EP 8
変身バンクの長い天使と、強奪のRPG-7
ポポロ村の外れ、詐欺師・火原元が潜伏していたバラック小屋は、完全に吹き飛んでいた。
木材とトタンの残骸が宙を舞い、もうもうと立ち込める土埃の中から、この世のものとは思えない異形の咆哮が轟く。
「グルルルルルォォォォォッ!!」
獅子の頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾。
違法な魔獣カプセルから解き放たれた合成獣が、狂暴な殺意を振り撒きながら三つの頭をもたげた。
「ひゃははははっ! どうや! ナンバーズ特製の合成キメラの味は! わしを捕まえようとしたこと、あの世で後悔せえ! 皆道連れだぁっ!!」
完全に開き直った火原が、狂気に満ちた笑い声を上げる。
キメラの口から漏れる極彩色の毒炎が、周囲の草木を瞬く間に炭化させていく。並の冒険者であれば、その威圧感だけで腰を抜かしているだろう。
だが、丸川光雄はネクタイを少し緩めただけで、表情一つ変えなかった。キャルルもまた、ミツオを護るようにダブルトンファーを構え、一切の怯えを見せない。
「……ミツオさん。あの図体と魔力量、まともにやり合えば村の畑まで被害が出ます。私が短期決戦で急所を打ち抜きますから、援護を」
「ああ。だが、その前に――『邪魔者』が来たな」
ミツオが上空へ視線を向けた、その瞬間だった。
どんよりとした曇り空から、突如として眩いばかりの黄金の光が差し込んだ。
どこからともなく、オーケストラが奏でるような壮大でキラキラとした『天界BGM』が鳴り響き、純白の翼を広げた少女が空中にふわりと舞い降りる。
「みんなー! 待たせたねっ! 悪の気配を察知して、トップゴッドチューバー・キュララちゃんが駆けつけたよっ☆」
「……お前、アパートで寝てたんじゃなかったのか」
「ミツオさんがこっそり抜け出すから、面白そうな撮れ高の匂いがしてついてきちゃった! さあ、全宇宙のリスナーたち! 刮目せよ、私の華麗なる戦闘フォームを!」
キュララがカメラ用ドローンに向かってウインクを放つと、BGMのボリュームが一段と跳ね上がった。
「ホーリーメイク・アップ!!」
キュララが天高く杖(ただの自撮り棒)を掲げると、彼女の身体を神々しい光の帯が包み込んだ。
光の粒子が舞い散り、彼女の私服が少しずつ分解され、代わりに黄金の聖騎士の鎧がパーツごとにゆっくりと装着されていく。
手足の装甲がカシャーン!と音を立てて装着され、背中の翼が三倍の大きさに広がり、無駄に煌びやかなエフェクトが画面いっぱいに弾ける。
――しかし。長い。
圧倒的に、長いのだ。
(なんだこの非効率な時間は……。兵装の展開にどれだけリードタイムをかけてるんだ)
ミツオは腕時計に目を落とした。
すでに変身宣言から一分が経過しているが、キュララはいまだに光の中でクルクルと回転し、髪の毛の一本一本に光の粒子を纏わせるという無駄なエフェクト処理を行っている。
「グルルルルッ……?」
目の前にいるキメラでさえ、あまりの隙だらけの光景に「攻撃していいのだろうか」と困惑し、攻撃の手を止めて待ってしまっている始末だ。
「ゼェ、ゼェ……! ま、待ちなさい……! 私の金貨五十枚を、返せぇぇぇっ!!」
そこへ、息を切らしながら飛び込んできたのは、芋ジャージ姿のリーザだった。
自分の背負ったトイチの借金と、開運壺の正体を知り、怒り狂ってミツオたちの後を追ってきたのだ。
「ああっ!? リーザ、危ないから下がってろ! 今、あのポンコツ天使が変身中だ!」
「変身……!? 何悠長なことやってるんですの!」
リーザは空中で延々とクルクル回っているキュララを見上げ、激怒して地団駄を踏んだ。
「早く! 早くしなさいよこの手羽先天使! 私の借金の利子が膨れ上がる前に、その詐欺師をぶっ飛ばさなきゃいけないんですの! 三分間も待てませんわよおおっ!」
「ちょっと待ってよ! 今、ガントレットの装着シーンで視聴率が最高潮なんだから! あと一分三十秒、そこで大人しく待機してなさい!」
光の中からキュララが呑気な声を返す。
その隙を突いて、火原がキメラに命令を下した。
「アホかお前ら! 戦闘中に待ってくれる敵がおるかい! キメラぁ! まずはそのうるさい青髪の小娘から焼き殺したれぇっ!」
「シャァァァァッ!!」
キメラの毒蛇の尻尾が大きく鎌首をもたげ、リーザ目掛けて極彩色の毒炎を吐き出そうと大きく息を吸い込んだ。
「ひゃあっ!?」
「チッ……ロジスティクスの欠陥(納期遅れ)は、現場の裁量でカバーするしかねえな」
ミツオは舌打ちをすると、躊躇なくキュララの『変身バンク』の光の渦の中へとその太い腕を突っ込んだ。
神聖な魔法少女空間(亜空間)に、商社マンの分厚い手が物理的に干渉する。
「えっ!? ちょっ、ミツオさん!? 変身中は何人たりとも干渉できない絶対不可侵領域なんですけど!? どこ触って——ひゃあんっ!?」
「もういい! お前の手持ちの武器で一番火力の高いやつ……その『RPG-7(対戦車ロケット)』、借りるぜ!」
ズボォッ!という音と共に、ミツオはキュララの亜空間インベントリから、黒光りする無骨な近代兵器『RPG-7』を強引に引きずり出した。
魔法少女のステッキでも聖剣でもなく、純粋なロシア製対戦車兵器である。
「ああっ! 私のフィニッシュ用ウェポンがぁっ! まだ鎧の装着が終わってないのにぃ!」
泣き叫ぶキュララを完全に無視し、ミツオはRPG-7を右肩に担ぎ上げた。
しかし、いくら強力な兵器とはいえ、相手は強力な合成魔獣。確実に仕留めるためのデバフ(弱体化)と、隙を作る『前工程』が必要だ。
「リーザ! キャルル! ラインを組むぞ! あの不良在庫を完全に処理する!」
「了解しましたのぉぉっ!!」
借金の怒りでリミッターが外れたリーザが、背中に背負っていた『お賽銭箱型掃除機』のノズルをキメラに向けて構えた。
「私の金貨五十枚を返せ! そしてお前のステータスも、全部私が没収してやりますわ! 吸い込みますわよおおっ!!」
ギュイイイイイイイィィィンッ!!
