EP 9
ヤンデレ村長の過剰防衛と、バックヤードの甘い休息
みかん箱粉砕事件――もとい、三流チンピラ撃退騒動から一夜明けたポポロ村は、一見するといつも通りの長閑な朝を迎えていた。
だが、異世界コンビニの店内だけは、極めて特異でピリピリとした緊張感に包まれていた。
「……異常なし。さあ次の方、どうぞ」
レジカウンターの前に立つのは、村の農家のおじいさんである。手には太陽芋の種芋と、コンビニで買ったおにぎりが握られている。
その善良な村民に対し、レジ打ちを担当しているキャルルは、両手に『ダブルトンファー』を構え、眼光鋭く睨みつけていた。
タローマンで特注した安全靴が、床を威圧的にコツン、と鳴らす。
「あ、ああ……お代はこれで……」
「心音ヨシ。脈拍の乱れヨシ。……怪しい武器は隠し持っていませんね? ミツオさんに少しでも危害を加える素振りを見せたら、月影流・顎砕きでポポロ村の肥料にしますからね」
「ひぃぃっ! か、帰る! わし帰るっ!」
怯えたおじいさんは、お釣りをひったくるようにして逃げ帰っていった。
「……おいキャルル」
見かねた丸川光雄が、バックヤードから顔を出して低く声をかけた。
キャルルはビクッと兎耳を跳ね上げ、すぐさまトンファーを背中に隠して満面の笑みを浮かべた。
「は、はいっ! ミツオさん! おはようございます! 今日のポポロ村も平和です! 害虫は一匹たりとも、この店には入れさせませんからねっ!」
ニコニコと笑うキャルルだが、その瞳の奥には暗く重い『ヤンデレ』の炎がメラメラと燃え盛っていた。
昨日の広場での一件以来、キャルルは『ミツオに危害を加える存在』に対して過剰なまでの防衛本能を剥き出しにするようになったのだ。
月兎族の特性である異常な聴覚をフル稼働させ、来店する客全員の心音をチェックし、少しでも不穏な動きがあれば即座にトンファーで制圧しようとする構えである。
「お前なぁ……。気持ちはありがたいが、それじゃ完全に営業妨害だ。客が怯えて寄り付かなくなるだろ」
「で、ですが! 昨日みたいな輩がまた来たらどうするんですか! ミツオさんは優しすぎます! ああいう連中には、あらかじめ恐怖を刻み込んでおかないと……ふふっ、私の特注安全靴で、首の骨から順番に……」
ブツブツと物騒なことを呟き始めた村長の頭に、光雄は手刀を軽く落とした。
「痛っ!?」
「いいから、ちょっと裏に来い。リーザ、レジ代わってくれ」
「はーい! 廃棄弁当のためならお安い御用ですの!」
イートインで『ツナマヨおにぎり』を頬張っていたリーザと交代し、光雄はキャルルの首根っこを掴んでバックヤードへと引きずり込んだ。
***
コンビニのバックヤード(在庫保管室)は、ひんやりとした空調が効いており、段ボールが整然と積まれている。
光雄はパイプ椅子にキャルルを座らせると、自分もその正面に腕を組んで立った。
「キャルル。お前、昨日から一睡もしてないな?」
「えっ……?」
図星を突かれ、キャルルは目を丸くした。
光雄の観察眼はごまかせない。彼女の目の下にはうっすらと隈ができているし、何より常にピンと張っているはずの兎耳が、今は疲労で少しだけ垂れ下がっていた。
「わ、私は月兎族ですから! 月さえ出ていれば回復できますし、体力には自信が——」
「体力じゃない。『精神』の話をしてるんだ」
光雄の静かで、しかし威厳のある声に、キャルルは言葉を詰まらせた。
「村長の仕事、自警団の指揮、それに加えてこの店でのアルバイト。……さらに、俺の過剰な警護。どうロジスティクスを計算しても、お前一人のキャパシティを完全にオーバーしてる。張り詰めた糸は、いつか必ず切れるぞ」
「……だって」
キャルルは俯き、膝の上でギュッと拳を握りしめた。
「だって……ミツオさんは、誰にでも優しいから。リーザちゃんみたいなどこの馬の骨とも分からない子にまで、自分の危険を顧みずに投資して、守ろうとするから……。私がしっかり見張ってないと、どこかに行っちゃいそうで、怖いんです……」
