EP 8
無駄な悪足掻きと、食物連鎖の頂点
夜のポポロ村の外れ、収穫期を迎えた広大な『太陽芋』の畑に、情けない絶叫と巨大な獣の咆哮が交差していた。
「ひぃぃぃぃっ! 来るな! 離れろぉぉぉっ!!」
テカテカの青スーツを真っ黒に焦がした情報商材詐欺師・鮫島剛が、涙と鼻水を撒き散らしながら芋畑の中を全力で逃げ惑っている。その背後には、彼自身が『魔獣カプセル』から召喚してしまった巨大な漆黒の魔狼――ガルムが、三つの赤い眼球をギラつかせ、涎を垂らしながら猛スピードで追従していた。
本来であれば、テイマーの使役魔法や圧倒的な魔力で屈服させてから運用すべき軍事用魔獣である。己をLv.99の勇者だと【ステータス偽装】で思い込ませ、ただハッタリだけで生きてきた鮫島に、この凶悪な魔獣を制御できるはずがなかった。
「自業自得とはいえ、あまりにも間抜けすぎる……。だが、あのまま放置すれば村の農地に被害が拡大するな」
騒ぎを聞きつけ、村長宅から駆けつけてきた異世界コンビニ店長・丸川光雄は、荒らされていく太陽芋の畑を見て、商社マンとして最も忌むべき『ロジスティクスの破壊(損害)』に眉間を深く寄せた。その後ろには、キャルル、リーザ、キュララ、そして天災エルフのルナがゾロゾロと続いている。
「ミツオさん! 私が流星脚であの駄犬の首をへし折ってきましょうか!?」
「待て、キャルル。お前が全力でやったら、魔獣もろともあの畑の太陽芋が全部吹き飛んでペースト状になっちまう。被害を最小限に抑えつつ、確実な利益を回収するぞ」
ミツオが冷徹な損益分岐点の計算を終えた、その時だった。
「お任せくださいませミツオ様! 今日の私のご飯のためなら、あんな野良犬、私が綺麗にお掃除して差し上げますわ!」
エンジ色の芋ジャージを翻し、極貧地下アイドルのリーザが意気揚々と前に出た。
彼女の背中には、特製の『お賽銭箱型掃除機』が背負われている。リーザはノズルをガルムへと向け、スイッチを最大出力へと押し込んだ。
「私の太客を奪おうとした罪、万死に値しますわ! 吸い込みますわよおおおぉぉっ!!」
ギュイイイイイイイィィィンッ!!
夜の畑に、工業用ダイソンもかくやという凄まじい吸引音が鳴り響いた。
ユニークスキル【貧乏神】の理不尽なデバフ効果が、掃除機のモーター音と共に発動する。
『ガアァァァ……ッ!?』
獲物(鮫島)に飛びかかろうとしていたガルムの動きが、空中でピタリと止まった。
魔狼の強靭な肉体を覆っていたドス黒い闘気と、その身に宿る高い魔力ステータスが、目に見える『黄金の粒子(硬貨の形)』となって、ズボボボボッ!と掃除機のノズルへと根こそぎ吸い込まれていく。
「ふははははっ! 素晴らしいですわ! 攻撃力、防御力、素早さ、そして魔力! 全て私の貧乏神オーラの前では無に還るのですわ!」
リーザが高笑いする中、数秒前まで体長五メートルを誇っていた狂暴な魔狼ガルムは、みるみるうちに一回りも二回りも縮んでいき、最終的には毛並みのボサボサな、栄養失調の野良犬のような姿へと成り果ててしまった。
ステータスの物理的な没収。これこそが、最底辺を這いずる極貧人魚の持つ最凶のデバフ能力である。
「ガ、キャンッ……クゥゥン……」
すっかり牙を抜かれ、膝をガクガクと震わせてへたり込むガルム。
だが、巨大な魔獣としての基礎骨格が残っている以上、まだ反撃の余地はある。ミツオは確実な『検品』を刺すべく、傍らでスマホを構えて呑気にゲリラ配信をしていた黄金の天使へと手を差し出した。
「キュララ! 弾だ!」
「えぇ〜っ!? ちょっとミツオさん、私は愛とマネーのゴッドチューバーであって、武器屋じゃないんだけど〜! 今、リスナーに私の可憐な姿をアピールしてる最中――」
「晩飯の極上寿司、お前だけ抜きにするぞ」
「はーい喜んで! M4カービン、お待ちどおさまぁっ♡」
天使の矜持を秒速で胃袋に売り渡し、キュララは自身の亜空間インベントリ(魔法少女特有の四次元ポケット)から、魔法のステッキでも聖剣でもなく、黒光りするアメリカ製の軍用アサルトライフル『M4カービン』を取り出し、ミツオの手に恭しく押し付けた。
「よし」
ミツオはネクタイを少し緩め、一切の無駄がない洗練された動作でM4カービンを構えた。
チャキッ、とボルトを引き、セレクターをバースト射撃に合わせる。商社マン時代に培った(?)のか、あるいはこの異世界での数々の修羅場を潜り抜けた経験からか、彼の射撃フォームにはプロの傭兵すら青ざめるほどの冷酷な合理性が宿っていた。
「不良債権は、これで完全償却だ」
ダダダンッ! ダダダンッ!
