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限界社畜、異世界で【コンビニ】を開店する〜女神に貰ったスキルで辺境村を救ったら、ワケありヒロインたちに囲われてます〜  作者: 月神世一


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EP 4

鉄壁のセキュリティと、風呂場でシイタケを栽培する極貧アイドル

 引っ越しの荷解き(といっても、大した手荷物はないのだが)を終えた丸川光雄は、ポポロ・コーポA301号室のソファに深く腰を下ろした。

「……静かだ。信じられないくらい、静かだ」

 現代日本で暮らしていた頃は、夜中だろうが絶えず車の走行音や、隣の部屋の生活音、そして何より社用スマホのバイブレーション音が鼓膜を脅かしていた。

 だが、このポポロ村の夜は静寂そのものだ。遠くで虫の鳴き声が聞こえる程度で、精神を削るノイズが一切ない。

 先ほど、肉まんを五つも平らげて「一生ついていきますの!」と騒いでいた極貧人魚姫のリーザをなんとか部屋から追い出し、玄関の鍵をしっかりと掛けた。

 これでようやく、本当の意味でミツオの異世界スローライフが幕を開けたのだ。

「よし。まずは風呂に入って、この身に染み付いた社畜の汗と垢を洗い流すとするか」

 ミツオは立ち上がり、脱衣所へと向かった。

 このアパートは家賃三万円(銀貨三枚)という破格の安さにもかかわらず、風呂とトイレが別になっている優良物件だ。

 ミツオはワイシャツのボタンを外し、ふんふんと鼻歌を交じりに浴室のドアノブに手を掛けた。

 ガチャリ。

 扉を開けた瞬間、ムワッとした湿気が顔を撫でた。

 湯を張った覚えはないのに、なぜか浴室の湿度が異常に高い。

 そして――洗い場の中央には、見慣れたエンジ色の芋ジャージを着た少女が、しゃがみ込んで何やらゴソゴソと作業をしていた。

「……」

「あっ! ミツオ様、お疲れ様ですの! 見てくださいませ、この浴室、湿気といい温度といい、菌床栽培には完璧な環境ですのよ!」

 満面の笑みで振り返ったリーザの手には、霧吹きが握られていた。

 そして彼女の目の前には、どこから拾ってきたのか、立派な原木が三本ほど立てかけられており、その表面にはびっしりと『シイタケ』の菌糸が植え付けられていた。

「…………」

 ミツオは無言のまま、一度浴室のドアを閉めた。

 深呼吸を一つ。

 ラグビー部時代、スクラムを組む前に精神を統一するためのルーティンを行う。

 そして、再びドアを開けた。

「……ミツオ様? どうしましたの? そんな怖い顔をして」

「幻覚じゃ、なかったか」

 ミツオはこめかみを押さえ、商社マンとしての冷徹なロジックをフル回転させた。

「リーザ。いくつか質問していいか。まずは現状の確認だ。なぜ、お前が俺の家の風呂場にいる? そして、なぜシイタケを栽培している?」

「ふふん! よくぞ聞いてくれましたの! 実は私、公園の裏手で良い感じのシイタケの原木を拾いまして! でも私の寝床ダンボールは乾燥していて栽培に向かないので、ミツオ様の浴室をお借りしようかと!」

「なるほど。百歩譲って、原木の件は不法投棄物の再利用として目をつぶろう。……最大の疑問だ。俺はさっき、お前を追い出した後、間違いなく玄関の『鍵』を掛けた。……どうやって入った?」

 アパートの鍵は、物理的なシリンダー錠だ。オートロックではないが、内側からサムターンを回して確実に施錠したのをミツオは記憶している。

 すると、リーザはジャージのポケットから、ドヤ顔で『黒ずんだ鉄の棒』を取り出した。

「これですの!」

「……なんだそれは。五寸釘か?」

「はい! さっきミツオ様のお部屋で肉まんを頂いている時に、テーブルに置いてあった鍵を、ルナミスデパートの化粧室から拝借してきた『固形石鹸』に押し付けて、こっそり型を取りまして!」

「……ほう」

「あとは公園に落ちていた太めの五寸釘を、コンクリートブロックの角で削って微調整して、合鍵の完成ですの! 我ながら完璧な錬金術サバイバルでしたわ!」

 えっへん、と胸を張る極貧アイドル。

 ミツオは天を仰いだ。

(……スパイ映画かよ。石鹸で型を取って、釘をヤスリがけして合鍵を作るなんて、プロの空き巣がやる手口だぞ。それを、風呂場でシイタケを栽培するためだけに実行するなんて……ベクトルの向きが狂いすぎてる)

