十八話 邂逅編その三(これにて邂逅編は終了です!)
いつもの晴れた昼時。今日もまた、俺は美魅子さんと鍛錬を行っていた。
目くらましの雷撃が飛んできた。それを俺は能力でもって逸らし、迫り来る本命の拳を避ける。反撃とばかりに拳をお見舞いすれば、それは物の見事に避けられ、再び拳の乱打が飛んできた。それをまた俺が能力で逸らし、距離を離す。
美魅子さんの能力は厄介だ。電気を発生させる単純な能力なら良いのだが、それはあくまでも副産物に過ぎない。美魅子さんの能力は、体内に流れる微弱な電流を増幅し、神経系の能力を大幅に上げるものだ。電気の放出はその副産物でしかない。何より凄いのは、その能力について行けてしまう肉体と脳だ。能力に振り回される事もなく、制御し切っている。
俺とは比べるべくもない。俺の能力は、逸らすこと、ズラすことが主な能力だ。美魅子さんやクリスは違うと言うが、実際にそれしか出来ないのだから仕方ない。言明もしてはくれないので、こうして近接戦闘を主体にしている。
さて、そうこうしているうちに、美魅子さんが仕掛けてきた。俺も迎え撃つことに専念しよう。
そうして、鍛錬を続けること数十分。ようやく本日の鍛錬が終了した。
「よし、今日はここまでだ。クロ坊」
「はぁ、はぁ、終わったぁ!」
美魅子さんとの鍛錬を終えた俺は、思わず声を張り上げて喜ぶ。今日も何とか生き延びた。そんな気持ちの俺に、美魅子さんは疲れた様子もなく、足取りも軽く近寄ってきた。相変わらず、余裕そのものだ。
「まだまだ元気だな、クロ坊。それに、初日に比べれば大分マシになったんじゃないか」
「美魅子さんが加減覚えてくれたからね。じゃなかったら、俺死んでるって」
「よく言う。死にかけてもなかなか死なないくせに」
軽口を叩き合いながら、俺と美魅子さんはその場で少しの休憩を挟む。その後、汚れた状態のまま家に向かう。そろそろクリスが昼食の支度を終えた頃だ。昼食が待ち遠しい。とは言っても、その前に風呂かシャワーを浴びろ、とクリスには言われてしまうのだろう。
それも最早、鍛錬後の決まり事となりつつあった。それだけの日数が、気付かぬうちにもう流れていたのだ。
「二週間か……。意外に早かったなぁ」
そう、あの日から既に二週間が過ぎようとしていた。本当に早かった。いつの間にか、過ぎ去っていたように思う。だが、それでもその間に色々あったのも確かだ。
初日に、廊下に放置された時はどうなることかと思った。夕食には間に合ったが、クリスの機嫌を直すには苦労した。ルビー達には構われ、初日は早くに眠ったのを覚えている。
その後も、ルビーには夜這いはされる、脱いだパンツは嗅がれる、と様々な変態行為をされたものだ。今も隙あらばやってくるので、いい加減キレそうだ。
リリーは鍛錬の時にはお世話になった。それ以外だと、風呂に乱入してきたり、たまに家で自然体になると言って脱いだり、公衆の面前で脱ごうとしたり、と大迷惑を被ったが。こちらも隙あらば、今もやってくる。
残りの二人。アリアはまだまともだった。大食いだと言うことを除けば、奇抜なことは一切無かった。たまに、誰かを狩りに行ってくると言うくらいか。もちろん引き留めた。誰かと言っている時点でアウトだ。引き留めるのは当然だろう。
それから、シス。シスは何だ。多分、一番質が悪かったように思える。まだあのレシートは握られたままな上に、ちょくちょく仕出かすのだ。俺の精神力をガリガリ削るような何かを。何かについては、ちょっと俺の口からは言いたくない。墓穴を掘りそうで怖い。
と、まぁ、他にもこの四人に関しては問題を起こされたが、それはまたいつか語ろう。今は長くなるので省く。
言えるのは、クリスには迷惑を掛けた二週間だったと言うことか。知人、友人、姉さんもちらほら訪問してきたり、負担を掛けた。その分、仮面の外れることも多かったが。
