十三話 邂逅編その二(二日目の終わり。最後まで問題だらけでした)
「――と、そんなわけだ」
「――って、わけなのよ」
俺と姉さんの話が終わったのは、偶然だがちょうど同じタイミングでだった。自分の話が済んだ姉さんは、満足げにこちらに来た。しかし、俺の話もちょうど終わった事から、どうにも蚊帳の外と言うのが否めない。一から説明し直すのも面倒なため、美魅子さんにあとのことは頼もう。
「ああ、構わないよ。要点を更に掻い摘んで話しておく」
美魅子さんは快諾してくれ、早速姉さんを少し俺達から離して説明を始めてくれた。
「よし、これで姉さんは問題ないな。それでクリス、どうする? 先に一時金取りに行って、ルビー達の生活用品とか買いに行こうと思うんだけど」
「いいんじゃねぇの、それで。私も買いたい物あるし、ついでにこいつらの下着も買わないといけねぇしな」
「あ、私は下着は大丈夫です。私、付けないので」
「……え? 遠慮とかは別にしなくても良いんだぞ? リリアーヌ」
「いえ、私は元々下着は付けない主義でして。今ももちろん付けていませんよ? それよりも、私の名前は親しみを込めてリリーと呼んで下さい。以前はそう呼んでいました。それとも、お忘れですか? クロ」
いや、そんなあっさりと付けてない宣言されても返答に困る。何か、名前の件のついでみたいに言うな。名前より重要だろ、それ! 名前に関しても知らないし! そう呼んでほしいなら呼んでやるけどさ!
無意識に自分の視線が、胸とあそこの部分を行ったり来たりしていることに気付く。気付いてすぐにクリスの方を見やれば、そこには軽蔑の眼差しが。リリアーヌ――リリーにではなく、もちろん俺にだ。男の無意識の性だと説明しても無駄だろう眼差しが、そこにはあった。
だって、仕方ないじゃん。男だもん。下着付けてないなんて言われたら、視線向けちゃうよ。リリーの場合、特に大きいし。
そんな事を思いながらも、俺は気持ちを切り替えるために咳払いを一つ。クリスの眼差しまでは切り替えられなかったが、そこはあとできっちり話し合うだけだ。今は置いておく。
「だけどな、リリー。これから生活していくにも、下着を付けてないと困る場面が色々あると思うんだ」
「いえ、私は困りませんので大丈夫です。それどころか、付けていないことに興奮しますので私としては最高です」
大丈夫じゃない。まったくもって、大丈夫じゃないよ。興奮してる時点でアウトだよ、ちくしょう。
しかし、それを言ったところで、リリーは意見を変えないだろう。なら、俺が言うべきはこれしかない。
「あー、うん。リリーが良いなら、もうそれでいいよ。うん」
そう言って、大人しく引き下がるのが懸命だと思うのだ。ここで食い下がっても無意味なら、もうそれしかない。
「兄貴……」
クリスの眼差しに宿る軽蔑が更に強まったが、それがどうした。俺にはどうしようもないのだ。責めるなら責めればいい。俺には無理だ。
俺はクリスとリリーを出来るだけ見ないように、残りの者に視線を移した。
「他は、何か問題はあるか。言うなら今のうちだぞ」
「では、私もいいか?」
「ルビーか。何だ、まさかお前まで下着は付けない主義とか言い出すんじゃないだろうな」
思わず、ルビーに警戒心を抱いてしまうのは仕方ないことだろう。こいつはリリーと並んで下ネタの双璧だ。何か企んでいるに違いないと思わずにはいられない。
俺は疑いの目でルビーを見据えた。だが、ルビーはそれを全面的に否定してきた。
「私はそこの痴女とは断じて違う。私が言いたいのはだな、春画が欲しいと言うことだ。出来れば、大量に」
「わ、悪い。けど、しゅんが? 何だ、それ」
あまりに強く否定してくるもので、こちらも自ずと謝っていた。しゅんが、と言うものが何かは分からないが、ルビーには必要不可欠な物なのだろう。
と、俺が納得して許可しようとしたその時、聞き耳を立てていたのか美魅子さんの声が届く。そして、その内容は俺の疑問に答えてくれるものだった。
「クロ坊。春画ってのは要はエロ本の事だ。そこのルビーって奴は、大量のエロ本をご所望らしいぞ」
「…………え? 馬鹿?」
