十四話 邂逅編その三(鬼教官がやって来ました)
「ほらほら、足下がお留守だぞ! どうした、前なら防げた攻撃だろ!」
「ふあぁ、本当、眠い」
「クロ坊、喋ってる暇があるなら集中しろ!」
「集中してるよ。してるけど、眠い。美魅子さん、少し休憩……どわっ!」
さて、ご覧の通り、現在俺は美魅子さんに強化鍛錬を強いられている。何故そんな事になっているのか、それは昨日の約束が原因だった。
朝早くにやって来た美魅子さんに叩き起こされた俺は、寝ぼけ眼のまま何気に広い敷地の庭に連れて来られた。そこで眠気覚ましにと、準備運動もなくいきなり組み手を強いられたのだ。
そして、今、思いっ切り地面に叩き付けられた。仰向けで倒れれば、そこにはまだ朝日が昇り始めたばかりの空が。
俺は一体何をやっているのだろうか。休みの日だと言うのに、こんな早起きをさせられるとは。
だが、叩き付けられたおかげで、意識ははっきりして目は完全に覚めた。かなりの痛みで、流石にこれで目覚めない方がどうかしているのだが。
それはそうと、いい加減立たなければ。いつまでも寝ていては、今度は寝技でも仕掛けられそうだ。そう思い直した俺は、先程よりは軽い身のこなしで起き上がる。
「えっと、おはようございます。美魅子さん」
起き上がって最初言ったのはそれだった。他に何と言えばいいのか分からなかったとも言えるが。
だが、美魅子さんは律儀にも挨拶を返してくれた。
「おはよう。ようやく起きたか。しかし、あたしが言うのも何だが、よくその状態で組み手が出来たな」
「まぁ、昔取った杵柄って奴で何とか。大分鍛えられてたから、身体が覚えてるんだと思う」
美魅子さんの何気ない問い掛けに、俺は苦笑を浮かべた。当時、俺はまだ幼かったと言うのに、美魅子さん達に混じって鍛えていた。それも出来うる限り、同じメニューで。
それだけの事をしていたのだ。これぐらいの組み手なら、今でも寝ぼけていようと出来る。
「確かに、あの頃のクロ坊は寝る暇を惜しんで頑張ってたからな」
「いやいや、あれは俺の意志関係なかったから。半ば強制的だったし」
「そうだったか? だけどな、クロ坊。あたし達が強制しなくても、クロ坊なら自分の意志で自ら進んでやっていたさ。違うか?」
「うっ、いや、否定は出来ないけど」
「だろう?」
俺は物の見事に丸め込まれたようだ。いつの間にか頷かされていた。ただそれも、美魅子さんの言うことがあながち間違っていなかったからだ。
俺は彼女達と一緒になって鍛えていた。そうしなければ、彼女達に迷惑が掛かる上に、何かあった時には置いていかれてしまう、と。未知の体験をさせてくれる彼女達について行けなくなる。当時の俺はそれが嫌だった。今更それを自覚した。
今思えば、それは単なる子供のわがままに過ぎなかった。だと言うのに、彼女達はそのわがままに付き合ってくれていたのだ。子供だった俺は気付きもしなかったが。
今回も同じだ。美魅子さんの事だ。こちらの事情は既に把握しているのだろう。転移者には厄介事が付いて回ってくる。転生者もそれは同じだが、その比ではない。これからもルビー達と関わっていくのなら、最低限の力は必要になるのだ。だからこそ、彼女はまた俺を鍛え直しに来てくれた。
根拠はある。奴が一昨日のうちに手を回したのだろう。奴は一昨日の件を昨日のうちに資料として握っていた。それならば、他に手を打っていても不思議じゃない。
美魅子さんを長期休暇の名目で呼び戻したのか、ちょうど良く美魅子さんの手が空いたのかは知らないが、俺達の警護に就かせた。そのついでとして、俺を鍛え直してくれている。そんなところだろう。
推測に過ぎないのは確かで、正解ではないかもしれない。だが、少なくとも間違ってはいないはずだ。
どちらにしても、俺がまた彼女達に面倒を掛けていることには変わりない。自分でも不思議だが、俺はルビー達との関わりを断つつもりはないのだから。
そこまで考えて、美魅子さんを見据えた。次いで、俺は息を一つ吐いて一礼する。あくまでも推測に過ぎないその考えでは、感謝や謝罪の言葉は口に出せない代わりだ。何より、例えその事を伝えても、美魅子さんははぐらかすだろう。
なら、俺に出来る事は今この時に集中し、鍛錬する事。それだけだ。
「ふぅ、続きを頼みます。美魅子さん」
「何か察したか? まぁ、いいか。集中したなら組み手再開だ」
そう言って仕掛けてきた美魅子さんには、先程までの手加減はまるで無かった。右に左にと翻弄される。集中したからこそ何とか凌いでいるが、少しでもそれが途切れれば終わりだ。攻撃に転じる暇もない。
「ほらほら、クロ坊。どうした、前はもっと動けたろ」
「っ! ぐっ、キツい」
徐々にギアが上がっていく美魅子さんの攻撃に、俺は避ける暇もなく防ぐ動作が入り始める。だが、防いでみて改めて分かるその攻撃の重さ。防ぎ方を間違えれば、簡単に吹き飛ばされてしまいそうだ。
能力も魔法も使用していない、ただの組み手だと言うのに美魅子さんは俺を圧倒し続ける。いや、ただの組み手だからこそ、これだけの差で済んでいると考えるべきか。何でも有りの組み手になれば、俺は今よりも更に防御に徹するほかなくなるだろう。
