EP 9
遅れてきた黄金聖騎士と、マグローザ行きの片道切符
「愛と! 正義と! マネーの為の黄金聖騎士! ゴッドチューバー・キュララ、ここに参上っ☆ 宇宙の平和と私の撮れ高PVの為に、悪い怪物は退治しちゃうぞっ! キュルルンッ♡」
どこからともなく鳴り響く、フルオーケストラの神々しいファンファーレ。
空から降り注ぐ黄金のスポットライト(※自律型照明ドローンによる演出)を一身に浴びながら、キュララ・アルセルラは完璧なアイドルスマイルとウインクを決め、ビシッと魔法のステッキを天に掲げた。
純白の翼と、煌びやかな黄金の装甲が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。変身バンク開始から実に三分以上を費やした、トップ配信者としての『見せ場』の極致であった。
しかし。
彼女が降り立った荒れ地には、感動の歓声も、恐れおののく魔獣の姿もなかった。
「……あれ?」
キュララの完璧な笑顔が、ピキッと引きつる。
周囲を見渡せば、バラック小屋は木端微塵に吹き飛び、地面には巨大な爆発のクレーターが穿たれている。そして、肝心のターゲットであったはずの凶悪な合成キメラは、紫色の魔力粒子となって空気中に霧散していく最中だった。
その傍らでは、丸川光雄が空になった対戦車ロケット『RPG-7』の砲身を肩から下ろし、キャルルが服の埃を払い、リーザが「やりましたわーっ!」と万歳三唱をしている。
「え、えっと……敵は? 私がぶっ飛ばしてスパチャを荒稼ぎするはずだった、巨大で凶悪な怪物はどこにいっちゃったの……?」
間抜けな声を漏らす黄金聖騎士に、ミツオはぽいっと空のロケットランチャーを放り投げた。
足元に転がった自分の最強武器を見て、キュララは絶叫した。
「あああああっ!? 私のRPG-7が撃ち尽くされてるぅぅっ! ちょっ、ちょっとミツオさん! 変身中に勝手にインベントリから武器を強奪するなんて、魔法少女のコンプライアンス違反ですよ! おかげで私の見せ場がゼロじゃないですか!」
「うるせえ。お前の変身のリードタイムが長すぎるのが悪い。製造ラインのトラブルを三分も放置してたら、会社なら倒産してるぞ」
ミツオはネクタイを締め直し、冷たく言い放った。
そこへ、すかさずリーザがズンズンと歩み寄り、キュララの黄金の鎧をバンバンと乱暴に叩いた。
「そうですの! 一体何のために変身したのよ、この役立たずの手羽先天使! 貴様が空中で無駄にピカピカ光ってクルクル回っている間に、こっちは命懸けで借金の取り立て屋と戦っていたんですのよ!」
「キィィィッ! 何よその言い草! そもそもアンタがこんな胡散臭い泥壺の霊感商法に引っかからなきゃ、こんな騒動になってないでしょこの貧乏魚あああ!」
キュララが反撃し、リーザの芋ジャージの襟首を掴む。
リーザも負けじとキュララの純白の羽根をむしろうと掴みかかった。
「痛い痛いっ! 羽根が抜ける! リスナーのみんなー、助けてぇ!」
「私が稼ぐはずだった赤スパチャを返せぇぇっ! 今日こそお前を三枚おろしにして、ルナイーツの配達員に食わせてやりますわぁっ!」
砂煙を上げながら、トップゴッドチューバーと極貧地下アイドルの、血で血を洗うキャットファイトが再び勃発した。
ミツオは「……やれやれ」と深いため息を吐き、これ以上関わるのはロジスティクスの無駄だと判断して踵を返した。
「よし、俺たちは帰るぞ、キャルル」
「はいっ♡ ミツオさん、今日も完璧な陣頭指揮でしたね! やっぱりミツオさんの隣で働くのが、私にとって一番の幸せですっ!」
キャルルがミツオの太い腕にギュッと抱きつき、幸せそうに兎耳をパタパタと揺らす。
そんな平和(?)な日常へ帰還しようとする彼らの前に、チャカチャカと純金の算盤を鳴らしながら、一人の男が進み出た。
「ミツオはん、ちょっと待ちぃな」
ゴルドスマイル銀行ポポロ村支店長、ニャングルである。
彼の視線の先には、腰を抜かし、泥まみれになってへたり込んでいる『天声開運会』の教祖――火原元の姿があった。
「こいつ、どないしましょ? 警察に突き出してもええけど、それやとワテらの『損害』が補填されへん。何より、ポポロ村のシマ荒らしたケジメは、きっちりつけてもらわんとアカンやろ」
ニャングルの瞳が、猫耳の商人特有の冷酷なスリット状に細められる。
火原はビクッと身体を震わせ、後ずさろうとした。
「ひっ……ま、待ってくれ! 金なら返す! 契約も無効でええ! わしはただ、ちょっと出来心で……!」
