EP 10
太郎握りポポロ支店! 回る寿司と回る経済の宴
ポポロ村のメインストリートに、煌々と輝く極彩色のネオンサインが夜の闇を照らし出していた。
『太郎握り回転寿司店・ポポロ支店』。
元々はルナミス帝国の王都で展開していたチェーン店だが、ミツオの主導するポポロ村の物流革命と、ゴルドスマイル銀行の莫大な融資によって誘致された、異世界最新鋭のハイテク寿司レストランである。
店内には魔導レーンが敷かれ、色とりどりの皿に乗った新鮮な寿司が、魔法の動力で滑らかに店内を循環している。
その奥にある一番大きな特大ボックス席は、今夜、完全な貸し切り状態となっていた。
「アハハハハッ! ええ眺めやでぇ! これが正真正銘、悪党から巻き上げた純度百パーセントの『アガリ』っちゅうやつやな!」
ボックス席の端で、猫耳の商人・ニャングルが純金の算盤をカチャカチャと弾きながら、テーブルの上に積まれた金貨と魔導為替の束を撫で回していた。
それは数時間前まで、詐欺師・火原元が霊感壺売り商法で情弱から巻き上げていた裏金の全てである。ゴルド銀行のネットワークを駆使して口座を凍結し、全額を物理的に差し押さえてきたのだ。
「あの詐欺師、今頃はマグローザ漁船の底引き網に括り付けられて、ゲロ吐きながら死の海をクルージングしとる頃やろなぁ。ワテらのシマを荒らした代償は、高くついたっちゅうこっちゃ」
「ほどほどにしておけよ、ニャングル。その金は村の防衛費とインフラ整備に回すんだからな」
湯呑みに入った熱いお茶を啜りながら、ミツオは苦笑交じりに釘を刺した。
「分かっとるがな。ミツオはんのコンビニの物流網をさらに強化するために、新しいロックバイソンの馬車を十台ほど発注しとくわ。経済は回してナンボやからな!」
悪党を合法的にすり潰し、その資産を村の利益として再分配する。
商社マンと天才商人による、一切の無駄がない完璧なエコシステムであった。
「ミツオさぁんっ♡ 悪いネコちゃんの話はそれくらいにして、ほら、こっちを向いてくださいっ!」
ミツオの左腕に、柔らかい感触が押し付けられた。
ヤンデレ村長ことキャルルである。彼女はウサ耳を嬉しそうにパタパタと揺らしながら、箸で摘んだピンク色に輝く寿司ネタを、ミツオの口元へと差し出してきた。
「はいっ、あ〜んっ♡ ルナミス海流で獲れた特上の『大トロ』ですよっ。私がミツオさんのために、一番脂が乗ってるお皿を見極めて取りましたから!」
「いや、自分で食えるから。というかキャルル、お前さっきから俺に食わせてばかりで、自分は全然食べてないじゃないか」
「いいんですっ! ミツオさんが美味しそうに食べてくれるお顔を見るのが、私にとって最高のご馳走ですから……♡ さぁ、遠慮しないで、私の愛ごと受け取ってくださいっ!」
キャルルの瞳の奥底に、断れば後で何をされるか分からない重たい情念の炎がチラリと見えた。
商社マンたるもの、優秀な右腕の機嫌を損ねるような非合理な選択はしない。ミツオは観念して口を開け、大トロを放り込まれた。
「……ん。美味いな。脂の甘みが絶妙だ」
「ふぁうっ♡ ミツオさんが、私が食べさせたお寿司を……っ! これって実質、間接キス以上の神聖な儀式ですよね!? ああっ、もう今日を村の祝日に制定しちゃいます!」
大トロひとつで勝手に脳内麻薬をドバドバと分泌させ、恍惚の表情で身悶えするキャルル。
その平和(?)な光景の向かい側――テーブルを挟んだ反対側の席では、全く別のベクトルの狂乱が繰り広げられていた。
「みんなー! こんばんきゅららっ☆ 今日は悪の怪物を打ち倒したお祝いに、太郎握りさんで『お寿司百皿ドカ食い配信』をやっちゃいまーすっ!」
リングライトとエンジェルすまーとふぉんをセットし、完璧なアイドルスマイルを振りまくトップゴッドチューバー、キュララである。
カメラの前の彼女は、次々と流れてくる高級な寿司皿(ウニ、イクラ、アワビ)を手に取り、「いっただっきまーすっ♡」と愛らしく一口だけ頬張る。
「ん〜っ! ウニが口の中でとろけるぅ〜!」
そして。
カメラから一瞬目線を外した隙に、その高級皿はサッ、と『テーブルの下』へとスライドさせられた。
――ズバキュウウウウウウンッ!!!
