十七話 邂逅編その三(散歩の終わりは突然にです)
「ん? あれ何だろ? クロ、あれって何?」
「――あちらに見えますのが……って何だ、アリア」
今ちょうどいい感じのガイドしてたのに、と俺が文句を言っていると、アリアが再びそれを見るよう告げてきた。
「あれだよ、クロ。ほら、あっちに」
仕方なく、アリアの視線の先を追えば、そこには宙に浮いた人の数々が。俺はすぐに視線を外した。見なかったことには出来ないだろうか。無理なのは分かっているが、見たくなかった。
俺は彼らを知っている。そして、知っているからこそ目を逸らした。何せ、俺が現実逃避するはめになった理由のうちの一つこそが、彼らなのだから。
「あれは何でしょうか、クロ」
「……人……?……」
「見たところ、好意的な様子では無さそうだ。……クロ?」
いつの間にか傍らに集まってきていた三人が、それぞれの意見を口にする。だが、俺は答えない。と言うよりも、どう答えればいいのか分からない。まさか、俺らを捕まえに来た正義の味方だよ! などと言うわけにもいかないのだから。
いや、ふざけた物言いをしたが、実際これが間違いではないのだから困る。正義の味方は流石に無いが、俺達を捕まえに来たことには変わりないのだ。
彼らは、特殊任務二課。通称――特務二課と呼ばれる者達だ。彼らの仕事は、特殊事案における中立地帯の防衛だ。また、彼らはそれに伴う全権代理者、執行者でもある。詰まるところ、もし仮に住宅街などの真上にドラゴンみたいなモノでも現れた場合に、それを迎撃したりする部隊と言うわけだ。
……はい、そうです。そう言うことです。今回、彼らの対象に選ばれたのは俺達と言うことです、あはは。うん、やっぱり笑えない。
ただ、彼らがすぐに何かしらの行動をしてくるわけではなかったのが、唯一の救いか。問答無用で仕掛けてくる特務二課の部隊もあると聞いた。だが、そうではないこの部隊は、優しい部類なのかもしれない。これなら、話し合いで解決出来る可能性もある。
そこまで考えて、俺はアリアに指示を出そうとした。その時だ、上空で何かが煌めいた。
「ん? なん……」
「伏せろ! クロ!」
「私が防ぎます!」
「……協力……」
「私も手伝う!」
最後まで言い切る前に俺はルビーに押し倒され、矢継ぎ早にリリー達が動き出す。次の瞬間には、リリー達が作り出したであろう結界と幾つもの光の束がぶつかり合い、凄まじい衝突音が響き渡った。光の束とは違う眩い閃光が辺りを覆う。
そうして、どれほどの時が流れたのか。衝突音と閃光が収まり、周囲には静けさが戻ってきた。
「っ! ……いきなり何なんだよ!」
「クロ! まだ伏せていろ! 次が来るかもしれない!」
俺は現状を知ろうと顔を上げたが、すぐにルビーに抱き締められ、隠されてしまった。そこから数秒、リリー達も微動だにせず周囲の様子を窺っていたようだが、徐々に緊迫した雰囲気を解いていった。どうやら、もう大丈夫なようだ。
今度こそ、俺はルビーを引き剥がして起き上がる。次いで、全員の安否を確認する。怪我はないようだ。ただ、今の不意打ちで少しばかり疲れた様子を見せている。立て続けにこられていたら、もしかしたら危なかったのかもしれない。
次に俺は周囲、それから地上に目を向けた。こちらもリリー達の結界によって、被害は少なかった。所々、防ぎ切れなかった場所もあるようだが、それでも見た限りでは人的被害だけは食い止めたように見える。
そこで不意に思い出した。彼らはどうなったのか。いや、彼らの攻撃なら無事なのだろうが、俺はそうではないと知っている。彼らの仕事は防衛。自らが防衛する地に被害が出るような攻撃をする事はまず無い。となると、この攻撃は第三者の介入によって引き起こされたと考えるべきだ。
彼らの居た場所を見やる。そこには、こちらと同様に結界を張った彼らの姿があった。ただ、こちらと違うのは、その中の数人が仲間に支えられていたり、抱かれていたりしていることか。遠目では怪我をしているのかまでは確認出来ないが、防ぎ損なったのか、もしくは防ぎ切ったものの消耗が著しかったのだろう。
そして、もう一つこちらと違うことがあった。それは明確な敵視。殺気だ何だとは言わないが、こちらに向ける雰囲気が明らかに変わっていた。無差別だったはずだが、こちらの攻撃だと思われたのかもしれない。
「これは、まずいな」
「どうしたのだ、クロ。何か分かったのか」