夜の畑に、乾いた銃声が連続して響き渡った。
ミツオの放った5.56mm弾は、リーザのデバフによって装甲(防御力)を完全に剥がされたガルムの急所――四肢の関節と魔力器官を正確無比に撃ち抜いた。
『ギャウゥゥゥゥッ!!』
致命傷には至らないものの、完全に機動力を奪われたガルムは、ドサリと芋畑の土の上に倒れ伏した。
逃げ惑っていた鮫島は、すぐ背後で起きた圧倒的な暴力の制圧劇に、腰を抜かして泡を吹いている。
「検品完了だ。後は適当に縛って、冒険者ギルドに素材として引き渡せば――」
ミツオが銃口を下げ、事後処理のロジスティクスを構築しようとした、まさにその時だった。
「まぁまぁ。かわいそうなワンちゃん。あんなにボロボロになってしまって……」
ふわりと、春風のような甘い香りを漂わせながら、フリフリのお嬢様ドレスを着たルナ・シンフォニアが一歩前に進み出た。
彼女は純度百パーセントの慈愛に満ちた瞳で、倒れ伏す魔狼ガルムを見つめている。
「自然の摂理から外れた召喚魔法で呼び出され、挙句の果てに銃で撃たれてしまうなんて。私、こんな痛ましい姿を見ていられませんわ」
「おい、ルナ。妙な気を起こすなよ。そいつは保護動物じゃない、凶悪な魔獣だぞ」
ミツオが警告するが、ルナはニコニコと微笑んだまま、両手を胸の前で優しく組んだ。
「ええ、分かっておりますわ。ですから、私が安らかなる『母なる自然』へと還して差し上げますの。……さあ、いらっしゃい。私の可愛いマンティラちゃん♡」
ルナが指先で虚空に円を描いた瞬間。
ポポロ村の豊かな大地が、ドゴォォォォンッ!!と凄まじい音を立てて爆発した。
土を吹き飛ばし、地下深くから這い出してきたのは――直径十メートルはあろうかという、禍々しい極彩色の巨大な『食虫植物』であった。
無数に蠢く太い触手、滴り落ちる強酸性の溶解液、そして何より、内側に何重にも鋭い牙がびっしりと生え揃った、ブラックホールのような巨大な捕食口。それは、エルフの女王候補が操る、生態系の頂点に君臨する最悪の古代植物だった。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
鮫島が、そしてへたり込んでいたガルムすらもが、本能的な死の恐怖に悲鳴を上げた。
「さあ、マンティラちゃん。遠慮しなくていいのよ? たっぷりとお召し上がりなさいな♡ ではワンちゃん、私のマンティラちゃんの『極上の餌』になって、自然のサイクルの糧となってくださいませね♡」
ルナが天使のような笑顔で指揮棒を振るうように手を振ると、巨大食虫植物マンティラは「シャァァァァッ!」と歓喜の産声を上げ、無数の触手で魔狼ガルムをグルグル巻きに捕縛した。
『ギャアアアアアアッ! ガ、ガアァァァァッ!』
「うふふっ、マンティラちゃんったら、よっぽどお腹が空いていたのね。いっぱい食べて大きくなるのですよ♡」
ミシミシ、メキメキッ、という骨が砕ける生々しい咀嚼音と、強酸で肉が溶けるジュゥゥゥッという音が、静かな夜の畑に響き渡る。
先ほどまで恐怖の象徴だった巨大魔狼が、一瞬にして『巨大植物のただのオーガニックな肥料』として丸呑みにされ、完全に消化・消滅していく光景。
「あ、あわわわわ……っ」
その一部始終を間近で見ていた鮫島剛は、ガクンと首を垂れ、完全に意識を失って気絶した。彼の股間からは生温かい液体が広がり、ハッタリだけで生きてきた詐欺師のプライドは、文字通り消化液に溶かされて消滅した。
「ふぅ。これで自然の調和は保たれましたわね。殿方、私、少しはお役に立てましたでしょうか?」
ガルムを跡形もなく平らげ、満足げにゲップをする巨大食虫植物を背に、ルナは花が咲くような無邪気な笑顔をミツオに向けた。
「…………」
ミツオは、まだ硝煙の匂いが残るM4カービンを静かに下げ、額に滲んだ冷や汗を拭った。
詐欺師のハッタリ、極貧人魚のデバフ、天使の火器提供。どれも常軌を逸しているが、まだ『計算』できる範疇だ。
だが、この善意100%で対象を惨たらしく捕食させるエルフだけは、商社マンのロジックが全く通じない。
「……キャルル。俺のロジスティクス管理の経験から導き出された結論を言っていいか」
「は、はい……ミツオさん……」
震える兎耳を押さえながら、キャルルが引きつった顔で頷く。
ミツオは、ニコニコと微笑む天災エルフを指差して、確信を込めて断言した。
「この中で一番ヤバいのは、間違いなくあのサイコパス(ルナ)だな」
「……うん。私も、そう思います……」
歩く天災の圧倒的な生態系ヒエラルキーを見せつけられ、異世界コンビニ店長とヤンデレ村長は、静かに、そして深く同調し合うのだった。
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