EP 7
逃亡者の不時着と、鉄壁のケンタウロス包囲網
夜空を切り裂く、一筋の黒焦げた流星。
それはロマンチックな天体現象などではなく、ムーンキャピタルの高級キャバクラから、第六の聖獣(リキ兄貴)の『聖雷・鉄拳制裁』によって文字通り物理的に弾き飛ばされた情報商材詐欺師・鮫島剛の成れの果てであった。
――ドズゥゥゥゥンッ!!
ポポロ村の外れ、収穫を控えた『太陽芋』の畑の中心に、巨大なクレーターが穿たれた。
もうもうと立ち上る土埃と、焦げたポリエステル製スーツの異臭。クレーターの中心で、全身を黒焦げにした鮫島が、ピクピクと痙攣しながら白目を剥いていた。
「あば……ば……っ、シナ、ジー……」
数億ボルトの電撃と音速を超えた物理打撃。常人なら即死しているところだが、腐っても異世界転生者としての基礎ステータス補正があったためか、鮫島は奇跡的に息の根だけは繋がっていた。
彼はカハッ、と黒い煙を吐き出しながら、ゆっくりと上体を起こした。
「い、痛ぇ……! なんなんだよあの理不尽なヤンキーは……! 俺の完璧なビジネスモデルが、暴力っていう最悪のリスクで破壊されちまった……!」
鮫島は震える手で自身の顔を触った。前髪はチリチリに焼け焦げ、自慢の金メッキ時計はドロドロに溶けて腕にへばりついている。
純金を失い、キャバクラから逃亡し、残されたのは着の身着のままのボロボロの身体だけ。
「くそっ、だが俺はまだ終わってねぇ! ポポロ村にはまだ、俺のサロンを信じ切ってるアホな情弱どもがいるはずだ。適当な『マインドセット・オーディオ魔導石』を売りつけて、逃走資金さえ稼げれば……!」
往生際悪く、再び詐欺で起死回生を図ろうとする鮫島。
だが、彼がクレーターから這い出ようと土塊に手をかけた、その瞬間だった。
――カチャッ。
周囲の暗闇から、無数の金属音が鳴り響いた。
同時に、ポポロ村の防衛システムである『自律型魔導照明ドローン』が上空に飛来し、強烈なサーチライトでクレーターの中心にいる鮫島を真上から照らし出した。
「な、なんだ!?」
「――そこまでだ、不審者」
サーチライトの逆光を背負って、重々しい蹄の音が近づいてくる。
パカッ、パカッ、という四本足の足音。
姿を現したのは、上半身が美しい女性、下半身が屈強な馬の姿をしたケンタウロス種の女騎士だった。
ポポロ村自警団リーダー、マンミア(25歳)。
彼女の左腕には、ドワーフの最新技術が詰め込まれた攻防一体の重盾『パイルバンカー式刺突シールド(アグニ)』が装備され、右手には鈍い光を放つ魔導クロスボウが鮫島の眉間を正確に捉えている。
さらにマンミアの背後からは、魔導ライフルと防弾チョッキで完全武装したポポロ村自警団の面々が、一切の隙のない陣形で鮫島を完全に包囲していた。
「な、なんだお前ら……! たかが田舎村の警備団が、なんで軍隊みたいな武装をしてやがる!」
「田舎村だと侮るから、貴様のような三流の悪党は足元をすくわれるのだ」
マンミアは冷徹な眼差しで鮫島を見下ろし、懐から一枚の手配書を取り出した。
「鮫島剛。自称ITコンサルタント。ゴルドスマイル銀行・ポポロ支店長のニャングル殿より、貴様のペーパーカンパニーの口座凍結と、詐欺容疑での身柄拘束の要請が出ている。……さらに先ほど、村長宅に『中身がただのボロ布の掛け軸』を不当な高値で売りつけたという被害届も受理した」
「っ!?」
「偽造通貨行使、詐欺、ならびにポポロ村の特別商業条約違反。貴様のビジネスとやらには、コンプライアンスの欠片も存在しないようだな」
マンミアの理路整然とした罪状の読み上げに、鮫島の顔から血の気が引いた。
ニャングルの口座凍結の手回しが、予想以上に早すぎたのだ。これで完全に逃走資金は絶たれた。
「ま、待て! 話せば分かる! これはウィンウィンの取引だったんだ! あのエルフも喜んでいただろ!? 詐欺じゃない、情報という付加価値を提供しただけだ!」
「詭弁だな。実体のない価値で弱者を騙し、搾取する。ノブリス・オブリージュの精神を持たぬ貴様のような輩を、私は最も軽蔑する」
チャキッ、とマンミアがクロスボウの安全装置を外した。
圧倒的な武力と、揺るぎない正義感。鮫島の得意とする『口先だけのハッタリ』が最も通用しない、堅物の騎士。
「大人しく投降しろ。さもなくば、この場で私の鎖で捕縛し、村の広場まで引きずり回すことになる。判決はすでに下っている。ドンガン地下帝国の強制労働か、マグローザ漁船のタコ部屋か……好きな方を選べ」
マグローザ漁船。
その単語を聞いた瞬間、鮫島の脳裏に、かつて同じようにイキり散らしていた詐欺師・火原元が絶望の表情でドナドナされていった光景がフラッシュバックした。
「ふ、ふざけるな! 俺は選ばれた人間なんだ! こんな田舎で、一生マグロを釣るだけの底辺労働者になってたまるかよぉぉっ!」
極度の恐怖とパニックで、鮫島の中で何かが弾けた。
彼は錯乱したように叫びながら、マンミアに向かって、絶対に言ってはいけない『地雷』を踏み抜いてしまった。
「大体なんだお前は! 堅苦しい正義感振りかざして! どうせ男日照りのヒステリー女だろ! 見りゃ分かるぜ、25歳にもなって恋人の一人もいねぇ、売れ残りのクリスマスケーキ女がぁぁっ!!」
――ピタッ。
ポポロ村の夜風が、完全に止まった。
周囲を囲んでいた自警団の男たちが、「あっ」という顔をして一斉に数歩後退りする。
マンミアの動きが、彫像のように停止した。
「…………今、なんと言った?」
マンミアの声が、地獄の底から響くような、絶対零度のそれに変わった。
アナステシア世界において、16歳で成人・結婚が当たり前の文化圏において、『25歳独身』というワードはマンミアにとって魂を抉られるほどの最恐のトラウマである。
彼女の美しい顔が、夜叉のように歪む。
「私が……売れ残りだと……? 毎晩、半額のケーキを泣きながら食べている私の痛みを……貴様のようなクズが、嗤うのかぁぁっ!!」
ギュイイイイイイィィィンッ!!