思わず口に出したそれは、すぐ近くに居たルビーにも聞こえたようだ。俺の表情を窺っている。
俺はどう答えるべきか迷ったが、現状を伝えなければ更に酷い事態になり兼ねない、と話すことにした。彼らがどれだけ待ってくれるか分からない今、手短にこの状況について告げる必要がある。俺は細かい説明は省き、大まかな内容をルビー達に告げた。
「それは少々まずいな。倒してしまうわけにはいかないのだろう?」
「当たり前だろ。そうなったら今度は追われる身になるだけだ。第一、倒せるとも限らないだろ。あっちはプロだぞ」
「倒せるには倒せるんだけどなー。今の光も、あっちのはこっちのより威力も数も劣ってたし。それ防げないようなら、問題無いよ?」
ルビーはまだ珍しく自重してくれたが、アリアの方が不満げだ。こういうことに限っては、血が騒ぐのだろうか。全くもって厄介だ。
と言うか、だ。倒せるのか。いや、倒せるのだろう。改めて思えば、ここに居る者は魔王や竜、邪神に聖女だ。メジャーどころが勢揃い、と言ったような面々。負けるはずがなかったか。
「と、そうじゃない。話し合いだ、話し合い。出来るだけ穏便に済ませないと、厄介どころの話じゃなくなる」
「話し合い……ですか。あの雰囲気で話し合いに応じるんでしょうか」
「……不可……無理……無謀……」
俺は話し合いの提案をしてみたが、リリーとシスの二人は彼らの方を見るなり、それを否定してきた。俺もそう思うので仕方ない。予想通りだ。ただ、まさかシスにここまで否定の言葉を重ねられるとは思わなかったが。
しかし、そうなるとどうするべきか。逃げる選択もあるが、すでに姿を目撃され、あちらは俺達が攻撃してきたと思っている。こちらも追われる未来しか想像出来ない。
倒してから話し合い、と言うのはどうだろうか。これならリリーの癒やしの力で治してやれば、穏便にとまでは行かずとも、事態を収拾出来るはずだ。
八方塞がりの状況に、光が射したような気がした。
「そうだ、それがいい。ルビー、アリア、彼らを戦闘不能にするんだ! けど、絶対に殺すなよ? あくまでも、戦闘不能にするだけだ。それからリリーに治してもらって話し合いって流れにしよう!」
「おぉ! 良い案だ! クロ」
「流石だよー、クロ! 私、頑張る!」
「頑張らんでよいわ! この戯け共!」
やる気に満ちて盛り上がっていた。そんな時に、俺はいきなり頭に衝撃を受けることとなった。見れば、ルビーも同じ様に頭に衝撃を受けたらしい。後頭部を押さえて悶えている。と、ルビーに気が逸れている間に、アリアまでもがやられたようだ。
何故分かるのか。そんなの当然だ。思い切り揺れているからだ、足場が。つまりはアリアの背中が。
「ちょっ! アリア! 静まれ、静まってくれ! 落ちるから! 落ちちゃうから!」
「うぅー……。クロ、ごめん」
危うく落ちるところだった。何とかアリアが堪えてくれたことで事なきを得たが、今のは危なかった。未だにアリアの背中にしがみついて、離れられそうにない。今更ながら、空の上に恐怖を感じるのだった。
それからすぐに、俺はルビーや他の者の確認をした。幸いにも落ちた者は居ないようだ。何気に全員が悶えていること以外は、問題無い。
そこでようやく俺は、頭の痛みを与えた人物に目を向けることにした。その人物は俺の目の前で仁王立ちしている。
白髪の短い髪をオールバックにし、側頭部には剃り込み。髭を生やした厳つい顔つきに、灰色の瞳から放たれる鋭い眼光。老人とは思えぬ凄まじいまでの気迫と肉体も合わさって、大きい身体が更に大きく見える。何より、その威圧感が俺を押し潰してきそうだ。
「この戯け共。見知った顔だと思いきや、やはりお主だったか。このあほうが」
「げ、元帥さん……」
その人物は、俺のよく知る人だった。と言うよりも、よく捕まってはお世話になった人だ。名を元帥。本名ではないらしいが、彼のことを知っている者は皆そう呼ぶ。俺もまた同じだ。ずっと元帥と呼んでいる。
そんな元帥からの威圧感が増した。元帥の口が再び開く。
「また良からぬ真似をしているようだな。奴らが居なくなって少しはお主も大人しくなったかと思いきや、これか」
「いや、それは誤解で」
「誤解も何もあると思うてか! 戯け! この竜が何よりもの証拠であろうが!」
「アリアは確かにその通りです、はい! でも、特務二課に攻撃したのは俺達じゃないです!」
「そんな事は分かっておる! ワシが言っとるのは住宅地での竜の飛行だ! この戯け!」
