第三章 天然天災エルフの狂気と、情報商材詐欺師の自滅
迷子の天災エルフと、純金(三日限定)のチップ
マンルシア大陸の中央に位置する絶対中立の緩衝地帯、ポポロ村。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三大国家が国境を接するこの地は、かつては血生臭い小競り合いが絶えない辺境の村だった。しかし現在、この村の経済(GDP)は約6億7,000万円という異常な数値を叩き出し、三大国家すら迂闊に手出しできない強固なロジスティクス拠点へと変貌を遂げている。
その経済的発展の中心にあるのが、一切の継ぎ目がない純白の壁と防犯ガラスで構成された異世界初の店舗――『異世界コンビニ』である。
「よし、本日の納品スケジュールは完璧だな。おばちゃんたちの弁当ラインもフル稼働中。魔導火器のメンテナンス費用も先月の黒字で十分にカバーできている」
店長の丸川光雄は、バックヤードで魔導通信石と連携させたタブレット端末を睨みながら、在庫管理と資金繰りの計算を終えてふうっと息を吐いた。
先日、村に潜り込んで情弱ビジネスを展開しようとした詐欺師の火原元を、ニャングルと共に経済的・法的にすり潰し、マグローザ漁船のタコ部屋へと出荷したばかりだ。村には再び平穏なスローライフ(という名の激務)が戻ってきている。
「さて、店頭の品出し状況でも確認するか」
ネクタイを締め直し、ミツオが店舗の外へ出たその時だった。
ポポロ村の長どかな未舗装のメインストリートに、明らかにこの開拓地には不釣り合いな『異物』が紛れ込んでいた。
「困りましたわ〜。キャルルさんやリーザさんたちを探してやって来たのですけれど……ここはいったい、どこなのでしょうか?」
道のど真ん中で、オロオロと周囲を見回している一人の少女。
透き通るような白い肌に、長く美しい金糸の髪。そして、ピンと尖った長い耳。紛れもないエルフ族である。
だが、ただのエルフではない。彼女が身に纏っているのは、フリルとレースが幾重にも重なった、まるで舞踏会にでも出席するかのような極めて豪奢でフワフワとしたお嬢様ドレスだった。土埃の舞うポポロ村の道には、冗談のように場違いである。
しかし、ミツオの商社マンとしての危機感知センサー(リスクアセスメント)が激しく警鐘を鳴らしたのは、彼女の服装に対してではない。
彼女の『周囲の環境』がおかしいのだ。
少女が歩を進めるたび、道端に生えている名もなき雑草が一斉に彼女の方へとお辞儀をするように頭を垂れている。それどころか、近くの民家の庭先に植えられていたポポロ村名物の『たまんネギ(賢者モード)』や『ネタキャベツ』たちが、自ら土から引っこ抜けてポンポンと跳ねながら彼女の足元に集い、まるで女王を崇めるように擦り寄っているではないか。
(なんだあいつ……歩くたびに生態系が狂ってやがる。ただの迷子じゃねえな)
ミツオは警戒度を最大に引き上げながらも、接客業の基本である営業スマイルを顔に貼り付けて少女に近づいた。
「いらっしゃいませ。道に迷われたのですか? お客様」
「あら? まぁ、ごきげんよう」
声をかけられた少女は、ふわりと花が咲くような、極めて純真で悪意の欠片もない笑顔を向けた。
「私、ルナ・シンフォニアと申しますの。世界樹の森から、お友達に会うためにこのポポロ村までやって来たのですけれど……どうやら道を間違えてしまったみたいで。私、少しだけ方向感覚がお茶目なんですの」
少しだけ、どころの騒ぎではないだろう。世界樹の森からポポロ村までは、熟練の冒険者でも数日はかかる距離である。それを一人で、しかもこんなピクニックのようなドレス姿で迷い込んでくるなど、道中の魔獣や盗賊がどうなったのか想像するだけで恐ろしい。
「ルナ……シンフォニア」
その名前に、ミツオは聞き覚えがあった。
村長のキャルルや、居候のリーザたちが時折ファミレスの『ルナキン』で女子会を開いている際、魔導通信石越しに楽しげに会話している相手。世界樹の神託を受けた次期エルフ女王候補であり、息をするように市場経済と倫理観を破壊する『歩く天災』の話は、ニャングルからも散々聞かされていた。
(こいつが、善意で村を火の海にし、善意で他人の腎臓を売ろうとする天然サイコパスエルフか……! なぜこんな最悪のタイミングで視察に来やがった!)