 彼女の【貧乏神】というユニークスキルは、悪運に対する耐性を極限まで高めるらしいが、それにしてもこの少女のサバイバル能力は異常だった。

 生きるため、いや、タダで食糧を確保するための執念が、完全に犯罪者のそれ(セキュリティ突破)に到達している。

「……リーザ」

「はいっ! あ、もしかしてシイタケの収穫が楽しみになってきましたの!? 育ったら七対三で分けてあげますわよ!」

「事案だぞ、それ。日本の法律なら完全に住居侵入罪と窃盗未遂だ」

 ミツオの低い声に、リーザの兎耳……ではなく、青い髪の毛がビクッと跳ねた。

「ひっ……! そ、そんなつもりじゃ……! ただ、少しでも食費を浮かせようと……!」

「はぁ……」

 ミツオは深く、深くため息をついた。

 ここで怒鳴り散らして警察(あるいは自警団)に突き出すのは簡単だ。だが、相手はパンの耳と野草で命を繋いでいる16歳の少女である。

 合理的に考えて、ここで彼女を追い詰めても恨みを買うだけで、ミツオの精神的コスト(寝覚めの悪さ)に見合わない。

「……分かった。もういい。お前のたくましさには恐れ入ったよ。だが、風呂場での菌床栽培は即刻中止だ。今すぐその原木を外に出せ」

「そ、そんなぁ……! 私の貴重なシイタケちゃんたちが……!」

 リーザがこの世の終わりのような顔で原木にすがりつく。

 ミツオは再び虚空に向けて手を伸ばし、自身のユニークスキル【コンビニ】を発動させた。

 透明なウィンドウが浮かび上がり、光雄の手に一つの商品が実体化する。

「原木を片付けたら、これをやる。だからさっさと退かせ」

 ミツオが差し出したのは、現代日本のコンビニが誇る最強のホットスナック――『からあげ棒』と、ずっしり重い『ツナマヨネーズのおにぎり(大盛り)』だった。

「こ、これは……っ!?」

 からあげの香ばしい醤油とニンニクの匂いが、浴室の湿気に乗って暴力的なまでに広がっていく。

 リーザの瞳孔が限界まで開き、口の端からツツーッと一筋のヨダレが垂れた。

「鶏肉をカラッと揚げた惣菜と、米だ。シイタケが育つまで何日も待つより、こっちの方がずっとカロリー効率が良いだろ?」

「ミ……ミツオ様あああああああっ!!」

 リーザは原木を秒速で窓の外へ放り投げると、ミツオの足元に猛烈な勢いでスライディング土下座をキメた。

「やはりミツオ様は神様ですの!? 私の大スポンサー様ですのぉぉっ!!」

「だから俺はスポンサーじゃない。……ほら、食え。あと、その自作の合鍵は没収だ」

「はいっ! 喜んで差し出しますの!」

 リーザは五寸釘の合鍵をミツオに押し付けると、からあげ棒とおにぎりをひったくるように受け取り、凄まじい勢いで頬張り始めた。

「んんんっ! お肉がカリカリで、中から肉汁がジュワッて……! お米の中にはマヨネーズとお魚が……っ! こんな贅沢、バチが当たってしまいますのぉぉっ!」

 涙とマヨネーズで顔をぐしゃぐしゃにしながら食べる姿を見て、ミツオは苦笑いを浮かべた。

 商社時代、使えない部下や理不尽な取引先の面倒を見るのは日常茶飯事だったが、ここまで欲望に忠実でたくましい生き物を見るのは初めてだ。

(……まあ、見返りを求める気もないし、腹を空かせた小動物に餌をやるようなもんか。ロジスティクスには余裕があるしな)

 ミツオは、奪い取った五寸釘の合鍵をゴミ箱(スキルで呼び出した異次元廃棄スロット)に放り込んだ。

「食い終わったら、今度こそ大人しく自分の部屋ダンボールに帰れよ。俺は風呂に入るんだからな」

「はひっ! ミフオ様、ほんとうにありあとうごあいまふの!(ミツオ様、本当にありがとうございますの!)」

 口いっぱいにツナマヨを詰め込んだまま、リーザは何度も何度も頭を下げた。

 結局、ミツオが念願の風呂に浸かることができたのは、極貧アイドルが満足して帰った一時間後のことだった。

 異世界転生初日。

 チートスキルで無双するでもなく、魔王を倒すでもなく。

 丸川光雄の最初の試練は、風呂場でシイタケを栽培しようとした少女との、セキュリティ攻防戦(不法侵入)であった。

読んでいただきありがとうございます。

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