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四番街の弓姫は新米団長  作者: 日咲ナオ
第五章 女難
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二章 3

 こんなに早く、迎えに行く予定ではなかった。ただ、気が乗らないのだと、察知されたくなかったのだ。

 あれで案外、エリカ騎士たちはよく見ている。

 ウルスラは騎士宿舎へ歩きながら、ぼんやりとやらなければいけないことを思い浮かべた。

(まずは、黒幕が誰なのかをはっきりさせたいですよね。それから、図々しい連中を一人残らず城から追い出したいですし。ああ、それと、副官の仕事もしないといけないですよね……)

 どれが重要かと言われたら、やはり黒幕探しだ。しかし、城内を闊歩する令嬢たちを軽く追い払わなければ、落ち着いて訓練もできない。

 当面の問題がなくならなければ、エリカの副官として仕事をすることもままならないだろう。

「面倒ですよねー」

 思わず本音をこぼして、ウルスラは小さく苦笑いする。

 歩くうちに観察して、昨日とはまた令嬢たちの動きが違うと気づく。一部は、エリカ騎士の宿舎付近で誰かを待っているようだった。それも、出入り口からは微妙に見えない位置で、わざわざ待機しているのだ。

 通りすがったウルスラに驚き、何気ないふうを無理矢理装っていた。

 さらに、目的は不明だが、別の数人が後をつけてきている。気づかれていないと思っているのか、かなり堂々として、しかも下手な尾行だ。

 呆れ果ててしまい、振り向いて追い払う気にもなれない。

(何が目的かはわかりませんが、私とわかってついてきているのでしょうね)

 他にもこうして後をつけられる者がいれば、共通点も見つけ出せるだろう。だがそれは、夕方、宿舎に全員が集まってからになりそうだ。

 騎士宿舎へ近づくと、令嬢たちが侍女を引き連れて待機していた。

「ちょっとどいてくれますか? 邪魔なんですけど」

 容赦なく真ん中へ押し入り、かき分けて騎士宿舎へ足を踏み入れる。後ろから聞こえたざわめきは、当然耳を素通りだ。

「あれ? ウルスラじゃないか。こんなとこで何してんだよ」

「サージ様? 宿舎引きこもり生活はいかがですか?」

「いや、案外快適かも。俺さぁ、可愛い女の子を追いかけるのは好きだけど、誰かに追いかけ回されるのは嫌いなんだよね。聞いたらさぁ、そこまで可愛くないって言うし、俺のこと探してる令嬢がいるんだと。たとえ謹慎命令がなくても、俺は外には絶対出ない!」

「……ああ、そうですか。よかったですね」

 拳を握りしめて力説しているサージに、ウルスラは冷めた目で棒読みの返事をする。

 とりあえず、サージに追いかけ回してもらっては困るのだ。自ら出ない宣言をしてくれたところは、非常にありがたいと思うべきか。

「で、ウルスラがわざわざここに来たってことは、ガザニアの副官がらみだろ」

「……モデスティー伯に頼まれましたからね。そうでなければ、情報収集のみに徹する予定でしたよ」

 やけに詳しい。

 不自然が引っかかるものの、それをサージに問い詰めることはしないでおく。どのみち、サージも小耳に挟んだ程度といったところか。

「マジで? だって、あの令嬢の誰かが、エリカの団長にケンカ売ったんだろ? お前が横から高値で買ったんじゃないかって言われてるぞ」

 恐らく、サージは純粋に心配してくれたのだろう。だが、ウルスラの眉はギュッと寄せられる。

(噂が出回るにしては、ずいぶん早いですね)

 ベアトリスがケンカを買ったのは昨日。しかも、四番街(よんばんがい)での話だ。その場にいたのは、ガザニア騎士のグレアムと、サリナとベアトリスとオリオン、当の令嬢一行といったところか。

 令嬢は、帰宅前にモデスティー伯の執務室に乗り込んできた。他の面々は、誰彼かまわず軽々と話さないだろう。彼女の侍女たちが話を広めたとしても、アマリリス騎士のサージまで話が伝わっているのは不自然だ。