まさかの答えで一時的に思考停止し、間を置いて再起動した俺の第一声。他にも罵りようはあったはずだと言うのに、これしか出て来なかった自分が不甲斐ない。
「馬鹿とはなんだ! 私には必要な物なのだから仕方ないだろう!?」
「何で必要なんだよ。どうせあれだ。色んなシチュエーション妄想して、はぁはぁしたいだけなんだろ?」
「違う! いや、違わないが違う。私は前にも言ったが、サキュバスだ。主食は精力と魔力だが、今はどちらも手に入り難い。そうすると、代用品が必要になってくる。そこで登場するのが春画だ。これは言わば、性欲そのもの。部屋に置いておくだけでも、代用品として多少は効力を発揮してくれるはずだ。元居た世界ではそうだったんだ、間違いない」
馬鹿を見る目で見つめていたが、ここまで熱く力説されてしまうと逆に納得しそうになるのは何故だろう。いや、納得はしないが。
「たかが印刷物でそれはないだろ。流石に無理があるって。魔力欲しいなら、アリアみたいにアレ食べればいい話だし」
「私はアリアとは作りが違う。ドラゴンならばそれで良いかも知れないが、サキュバスではその方法は無理だ。性交で得るか、契約を結んだ者から直接魔力供給を得るしかない」
今はそれが出来ない、とルビーは首を横に振る。だからこその代用品なのだ、と。次いで、何よりも、と続けてくる。
「印刷物と侮るのは良くない。春画はそれそのものが欲望の塊だ。複写しようと、それが消え去ることはない。確かに、作者の念が籠もった原画とは比べるべくもないがな」
「……エロ本って魔力宿ってるのかよ」
「もちろんだ。だからこそ三十歳を越えてまで童貞だと、偉大なる魔法使いになれるのだぞ。全ては春画のおかげだ」
まさかの発想だった。と言うか、異世界でもその都市伝説が存在したとは。
俺はこの切り返しに返す言葉も見つからなかった。呆れたわけではない。いや、呆れたのかも知れないが、それを突っ切って感銘を覚えてしまったのだ。
正直な話、妙に納得してしまった自分がいる。ルビーなら年齢制限に引っ掛かることもないはずなのだから、頑なな態度を示すのはどうなのだろう。別に買っても問題無いのではないか。そんな考えから、俺の心の天秤がルビー側に傾きつつあった。
「……よし、許可しよう」
「本当か! 有り難い、クロ」
そして、俺はクリスにフルボッコにされるのだった。
だって、仕方ないじゃん。頭では分かってても、心が納得しちゃったんだから。従うしかなかったんだよ! ちょっ、クリス、それ以上はやめっ……。
その後、数分間、俺は身体を痙攣させて気絶していたらしい。起きたら、そう説明された。
やったね。現実逃避に続いて、特技に気絶も追加されたよ。あれ、おかしいな? 目から汗が流れる。
取り敢えず、俺が気絶してエロ本に関してはうやむやになったようなので、汗は拭って仕切り直しをしよう。
「こほん……。さて、他にはないか。アリアは?」
「私は特にないかな。欲しい物見付けたら言うね?」
「了解。じゃあ、シスはどうだ? 何か無いか?」
「……甘味……水……」
「やっぱりそれなのな……。まぁいいか。シスは甘い物とミネラルウォーターな」
この二人だけはまともな回答で助かる。たまにまともじゃないが、いつもまともじゃないルビーとリリーに比べたら、天と地の差だ。先程流したばかりだと言うのに、また目から汗が出そうだった。
さて、二人の回答も聞いたことだ。そろそろ、出発しよう。問題は姉さんだが、美魅子さんが何やら合図を送ってきた。どうやら行っていいと言っているらしい。多分だが。
俺は未だに拗ねたままそっぽを向いているクリスを見やり、その肩を叩いた。
「クリス、ごめん。あとで何とかするから、取り敢えず出発しないか」
「……絶対だからな。家に大量のエロ本なんてごめんだ」
「分かってる。何とかするから、な?」
「分かった。行こう」
エロ本の件はうやむやには出来そうになかったが、どうにかクリスの態度を軟化させられ、説得も出来た。クリスさえ動けるようになれば、あとの四人は問題無い。出入り口の方に歩いていって、手招きすれば付いて来てくれる。あとは、クリスを先頭にこの建物を出るだけだ。
