EP 6
商売の匂いと、関西弁の猫耳商人
ポポロ村の朝は、活気と少しのきな臭さが入り混じっている。
大陸の三大国家が睨み合うこの緩衝地帯において、金と情報の流れは血流そのものだ。
「……ホンマ、アホくさ。どいつもこいつもしょーもない小競り合いばかりしよって」
村のメインストリートを、煙管を吹かしながら歩く男がいた。
虎柄の猫耳と尻尾を揺らし、仕立ての良い細身のスーツを着こなす青年。
ゴルド商会に所属するゴールドランク商人にして、ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店長——ニャングル(25歳)である。
彼は極端に暴力を嫌う。力で奪い合うのは「アホのすること」と公言してはばからない。
商人の本分は、相手の自尊心をくすぐり、合法的に、かつ笑顔で財布の紐を解かせることにある。彼の左手で常にチャカチャカと音を立てている『純金の算盤』は、その冷徹な計算の象徴だった。
「それにしても、妙な噂が出回っとるな。『突如として現れた、未知の物資を無限に供給する光る箱』……やと?」
煙管の先に詰めた高級ポポロシガーの煙を吐き出しながら、ニャングルは村の空き地へと足を向けた。
そして、その『光る箱』を目の当たりにし、純金の算盤を弾く手をピタリと止めた。
「……なんや、あれは」
そこに建っていたのは、一切の継ぎ目がない純白の壁と、中が丸見えの巨大な透明板で構成された異質な建造物だった。
ニャングルは恐る恐る近づき、その透明板の前に立つ。
ウィーン、という音と共に扉が勝手にスライドし、『♪テロリロリ・ローリ』という気の抜けたメロディが鳴り響いた。
「自動で開く扉……!? いや、それよりもこの冷気はなんや!?」
一歩足を踏み入れた瞬間、ニャングルの全身を快適な24度の空調が包み込んだ。
魔力による温度管理は貴族の館でも見られるが、これほど均一で完璧な空間制御はあり得ない。さらに、整然と並ぶ棚には、見たこともない極彩色のパッケージに包まれた品々が、狂気的なまでの物量で陳列されていた。
「これ、全部売り物か……? この透明な袋、これだけでどんだけ高度な錬金術が使われとるんや。それに、この冷たい箱に入っとる飲み物……」
「いらっしゃいませ。お探しのものがあれば案内しますよ」
呆然とするニャングルの背後から、低く落ち着いた声がかけられた。
振り返ると、レジカウンターの奥から一人の大男が歩み寄ってくる。
ワイシャツの袖をまくり上げ、分厚い胸板と丸太のような腕を持つ男——丸川光雄だった。
「あんたが、この店の主か?」
「ええ、丸川光雄です。オーナーをやらせてもらってます」
「ワテはニャングル。ゴルド商会の商人や。……にしても、ええガタイしとるな。商人っちゅうより、歴戦の傭兵みたいやで」
ニャングルが光雄の底知れない『闘気』を値踏みしていると、バックヤードからドタドタと足音が聞こえてきた。
「ミツオさん! 品出し終わりました! 次はどこを……って、ニャングル!?」
「おや、キャルルやないか。幼馴染のワテに向かって、なんちゅう怖い顔しとるんや」
コンビニの制服を着たキャルルが、ミツオの前に庇うように立ち塞がり、兎耳をピンと逆立ててニャングルを睨みつけた。
「ミツオさん、気をつけてください。こいつは金の亡者です。村の財務を回してくれてるのは助かりますけど、油断すると身ぐるみ剥がされますよ!」
「人聞きの悪いこと言わんといてや。ワテは適正価格で取引しとるだけやで」
ふふっ、と笑うニャングルだったが、その目は笑っていなかった。
元王女であり、ポポロ村の村長であるキャルルが、自ら平の店員として働いている。しかも、この大男を全力で守ろうとするような立ち位置で。