 あえて、意図的に、噂を流している者がいるのではないか。

 そんな疑問に行き着いたところで、それが誰なのかを特定する術はない。それ以前に、そんなことをしている暇もない。

「私は、団長が買ったケンカを横取りはしませんよ」

 フィエリテ王国へ出向く以前だったら、一も二もなく、さらに大金をはたいて横取りしていただろう。けれど今は、そこまでしなくとも、ベアトリスは自分で解決できると知っている。

 いつまでも過保護でいては、いつか遠ざけられてしまうかもしれない。

 必要な時には頼ってくれると、これまでを思い返せば納得できるはずだ。

「そういえば、サージ様は、その話を誰から聞いたんですか?」

「ん? サロンでぼんやりしてたら聞こえてきたんだよ。誰が言ったかまでは、ちょっとわからなかったな」

「そうですか……」

 騎士宿舎のサロンは、エリカ騎士以外の全騎士が自由に出入りできる。出入りを見張っていなければ、そこに誰がいて、誰が来たのかは、簡単には把握できないだろう。

 そもそも、エリカ騎士のサロンと違い、騎士宿舎のそれは広い。入り口は二ヶ所あり、どちらかの隅にいたら、反対側のことなどわからないほどだ。

「とりあえず、私は伯に頼まれた仕事をしますね」

「頑張れよー」

 のんきな応援には、片頬で笑って返す。

 本来、こちらの宿舎に女性騎士が入れば、動揺や羞恥などから悲鳴があがる。けれど今は、外に出ている騎士や、部屋にこもっている騎士もいるからか。宿舎内を動く騎士自体が少ないらしい。

 結局、ガザニアの副官の部屋まで、サージ以外に会うことはなかった。

 ドアを軽く二回叩く。少し間があって、静かにドアが開けられる。

 顔を出したオーソンは、昨日見た、今にも死にそうな顔色ではない。そのことに、ウルスラはこっそりと安堵の息を吐く。

「中から来るとは思わなかったぞ」

「別に、外からでもよかったんですけどね。宿舎の外で令嬢方が待ち構えていたので、その間を突っ切って入ってみたくなったんですよ」

 ああして集まっていなければ、いつもどおり外から呼びかけておき、宿舎の入り口で待っていただろう。

「それにしても、あの図々しい方々が、よくもまあ、約束どおり宿舎内に入らずに大人しくしてますね」

 昨日から、そこだけは妙だと思っていた。

 団長相手にケンカを売る連中だ。いくらモデスティー伯に禁止されたからといって、素直に従う理由がわからない。

 大方、早々に誰かが問題を起こして処罰されたのだろう。

「ああ、それはそうだろうな。城にある建物へ誰か一人でも足を踏み入れた場合と、時間が守られなかった場合は、令嬢たちを城の敷地から閉め出すと、モデスティー伯が陛下に宣言したらしい。誰が教えたか知らないが、閉め出しは困るんだろうな。今のところ、伯の出した条件はきっちり守られてるってわけだ」

「……ああ、そうだったんですね。というか、伯はそれを私に言わなかったんですが?」

 決して責めるつもりはない。恐らく、すっかり忘れていた、というところか。

 城内がこれだけ騒然としていては、モデスティー伯も気の休まる時がないはずだ。いくら完璧な人間でも、そういった状況においてまで、いつもどおりには振る舞えない。ひとつやふたつの失態は、出てきておかしくないのだ。

「で、ウルスラはどうしたい?」

「とりあえず、令嬢たちを煽るだけ煽って黒幕を引っ張り出したいところですが……尻尾の毛先しか残っていないので、今はまだ本体につながらないんですよね」

 いつでも取り替えられる地方貴族の令嬢を利用し、怠惰な騎士をあぶり出す。有望な騎士の情報をわずかに与えて、彼らの対応を観察する。

 だが、それが真の目的ではないだろう。

 今日は、エリカ騎士に関しても情報を流したようだ。

 つい先ほど目にした動きから予想するに、ミランダにも令嬢たちがついたと思われた。

「外に出る前に聞いておきたいんですが、あなたにまとわりついていた令嬢は、どの程度の顔ですか? 体型は?」

「……顔も体型も、お前の方が上だな」

 どちらかに自信がありそうなら、自尊心を徹底的に砕いてやるのも一興と考えていた。そのために聞いたのだ。

 真剣に考え込んでいたかと思えばそんな返答で、ついついがっかりしてしまう。

 ウルスラ自身、顔は人並みの自覚はある。体型に関しても、正直、貴族令嬢と比べるまでもなくたくましい。純粋に勝負ができそうなところは、胸がせいぜいだろう。それとて、絶大な自信は持ち合わせていない。