【貧乏神】のスキルが乗った掃除機が、爆音を立てて魔力を吸引し始める。
キメラが放とうとしていた毒炎が、そしてキメラ自身の身体を覆っていた強力な闘気とステータスバフが、目に見える『光の粒子』となって掃除機の中へズボボボボッ!と吸い込まれていく。
「グギャアアアッ!?」
「な、なんや!? キメラの魔力がみるみる萎んでいくやないか!?」
驚愕する火原の目の前で、凶悪だったキメラの体格が一回り小さくなり、その動きが目に見えて鈍重になった。
理不尽なステータス没収。これこそが、極貧人魚の持つ最恐のデバフ能力である。
「今です! ミツオさん、合わせますよ!」
デバフによって弱体化したキメラの懐へ、キャルルが猛烈なスピードで潜り込んだ。
タローマン特注の安全靴が地面を抉り、彼女の細い身体がバネのように弾ける。
「月影流――顎砕きッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
闘気を限界まで圧縮したキャルルの膝蹴りと、下からかち上げるようなダブルトンファーの一撃が、キメラの獅子の顎を完全に捉えた。
魔力を奪われて装甲が脆くなっていたキメラは、この一撃に耐えきれず、数トンの巨体を完全に宙へと浮かせた。
無防備な腹部が、空中に晒される。
完璧な連携。
あとは、納品のハンコを押すだけだ。
「決めるぜ!」
ミツオはRPG-7の照準器を覗き込み、空中のキメラのコアへと狙いを定めた。
通常弾頭ではない。商社マンとしての彼の『理不尽を許さない怒りの闘気』がロケット弾に注ぎ込まれ、砲身全体が蒼く激しい光を放ち始める。
「不良債権は、これで完全償却だ」
ミツオは、力強く引き金を引いた。
ズドガァァァァァァァァンッッ!!!
ロケット推進で撃ち出された闘気の弾頭が、キメラの腹部に直撃した。
爆発の閃光が辺りを白く染め上げ、爆風がバラック小屋の残骸をチリ一つ残さず吹き飛ばす。
キメラは断末魔の悲鳴を上げる間もなく、空中で木端微塵に粉砕され、紫色の魔力の粒子となって消滅したのだった。
「あ……ああ……わしの、わしのキメラが……一撃で……」
火原は腰を抜かし、へたり込んだまま絶望の表情で空を見上げた。
手駒を失い、資産を凍結され、詐欺の手口も暴かれた。彼に残されたのは、首に巻かれたナンバーズの爆破首輪の冷たい感触だけ。
「……検品完了。見事なライン作業だったぞ、二人とも」
ミツオは白煙を上げるRPG-7を肩から下ろし、キャルルとリーザに向かって親指を立てた。
「やりましたわ! これで私の借金もチャラですの!」
「ふふっ♡ ミツオさんとの初めての共同作業、完璧なタイミングでしたねっ♡」
歓喜に湧く三人の頭上で。
ようやく、本当にようやく、天界BGMのクライマックスと共に、キュララの変身バンクが完了した。
「みんな、待たせたね! 愛と! 正義と! マネーの為の黄金聖騎士! ゴッドチューバー・キュララ、ただいま……」
ビシッとポーズを決めたキュララだったが、彼女の視界に映ったのは、すでに戦闘が完全に終了し、リラックスモードで談笑しているミツオたちの姿と、腰を抜かして白目を剥いている火原の姿だけだった。
「……えっ? あ、あれ? 敵は? 私のRPG-7は……?」
間抜けな声を漏らすトップゴッドチューバーの姿に、ミツオは深いため息を吐きながら、空のロケットランチャーをぽいっと放り投げたのであった。
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