テーブルの下の暗がりから、ダイソンも青ざめるほどの凄まじい吸引音が鳴り響いた。
画角に入らない死角に潜伏しているのは、もちろん極貧人魚姫リーザである。
「(ふおおおおぉぉぉっ!! 大トロ! ウニ! イクラ! 痛風になりそうな圧倒的プリン体の暴力ですわぁぁっ!!)」
声を出せば配信の邪魔になるため、リーザは無言のまま、狂ったように寿司を胃袋へと流し込んでいた。
彼女の目からは、とめどなく大粒の涙が溢れ出ている。
「(借金取りに怯えなくていいご飯……! トイチの利息を計算して震えなくていい、平穏な食事……っ! 雑草サラダじゃない、本物の海の幸の味がしますのぉぉっ! 神様、ミツオ様、本当にありがとうございますのぉぉっ!)」
皿が差し出されるたびに、0.1秒で寿司が消滅し、ピカピカに舐め回された空の皿がキュララの手元へと返却される。
キュララはそれを何食わぬ顔で積み上げ、カメラに向かってウインクを放った。
「ふぅ〜、五十皿目完食ぅっ☆ えへへ、キュララのお腹、ブラックホールかも〜! あっ、石油王さんからまた赤スパチャだ! 『よく食べる君が好き』だって! キャーッ、ありがとぉっ♡」
「(キーッ!! 私の! 私の石油王さんからのスパチャがぁぁっ!! くそっ、でもウニが美味い! 悔しいけどエンガワが美味いですわぁぁっ!)」
テーブルの下で、太客を取られたジェラシーと、高級寿司の美味さの狭間で感情がバグり、涙と鼻水と醤油で顔をぐしゃぐしゃにしながら寿司を貪り食うリーザ。
表向きは『大天使の奇跡の大食い』。
裏の現実は『極貧人魚の高速残飯処理』。
前回のカツ丼配信で完全に味を占めた二人は、この異次元のWin-Win関係を息をするようにこなし、莫大なスパチャとカロリーを荒稼ぎしていたのだ。
『キュララちゃん凄すぎww』
『マジで飲み込んでるレベル』
『テーブルの下からたまに変なズズズって音聞こえない?』
『妖怪寿司啜りでもいるんだろ(適当)』
コメント欄の鋭いツッコミも、キュララは「お店のBGMだよぉ☆」とアイドルスマイルで軽やかにスルーしていく。
「……たく。どいつもこいつも、欲望に忠実な奴らだ」
ミツオは湯呑みの『あがり』をもう一口啜り、ふぅと息を吐いた。
目の前には、金勘定にニヤつく商人、自分に大トロを食わせようと目を血走らせるヤンデレ村長、そして詐欺配信で金を稼ぐ天使と、テーブルの下で泣きながら寿司を啜る人魚。
控えめに言って、カオス極まりない地獄のボックス席である。
だが。
ミツオの胸の内にあったのは、嫌悪でも疲労でもなく、どこか温かい、不思議な安堵感だった。
(……前世の社畜時代、飲み会(宴会)っつーのは、業務の延長でしかなかったからな)
上司の武勇伝に作り笑いで相槌を打ち、空いたグラスがあれば秒速でビールを注ぎ、料理の味など全く記憶に残らないまま、胃痛と疲労だけを溜め込んで深夜のタクシーで帰宅する日々。
誰のことも心から信用できず、誰も自分のことなど見ていなかった。ただ会社の歯車として、気を遣うだけの苦痛な時間。
それに比べて、この異世界での宴はどうだ。
誰も気を遣っていない。それぞれが自分の欲望のままに動き、騒ぎ、笑っている。
統率など全く取れていない『不良在庫』の集まりだが、そこには確かな信頼と、見返りを求めない絆が構築されていた。
「ミツオさん! 次はブリですよ! 私がお醤油をつけてあげますからねっ!」
「おい、付けすぎだ。塩分過多で倒れさせる気か」
「アハハッ、ミツオはんはモテモテで羨ましいわぁ! ワテもキャバレーで豪遊したくなってきたで!」
「ニャングル、お前は無駄遣いせずに村のインフラ投資に回せ」
「ふぇぇ〜っ、百皿完食ぅっ! みんなスパチャありがとーっ! (こら貧乏魚、ゲップするんじゃないわよバレるでしょ!)」
「(げふぅ……っ、すみませんの、限界突破しましたの……っ)」
騒がしい。圧倒的に騒がしい。
だが、悪くない。
「……ロジスティクスの管理が、ますます大変になりそうだな」
ミツオは誰に聞こえるでもなく、静かに独り言をこぼし、口元に小さな――本当に小さな、だが確かな笑みを浮かべた。
霊感壺売り商法による村の危機は、狂った算盤と物理的なロケットランチャーによって完璧に粉砕された。
明日からもまた、異世界コンビニには『♪テロリロリ・ローリ』という気の抜けた入店音が響き、この愛すべき厄介者たちが騒動を巻き起こすことだろう。
丸川光雄の、合理的で、騒がしくて、最高に利益率(ROI)の高い異世界スローライフは、まだまだ終わる気配がなかった。
【第2章:霊感壺売り詐欺粉砕・シェアハウス大騒動編 完】
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