EP 6
キャバクラ豪遊の代償と、聖雷の鉄拳制裁
女性向けテンプレ強制空間、ムーンキャピタル。
永遠の17歳を自称する世界神カグヤが統治するこの街は、少女漫画や女性向けWeb小説の王道シチュエーションが物理法則レベルで強制発動する、きらびやかで狂った大都市である。
その一角、一晩で金貨数百枚が飛び交う最高級キャバクラ『ルナティック・ムーン』の最奥VIPルームは、この日、一人の成金男の底抜けの狂騒に包まれていた。
「あははははっ! さあ、どんどん飲んでくれよマイ・エンジェルたち! 今日は俺の奢りだ! シャンパンタワー、もう一基コミット(追加)しちゃおうか!」
無駄にテカテカ光る青いダブルスーツに身を包んだ男――情報商材詐欺師の鮫島剛が、金メッキの高級腕時計をこれ見よがしにチラつかせながら高笑いした。
鮫島の両脇には、ムーンキャピタル特有の「港区女子風」の洗練されたドレスを纏った美しいキャバ嬢たちがぴったりと寄り添い、甘ったるい声を上げている。
「きゃーっ! ゴウさんすごぉーい! 圧倒的ナンバーワンの器ですぅ!」
「こんな大きな純金、私初めて見ましたぁ♡ ゴウさんって本当に、世界を股にかけるスーパーITコンサルタントなんですねっ!」
キャバ嬢たちの視線の先、大理石のテーブルの中央に鎮座しているのは、鈍く、しかし圧倒的な質量で黄金の輝きを放つ『純金のインゴット』だった。
数日前、ポポロ村の広場でアホな天然エルフ(ルナ・シンフォニア)から、銅貨3枚のゴミ掛け軸と引き換えに巻き上げた戦利品である。
「当然さ。俺のビジネスモデルは常にブルーオーシャンだからね。あんな田舎村の情弱エルフなんて、俺のマーケティング戦略にかかれば一瞬でマネタイズできちゃうわけよ。いやぁ、無知って怖いよねぇ!」
高級シャンパンをラッパ飲みしながら、鮫島は人生の絶頂を謳歌していた。
【ステータス偽装】という、実際の能力は1ミリも上がらないハッタリ専用のユニークスキル。それだけで、自分は数億円の資産を手に入れたのだ。コロシアムでスライムに怯えて失禁した過去も、ナンバーズのギリルクに怯える日々も、もう終わりだ。この純金を元手に別の国へ飛び、本物の大富豪として一生遊んで暮らす。その完璧な青写真が、鮫島の脳内には完成していた。
「さあ、お会計を頼むよ、ボーイ。支払いはもちろん、この純金から適当に削り取って持って行ってくれ。釣りは君たちへのチップだ、圧倒的なROI(投資利益率)だろ?」
鮫島が指を鳴らすと、屈強な黒服のボーイが恭しく頭を下げ、純金のインゴットへと手を伸ばした。
だが。
ボーイの指先が、黄金の表面に触れようとした、まさにその瞬間だった。
――シュゥゥゥゥ……ッ。
「……ん?」
「あれ?」
純金のインゴットの表面から、唐突に淡い『翠緑色の光の粒子』が揮発し始めた。
光の粒子はホタルボタルのように空中に舞い上がり、フッ、と幻のように消え去っていく。それと同時に、眩いばかりの黄金の輝きが、まるでメッキが剥がれ落ちるように急速に色褪せ始めた。
「な……なんだこれ? おい、純金が……黒く、いや、灰色に……?」
鮫島の顔から、酔いが一瞬で吹き飛んだ。
黄金の輝きはものの数秒で完全に消失し、大理石のテーブルの上に残されたのは、ゴツゴツとした、どこにでも落ちているような『薄汚れた巨大な漬物石』だった。
天災エルフ・ルナが善意でかけた自然魔法の持続時間、すなわち『72時間(三日間)』というタイムリミットが、正確にこの瞬間に訪れたのである。
「えっ……? 石……?」
「ちょっと、なにこれ。ただの石ころじゃない」
先ほどまで鮫島に擦り寄っていたキャバ嬢たちの声色から、甘さがミリ単位で消え去り、絶対零度の冷たさへと変わった。
黒服のボーイが、無言のままその『漬物石』を持ち上げ、コンコンと硬さを確かめ、そして極めて事務的な、殺意を帯びた声で宣告した。
「お客様。当店では、その辺の道端の石っころでのお支払いは受け付けておりません。……本日のご飲食代、シャンパンタワー二基を含めまして、金貨50枚(約50万円)になります」
「ま、待て! 違う! これは本物の純金だ! 何かの間違いだ! そうだ、俺のスキルで!」
パニックに陥った鮫島は、慌てて石ころに手をかざし、ユニークスキル【ステータス偽装】を発動しようとした。
だが、何度念じても、石ころは石ころのままだった。鮫島のスキルは『文字の表記』を変えるだけであり、物理的な外見や物質そのものを黄金に変化させるような高等魔法の力は一切持ち合わせていないのだ。
「ち、違うんだ! 俺は騙されたんだ! あのクソエルフ、俺に偽金を掴ませやがったんだぁぁっ!」
「……お客様。お支払いいただけないということでよろしいですね? 俗に言う、無銭飲食というやつで」
黒服のボーイたちの目が、完全に『狩人』のそれへと切り替わった。
ムーンキャピタルの夜の街は、夢と魔法でできているわけではない。そこにあるのは、圧倒的な資本主義と暴力のルールだ。
「ひぃっ!? 待って、俺はナンバーズの幹部と知り合いで……っ! ああっ!」
黒服たちに腕を掴まれそうになった鮫島は、恐怖のあまり激しく身をよじった。
その拍子に、テーブルの上に置かれていた『巨大な漬物石』がゴロンと転がり、VIPルームの床を滑って、隣のボックス席へと勢いよく転がっていった。
ゴスッ!