(……ただのぽっと出の男やないな。キャルルをここまで心酔させとる。それに、店の奥の机で、廃棄寸前の弁当を狂ったように食い漁っとるあの青髪の娘……シーラン国の王女やないか。どうなっとるんや、この店は)
ニャングルは算盤を弾き、一瞬で思考を切り替えた。
「ミツオはん。単刀直入に言わせてもらうわ。この店にある在庫、そして今後の仕入れの権利……ゴルド商会が『独占契約』で買い取らせてもらえんやろか?」
ニャングルの提案に、キャルルが息を呑む。
しかし、光雄の表情は一切崩れなかった。彼はレジ横のコーヒーマシンからブラックコーヒーを注ぎ、一口飲んでから静かに口を開いた。
「お断りします」
「……ほう。金額も聞かずに即答かいな」
「独占は、短期的には儲かっても、長期的には市場を腐らせる。俺は一部の金持ちに珍品として高く売りつけるんじゃなく、広く大衆に薄利多売で流通させたいんです。それに——」
光雄は鋭い目でニャングルを見据えた。
「あんたも、ただ商品を転売するだけの『三流の商い』をするために、わざわざ足を運んだわけじゃないでしょう? ゴルドスマイル銀行の支店長さん」
その言葉に、ニャングルの猫耳がピクリと反応した。
「……ミツオはん。あんた、商売のイロハを知り尽くしとるな」
「前職で、少しばかりロジスティクスと営業をかじっていただけですよ」
光雄はカウンターに身を乗り出し、ビジネスの核心に切り込んだ。
「俺が提供できるのは、圧倒的なコストパフォーマンスを誇る『調味料』『保存食』『日用品』、そして『安定した供給網』だ。だが、俺一人じゃこれを村の外の軍隊や都市へ大規模に売りさばくルートがない」
「……なるほど。ワテの持つ『販路』と『輸送網』が欲しいと」
「ええ。そこで提案があります。ポポロ村の農家や女性たちを雇用して、このコンビニの食材や調味料を組み合わせた『大盛り弁当』を大量生産するんです。それを、あんたの商会のルートで、国境沿いに駐留している三国(ルナミス、レオンハート、アバロン)の軍隊へ仕出しとして販売する」
その瞬間、ニャングルの脳内で凄まじい勢いで算盤が弾かれた。
(いける……! 各国の軍隊は、兵站の維持に常に頭を悩ませとる。特に不味い野戦食にウンザリしとる兵士たちにとって、安くて美味い弁当は喉から手が出るほど欲しいはずや。ミツオはんの調味料で味の底上げをし、村の女衆の労働力で加工すれば、原価は極限まで抑えられる……!)
「利益の分配は折半。製造の初期投資はこちらで持ちます。あんたは販売ルートの開拓と、資金回収のスキームを作ってくれればいい」
光雄の合理的かつ隙のない提案に、ニャングルは煙管を持つ手を震わせた。
「ミツオはん……あんた、とんでもない化け物やな。暴力やのうて、経済で大陸を制圧する気か」
「大げさですよ。ただの持続可能なビジネスモデルです」
「……ふふっ。アハハハハッ! ええで! 狂った算盤の弾き甲斐があるっちゅうもんや! その話、ゴルド商会ポポロ村支店長として、乗らせてもらうわ!」
ニャングルは純金の算盤を懐にしまい、光雄に向かって右手を差し出した。
光雄も力強くその手を握り返す。
元社畜の商社マンと、異世界の天才商人が手を結んだ瞬間だった。
「ちょっと! ニャングル、ミツオさんに変なこと吹き込んだら承知しないからね!」
「わかっとるわ。ミツオはんは、ワテの大事な『ビジネスパートナー』や」
キャルルが警戒心を剥き出しにして二人の間に割って入る中、イートインスペースからは「ふおおぉ! お弁当がいっぱい売れれば、廃棄も増えますのぉぉっ!」というリーザの歓喜の叫びが響いていた。
こうして、光雄のユニークスキル【コンビニ】を核とした、ポポロ村の経済を根底から覆す『ロジスティクス同盟』が結成されたのである。
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