何故クリスが先頭かは言わずもがな。俺が医務室からの道を覚えていないためだ。情けないことだが、俺はどうにも道を覚えるのが苦手で、何度も繰り返し通らなければすぐに道を忘れてしまう。この道もそんな一例だ。
それからはクリスに従って道を進んでいった。途中迷うこともなく、数分の道のりだった。そして、俺達はこの建物――ICF機関総本部の出口まで辿り着いた。
今更だが、ここはICF機関と言う。ICFとは、当初の目的としては転生者や転移者を保護するために創られた、どこの国にも属さない機関だった。今では様々な仕事や任務を引き受け、所属する転生者や転移者にそれを割り振る大企業に変貌してしまったが。
ICFは各国各地にあるが、ここはその総本山。ICF総本部となる。
ちなみに、ICFと言う名前は創設メンバーのとある転生者が付けたらしい。由来や意味までは知らないが、何かの頭文字とのことだ。
更に蛇足になってしまうが、このICFで時司と言う男はトップにさほど遠くない存在らしい。本人が言ったことを鵜呑みにするならの話だが。
ただ、奴の話は嘘ではないと俺は確信している。そうでなければ、あんなにすんなりとルビー達の件を承諾するわけがない。何より、奴はたわいない冗談は言っても、嘘は吐かない。奴は嘘を心底嫌う。そんな奴が自分で嘘を吐くわけがないのだ。俺はその点に関してだけは奴を信じている。
さて、大分話が長くなってしまったが、当初の話に戻ろう。
俺達は無事にICF総本部を出て、商業施設区域に向かうことにした。買い物をするなら一番手っ取り早いからだ。流石にルビー達を連れて、他の区域に点在する店には向かう気にはならなかった、と言うのも理由の一つだが。
それはそうと、目的地に行くまでのついでだ。ルビー達に色々説明しておこう。
「お前ら、あれ見てみろ。何が見える?」
俺が指差したのは、遥か遠方の空。そこにそびえ立つある存在だった。
「あれは、樹木か? ここに来る途中に見付けて気にはなっていたが」
「違いますよ。樹木ではありません。私も我が目を疑いましたが、あれは世界樹です。この世界でも存在しているとは思いませんでしたが」
「私の世界にもあったよ。似たような形だったから、覚えてる」
「……無い……」
リリーやアリアの世界には、同じ存在があるようだ。実際に同じ存在かどうかは分からないが、近い存在ではあるのだろう。こちらの世界に来て、まだ二日目だろうに感慨深げに眺めている。
一方で、ルビーとシスの場合はそこまで感慨深げに眺めたりはしていないが、やはり興味はあるようだ。雲をも突き抜ける世界樹に、多少なりとも驚きを示していた。
「リリーの言うとおり、あれは世界樹だ。あそこには、世界樹を中心とした自然溢れる大小様々な国が点在してるんだ。色んな種族が居るのも特徴的かもな。それでその国同士が同盟を結んでいることから、ファンタジア連合国家とか、ただ単に連合国家とか、まぁ、一纏めにしてこっちでは呼んでる」
まぁ、ルビー達の世界に一番近いんじゃないか、と締め括り俺は続いてそこから正反対の方向を指差す。
「あっちに見えるのが、その世界樹を人工的に造った奴だ。世界樹の恩恵も完全にコピーしてるらしいぞ」
そう言って俺が指差した方向には、世界樹とは似ても似つかない存在が二つあった。こちらも世界樹と同等の大きさを誇っている。違う点は、それが明らかに人工的な存在で世界樹のように樹木ではなく、対となった白と黒の塔であると言うことだ。
それを見たルビー達が口々に感想を出しては世界樹と見比べている。
「あそこにも国が存在してる。あれを造ったのもその国だ。あっちは連合とは違って、一つの大国が支配してるんだ。小国もあるけど、大概はその大国に属国化してる。国名はリアリティア、ファンタジア連合とは違って科学が盛んな国だ」
俺はそのまま対の塔から国の話に切り替えていった。
そして、ルビー達の意識がこちらに向いたのと同時に、俺は続けて説明を進行することにした。次いで話したのは、二つの国家間に関わることだった。
「で、だ。あっちのリアリティアと、そっちのファンタジア連合はとにかく仲が悪いのに、何故か一部ではとんでもなく仲が良い。端から見たら面倒臭いことこの上ない関係だ。関わると面倒だから、その問題に触れるような事には関わるな」
