EP 10
決戦前夜の経済回しと、狂った算盤
みかん箱粉砕事件から数日。
ポポロ村の平和は保たれているように見えたが、丸川光雄の商社マンとしての危機管理能力は、静かに警鐘を鳴らし続けていた。
(あの三流チンピラども……確実に何か仕掛けてくるな)
怨恨というものは、合理性を無視して肥大化する。面子を潰された小悪党が、あのまま素直に引き下がるとは到底思えなかった。
光雄のユニークスキル【コンビニ】による店舗空間は絶対不可侵の防衛力を持つが、それはあくまで店舗内限定の話であり、村全体を覆えるわけではない。村の畑や、村人たちを守るためには、圧倒的な『面』の制圧火力が必要だった。
具体的に言えば、ポポロ村自警団が配備している『魔導誘導バズーカ』などの重火器の弾薬増強、あるいは新規の対物兵器の調達である。
しかし、ドンガン地下帝国製の最新鋭魔導兵器を買うには、莫大な資金が必要となる。
「――っちゅうわけで、至急『へそくり』を貯めなあかんと。そういうことやな、ミツオはん?」
コンビニのイートインスペース。
冷えたアイスコーヒーをストローで啜りながら、ゴルド商会のニャングルが純金の算盤をチャカチャカと弾いた。
「ああ。相手がどんな手を使ってこようが、問答無用で物理的に粉砕できるだけの『過剰戦力』を揃えておきたい。そのためには、現在進行中の『おばちゃん弁当』ビジネスの利益率を、さらに数段階引き上げる必要がある」
光雄の言葉に、ニャングルはニヤリと笑って煙管を吹かした。
彼ら二人が立ち上げた『おばちゃん弁当』ビジネスは、すでに三国国境の駐留軍の間で爆発的なシェアを獲得しつつあった。
ルナミス帝国軍の兵士たちは、地獄のような合成食『ゲロオムレツ』から解放されるため、給料を注ぎ込んで弁当を買い求めた。獣人王国軍は、RCIRレーションの固形燃料ストーブを待つ苦痛から逃れるため、喜んで物々交換に応じた。
「現状でも十分すぎるくらい儲かっとるんやけどなぁ。これ以上、どうやって利益を絞り出すんや?」
「商品の『高付加価値化』と『回転率の向上』だ。これを見ろ」
光雄はテーブルの上に、試作品の弁当をドンッと置いた。
ポポロ村特産の『米麦草』の白飯の上に、コンビニのフライヤーで揚げた『トライバードの唐揚げ』が山のように積まれ、そこにガーリッ君(自我を持ち喋るウザいニンニク)を細かく刻んで作った『特製ニンニク醤油草ダレ』がたっぷりと掛かっている。
その暴力的なまでの香ばしい匂いに、隣の席で廃棄のおにぎりを食べていたリーザが「ふおおぉぉっ!?」と奇声を上げて飛びついてきた。
「ミ、ミツオ様! なんですかその茶色く輝く神の山は!?」
「『メガ盛り・にんにく唐揚げ弁当』だ。リーザ、ちょっと試食してみろ」
「いただきますのぉぉっ!!」
リーザは箸を引ったくり、唐揚げの山に食らいついた。
「んんんっ! 衣がサクサクで、中から溢れる肉汁とニンニクのパンチが……っ! これ、一口食べたら白ご飯が三口は止まりませんのぉ!」
涙目になりながら爆速で弁当を平らげていく極貧アイドルを見ながら、光雄はニャングルに向き直った。
「原価の安いトライバードの肉も、俺の店の調味料と揚げ油を使えば、一級品のジャンクフードに化ける。これを『前線兵士向けのスタミナ特化弁当』として、強気の価格設定で売り込むんだ」
「なるほどな。過酷な任務でストレスの溜まっとる兵隊どもには、こういう脂と塩分とニンニクの暴力が一番効く。おまけに、これ食ったら闘気も爆上がり間違いなしや。……ミツオはん、あんたホンマにえげつない商売しよるで」
「褒め言葉として受け取っておくよ。製造ラインのロジスティクスは、キャルルが完璧に組んでくれたからな」
光雄が視線を向けると、バックヤードの扉の隙間から、ウサ耳をピンと立てたキャルルが「ふふっ♡」と微笑みながら親指を立てていた。
『オフ』の重要性を教えられ、在庫管理と裏方に専念するようになった彼女の能力は凄まじかった。月兎族の超動体視力と異常な聴覚を活かした計算力により、村の女性たちへの的確な指示、食材のロス削減、発注管理を秒単位で完璧にこなしているのだ。
(ミツオさんのために……ミツオさんの事業を脅かす無駄は、私が全て排除します。そして、ミツオさんに近づく害虫も……ふふっ)というヤンデレ特有の重い献身が、極めて有能な業務効率化(ロジスティクス最適化)として奇跡的な噛み合いを見せていた。
