EP 3
辺境の緩衝地帯と、極貧アイドルの強引な口利き
肉まん一つで極貧の人魚姫(ジャージ姿)に懐かれてしまった丸川光雄は、彼女の案内で森を抜け、目的の集落へと歩を進めていた。
「ミツオ様! あちらに見えるのが、私の現在の拠点であり、マンルシア大陸の三大国家が交わる最強の緩衝地帯『ポポロ村』ですの!」
「……村、ねえ」
リーザが誇らしげに指差した先を見て、光雄は商社マンとしての冷静な観察眼を光らせた。
のどかな田園風景が広がっているのは確かだ。だが、村を囲む防壁はどう見てもただの木柵ではない。鈍い金属光沢を放つ魔導装甲板で補強されており、要所には『魔導対空砲』らしき物騒な砲塔が設置されている。
さらに、入り口に立つ自警団の装備は、どう見ても一介の農村のそれではない。統一された魔導防護服に、重厚な魔導ライフル。
(……どう見ても軍事要塞のインフラ設備だ。ロジスティクスの観点から見ても、あんな重火器を維持するためのサプライチェーンがこの規模の村単独で回せるわけがない。裏に強大なバックボーンがあるか、あるいは……)
光雄が内心でリスク評価を弾き出していると、リーザがずんずんとゲートの自警団に近づいていった。
「お疲れ様ですの! 今日の炊き出しはまだ余ってますの!?」
「おっ、リーザちゃんか。炊き出しは終わっちまったが……お前、今日は一段とボロボロじゃないか。後ろの兄ちゃんは?」
「ふふん! 紹介しますわ、私の新たなる大スポンサーにして、命の恩人! ミツオ様ですの!」
「いや、ただの通りすがりだ。……初めまして、丸川光雄と言います。少し、この村で休ませていただきたいんですが」
光雄は社会人としての完璧な営業スマイルと、非の打ち所のない一礼(角度45度)を見せた。自警団の男は、光雄の分厚い胸板と隙のない所作を見て、ただの素人ではないと一瞬で悟ったようだった。
「なるほど、ワケありの冒険者ってとこか。まあ、ポポロ村は来る者を拒まない。定住するなら村長に話を通す必要があるが……リーザちゃんの知り合いなら、変な奴じゃねえだろう。通っていいぞ」
「助かります」
リーザの顔パス(というか、日頃のタダ飯漁りで顔を覚えられているだけだが)のおかげで、あっさりと村への入場を果たした。
村の中は、外観の物騒さとは裏腹に活気に満ちていた。
トラクターの代わりに、岩の角を持つ巨大な牛『ロックバイソン』が畑を耕し、空にはワイバーンが飛んでいる。その一方で、見覚えのあるコンビニのような看板『タローソン』や、ファミレス『ルナキン』の店舗が存在しているという、地球の現代文明とファンタジーが歪に融合した奇妙な光景が広がっていた。
「とりあえず、村長に挨拶して身分を証明しないとな。村役場はどこだ?」
「私にお任せくださいませ! ミツオ様の定住許可から物件探しまで、この優秀なアイドルが全て口利きして差し上げますの!」
肉まんの恩義(と今後のタダ飯への期待)に燃えるリーザに手を引かれ、光雄は村の中心にある役場へと向かった。
***
村役場の村長室。
そこには、山積みの書類を前に、死んだ魚のような目で事務処理に追われる一人の少女がいた。
「……あー、もう。前村長が持ち逃げした暴行しない券の補填金計算、全然合わない……。自警団の弾薬費も高騰してるし……あぁ、苺パフェ食べたい……」
ラフな現代風のパーカーにショートパンツ、そして足元にはいかつい特注の『安全靴』を履いた少女。
頭から生えた長い兎の耳が、彼女の疲労を代弁するようにだらんと垂れ下がっている。
彼女こそが、このポポロ村の第2代村長であり、元レオンハート獣人王国の第三王女、キャルル・ムーンハート(20歳)であった。
バンッ!