「出来心で原価ゼロの壺を金貨五十枚で売りつけ、トイチの闇金ローンを組ませるか。おまけに違法な合成キメラまで持ち出して、村の自然環境を破壊した」
ミツオは火原を見下ろし、商社マンとしての絶対零度の宣告を下した。
「お前は前世で土建屋だったそうだな。現場のルールはよく知ってるだろう。安全基準を無視して手抜き工事(劣化コピー)をすれば、いつか必ず重大事故(倒産)が起きる。……お前はルナミス帝国でそれをやらかして奴隷落ちしたにもかかわらず、全く反省せずに同じ詐欺を繰り返した。いわば、救いようのない『慢性的な不良企業』だ」
「あ……あ……」
火原の喉から、ひゅっと空気が漏れる。
目の前に立つ大男から発せられるのは、暴力の恐怖ではない。人間を単なる『数字』と『リソース』として切り捨てる、冷徹な経済の恐怖だった。
「ニャングル。こいつの負債総額は?」
「ワテらの村のブランドに傷をつけた慰謝料と、無許可で金貸しやった違約金、それに環境破壊の修繕費を合わせて……ざっと金貨千枚(約一千万円)っちゅうとこやな。もちろん、トイチの複利計算でや」
ニャングルがニチャァ……と凶悪な笑みを浮かべて算盤を弾く。
金貨千枚。詐欺で細々と稼いでいた火原にとって、一生かかっても返せない絶望的な額だ。
「き、金貨千枚!? ふざけんな、そんなもん払えるわけないやろ! わしにはナンバーズへの上納金かてあるんやぞ!」
「払えないなら、身体で払ってもらうしかないな」
ミツオは無慈悲に言い放った。
「ニャングル、こいつは『マグローザ漁船』行きだ。ゴルド商会の裏ルートで手配してくれ」
「へぇ。マグローザ漁船でっか。……ミツオはん、えげつないこと考えよるなぁ。あれは死ぬよりキツいタコ部屋やで」
ニャングルが嬉々として応じるのを聞き、火原の顔面から完全に血の気が引いた。
マグローザ漁船。
それは、マンルシア大陸を取り囲む荒れ狂う外洋で、巨大な魔獣『デス・マグローザ』を一本釣りするための地獄の奴隷船である。一度乗せられれば、借金を返し終わるまで絶対に陸には上がれない。過酷な労働と魔獣の襲撃で、生還率は一割にも満たないと言われている。
「ひぃっ……! い、嫌や! マグローザ漁船だけは勘弁してくれ! なあ、頼む! わしは悪ないんや、転生させておいてこんな中途半端なスキルしか寄越さんかった女神が悪いんや! わしはただ、一発逆転したかっただけで……っ!」
泥にまみれ、涙と鼻水を垂れ流しながら命乞いをする火原。
かつて「騙される情弱が悪い」「自己責任だ」と嘯き、他者から搾取することしか頭になかった小悪党の、これ以上なく惨めな末路だった。
「他人に自己責任を押し付けてきたんだ。自分の負債くらい、自分で拭け。……連れて行け」
ミツオが顎をしゃくると、ニャングルの背後の影から、ゴルド商会の屈強な獣人の用心棒たちが現れ、火原の首根っこを掴み上げた。
「ぎゃあああああっ!! 離せぇぇっ! わしは、わしは天声開運会の教祖様やぞぉぉぉっ!!」
絶叫しながら引きずられていく火原の姿が、やがて森の奥へと消えていく。
静寂を取り戻した荒れ地には、焦げた土の匂いと、少し離れた場所でいまだにキャットファイトを続けているリーザとキュララの騒がしい声だけが残った。
「……さて。不良債権の処理も終わったし、腹も減ったな」
ミツオがネクタイを緩めて息を吐くと、キャルルがパッと顔を輝かせた。
「それならミツオさん! 打ち上げに行きましょう! 事件解決のお祝いに、村の『太郎握り回転寿司店』を予約しておきましたっ!」
「おっ、寿司か。いいな、キャルルは気が利く」
「えへへっ♡ ミツオさんの胃袋のロジスティクス管理は、私の最優先事項ですから!」
その会話を聞きつけたのか、乱闘をしていたはずの二人が、砂埃にまみれた姿のまま猛然とダッシュしてきた。
「す、お寿司!? 行きますの! 私の金貨五十枚の借金がチャラになったお祝いに、大トロを限界まで食べ尽くしてやりますわ!」
「私も行くーっ! 打ち上げの寿司ドカ食い配信で、さっきの撮れ高ゼロの赤字を取り戻すんだから!」
ボロボロの芋ジャージ人魚と、凹んだ黄金鎧のゴッドチューバー。
騒がしいトラブルメーカーたちを従え、異世界コンビニ店長の丸川光雄は、「やれやれ」と肩をすくめながら村への帰路についた。
理不尽な詐欺は経済の暴力によってすり潰され、ポポロ村には再び、騒がしくも平穏なスローライフが戻ってきたのだった。
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