「製造ラインが盤石なら、あとはワテの出番やな」
ニャングルは立ち上がり、スーツの埃を払った。
「ゴルド商会の全輸送網を使って、このメガ盛り弁当を三国の駐屯地にばら撒いたるわ。ついでに、売上の回収と並行して、裏ルートから『極上の花火(兵器)』も仕入れといたる。ミツオはんの期待に応える、特大のやつをな」
「頼むぞ、ニャングル。相手がどんな理不尽を押し付けてこようと、経済と火力の力で合法的にすり潰す。それが俺たちのやり方だ」
「アハハハッ! 違いねぇ! 喧嘩なんてアホのすることや。ホンマの戦争は、算盤弾いて札束で殴り合うもんやで!」
***
その日から数日間、ポポロ村の経済はかつてないほどのフル回転を見せた。
コンビニの業務用フライヤーは二十四時間稼働し続け、村のおばちゃんたちは怒涛の勢いで弁当を詰め込んだ。ニャングルが指揮する輸送馬車はひっきりなしに村を出入りし、戻ってくるたびにゴルドスマイル銀行の金庫には金貨が山のように積まれていった。
最前線の兵士たちの反応は、凄まじいものだった。
ルナミス軍の塹壕では、ゲロオムレツの味に絶望していた兵士たちが、アツアツの『メガ盛り・にんにく唐揚げ弁当』を口にした瞬間、故郷の母親を思い出して号泣した。獣人軍の犬耳兵士たちは、その強烈な旨味と香りに尻尾をちぎれんばかりに振り回し、魔皇国軍でさえも「これはこれでジャンクな美学がある」と競って買い求めた。
一方、村の広場ではリーザが弁当工場と化したテントの横で『労働応援ライブ』を開催していた。みかん箱を失った彼女だが、地べたに立ってでも歌い続けるその熱意と、彼女の【Love & Money】のバフ効果により、おばちゃんたちの作業効率は常人の二百パーセント増しとなっていた。
そして、夕暮れ時。
光雄は店舗の外で、自警団リーダーのマンミアと密かに落ち合っていた。
ケンタウロス種の彼女は、攻防一体のパイルバンカー式シールド『アグニ』を背負い、真面目な顔つきで光雄の差し出した地図を覗き込んでいた。
「ミツオ殿。この赤い印が、想定される敵の侵入ルートですね」
「ああ。あいつらがもし強力な魔獣なんかをけしかけてきた場合、正面からぶつかるのは被害が大きすぎる。だから、このポイントに魔導地雷を集中させ、誘導してから十字砲火を浴びせたい」
「理にかなっています。……それにしても、ミツオ殿の戦術は非常に緻密ですね。まるで歴戦の将のようだ」
マンミアは感心したように息を吐き、チラリと光雄の横顔を見た。二十五歳になっても恋人ができたことがない彼女にとって、大人の余裕と知性を持ち、さらに自分に『手作りの豚汁とチキン』を差し入れてくれた光雄は、どうにも意識してしまう相手だった。
(い、いつか……彼を私の背中に乗せても、いいのだろうか……)
などと頬を赤らめているマンミアの乙女心など露知らず、光雄はただ黙々と防衛ライン(ロジスティクス)の構築を進めていた。
***
そして、決戦前夜。
深夜のコンビニのバックヤードに、ニャングルが巨大な木箱を運び込んできた。
重々しい蓋を開けると、そこには鈍い光を放つ最新鋭の『魔導誘導バズーカ』と、大量の高火力魔力カートリッジが鎮座していた。ドンガン地下帝国から密輸された、正規軍すら喉から手が出るほど欲しがる代物である。
「へへっ。ミツオはんの売上と、ワテのへそくりを限界まで突っ込んだ、最高傑作や。これで、どんなバケモンが来ても木っ端微塵やで」
「上出来だ。これだけあれば、マンミアたち自警団と連携して完璧な防衛網が敷ける。ありがとう、ニャングル」
光雄はその冷たい銃身を撫でながら、静かに目を細めた。
商社マンの戦いは、現場で始まるのではない。事前の準備と根回し、そして圧倒的な物量の確保によって、戦う前に勝敗は決しているのだ。
(来いよ、三流チンピラ。お前らのちっぽけな悪意なんて、俺が構築したこの『ロジスティクス』の前に、跡形もなく消し飛ばしてやる)
嵐の前の静けさの中、決戦の足音はすぐそこまで迫っていた。
だが、異世界コンビニの店長・丸川光雄の眼差しには、微塵の揺らぎもなかった。
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