拳骨が連続で俺の頭に降り注ぐ。先程の衝撃の正体もこれだ。脳天に突き刺さる痛みは、たんこぶが出来てもおかしくない代物だった。だが、その対価として得たものもあった。
「っ! 攻撃したのは俺達じゃないって分かってたんですか」
そう、これが肝心だ。この事に気付いてくれていたのなら、平和的な解決が見込めると言うもの。俺は痛む頭をさすりながら元帥さんを見詰める。
「当然だろうに。見抜けぬワシではないわ。第三者の介入と見て間違いなかろうて」
「良かった。でも、なら何であの人達睨んできてるんでしょうか」
「……ふむ。明らかな巻き添え故に、お主らに立腹しとるのだろう。かく言うワシも少しばかり頭に来ておる」
「いや、それって八つ当たりじゃ……」
「最近の若者は短気と言うだろう。攻撃は仕掛けてこんのだ。多めに見てやれい」
そう言う問題ではないと思うのだが。そもそも、若者と言ってもだ、特務二課に所属している者の殆どが転生者だ。それも、前世の記憶を保有している者も多い。果たして、そんな者達を若者と言っていいのか。元帥に至ってはもう老人も良いところで、自分の事は棚上げか、とさえ思ってしまう。
そんな事を思っていると、元帥さんが話を切り替えてきた。
「ともかく、ワシの目的はこの竜の問題について、だ。何の許可も無く、住宅地を飛行するとは何事か。それを説明してもらおうか」
「……散歩です」
「何と申した?」
「いや、だから、その、散歩……っ!」
本日何回目になるかも分からない拳骨が頭に降り注ぐ。拳骨の乱れ打ちだ。思わず涙目でもがく。
「戯け、戯けだとは思うてたが、まさかここまで下らぬ戯けだとは。全員、今すぐに地上に降りろ! 説教してやるわ!」
元帥さんのその一喝に、アリアは大慌てで地上に着陸。俺達はいそいそとアリアの背中から降り、地面に正座する事となった。もちろんアリアも少女の姿に戻って一緒に正座だ。
そこから、元帥のくどくどとした説教を延々聞かされ、とうとう気力の尽き果てた俺は、説教中に気絶していたらしい。気付いた時には既に夕暮れ時だった。ルビー達を見やれば、魂の抜けたような有り様で、こちらも気力が尽き果てそうだ。
説教はいつの間にか終わっていた。もっとも、元帥さんは未だに俺達を見張っているが。
「起きたか。全く、説教の最中に気絶とは何事か」
「すみません、元帥さん」
俺の意識が戻ったことを知った元帥さんは、呆れ顔を見せる。確かに説教を始めて間もなく、気絶すればそうなるだろう。俺は素直に謝罪することにした。
「まあ、よいわ。……そこの娘らは、転移者であろう。お主の縁の者共か」
「みたいです。俺には記憶が無いので、何とも。ただ、懐かしさや親しみは覚えるんです。だから、多分」
「なるほどの。しかし、それならばいっそう気を付けることだ。まだ正式な登録も済んでおらんのだろう? そのような時期にかような騒ぎを起こせば、全てを不意にする事にもなる。その事を努々忘れるでないぞ」
今回は多目に見るがな、と元帥さんは締めくくり、話は終わった。
その後、もう一度ルビー達とともに謝罪する事で、今回ばかりは許しを貰う事が出来た。後日の呼び出しも無いようだ。また、光の件についても、第三者の介入による攻撃が認められたこと、被害が軽微だったことで俺達が罪に問われる事はなかった。
そうして、俺達の帰宅は認められた。もちろん、徒歩での帰宅だ。意外に家まで距離があるが、仕方ない。のんびり帰るとしよう。帰ったら帰ったで、クリスにどやされることになるのだろうが、それはそれ。今は気にしないでおこう。
そして、俺達は無事に帰宅する。帰宅後、予想通りクリスにどやされたが、みんな一緒なら怖くない精神で乗り切った。いや、俺だけはアイアンクローを受けたのだが、意外に届くものだ。逆に舐めてやった。痛みを堪え、アイアンクローをしている手をペロリ、と。
思い切り、反対の手でビンタされたが悔いはない。赤面して羞恥心に震えるクリスの姿を見れたのだから。俺に後悔などあるはずもなかった。
……いや、うん。ごめんなさい。嘘です。物凄く後悔してます。疲れ果てて、やっちゃっただけなんです。こう、深く考えられなかったと言うか。無意識にと言うか。いや、本当にごめんなさい。
懺悔しようにも、もう遅かった。クリスの足が鳩尾に決まり、俺は本日何回目かの気絶を敢行するはめになったのだから。
次に起きた時、俺は廊下に放置されていた。