マンミアの左腕に装備されたシールドの内蔵機構、パイルバンカー『アグニ』が、持ち主の凄まじい怒りの闘気に呼応して、危険な駆動音を立てて回転を始めた。
「対象を『完全なる敵対者』と認定。……粉砕するッ!!」
マンミアがケンタウロスの強靭な四肢で地面を蹴り上げ、時速80kmに達する『チャージタックル』の体勢に入った。鋼鉄をも貫くパイルバンカーの杭が、鮫島の眉間へと一直線に向けられる。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
死の恐怖が、鮫島の全身を駆け巡った。
このままでは、文字通り頭を串刺しにされる。
ステータス偽装の能力など、圧倒的な物理暴力の前では何の役にも立たない。
「こ、こうなったら仕方ねぇ! ギリルクさんから貰った保険を使うしかねぇぇっ!」
鮫島は震える手で、懐から一つのカプセルを取り出した。
それは、犯罪結社ナンバーズから緊急時の護身用(あるいは自爆口封じ用)として渡されていた、アバロン魔皇国産の違法な『魔獣カプセル』である。
「食らいやがれ! 出てこい、俺のブルーオーシャンッ!」
鮫島が狂ったように叫びながら、カプセルを地面へと力任せに叩きつけた。
パリンッ!とガラスが割れる音と共に、カプセルの中からドス黒い紫色の瘴気が爆発的に膨れ上がった。
突進してきていたマンミアが「チッ!」と舌打ちをし、瘴気を警戒して急ブレーキをかけ、後方へと跳躍する。
立ち込める紫の煙の中から、地鳴りのような低い唸り声が響き渡った。
『グルォォォォォォォォォォォ…………ッッ!!』
煙を切り裂いて姿を現したのは、体長五メートルを超える巨大な漆黒の魔狼――『ガルム』であった。
三つの目と、血の滴る巨大な牙。その全身からは、周囲の植物を一瞬で枯死させるほどの猛毒の魔力が立ち上っている。
「ひゃははははっ! 見たか! これが俺の真の力だ! さあガルム! あの偉そうなケンタウロス女を噛み殺せぇっ!」
鮫島は魔獣の背後に隠れながら、マンミアに向かって勝ち誇ったように指を差した。
しかし。
鮫島剛という男は、致命的な勘違いをしていた。
彼は【ステータス偽装】で自分をLv.99の勇者だと偽り続けてきたせいで、自分自身の『本当の非力さ』を完全に忘却していたのだ。
彼には、魔獣を使役するテイマーのスキルも、圧倒的な魔力で魔獣を従わせる覇気も、何一つ持っていないということを。
『グルルルルル……』
ガルムの三つの赤い眼球が、ギョロリと動いた。
魔狼が視線を向けたのは、正面にいる警戒態勢のマンミアたちではない。
背後でキャンキャンと騒ぎ立てている、最も弱く、最も無防備で、最も美味しそうな『肉(鮫島)』であった。
「……えっ?」
鮫島と、ガルムの視線が完全に交差した。
ガルムの巨大な口から、ダラァッ……と猛毒のヨダレが零れ落ち、鮫島のテカテカの青スーツをジュッと溶かす。
「あ、あれ……? ちょっと待って。俺、ご主人様……だよな? コミット……アグリー……?」
『ガアァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!』
「話が違うぅぅぅぅぅぅぅっ!! 助けて、ママぁぁぁぁぁっ!!」
命令を下すはずの主人が、自ら召喚した魔獣の『最初の標的』として認識され、絶叫を上げながら広大な芋畑を逃げ惑う。
マンミアと自警団の面々は、そのあまりにも間抜けな自滅劇を前に、構えていた武器を思わず下ろし、ぽかんと口を開けて見守ることしかできなかった。
情報商材詐欺師の最期の悪足掻きは、かくして、彼自身を食物連鎖の最底辺へと突き落とす最悪のトリガーを引いてしまったのであった。