それは、元・王女としての重圧を背負い、誰にも甘えられずに生きてきたキャルルが、初めて他人に依存してしまったが故の、脆くて重い感情だった。
相手の心音が読める彼女にとって、嘘偽りなく見返りを求めない光雄の優しさは、猛毒のように甘く、彼女の心を絡め取っていたのだ。
光雄は小さく息を吐いた。
商社マン時代、責任感が強すぎて一人で仕事を抱え込み、潰れていく優秀な部下を何人も見てきた。キャルルも同じだ。こういうタイプには、強制的に『休むことの合理性』を教え込まなければならない。
「キャルル。仕事において一番重要なのは『オンとオフの切り替え』だ」
「オンと……オフ……?」
「そうだ。常に100%の力で警戒し続けるのは、三流のやり方だ。一流は、いざという時に120%の力を出すために、休める時に完全にスイッチを切る」
光雄はそう言うと、背後の冷蔵ケースをごそごそと漁り、一つの商品を取り出した。
それは、コンビニスイーツの王様——『たっぷりホイップの極上苺パフェ』だった。
「……えっ?」
「昨日の給料日、お前、ケーキを買う時に苺をじっと見てただろ。甘いもん、好きなんじゃないのか?」
光雄が苺パフェとプラスチックのスプーンを差し出すと、キャルルの兎耳がピョコン!と勢いよく跳ね上がった。
「ほら、食え。今は『オフ』の時間だ。今日のシフトは店出しじゃなくて、在庫の賞味期限チェックに回れ。バックヤードなら客の心音をいちいち気にする必要もないだろ」
「ミ、ミツオさん……」
「俺は、お前に倒れられちゃ困るんだ。俺のビジネスプランには、お前の力が必要不可欠だからな」
キャルルは震える手でパフェを受け取った。
そして、そっとスプーンですくい、一口口に含む。
——ふわふわの生クリームと、甘酸っぱい苺のソース。現代日本の洗練されたスイーツの暴力的なまでの甘さが、張り詰めていた彼女の神経をゆっくりと溶かしていく。
「……おいしい」
ポロリ、と。キャルルの瞳から一筋の涙がこぼれた。
彼女はパフェを食べながら、こっそりと全神経を集中させ、目の前に立つ光雄の『心音』に耳を澄ませた。
ドクン、ドクン、ドクン。
そこにあるのは、嘘偽りのない、深く力強い鼓動。
下心でもなく、利用してやろうという悪意でもない。ただ純粋に、「お前を頼りにしている」「だからこそ、無理をしないで自分を大切にしてほしい」という、不器用だが圧倒的な『情』と『責任感』の音だった。
(ああ……ダメだわ。この人は、本当に)
キャルルの中で、何かが完全に『極まった』音がした。
彼女のヤンデレ気質は、光雄の冷徹なツッコミによって解消されたわけではなかった。むしろ、その完璧なリーダーシップと底知れない懐の深さに触れたことで、より純度を増して、深く、重く沈殿してしまったのだ。
「ミツオさん」
「ん? なんだ、甘すぎたか?」
「いえ。……私、在庫チェック、完璧にこなしてみせます。ミツオさんのロジスティクス?を支える、最高の右腕になりますから」
パフェを平らげたキャルルは、憑き物が落ちたような、驚くほどスッキリとした笑顔を浮かべて立ち上がった。
「そうか。頼りにしてるぞ」
「はいっ♡ ……(そのためなら、ミツオさんの邪魔になる害虫は、私が裏でこっそり全部『処理』すればいいんですよね。ふふっ、ミツオさんに心配をかけないように、完璧に、誰にもバレないように……)」
「……おい、なんか今、すげえ物騒なこと小声で呟かなかったか?」
「気のせいです! さぁ、お仕事お仕事ぉ♪」
鼻歌交じりに段ボールを開け始めるキャルルを見て、光雄は「まあ、気が晴れたならいいか」と肩をすくめた。
彼が商社マンとしての完璧なマネジメントを発揮した結果、最強のヤンデレ村長を『暴走モード』から『暗躍モード』へと進化させてしまったことに、ミツオが気づくのは、もう少し先の話である。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




