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十二話 邂逅編その二(気がついたら知らない天井でした)

 あれから、どのぐらい経ったのか。俺が意識を取り戻したのは、医務室らしき場所のベッドでだった。


 辺りを見渡してみても、クリス達の居る様子はない。医務員もいない。


 仕方なく、俺は勝手に起き上がり、ベッドの上に座り直した。これからどうするべきか考える。取り敢えず、ルビー達に関しては怒る選択肢しかない。当たり前だ。こっちは死にかけたのだから。


 ならば、当面の事はどうするのか。誰かが来るのを待つべきだが、呼びに行った方が早い気もする。生憎、ここの設備には詳しくないため、呼び出す方法が分からない。病院ならナースコールがあるのだが、それも無い。何より、ここがどのフロアに面しているのかも分からないので呼びに行くのも難しい。なるほど、分からないことだらけだ。


 寝起きでまだしっかりと働かない頭に加え、混乱しているところもある。ここは大人しくしていた方が懸命か。そんな思いから、そのまま俺はまたベッドに寝転んで天井を眺める。当たり前だが、知らない天井だった。他に眺めるものもないので、天井を眺め続けてみる。一向に知らない天井だ。いや、知っている天井に変わったら、それはそれで怖いが。


 ともかく、暇だ。暇なのだ。こういう時に限って、誰も来ない。怪我人や病人はともかく、医務員が来ないのはどうしてなのか。


 不意に、壁に掛かった時計に気付く。そして、納得した。なるほど、お昼か、と。


 俺は大分寝ていたらしく、時計の針が指し示すのは、一時少し前。正確に言うなら、十二時五十三分だった。


 これなら誰も来ないのも頷ける。皆、食堂やら何やらに昼食を食べに行っているのだ。


 閃いた。医務員は弁当派じゃないんだ。これはかなり重要……うん、全くどうでもいい情報だったな。暇だからって、閃く必要性皆無だったわ。


 あまりに暇過ぎて、そんな無駄な思考すらしてしまう。窒息の次は退屈。笑えない。


 溜め息を一つ。ぼんやりと時計の秒針を眺める。今は五十五分。もう少しすれば帰ってくるだろうか。もしかしたら、思いのほか話が盛り上がってしまい、時間を忘れているかもしれない。


 そこまで考えて、何やら廊下の方が騒がしいことに気付いた。よくよく聞いてみれば、その声はルビー達のものだと分かった。内容も聞き取れる。


「だから言っているだろう。眠った者を起こすには、美女のキスが唯一の手段だと」


「ですから、それを何故あなたがするのですか。それなら私がしても問題ないと思います」


「自分らで美女とか言うんじゃねぇよ、恥ずかしい」


「アリアはお姫様だし、問題ないでしょ? だから私がするって言うのは?」


「お姫様が全員可愛いなんて妄想は今すぐ捨てやがれ。ん? 今度はシスか。何だ? 何、自分は人の生死に精通する神だから私に任せろ? アホか! 兄貴は死んでねぇよ!」


「あっはは! 何この子達!  言ってること、本気で下らないんだけど! 面白過ぎてあたしが死にそう!」


「ミーコ、うっさい!」


「ああん? ミーコって呼ぶなって言ってんだろ。このブラコン娘が」


 うん、何か声だけで状況が手に取るように分かるな。何だろ、聞くんじゃなかったわ。碌なこと考えてないし、あいつら。まともなのがクリスだけってどうなんだよ。美魅子さーん! どうなの!


 涙が出てきそうなほど、自分の周りにいる大人がおかしい。その結論にはもう何年も前に至っていたが、改めて思い知らされた瞬間だった。


 さて、それはそうと、この問題をどうするかを考えなければ。いや、考えるまでもないか。寝たらアウト、寝たふりもアウト。残るは起きて迎え入れる。これしかない。


 いや、だが少し待とう。この選択肢もルビー達なら、易々アウトにしてくれる可能性があるのではないか。


 例えば、だ。起きて迎え入れる。また一斉に飛びつかれる。気絶する。唇を奪われる、と言うか貪られる。舌を差し込まれて口内を蹂躙。結果、アウト。なんて事になるかもしれない。


