連の仕事を片付けた。正確にはあの転移者達の、だが。まぁ、息子さん関連には変わりない。その事を時司様に報告すれば。
「ありがとね、みぃちゃん」
そう言って、悪い笑みを浮かべる。
「しかし、本当によろしかったのですか。いくら何でも、少し強引過ぎるのでは……」
「良いんだよ、みぃちゃん。僕はクロ君が嫌い、いや、憎んですらいるんだから。このくらいは、まだまだ序の口さ」
私が意見しても、そうして自分を偽る。真実もあるのだろうが、偽りも多分にあるはずだ。私が溜め息混じりに時司様を見やれば、更に言葉を重ねてきた。
「僕はね、みぃちゃん。確かにクロ君に対して愛情を持ってる。父親だもん、当然だよね? でもね、それ以上に憎んでるんだよ。僕から彼女を奪ったクロ君を、僕は許せない。許す気もないんだ」
そんな事を宣って、私を見返してくる時司様の瞳には、隠す気のない憎しみがあった。だが、その中には確かに愛情も見え隠れしているのだ。何とも面倒なお人、としか言えない。それで自分をも責め、苦しむのだから尚更。
私は口を噤んだ。そうしなければ、また余計なことを言いかねなかったからだ。まぁ、言わなくとも時司様は察してしまう方なのだが。
「不満そうだね? いや、面倒な人間を見る目かな? どちらにしろ、みぃちゃんは納得出来ないみたいだね」
でも、みぃちゃんも失えば分かるよ、と時司様は語る。確かに私は大切な人を失ったことがない。いや、そもそも、私には大切な人が今のところ居ない。もちろん時司様は別として、だ。そこに愛情があるかは何とも言えないが、時司様にはすくい上げて貰った恩がある。時司様を失えば、もしかしたら。
「それ、僕に死ねって言ってるようなもんじゃないの?」
「……口に出ていましたか。失礼致しました」
「うん、本当にね」
これは失敗した。まさか口に出ていたとは。私は目を伏せ、時司様にもう一度謝罪する。
「いいよ、もう。とにかく、僕はクロ君を憎んでる。それだけは分かってよ」
「はい、もちろん。時司様が言うのですから、そう言うことにしておきます」
「うん、全く分かってくれないのを分かったよ」
時司様は顔を引きつらせながら、溜め息を吐いた。苦労をお掛けして申し訳ありません。そう思いながらも、息子さんとそっくりの溜め息の様を眺めた。
そう言えば、と私はあることを思い出す。それと言うのも。
「時司様、次の衣装は如何致しますか。もうかなりの種類を着たのですが」
「衣装? ああ、コスプレの奴? そうだねぇ、どうしよっか。ちなみに、クロ君の反応が好評だったのは何だっけ」
「私個人の見解になりますが、よろしいでしょうか」
「うん、教えて?」
私は少し視線を逸らして、頭の中で整理し順位を決める。次いで、改めて時司様の方を見やり、それを声として出す。
「一位から三位までですが。第三位が女医、第二位が女教師、同率でオフィスレディ、そして、栄えある第一位が獸人になりますね。特に、猫型と狐型が好評でした。息を荒くしていたので、間違いありません」
「……へぇ、クロ君ってそう言う趣味なんだ」
何故だろう。時司様が若干引いている。時司様が尋ねたので答えただけなのだが、何がいけなかったのだろうか。これに、私は首を傾げるほかなかった。
「ちなみに、ちなみにだよ? 逆の順位はどんな感じなのかな」
「逆の順位、ですか? ……ああ、不評だった順位ですね? 少々お待ち下さい」
不評だった順位となると、少し時間を貰わなければならない。こちらの方が基準が難しいのだ。しかし、自分で言うのは何だが、そこは有能な秘書。瞬時に答えを導き出してみせる。
「では、こちらも一位から三位までをお伝えします。まずは第三位、ゾンビっ娘腐敗臭を添えて。流石に、これはアブノーマル以外にはウケません。続いて第二位、ミイラっ娘。そもそも顔も何もかも包帯で、好評を得ろと言うのが無理かと。最後は栄えある第一位、シースルーっ娘。透明になったら見えませんからね。コスプレの意味がまるでありませんでした。以上が、不評トップスリーです」
「意外にノリがいいね、みぃちゃん。て言うか、不評の奴の方が説明の気合いの入り方が違うんだけど」
「思いの外、楽しかったです。まだ特別枠や私が引いた枠などもありますが、如何致しますか」
「いや、やめとくよ。無駄に長くなりそうな気がする」
「……そうですか、残念です」
いや、本当に。まだまだ語り足りなく感じてしまう。そんな、私の様子を見て時司様は全力投球で投げ返してきた。
「うん、僕も君のそのキャラのブレには残念さを感じてるよ。有能な秘書のキャラはどこに消えたのかな、みぃちゃん」
私のどこが残念だと言うのか。酷い言い草だ。残念さで言うならば、私よりも時司様達の方だと思うのだが。その事を伝えることは流石にないが、気付いていないのだろうか。いや、自分の事と言うのは、存外に気付けないことも多い。だから、これも仕方のないことなのだろう。
私は一頻り納得し終わったところで、時司様が複雑な表情をしていたことに気付く。
「どうかなされましたか、時司様」
「ううん、何でも。ただ、自分で思ってるほど口は堅くないなって」
何の事だろう。それ以降、時司様はその事に触れようとはせず、この話は流れることとなった。コスプレの件も一緒に流れてしまったが、私としては別に構わない。私は時司様に渡されて着るだけなので、問題ないのだ。
それよりも、と私は確認事項を何点かする。
「つきましては、確認事項があるのですが」
「何が、つきましては、なのか分からないけど何?」
まだ何かあったのかと怪訝な様子の時司様だったが、このサプライズを成功させるためには確認は大事だ。私は頷いて、確認事項を述べていく。
「いえ、もう一度先程の確認をし直すだけです。万全を期さなければなりませんから。彼女達の制服は前日に学校の方に送る。これでよろしいですか」
「うん、くれぐれも当日までクロ君には悟られないようにね」
「畏まりました。それから――――」
そこから、また念入りに確認し、次いでこの計画に不備がないか更に確認、と確認を繰り返していった。この計画だけは失敗が許されないのだから、それも仕方ないが。
一体、時司様が何を企んでいるのか。それはすぐに分かる。息子さんの悲鳴とともに。私も実は非常に楽しみだ。思わず、笑みが零れてしまうほどには、楽しみにしている。
これは大分時司様に毒されたか、と思いながらも私は気にすることなく、今日もまた仕事をこなしていくのだった。