 思わず冷ややかに見上げたウルスラに、オーソンはひょいと肩をすくめる。

「ああ、そうですか。まあ、戯れ言はさておき、外に出てみます? 誰を目当てにしているかはわかりませんけれど、それなりにいましたよ?」

「……そうだな」

 気が進まないことはわかっている。ウルスラも、まったくもってやる気が出ないのだから。

 外へ向かいながら、もうひとつ決めておかなければいけないことがあるのをふと思い出す。

「ああ、そうでした。手をつなぐか、腕を組むか、むしろベッタリ抱きつくか、どれがいいですか?」

「……おい、どんな選択肢なんだ、それは」

 かすかな苦笑いを声に混ぜて、オーソンは呆れた顔をウルスラに向ける。

「割りと重要ですよ? どの程度の関係だと思わせたいか、に関わってきますからね」

 宿舎を出る前から、勝負はもう始まっているのだ。

「ちなみに、私はどれでもいいように、装備を短剣に変えてきましたから」

 本業は長剣だ。けれど、狭い場所ではその利点を活かせない。そのため、狭い場所での戦闘が予想される時には、両手に短剣を握る。

 どう頑張っても、それを本業とするサリナには勝てない。それでも、下手な騎士には遅れを取らない自信はあった。

 そうでなければ、青の離宮の警護に当たった時に、わざわざこの装備に変えたりはしない。

(あの時は、さすがに無傷というわけにはいきませんでしたからね)

 距離感を完璧にできれば、無傷で戦えるようになるだろうか。そこがあの時の反省点だった。

 今回は、そこまでの完成度を求めなくとも、初撃を左の短剣でとっさに受け流せればいい。その後はどうとでもなる。

「準備がいいな。……そうだな、お前の好きにすればいい」

「わかっていないですねー。こういう時は、一番親密に見えるように動くんですよ?」

 たったそれだけで、敵は面白いように動いてくれるはずだ。

 ニッコリ微笑んだウルスラは、オーソンの左腕に腕を絡める。そのまま、ピッタリと体を密着させた。ただし、もしもの襲撃を考え、オーソンが剣を抜きやすいよう、やや後方からくっついている。

 こちらが離れれば、いつでも自由が利くようになる点が重要だ。

「一応、剣を抜いてもらえます? 不都合がなければこれでいこうと思いますが」

 無言のオーソンは剣に手をかけ、スッと引き抜く。特に不都合はなさそうだった。

「では、行きましょうか。ああ、脱落したくなったら遠慮なく言ってくださいね? あと、最低限、私への態度は、令嬢たち向けとはあからさまに変えてください」

 注意事項だけ口にして、ウルスラはオーソンの背中をつついて歩くよう指示を出す。

(……十年前と、変わりないですね)