 更に直球勝負で来るのなら、起きて迎え入れる。四の五の言う暇なく、襲われる。結果、やはりアウト。なんて事も考えられる。


 心配し過ぎだとは分かっている。だが、もしもを想定出来てしまうのだ。魔王様へんたい聖女様ちじょ、あの二人は特に。


 あの二人に関して、性欲の件だけは信用してはならない。油断すれば、俺が食われる。慎重に、慎重に考えなければならない。どうするべきかを。


 などと言ったところで、どうすることも出来ないのだが。何故なら、もう扉は開かれているのだ。そう、医務室の扉だ。全開に開け放たれていた。


 あとはもう、あるがまま、なすがまま。ただ、流れに身を任せるだけだ。


 さあ、来い! 俺は見事流れに乗り切ってみせる! 来いやー! …………ですよねぇ。深読みし過ぎですよねぇ。


 何と言えばいいのか。つまりだ、端的に言って俺の考え過ぎだったようなのだ。


 ルビー達は襲ってくるどころか、逆に心配そうに見つめてきている。何だかんだと疑っていた自分が恥ずかしい。こればかりは反省しておこう。


「あー、取り敢えず心配させたみたいでごめん。それから、ルビー達は反省しろ。いいな?」


「ああ、すまなかった。少し加減を間違えてしまった。今度は気絶させないように気をつける」


 ルビーが代表して最初に謝り、その傍らでリリアーヌ達が一緒になって謝罪の言葉を告げていった。


 うん、謝るのは大事だよ。大事だけどさ、みんながみんな反省の方向間違ってるってどういうこと? 今回は勝手に疑った件もあるから口には出さないけど、お前らもう少しまともに反省しろよ。何で、やらないって方向性の反省が出来ないんだよ。加減云々の問題じゃないよ? いや、マジで。


 口に出したい言葉の数々を罪悪感の一心で飲み込んだが、その心境は何とも複雑なものだった。それは俺の表情にも現れていた。端から見れば、それはもう微妙な顔をしていたことだろう。まったく、嫌になる。


「はぁ、反省してるなら別にいいよ。ところで、昼飯食べてきたのか」


「まぁな。兄貴は起きないし、昼時だったからミーコに奢ってもらった」


 ルビーの後ろから出て来たクリスが説明してくれた。しかし、そこに美魅子さんの横槍が入る。


「美魅子な? それと、さん付けしようか。仮にも年上なんだから」


「ミーコはミーコで十分だろ。兄貴は姉御って慕ってっけど、私には関係ないし」


「こら、クリス。美魅子さんに失礼だろ。飯まで奢ってもらっといて」


「知るか」


 一応注意はするが、クリスは聞いてくれない。毛嫌いしているわけではないのだが、どうもクリスは美魅子さんには喧嘩腰なのだ。と言うか、当時下宿していた転生者全員に対してか。世話になった身としては、なかなか困った問題だ。


「たくっ、仕方ないな。いいよ、ミーコで。あたしの根負けだ」


「ごめん、美魅子さん」


「謝んなよ、クロ坊。クリス嬢はあたしも気に入ってるから構わないさ」


 クリスが美魅子さんのことをミーコと呼び続けて幾年。ようやく、勝負の決着がついたと言うことのようだ。謝罪はしたが、美魅子さん自身気にしていないようでよかった。代わりに、クリスが若干不満げなのはご愛嬌と言うことで。


「話は終わったの? そろそろ入ってもいいかな?」


 和気藹々、場が日常のそれに戻った頃を見計らって、その声が医務室に響いた。


 声とともに現れたのは、シスと同じくらいの背丈をした人物。茶髪の長い髪を三つ編みで一纏めにして、淡い朱色の瞳に赤いフレームの眼鏡をした童顔の女性だった。


 薄いピンク色のブラウスの上からダボダボの白衣を纏い、そして、そこからでも分かる身長に不釣り合いな大きさの胸。タイトなスカートを履いたその人物とは。


「姉貴!?」


「姉貴じゃなくて、お姉ちゃん。もしくは姉さんでもう一度」


「あ、えっと、姉さん!?」


 何故かやり直しを要求されたので従ったが、正真正銘俺の姉だった。名を心愛ここあと言う。また、こちらもクリス同様に血は繋がっていない。と言うか、うちの家族で血の繋がった者は居ない。うちの兄弟は皆、親が引き取ったり拾ってきたりした者達なのだ。言ったかもしれないが、俺も引き取られた一人だ。


「よろしい。じゃあ、軽く状態見るから横になってね」


 姉貴……一応姉さんにしておこう。姉さんはそう言うなり、俺を寝かせて触診を始めた。それと同時に問診も行われたが、大した時間も掛からずにそれらは終了した。どうやら問題はなかったらしい。最後に簡単な確認だけで済んだ。