「村長! 新規の移住希望者を連れてきましたの!」
「ちょっとリーザちゃん、ノックくらいしてよ……って、そちらの方は?」
キャルルは兎耳をピンと立て、光雄を値踏みするように見つめた。
「丸川光雄です。訳あって、この村に定住したいと考えています。手続きをお願いできますか?」
光雄が要件を切り出すと、キャルルはスッと立ち上がり、光雄の至近距離まで歩み寄った。
月兎族の特性である異常な聴覚。彼女は相手の心拍音と血流の音から、嘘を100%看破することができる。
(……心音に一切の乱れがない。スパイや犯罪者特有の焦りもない。ただ……なんだろう、この人の奥底から感じる、底知れない『闘気』の塊は。それに、すごく……安心する鼓動……)
キャルルは微かに頬を染めつつ、コホンと咳払いをして村長の顔に戻った。
「……事情は分かりました。ポポロ村は中立の緩衝地帯。危害を加えない限り、誰でも歓迎します。ただ、家はどうしますか? 今、空き家は少ないんですが」
「あ、それなら大丈夫ですの! 村長、『ポポロ・コーポ』のA棟301号室が空いてますわよね!? あそこをミツオ様にお貸しくださいませ!」
「え? あそこ? まあ、確かに空いてるけど……あのアパート、住人が色々と『個性的』すぎて、普通の人はすぐに出て行っちゃうわよ?」
「構いませんの! ミツオ様は野盗を素手でふっ飛ばすくらい強いですから!」
リーザの強引なプレゼンに、光雄は小さくため息をついた。
「……家賃はいくらですか?」
「光熱費込みで、月に銀貨3枚(約3万円)です。1LDKで家具家電付きですよ」
光雄の脳内で、瞬時に費用対効果(ROI)の計算が弾き出された。
1LDKで家具家電付き、光熱費込みで3万円。日本の都内ならあり得ない破格の物件だ。何か裏がある(いわゆる事故物件や、ヤバい隣人がいる)のは確実だが、野宿をするよりは遥かにマシである。
それに、光雄には『いざとなればコンビニのイートイン(絶対安全圏)に避難する』という最終手段がある。
「分かりました。そこにします。これが今月の家賃です」
光雄は、先ほど野盗から(正当防衛のついでに)没収した銀貨を3枚、デスクの上に置いた。
「契約成立ですね。歓迎しますよ、ミツオさん。私は村長のキャルル。何か困ったことがあれば、いつでも相談してくださいね」
「ありがとうございます、キャルルさん。よろしくお願いします」
光雄が自然な動作でキャルルと握手を交わすと、彼女の兎耳がピコピコと激しく動いた。彼女はヤンデレ気質を隠すように、そっぽを向いて耳を押さえた。
「じゃ、じゃあ! 鍵を渡すから! リーザちゃん、案内してあげて!」
***
村役場を出て数分。
光雄とリーザは、目的の物件『ポポロ・コーポ』の前に到着した。
木造三階建ての、どこか昭和の香りが漂うアパート。A棟(男子寮)とB棟(女子寮)に分かれているらしい。
「ここがミツオ様の新たなお城、A301号室ですの!」
リーザがドヤ顔で案内した部屋の扉を開ける。
中は思いのほか綺麗だった。広めのダイニングキッチンに、日当たりの良い和室。風呂とトイレは別。一人暮らしには十分すぎるスペックだ。
「悪くない。むしろ、前のボロアパートよりずっと快適だ」
光雄は満足げに頷き、荷物を置いた。
とりあえず、これで生活の基盤は確保できた。あとは、ユニークスキル【コンビニ】を使って物資を調達し、当面の資金を稼ぐ方法を考えるだけだ。
「さて、リーザ。案内してくれた礼だ。何か食いたいものはあるか?」
「えっ!? い、いいんですの!? じゃあ、さっきの『肉まん』とやらをもう一つ……いや、五つほど!」
ヨダレを拭いながら身を乗り出すリーザ。
光雄は苦笑しながら、空中に【コンビニ】のウィンドウを展開し、肉まんと温かいお茶を取り出してテーブルに並べた。
「ほら、食え。慌てて喉に詰まらせるなよ」
「ミツオ様ああああっ!! 一生、一生ついていきますのぉぉっ!!」
再び涙を流しながら肉まんにかぶりつく極貧アイドルを眺めながら、光雄は大きく伸びをした。
(まあ、なんだかんだで悪くないスタートだ。明日からは、この異世界での『市場調査』としゃれ込むか)
疲労もストレスもない、全く新しい生活の始まり。
光雄は久しぶりに、心からの安堵の息を吐き出し——そのまま、ゆっくりと風呂場へ向かって歩き出した。
この数時間後、その風呂場で『あり得ない不法侵入者』と遭遇し、前言を撤回することになるとは、この時の光雄はまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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