「……ああん?」
漬物石がぶつかった先。
そこには、キャバクラの喧騒の中でただ一人、静かにグラスを傾けている奇妙な客がいた。
一切の妥協なく超強力ポマードでビシッと固められた黄金のリーゼントヘア。背中に『第6聖獣 麒麟降臨』『全国制覇』というヤンキー文字が金糸でド派手に刺繍された光沢ジャージ。そして、こんな高級店であるにもかかわらず、足元に履き古した『便所サンダル』を引っ掛けている男。
第六の聖獣にして次元超越者、陸奥騎麟――通称『リキ兄貴』である。
リキ兄貴は、咥えていたショートホープの煙をふぅと吐き出しながら、自分の便所サンダルにぶつかった巨大な石ころを見下ろした。
そして、ゆっくりと首を巡らせ、真っ青な顔で立ち尽くしている鮫島を、鋭い三白眼で睨みつけた。
「……おい。誰の許可得て、俺のサンダルに石ころぶつけてんだ、コラ」
その低くドスのある声は、決して声を荒らげているわけではないのに、VIPルームの重力を数倍に跳ね上げたかのような圧倒的なプレッシャーを放っていた。神格存在の放つ、本物の『覇気』である。
しかし、状況が飲み込めていない極度のチキンである鮫島は、追い詰められた恐怖から、逆に一番やってはいけない「イキり(虚勢)」のスイッチを入れてしまった。
「な、なんだお前! そのダサいジャージと便所サンダル! ここをどこだと思ってやがる! 俺は年商億超えのコンサルタントだぞ! 場違いなヤンキーがしゃしゃり出てんじゃねぇ!」
「……ほぉ?」
リキ兄貴の眉が、ピクリと動いた。
彼はショートホープの吸い殻を携帯灰皿にポンと弾き入れると、グラスに残っていたバーボンを一息に飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。
「ダサいジャージ、ねぇ。……兄ちゃん、あんた中身のねぇペラッペラの言葉で、自分を大きく見せるのが得意みたいだな」
リキ兄貴が一歩、鮫島へと近づく。
ただそれだけで、空間そのものがビリビリと共鳴し、キャバクラの照明が明滅を始めた。
「俺はな、美味い酒を静かに飲んで、明日からの面倒な仕事(神の業務)に備えようと思ってただけなんだよ。だがな……てめぇみたいな、他人のフンドシで相撲を取って、口先だけで弱者から搾取するセコい詐欺師の匂いが、一番酒を不味くすんだよ」
「ひっ……!? な、なんだお前、近寄るな! ナンバーズのギリルクさんに言いつけてやる!」
「ナンバーズ? 知らねぇな。地元のガキの不良グループか?」
リキ兄貴は鮫島の胸倉を、片手で軽々と掴み上げた。
鮫島の足が床から浮く。抵抗しようにも、まるで万力で固定されたようにピクリとも動かない。
「ステータスだの、コンサルだの、小難しい理屈をこねてんじゃねぇ。男なら、自分の拳と生き様でケジメつけやがれ」
リキ兄貴が右拳を強く握り込んだ瞬間。
彼の拳に、神をも穿つ無次元の聖なる雷――『紫銀色の極大電撃』がバチバチと音を立てて収束し始めた。
それは、魔法や闘気といったアナステシア世界の法則を無視した、純粋にして圧倒的な『暴力の神格化』だった。
「ひぃぃぃっ!? ご、ごめんなさい! 俺が悪かったです! 許して、ママぁぁっ!」
「遅ぇよ。歯ァ食いしばれや」
リキ兄貴の右腕が、しなる鞭のように引かれ――そして、音速を超えて鮫島の顔面へと叩き込まれた。
「聖雷・鉄拳制裁ッ!!」
――ドゴバァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!
VIPルームの中で、小型の雷が落ちたかのような轟音と閃光が炸裂した。
数億ボルトの聖なる雷が鮫島の細胞を駆け抜け、彼が身につけていたテカテカの青スーツも、金メッキの時計も、すべてを一瞬で黒焦げの消し炭に変える。
圧倒的な衝撃波はキャバクラの分厚い防音壁を紙屑のように吹き飛ばし、鮫島の身体はムーンキャピタルの夜空へと、一直線の流星となって打ち上げられた。
「あばばばばばばばばばばっ!?」
感電と打撃の二重苦で全身から白煙を上げながら、夜空の彼方へと消えていく情報商材屋。
壁に大穴が空き、静まり返ったキャバクラの店内で、リキ兄貴は乱れたリーゼントを手のひらで撫でつけて整え、チッ、と舌打ちをした。
「……たく。せっかくの酒が不味くなっちまった。おいボーイ、壁の修理代とさっきの男のツケ、これで足りるか?」
リキ兄貴は懐から分厚い札束(女神ルチアナの経費から勝手にくすねたもの)をテーブルに叩きつけると、便所サンダルの音を響かせながら、悠然と夜の街へと消えていった。
一方、空の彼方へ吹き飛ばされた鮫島は、全身黒焦げのまま、自分がかつて「ブルーオーシャンだ」と見下していたド田舎――ポポロ村の方向へ向かって、凄まじい速度で弾き飛ばされていた。
彼を待ち受けているのは、安息の地ではない。
完璧なロジスティクスと軍事力で武装した、鉄壁の村の自警団が待ち構える、真の地獄の入り口であった。
読んでいただきありがとうございます。
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