 むしろ、さらに筋肉がついたのだろうか。ますます硬くなった気がした。

 服越しに伝わる感触から、ウルスラはそんな判断を下す。

 無邪気に要求し、腕にぶら下げてもらった楽しい日は、すでに遠い過去だ。今さら、あの日々は戻ってこない。

「……なあ、ウルスラ」

「何ですか?」

「……十年前より、あちこち育ったな」

 思わず、腕をほどいて攻撃を繰り出しそうになる。

「……それは、完全におっさんの発言ですよ?」

 つい、よく聞いていたスラングが出てしまった。ビビアンあたりなら、もっと辛辣な言葉を添えるところだ。

 正直なところ、本音を言っても誰かに怒られることはないだろう。客観的に見ても、まぎれもない事実としか思えない。

「今にも死にそうな、小汚なくて性別もわからなかった子供が、十年ちょっとでこうなるんだな。そう思うと、心を深く抉ってくる多少のスラングもたいしたことじゃないぞ」

「そうですね。その意見には、ある程度同意します」

 拾われた当初を考えれば、名の知れた貴族の後押しを受けて騎士をしていること自体が、まるで夢のようだ。

 新しい世界に出ていくたびに、大切なものが増えていく。そのすべてが本当に守りきれるのかと、強い不安に教われる回数も増えている。

 そもそも、普段は滅多にスラングなど使わないのだから、こういう時にこそ使っておきたい。

「なあ……たまには、頼れよ? 父も母も、お前がちっとも甘えなくなったと、俺に愚痴をこぼすんだ」

「……何を、言っているんですか? これ以上、お世話になるわけにはいきませんよ」

 そもそも、立場がまったく違う。

 家族同然に扱われても、別物なのだ。そこだけは、絶対に忘れてはいけない。

「……お前は」

「あ、ほら、外に出ますよ?」

 何か言いかけたオーソンをわざと遮り、ウルスラはニコッと幸せそうな笑みを浮かべた。

 出てきたオーソンの顔を見て、駆け寄ってこようとした令嬢がいた。だが、腕に絡みついたウルスラに、彼女は目を大きく見開いて立ち止まる。

 その様子を見るに、オーソンは一切の接触を許さなかったのだろう。

(あの女がそうなんでしょうか?)

 チラリとオーソンを見上げれば、顔がわずかに引きつっていた。恐らく、間違いない。

 今度は勝ち誇った笑みを張りつけて、ウルスラは彼女をじっくりと観察する。

 栗色の髪と瞳ならば、この国に多い取り合わせだ。けれど彼女は、薄茶色の髪に赤みの強い瞳だった。ウルスラでも、フロース王国内では初めて見る組み合わせだ。ドレスの型が少し古いのは、地方で生活しているゆえか。顔は並みといったところだが、多大な努力の後がうかがえた。

 突出したものはないが、減点される部分もない。ごく真っ当に貴族令嬢として見れば、子爵や男爵ならば嫁ぎ先には困らないはずだ。

 ここまででしゃばってきたことで、彼女の明るい未来は閉ざされただろう。

「ねえ、オーソン様。今日は、ホートン候夫妻に帰国した挨拶をしたいのですが、いいですか?」

「……あ、ああ、父も母も喜ぶだろうな。ついでに、何か無理難題でも出してやれ」

「じゃあ、オーソン様も一緒に考えてくださいよ。夫妻は、私が何を言っても喜んでやってしまうので、逆に言いにくいんですよね」

 久しぶりに名前を呼んだからか。オーソンは一瞬動揺して、少し照れたように笑った。それがまた、令嬢たちの嫉妬やら何やらを煽ったようだ。

 クスクス笑いながら、ウルスラは次の手を放り投げる。

「夫妻は、今日も執務室ですか?」

「そこにいなかったら、屋敷でのんびりしているだろうな」

「ということは、いつもどおりですね」

 あの夫婦は、昔から休暇を一緒に取っている。どのみち、城内での書類仕事はそう多くない。規則違反を犯した騎士の処罰や、重罪人への罰を考え、実行するのが仕事だからだ。

 そういった職務がない時は、屋敷に戻ってゆっくりしていることが増えた。急な仕事が入れば、城から誰かが連絡に来るし、仕事が滞る心配はない。

 最近は、昔のように、城に詰めっぱなしにはなっていなかった。

「それにしても、ラエティティアの件は思ったより早く終わったんだな」

「そうですね。団長を始めとしてみんな頑張ってくれたので、予定より滞在が短くなりましたから。往復の時間の方が長くてきつかったですよ。訓練もままならないので、体がなまってしまいましたね」