そう言っても、無駄だろうな、と俺は思った。ルビー達の事だ。俺がその問題に関わるようなことでもあった日には、必ず首を突っ込んでくるに違いない。まだ会って日は浅いが、それぐらいのことは容易く推察出来た。だからこそ、あまり強くは言わなかったのだ。どうせ何を言っても、その時が来たら無駄になるのだから。
一応、ルビー達には承諾させたので、今はそれで良しとしよう。あるかどうかも分からない未来を心配するよりはいい。
それはさて置き、俺の説明は続く。まだ他の国について話していない。それを話していこう。
「他にも、この世界には海上都市ミネルヴァスとか天空都市シルフィナスなんて言うのもある。まぁ、どこの国にも属さない独立都市だな。あとは同じ独立都市の魔術都市が、ファンタジア連合寄りの所にあったり、宗教国家の神聖アポロニアがこの国を挟んで魔術都市とは正反対の位置にある。これまたファンタジア連合寄りなんだけどな」
そこまで話し終えて、肝心な事を忘れていたことに気付いた。一番肝心な、この国の説明がまだだった、と。
幸いにも、他の国についての説明を終えたばかりだ。今から付け足しても、流れ的にはおかしくない。忘れていたと悟られぬように、話を進めていこう。
「ちなみに、ここはICF総本山。さっき居たのがICF総本部だ。位置的にはリアリティアとファンタジア連合に挟まれる形になる。文明、文化はリアリティア寄りだけどな。それから、俺はここを国なんて言ってるけど、体裁的にはどこの国にも属さない中立地帯とか中立地域、中立都市って事になってる。実際の内情は国家と代わりないし、他の国も裏ではその認識だと思う」
「独立都市ではないんですか?」
「独立都市とはまた違う。俺も詳しいことは知らないから何とも言えないけど。取り敢えず似たようなものだけど違う、って思っとけば今はそれで問題無い」
忘れていたことには気付かれなかったが、また何とも難しい問い掛けをリリーにされてしまった。言葉通り、正直俺もその事については詳しくないのだ。中等部で教えられたのかもしれないが、生憎俺は勉強が出来る方ではなかったので覚えていない。
もしかしたら、とクリスを見やれば、やはり知らなかったようだ。顔を勢い良く逸らされてしまった。そう言えば、とクリスの勉学の成績は俺とあまり変わりなかったことに気付く。
知らなくて当然か、と一人頷いていると、それを見ていたらしいクリスに脛を強めに蹴られてしまった。俺が悪いとは言え、何気に痛い。と言うか、路上に転げ回って悶えそうな痛みだ。いや、流石に恥ずかしいので死ぬ気になって我慢したが。
「ところで兄貴。大事な事思い出したんだが、言っていいか」
こっちが痛みに悶えていると言うのに、一体何だと言うのだろうか。仕方なく、俺は先を促すように頷いた。
「いや、一時金なんかの手続きしてねぇのに、こっち来ちまっていいのかな、と。兄貴?」
一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚えた。次いで、俺は忙しなく辺りを見渡す。ICF総本部からは大分離れている。もう少し歩けば、商業施設区域の端っこにまで到着しそうだ。そして、一時金を受け取る機関はICFの真向かい。つまり、そう言うことだ。
「……ごめんなさい。引き返します」
汗をだらだらと流し、俺はそう言うしかなかった。やっちまった、それが今の心境だ。
その後、俺達は仕方なく今来た道を戻り、一時金を受け取りに行く。意外に距離があると実感する道のりだった。
それから改めて商業施設区域に向かい、今度こそ買い物をしたのだが、やはりここでもルビー達は問題を引き起こした。ただ、これについてはまた別の機会にでも話そう。あまりにも下らない話で、今は語る気にもなれない。家に帰ってきて少しは反省したのか、それ以降は比較的大人しかったのだけが救いだ。
明くる日にはまた問題が舞い込んでくるのだが、その日の俺はただただ安寧を願う。どうか明日は平和でありますように、と。叶わぬ夢と知りながら、それでも俺は願わずにはいられなかった。