内心で冷や汗を流しながらも、ミツオは表面上は完璧なポーカーフェイスを維持した。
ここで彼女の機嫌を損ねたり、変に村を案内して余計なものを見せたりすれば、彼女の『善意』が発動して村のロジスティクスが根底から破壊されかねない。
「ルナ様ですね。キャルルやリーザたちのお知り合いとは存じております。彼女たちをお探しなら、ここからまっすぐメインストリートを抜けた突き当たりにある、一番大きな5LDKの建物……村長宅に全員集まっていますよ」
「まぁ! そうだったのですね! ご親切に教えていただき、本当にありがとうございますわ!」
ルナは両手を合わせてパァッと顔を輝かせた。
面倒な爆弾は、さっさとトラブルメーカーたち(シェアハウスの面々)の元へ送り届けて処理を丸投げするに限る。ミツオは「それでは、道中お気をつけて」と踵を返そうとした。
「お待ちになって。親切な殿方」
「……はい。なんでしょうか」
「見ず知らずの私に、こんなにも丁寧に道を教えてくださったのですもの。エルフの王族として、このままタダでお別れするわけにはいきませんわ。これは、ほんの御礼です♡」
ルナはそう言うと、足元に落ちていた手頃な『石ころ(漬物石ほどの大きさ)』を両手で拾い上げた。
次の瞬間、彼女の白魚のような指先から、圧倒的で神々しい翠緑の魔力が溢れ出した。
光が収まった後、ルナの腕の中にあったのは、薄汚れた石ころではない。
太陽の光を反射して眩いばかりの黄金の輝きを放つ、重量数十キロはあろうかという『純金のインゴット』だった。
「ひっ……!?」
あまりの光景に、ミツオの喉から変な声が漏れた。
錬金術。いや、そんな生易しいものではない。自然界の物質の構成そのものを一瞬で書き換える、世界樹の加護を持ったルナにしかできない規格外の自然魔法。
「さぁ、どうぞお受け取りになって♡ この純金、市場で売れば一生遊んで暮らせるくらいにはなると思いますわ。貴方のような優しい方が報われないなんて、世界樹様も悲しまれますもの」
ルナは極めて重いはずの純金の塊を、まるで発泡スチロールでも持つかのように軽々と持ち上げ、ミツオの胸元へと押し付けてこようとした。
ニコニコと微笑むその笑顔には、裏表など一切ない。純度百パーセントの、純粋な『善意』と『感謝』である。
しかし、丸川光雄の脳内スーパーコンピューター(社畜の危機管理能力)は、瞬時に数千パターンのシミュレーションを弾き出し、「絶対に受け取ってはならない」という致命的なエラーコードを叩き出していた。
(待て待て待て待て! こんな出所不明の純金数十キロをいきなり市場に流してみろ! ゴルド商会の相場が崩壊してポポロ村一帯がハイパーインフレを引き起こすぞ! それに、錬金術で作られた金が税務署の監査を通るわけがねえ! 贈与税はどうなる!? 脱税でルナミス帝国の査察が入るに決まってる!)
ミツオの目は血走り、全身の毛穴から冷や汗が噴き出した。
ただの親切の対価としては、あまりにも重すぎる。ROI(投資利益率)が完全にバグっている。こんなものを店のレジに入れれば、異世界コンビニの堅実な経営は一瞬で吹っ飛ぶ。
それに何より、ミツオはキャルルから聞いていたのだ。「ルナの作る純金は、魔法の持続効果が切れる『三日後』には、ただの石ころに戻る」という、この上なくタチの悪い時限爆弾仕様であることを。
「い、嫌々! そんな御礼なんてとんでもない! どうぞどうぞ、お納めください!」
「遠慮なさらないで! 私、貴方のその優しさにとても感動したのです! さぁ、遠慮せずに受け取って!」
「いやいやいや! お客様からそんな過分なチップを受け取るわけにはいきません! 当店は明朗会計、サービス料は一切頂いておりませんので!」
純金のインゴットを押し付けてくるルナと、全力で後退りしながら両手を振って拒絶するミツオ。
傍から見れば、美女からの莫大なプレゼントを謎のステップで回避し続ける大男という、極めてシュールな光景である。
「むぅ……本当に、いらないのですか?」
「はい! 私のようなしがない店長には、その黄金の輝きは眩しすぎます! どうか、その純金はもっと必要な方……そうですね、村長宅にいるリーザという人魚にあげれば、彼女は文字通り昇天して喜ぶと思いますので!」
「まぁ……! 貴方って、どこまでも無欲で素晴らしい方なのですね。自分の利益よりも、他人の喜びを優先するなんて……世界樹の森のエルフたちにも見習わせたいくらいですわ」
ルナは感極まったように瞳を潤ませ、純金のインゴットを自分のインベントリ(魔法収納)へとしまい込んだ。
ミツオの必死のリスク回避が、ルナの目には『究極の自己犠牲と高潔な精神』として映ってしまったらしい。致命的なすれ違いだが、とりあえず無駄な不良債権を押し付けられずに済んだことだけは事実だ。
「分かりましたわ。殿方のお心遣い、確かに受け取りました。それでは私、お友達のところへ行ってまいりますね♡」
「ええ、どうか道中お気をつけて。すぐそこですが」
フリフリのお嬢様ドレスを揺らしながら、ルナはご機嫌な様子で村長宅の方へと歩き出していく。その後ろを、なぜか村の野菜たち(たまんネギやマンドラゴラ)がゾロゾロと信者のように付いていく光景は、もはや恐怖映像の類であった。
「……助かった。あんなチャイナボカン仕様の偽金を掴まされたら、ポポロ村の財務諸表が粉々に吹き飛ぶところだった」
遠ざかっていく天災エルフの背中を見送りながら、ミツオは額の汗をハンカチで拭った。
無料より高いものはない。前世の日本のビジネス社会で骨の髄まで叩き込まれたその真理は、異世界においても絶対のルールである。
(あの時限式の純金……。欲に目が眩んだバカが受け取れば、確実に破滅するだろうな。まあ、俺の知ったことじゃないが)
ミツオは冷徹に思考を切り替えると、再び『異世界コンビニ』の自動ドアを潜り、平和な日常業務へと戻っていった。
この後、あの村長宅で地獄のような桃鉄ゲームが展開され、さらにルナの持つ『三日限定の純金』が、村に潜り込んでいた哀れな情報商材詐欺師の命運を完全に絶つことになろうとは、この時のミツオは知る由もなかった。