そこまで考えて、俺は美魅子さんの方を見た。美魅子さんにも大分お世話になった。初日はともかく、二日目からは加減もしてくれて、俺がギリギリついて行けるレベルの鍛錬をしてくれている。有り難いことだ。
「何だ、クロ坊。人の顔じろじろ見て。惚れたか?」
「滅相もない。俺には高嶺の花だよ、美魅子さんは」
「……おい、そこまで言ってる事と表情が食い違うほどか? 嫌そうな顔するなよ。流石にあたしも傷付くぞ」
そんなつもりはなかったのだが、美魅子さんにはそう見えたらしい。いや、遠慮したいの確かだが、それも美魅子さんの恋人を思えばこそであり、他意はない。
それを伝えたところで、ちょうど玄関に到着した。玄関から家に入れば、昼食の良い匂いが漂ってきた。
「ただいま」
「お帰り、兄貴。さっさとシャワー浴びてこいよ。ミーコも」
クリスのその言葉に、俺と美魅子さんは軽く返事をしてシャワーを浴びに向かう。一応言っておくが、一緒には入らない。先に美魅子さんが汗を洗い流してから、俺が入る。シャワーを浴びる時間的に、汚れの少ない美魅子さんの方が早いからだ。
美魅子さんが入っている間に、俺は着替えを取りに部屋へと向かった。部屋の中に入ると、ベッドにルビーの姿が。だが、俺は構わずに着替えを取っていく。
「……毎度思うけど、楽しいか。ルビー」
「当然だろう。クロの匂いに包まれて、イキそうだ」
「勝手に果ててろ、変態。それから、もうすぐ飯だぞ」
「ああ、すぐに行く。行くと言うのは、向かうと言う意味だからな? 欲情したか?」
「するか!」
俺はそれだけ吐き捨てて部屋の扉を勢い良く閉めた。
ルビーのこの変態行為も既に何回目か。もう数えるのも馬鹿らしくなった。何より、言っても聞かないので追い出すのも諦めてしまった。俺に直接的な害があるわけでもないので、完全に放置だ。
ただ、疲れるのも事実で。俺は溜め息を吐きながら、階段を下がって行くのだった。
そうして一階に降りれば、今度はリリーが現れる。
「クロ、お帰りなさい」
「ただいま」
「そうそう、お風呂に入るんですよね。せっかくですから、背中流しましょうか?」
「やめとく。また良からぬこと考えたんだろ」
「いえ、そんな事は。ただ、男性は胸をスポンジ代わりに洗ってあげると喜ばれるとか」
ほら、見たことか。やはり良からぬことだった。全く、どこで覚えてくるのか。俺は断りの台詞を吐き、その場を急いで離れることにした。このままこの場に居ても、今度はまた、なら脱ぎます、などと言い出しかねなかったので。リリーならやりかねない。
そんなこんなで、邪魔は入ったが風呂場の前に到着した。あとは美魅子さんが出て来るのを待つだけだ。もちろん、中には入らずに廊下で待つ。まさか中に入って裸を見るわけにはいかないのだから、当然だ。
しかし、その間も暇になることはない。何故なら。
「クロ、また待ってるの? 一緒に入っちゃえば早いのに」
「……時間……貴重……」
アリアとシスがやって来るからだ。
この二人、この二週間で大分仲良くなったらしく、いつも一緒に居る。基本的にはアリアが喋り、シスが聞き役に回るイメージだ。なかなか良いコンビのように思える。
と、それよりも、せっかく二人が来たことだ。暇を潰そう。
「いいか、二人とも。男女で風呂に入るってことは、恋人同士にでもならないとしないことなんだ。だから、俺はいつも待ってるの。分かったか?」
「えー、なら私となら問題なんだよね?」
「……可……」
「いやいや、駄目だから。俺、絶対入らないからな? お前らは二人仲良く入ってなさい」
問題大有りだ。そもそも、嫁などと認めていないのだから、入るわけがないだろう。何より、俺はまだ不名誉な称号で捕まりたくはない。この二人は全く持って論外だ。
「贔屓だ、贔屓。リリーとは入ったんでしょ? ズルい!」
「……卑怯……」
「何でそうなる。あれは俺のせいじゃない。こっちは被害者なんだぞ」
「女の子と一緒にお風呂入って被害者なんて、クロさいてー」
「……鬼畜……」