そんな長々とした思考をしていたがために、俺は気を逸らしてしまい、集中を途切れさせてしまった。途切れたら終わりだ、と自分で言ったばかりだと言うのに。
おかげで俺は美魅子さんから手痛い一撃を受け、盛大に吹き飛ばされてしまった。防ぐ手だても無く、がら空きになった横腹への蹴り、一撃だった。
「いっ! ぐっ……」
受け身は取ったが、やはりダメージは大きい。ここまでの痛みを受けたのは久し振りだ。だが、何とか立ち上がる。まだ組み手は終わっていない。寝転んでいる暇など無い。
その証拠に、俺が立ち上がったのを見計らって再び美魅子さんは接近してきた。組み手の再開だ。
「クロ坊、集中切らしたな? 無駄に考え事してるからだ。お仕置きにペース上げるからな、覚悟しろ」
そう言うなり、美魅子さんは笑みを浮かべて本当にペースを上げてきた。最早、辛うじて大きいダメージを受けないように防ぐのがやっと、という状況だ。それさえ、どのくらい保つのか分からない。更に攻撃の勢いが増せば、俺には本当に手立てが無くなってしまう。
ならその前に一瞬、ほんのわずかでも美魅子さんの攻撃に間を作る。そこを狙い、攻勢に転じられずとも一矢報いるのだ。
俺は美魅子さんの攻撃が来る瞬間を狙って、わざと防ぐのに失敗する。もちろん、吹き飛ばされないように死ぬ気で踏ん張って。
幸いにも、美魅子さんの攻撃はまた横腹への蹴りだった。片足になった今なら、前のめりに体勢を崩していても何とか届く。
「おい、クロ坊。これは一体、何のつもりだ?」
「いや、その、最短距離での攻撃をしようと思ったら、ここしか無かっただけで他意はないんだ」
体勢を崩した状態で狙える場所がそこしか無かったのだ。本当に他意は無い。
俺は美魅子さんに拳を捕まれながら、引きつった笑みを浮かべる。一矢報いるどころの話では無くなりそうだった。
「なるほどな。確かにいい判断だ。的確に最短距離を狙うのは。だが、女性の胸を狙うのは些か問題じゃないか? ん、どうなんだ?」
そう、体勢を崩しながらの最短距離は胸だった。だが、本当に他意は無いのだ。そこしか届く場所が無かっただけで。
何というか、間違った判断はしていないはずなのに、どんどん追い詰められていく。今の俺の顔は相当酷いものだろう。自分で見えなくとも、何となくは分かる。
「……くっ、ふっ、あっははは。冗談だよ、クロ坊。からかっただけだ。多少無茶だが、良い判断だった。クロ坊なら防御に徹すると思ってたんだが、予想外だったな」
俺の狼狽振りに堪えきれず、笑ってしまったらしい。美魅子さんは捕んでいた拳を離し、面白そうに俺を見てきた。だが、俺は拳を離された途端に受けたダメージが響き、思わず跪いてしまう。
そんな俺を見て、美魅子さんは苦笑していた。
「まぁ、決め切れなかったのは減点だな。やるならやるで成功させろ。じゃなきゃ、せっかくの無茶もただの自爆だ。ほら、手貸してやろうか」
「気を付けるよ。ありがとう」
差し伸べられた手を掴んで、俺は何とか立ち上がった。正直、立ち上がってもすぐには回復しそうにないが、骨が折れなかっただけマシだと考えよう。
取り敢えずは美魅子さんを驚かせられた。一矢報いることは叶わなかったが、十分だ。組み手も終わりの雰囲気で、あとは朝食まで休憩。
そう思っていた時もあった。美魅子さんが口を開くまでは。
「よし、すぐにイケそうだな。組み手、再開するぞ」
「……え?」
意気揚々と美魅子さんが言った内容に、俺は僅かな時間だが思考停止してしまった。そんな俺に、首を傾げたのは美魅子さん。何を驚いているんだ、とばかりに告げてきた。
「クリス孃が朝飯の支度終えるまで、組み手は続ける。当たり前だろ」
俺はクリスが居る場所を見やった。クリスは俺がここに連れ出されると、少し離れた位置から組み手を観戦していた。それなら今はどうかと言えば、まだ居た。更に言うなら、いつの間にかルビー達も加わっていた。
それはともかく、この様子だと朝食の準備は当分先のようだ。全く動く気配がない。
頼むから早く作ってくれ、と願いつつも俺は美魅子さんに視線を戻す。すると、美魅子さんは再び口を開いた。
「ついでに、今日の予定言っといてやるか。朝飯食べ終わったら、今度は魔法、能力、何でも有りの組み手だ。これを昼飯まで続ける。そのあとは、自由だ。最初から詰め込むのも何だし、あたしにも用事があるからな。すまないが午後までは見てやれない。少なくとも一、二週間は午前だけだ」
美魅子さんの言い方だと、つまりその最初の期間が終われば、午後も鍛錬に明け暮れることになる。そう言うことか。
言われて、このサンドバック状態が生易しく感じてきたが、実際にはこの様だ。だと言うのに、このまま午後も増やされたとしたら、俺は果たして、生きて入学式に臨めるのだろうか。凄く心配で仕方ない。
そうなると、俺は乾いた笑みを浮かべるほかない。俺にはこの決定事項を変えられはしないのだから。
組み手は再開され、俺はサンドバックになった。
そして、組み手は本当にクリスが朝食の支度を終えるまで、休む暇もなく行われた。組み手が終わった頃にはもう、俺がぼろ雑巾と化していたのは言うまでもない。
これでまだ今日の分が残っていると言うのだから、どうしようもない。俺は朝食を何とか食べ、トイレで人知れず涙に濡れるしかなかった。
美魅子さん、マジ鬼畜。




