EP 7
アイドルの狂気と、眩しい夢
ポポロ村に異世界初の【コンビニ】がオープンして数日が経過した。
ニャングルとの間に結ばれた『おばちゃん弁当ロジスティクス同盟』の準備は着々と進んでおり、村の女性たちを集めた調理体制の構築や、三国国境への輸送ルートの選定など、ミツオの商社マンとしての手腕がいかんなく発揮されていた。
店舗の運営自体も、キャルルの献身的な働き(とミツオへの過剰な防衛本能)のおかげで、極めて順調に回っている。
夕暮れ時。
西日が差し込むコンビニのイートインスペースで、ミツオはレジ横のコーヒーマシンで淹れたホットコーヒーを傾けながら、一息ついていた。
社畜時代には考えられなかった、穏やかで満たされた時間。
その静寂を破るのは、ミツオの対面に座って、廃棄寸前でもらいうけた『特盛りハンバーグ弁当』を凄まじい勢いで書き込んでいる青髪の少女の咀嚼音だった。
「んんんっ! このソーリーフ風味のデミグラスソースが、白ご飯に絡んで最高ですのぉ……っ!」
顔の半分をソースで汚しながら、幸せそうに咀嚼するリーザ。彼女のエンジ色の芋ジャージは今日も健在だ。
ミツオはブラックコーヒーを一口飲み、ふと湧き上がった疑問を口にした。
「なぁ、リーザ」
「はいっ? なんですかスポンサー様。もしかして、デザートのシュークリームもいただけるんですの!?」
「違う。食うこと以外に少しは脳を使え。……前から気になってたんだが、お前、シーラン国の王女なんだろ? なんでこんな極貧生活をしてまで、路上でアイドルなんてやってるんだ?」
親善大使としてこのルナミス帝国方面へやってきたことは聞いている。しかし、なぜ王族がパンの耳と公園の野草を主食にしてまで、みかん箱の上で歌うことに執着しているのか。
合理的に考えれば、国に帰るか、村長のキャルルを頼ってまともな援助を受けるべきだ。
ミツオの問いに対し、リーザは箸をピタリと止めた。
彼女は口の周りを手首で乱暴に拭うと、いつもタダ飯に目を輝かせている時とは違う、どこか真剣で、底知れない色を宿した瞳でミツオを見つめ返した。
「ミツオ様。私がステージに立って歌うと、ファン達の『時間』を奪うことができるんですの」
「……時間を奪う?」
「そうです。みんな、仕事や生活で辛いことや、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに。私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの」
リーザの瞳の奥に、ただの純真さではない、ある種の『狂気』にも似た執着の炎が揺らめいた。
「この世界は、理不尽で溢れていますわ。明日のパンに困る人もいれば、戦争で傷つく人もいる。下を向いて、溜め息をついて、ただ生きるためだけに時間をすり減らしている……そんな人たちが、私の歌を聴いて、一瞬だけ上を向いてくれる」
彼女は自分の胸の前で、ぎゅっと両手を握りしめた。
「だから、私は……ファン達の『世界』そのものになりたいんですの。彼らの視線も、お金も、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんです」
リーザの言葉に、ミツオは息を呑んだ。
それは、底なしの強欲だった。他者の時間と人生を丸ごと背負い込み、自分の魅力で支配しようという、圧倒的なエゴイズム。
だが、そのエゴの裏にあるのは「自分を見てくれた人間を絶対に幸せにする」という、途方もない覚悟だった。
「私は運命……私は物語……だから、貴方達の全てをちょうだい。Love & Money! それが、私のアイドルの流儀ですの!」
高らかに宣言するリーザを見て、ミツオの脳裏に、前世の自分の姿がフラッシュバックした。
満員電車に揺られ、蛍光灯の点滅するオフィスで、意味のないエクセル入力と理不尽な謝罪電話に追われていた日々。
ただ自分の時間を切り売りし、誰の記憶にも残らず、誰の人生も豊かにすることなく、摩耗していくだけの毎日だった。
あの頃の自分には、他人の時間を奪ってまで幸せにしようなどという『眩しい夢』も、『強欲なエゴ』も、何一つ持っていなかった。
(……叶わねえな)
ミツオは小さく息を吐き、コーヒーカップをテーブルに置いた。
一国の王女という身分を捨て、ゴミ箱を漁り、野良犬と喧嘩してでも、己のエゴ(アイドル)を貫こうとするこの少女の熱量は、ミツオの胸の奥底にある何かを静かに、しかし確実に揺さぶっていた。
「……そっか。眩しい夢を、持ってんだな」
「ミツオ様?」
「俺には、そんな眩しい夢なんてない。ただ平穏に、合理的に生きていければそれでいいと思ってた。誰かの人生を丸ごと背負って、宇宙一幸せにするなんて大層なエゴ、俺のロジスティクスじゃ到底管理しきれない」
ミツオは立ち上がり、呆然としているリーザの頭にポンッと分厚い手を乗せた。
「だから、せめてお前がアイドルになれるように、俺が応援してやるよ」
「えっ……?」
「俺が『スポンサー』になってやるって言ってんだ。ステージの設営でも、弁当の差し入れでも、グッズの流通網の確保でも、なんでもやってやる。お前はただ、その強欲な夢に向かって、全力で歌えばいい」
ミツオの言葉の意味を理解した瞬間、リーザの瞳に大粒の涙がぶわっと溢れた。
「ほ、ほんとう、ですの……? 私みたいな、落ちぶれた極貧人魚でも……ミツオ様は、私の夢に投資してくださるんですの……?」
「ああ。商社マンの勘がそう言ってる。お前のその狂気じみた『Love & Money』の精神は、いつか必ずこの大陸全土を熱狂させるってな」
投資。ロジスティクスの提供。
それはミツオにとって、ただのビジネスの延長かもしれない。だが、リーザにとっては、孤独な地下アイドル生活の中で初めて差し伸べられた、本物の救いの手だった。
「ミツオ様ああああああっ!! 一生、一生ついていきますのぉぉっ!! 私の歌で、ミツオ様を絶対に宇宙一の金持ちにして差し上げますわぁぁっ!!」
リーザは号泣しながら、ミツオの腰に力いっぱい抱きついた。ハンバーグのソースがワイシャツにベッタリとついたが、ミツオは苦笑しながら彼女の青い髪を乱暴に撫でた。
「ミ・ツ・オ・さ・ん?」
不意に、背後から絶対零度の声が響いた。
振り返ると、バックヤードから出てきたキャルルが、手にしたモップの柄をミシミシとへし折らんばかりの握力で握りしめていた。
兎耳は怒りでピンと直立し、その瞳には暗いヤンデレの炎がメラメラと燃え盛っている。
「……ずいぶんと、仲がよろしいんですね? 私という村長がいながら、そんな野良猫……いえ、野良魚に投資するなんて。ミツオさん、少しお仕置き(話し合い)が必要みたいですね」
「おいキャルル、落ち着け。これは純粋なビジネスの投資の話で——」
「問答無用です! 月影流・モップ掛け顎砕き!」
「だから話を聞けって!」
迫り来るキャルルの嫉妬の斬撃を、ミツオはラグビー仕込みのステップで華麗に躱す。
その足元では、リーザが「ミツオ様は私の大スポンサー様ですのー!」と勝ち誇ったように叫んでいた。
アイドルの狂気と、眩しい夢。そして、激重な愛情。
平和で合理的なロジスティクスを求めていたはずのミツオの日常は、ますます賑やかで、全く平穏ではない方向へと加速していくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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