誰がだ、こら。二人の頭を掴んで押さえたくなる衝動を堪え、俺は溜め息を一つ。暇を潰すだけのはずが、何故こうも疲れるのか。自業自得なために文句も言えない。
その後も、二人には非難されたり、からかわれたり、と散々遊ばれることになった。美魅子さんが出て来た頃には、鍛錬とは別の意味で疲れ果てていた。
「クロ坊、何で四つん這いになって……。ああ、なるほど。今日も負けたのか」
「自分がどれだけ男として駄目なのかを突き付けられた気分だ、美魅子さん」
「何言ってんだか。クロ坊は人間として駄目だろ」
「まさかの人間失格!?」
「まぁ、冗談だがな。ほら、シャワー浴びてこい」
美魅子さんに立たされ、押し出されるようにして俺は風呂場の中へと入っていった。何だろう、日に日に俺の扱いが酷いものになっている気がする。いや、考えるのはやめておこう。きっと気のせいだ。そう言うことにしておこう。
さて、気を取り直して十数分後。シャワーを浴びてサッパリとした俺は、ダイニングへ。そこには既に昼食が用意され、皆が食べ始めていた。まだ本当に食べ始めらしく、量は減っていない。いや、アリアの分は減っているのかどうか分からないが。
俺が席に着くと、クリスが俺の分を用意してくれた。今日はレタスとハムのチャーハンらしい。良い匂いだ。俺も食べ始めるとしよう。
そうして食べていると、美魅子さんに話し掛けられた。
「クロ坊、食いながらでいいから聞いてくれ。この二週間、用事があって午前中しか鍛錬見てやれなかっただろ? それで用事が片付いたら午後も見てやる約束してたが、用事が長引きそうなんだ」
「ああ、うん。じゃあ、入学式まで午前中だけになりそうってこと?」
チャーハンを飲み込んで尋ね返すと、美魅子さんは首を振って答えた。
「いや、悪いが、午前中も見てやれなくなるんだ。長引くのもそうだが、少し手間取りそうでな。午前中もそっちに当てたい。悪いな、クロ坊……何だその微妙に判断し辛い顔は」
嬉しさ半分残念さ半分な顔です、とは流石に言えず、俺は茶を濁すしかなかった。取り敢えず、愛想笑いで残念な方の部分を説明したが、美魅子さんの疑念を解消出来たかは謎だ。まぁ、嬉しさ半分の方がバレていなければ、それでいい。
「ん? てことは、今日で鍛錬終了?」
「まぁ、そうなるな。急で悪いが、用事の方に専念したい」
「分かった。今日までありがとう、美魅子さん」
「ああ、こちらこそ。それから、後のことは黒服の連中に引き継いでる。姿は現さないだろうが、そう言うことだ。よろしくな」
その後は、昼食も食べ終えて雑談へと切り替わり、この話は終わった。あっさりしているように見えるが、その通りだ。確かに寂しい思いもあるが、そのうちまた美魅子さんとは会える。今生の別れではないのだ。口に出すことでもない。
それから、しばらく団欒の時を過ごし、美魅子さんは帰って行った。その時にクリスが何か美魅子さんに尋ねていたが、生憎二人とも小声で、全ては聞き取れなかった。ただ、聞き取れたのは。
「――――見つかったのか」
「いや、まだ――――」
この部分だけだった。あとからクリスに聞いても、気にするな、と答えるだけ。少し様子がおかしく、頑なに答えは明かしてくれなかった。一体、何だったのか。俺は首を傾げるばかりだった。
そう言えば、この二週間でルビーの様子も時たまおかしい時がある。いや、常に変態行為をしてくる時点でおかしいのだが、それとは別に不審なところがあるのだ。不意に周囲の気配を探り始めたり、物思いに耽ったり、とにかく様子がおかしい。理由を聞いても、茶を濁してはぐらかし、明言を避けてしまう。
今は仕方なく様子見する事にしたが、クリスの件もある。悩み事があるのなら、相談してほしいのだが、困ったものだ。
俺は頭を掻きながら、人知れず嘆息を漏らすのだった。
そして、その日からまた数日が過ぎ去り、時は四月某日。今日は待ちに待った、入学式当日だった。花の高等部生。マガミ クロの出陣だ。