 姉さんの許可を貰って、俺はベッドから降りた。そこで不意にあることが脳裏を過ぎった。それと言うのも。


「そう言えば、ここ医務室だとばかり思ってたけど、姉さんが居るってことは違ったのか」


「どういうこと? クロのお姉さんはお医者さんじゃないの?」


「あー、医者と言えば医者? 研究が専門らしいけど、一応は医者かな、多分。てか、アリアは姉さんとも一緒に食事してたんじゃないのか?」


 首を傾げるアリアの疑問に答えた俺だったが、そのせいで逆にこちらにも疑問が出てきてしまった。その疑問を尋ねてみても、アリアは首を傾げるばかり。問題の解決には至らない。どうしたものか、と俺が悩んでいると、良いタイミングで美魅子さんが助け船を出してくれた。


「ああ、違う違う。心愛さんは別。この医務室にクロ坊寝かしてすぐに、一時頃に戻ってくるって言ってあたしらより先に出て行ってたんだ」


「なるほど。そういうことか」


 それなら納得だ、と俺は頷く。だが、そこで新たなる疑問が浮上してしまう。


「あれ、じゃあここはやっぱり医務室なんだ。けど何で医務員でもない姉さんが?」


 と、口に出してしまったのがいけなかった。突如として、姉さんの方から笑い声が届き、そちらを見やれば、確かに姉さんが笑っていた。そして、その直後に延々と何やら語り出し始めてしまったのだ。


「ふっふー、それは私がお茶を飲みに来たついでに、留守番を頼まれたからなのだ! お茶飲んでたら、いきなり彼に電話掛かってきたんだけど。何でも彼女が別れ話を切り出してきたみたいなの。そこで、私の登場ってわけ。ここは私に任せて行ってきなさいって言ってあげたわけよ。そしたら彼ったらね――――」


「と言うわけだ。だから安心していいぞ。ここは心愛さんのイカレた研究室じゃない。普通の医務室だ」


 姉さんの語りの途中だが、大体の事情は分かったので美魅子さんが切り上げてくれた。本人はその事に気付かずに語り続けているが、取り敢えず今は無視だ。姉さんは語り出したら無駄に長いのだ。付き合っていられない。


「なら良かった。よくよく考えてみれば、姉さんの研究室がこんな片付いてるわけないしなぁ」


「そうだろう? 心愛さんの片付けられない女の称号は伊達じゃない。今もお茶なんぞと言っていたが、大方助手達に片付けの邪魔だ何だと追い出されたんだろう」


「また姉貴はそんな迷惑を……」


 俺と美魅子さんの会話に加わったクリスは、溜め息混じりにそう言って首を横に振った。姉さんが家に居た時は、クリスが散らかった物を定期的に片付けていたのだ。その事を思い出して、また助手達の苦労を思ったのだろう。


「クリス嬢、気に病むな。あれは天性のもので、今更直しようもない。家にまだ住んでいるならともかく、無駄な気遣いはやめておけ」


 クリスの肩を叩き、励ます美魅子さん。俺もクリスに頷いて、諦めを促す。


 あの人はそう言う人間だ。誰しも直せない癖はある。姉さんの場合、これがそうだ。周りが言ったところで、意味はない。


「……兄貴。兄貴はああなるなよ。片付けられない人間にはなるな。せめて、家をゴミ屋敷にはさせねぇ」


 一度、姉さんの部屋から一斉に溢れ出したガラクタやゴミで、家がゴミ屋敷と化しそうになったことがある。クリスはその事を言っているのだろう。俺は神妙に頷いて、クリスの決意に応える。俺だって、我が家がゴミ屋敷はごめん被る。


 それから、クリスが会話に加わったと言うこともあって、奴との話し合いの結果を伝えることにした。


「それで、これからの事なんだけど。あいつに話したら、何とかしてもらえることになった。今からそれ話すけど、その前に。ルビー達も聞いてくれ! 暇なのは分かるけど、勝手に医務室漁るな!」


 何かやっているとは思ったが、まさか薬瓶などを弄っているとは思わなかった。流石に医務室にそこまで危険性の高い物はないだろうが、念のためだ。ルビー達もこちらに呼ぶ。


 別段、そこまで薬瓶などに興味はなかったのか、ルビー達は素直に応じてくれた。そのまま、こちらに来てくれる。全員が集まったことを確認した俺は、改めて語り出すことにした。


「それで、だ。長いから要点だけ纏めて話す。ルビー達の件だけど――――」


 話し始めて気付いたが、まだ姉さんは喋り続けていた。お喋り好きなおばさんも真っ青なマシンガントークで。もちろん、そのまま放置した。だって、絡まれたら面倒だもん。



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