「ラエティティアは遠いからな。じゃあ、明日あたり、勝負といくか?」

 演技ではなく素で、ウルスラはキラキラと目を輝かせた。

「本当ですか!? 模擬剣でなく、これでですよ!?」

 半ば叫ぶように言いながら、オーソンの剣をパシパシ叩く。

「……ああ、わかったわかった。明日は実戦形式だ」

 完全に呆れながら笑うオーソンに、ウルスラは重ねて「約束ですよ?」と念を押す。

 なおさら腕にギュッとしがみついたウルスラの顔に、心から嬉しそうな笑みが浮かぶ。足取りもすっかり弾んでいる。

 その状態で、二人は城へ入っていく。いくらか進んで、外から見えない場所にくると、ウルスラはさっさと腕をほどいた。

 互いに無言のまま、奥まったところにあるホートン候の執務室へ向かう。ドアを叩き、不在であることを確かめると、来た道をやはり無言で戻る。

 行きに腕をほどいた場所で、ウルスラは再びオーソンの腕にきっちりと絡まった。

 サッと笑顔を作って外に出ると、相変わらず令嬢たちが待ち構えている。

 不思議なところといえば、お互いに慰めたりはしないらしい。オーソンに絡んでいたと思われる令嬢を励ましているのは、彼女の侍女たちしかいなかった。

 取り立てて申し合わせたわけではないが、ウルスラもオーソンも彼女たちを無視し、街へと足を向ける。

「……もし、ホートン候の屋敷に入ったらどうします?」

 オーソンにグッと顔を近づけて、できるだけ楽しそうな顔でウルスラはそう問いかける。落ち着き払った様子のオーソンは、心から楽しげに片頬で笑う。

「入ったら遠慮も容赦もしないさ。騎士も犯罪者も、泣いて温情を懇願するホートン候の屋敷だぞ?」

「……その元凶は、夫人の方ですけどね」

 仮に後をつけられていたとしても、いくら何でも、読唇術のできる令嬢はいないだろう。もちろん、読み取られて困る話は一切していない。

 城からすぐの屋敷の門前に立つと、どこから見ていたのか、夫人が玄関から飛び出してくる。

「まあ、ウルスラ! お帰りなさい!」

「昨日戻っていたのですが、挨拶が遅れました。申し訳ありません」

「ああもう。そんな堅苦しい挨拶はなしよ。お茶でも飲んでいきなさい、ね? ジェローム様がおいしいお茶を淹れてくださるわ」

「……いえ、ホートン候のお手を煩わせるわけにはいきません。私がやります」

 城の騎士たちは、まさかホートン候が手ずから茶を淹れるとは思わないだろう。どう控えめに見ても、誰かに用意させてふんぞり返っている姿しか想像できない。

 むしろ、そちらが似合う顔と雰囲気だ。

「たまには甘えてちょうだい。あの人も、あなたの世話を焼きたくて仕方がないのよ」

「……本当に、一家そろって世話好きですよね」

「あら。オーソンはそうでもないと思うわ。って、あらまあ、オーソンもいたの? 全然気づかなかったわ」

 本気なのか、冗談なのか。ニコニコしっぱなしの夫人の表情からは、真偽が読み取れなかった。

 それもいつものことなのだろう。オーソンは特に気にした様子もなく、夫人が門を開けるのを待っている。

「ところで、後ろはどちらの連れなのかしら?」

「私ではありませんよ」

「俺も違うからな」

 振り向くことなく、ウルスラもオーソンも即座に否定する。

「あらあらまあまあ」

 口調は困った気配をにじませているが、夫人の顔には楽しげな笑みが浮かんでいた。

 その表情が表す意味を、ウルスラはよく知っている。過去に、ウルスラも含めて、多くの人間が犠牲になったからだ。

(……おもちゃにされる前に、逃げるが勝ちなんですけどね)

 よくも悪くも、オーソンの母親だ。やることはたいして変わらない。むしろ、人生経験が豊富な分、夫人の方が質が悪い。

「ウルスラは先に入っていなさい」

 やり方を見て学びたいところだが、それを許してはくれないようだ。

 門の外で仁王立ちする夫人を、名残惜しそうに何度か振り返る。そんなウルスラに苦笑しながら、オーソンは彼女を屋敷の中へと引っ張り込む。



 スッキリした顔の夫人が戻ってくるまでに、ウルスラはホートン候の淹れた茶を三杯もおかわりするはめになった。


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