EP 7
ロジスティクス包囲網! 詐欺師を追い詰める狂った算盤
翌朝。ポポロ村の外れにある人気のない荒れ地に、一晩で急造されたバラック小屋が建っていた。
木材とトタン板を組み合わせただけの簡素な作りだが、日本の土木作業員として二十年の現場経験を持つ火原元の腕にかかれば、雨風を凌ぐ仮設アジトなど数時間で組み上がる。
「ひゃはははっ! 笑いが止まらんでぇ! あのアホ面下げた青髪の小娘、トイチの借金にまで手ぇ出して泥壺を買いおったわ!」
薄暗い小屋の中で、火原はランタンの灯りを頼りに、リーザから巻き上げた契約書(魔導羊皮紙)を撫で回していた。
この契約書をナンバーズが運営する闇金に回せば、キックバックとして高額な紹介料が火原の懐に入る。首に巻かれたドワーフ製の『爆破首輪』――ナンバーズへの上納金を払うためのノルマも、これでしばらくは安泰だ。
「わしは悪ない。あんなパチモンに騙される情弱が悪いんや。資本主義の基本やでぇ!」
火原が安酒を呷り、下劣な自己正当化に浸っていた、その時だった。
――ドゴォォォォンッ!!
「なっ、なんや!?」
凄まじい轟音と共に、火原が自作した頑丈なトタンの扉が、外側から紙屑のように吹き飛ばされた。
蝶番ごとひしゃげた扉が小屋の奥へと突き刺さる。
舞い上がる土埃の中、逆光を背負って立っていたのは、ウサ耳をピンと逆立てた少女――ポポロ村村長、キャルル・ムーンハートだった。
彼女の足元では、タローマン特注の安全靴が、危険な闘気を帯びて紫色の火花を散らしている。
「……見つけましたよ。心拍数110、不整脈気味の脂ぎった鼓動。息を吐くように嘘をつき、弱者から搾取する三流詐欺師の腐った心音が、ここまでハッキリ聞こえていましたからね」
キャルルが両手のダブルトンファーをチャキッと構え、冷酷なヤンデレの眼差しで火原を睨み下ろした。
「な、なんやねんお前ら! 不法侵入やぞ! ルナミス警察呼ぶぞコラ!」
火原が土建屋仕込みの凄みで怒鳴り散らすが、キャルルの背後から、さらに二人の男が静かに小屋へと足を踏み入れた。
「不法侵入? 冗談を言うな。俺たちはポポロ村の善良な村民が抱え込んだ『不良債権の整理』と、『欠陥商品のリコール対応』に来ただけだ」
ワイシャツの袖をまくり上げ、冷徹な商社マンの瞳をした大男、丸川光雄。
そしてその隣には、純金の算盤をチャカチャカと鳴らす猫耳の商人、ニャングル。
「『天声開運会』の火原元、だな」
「お、おう……誰やねんお前ら」
「俺は異世界コンビニの店長だ。うちの従業員(バカ人魚)が、お前に随分と『お得な商品』を売りつけられたらしいじゃないか。これのことだが」
ミツオは足元に、ドンッ!と袋を放り投げた。
袋の口が開くと、中からサラサラの泥の粉末がこぼれ落ちる。リーザの【貧乏神】オーラに触れただけで自壊した『大宇宙浄化・開運万象壺』の残骸である。
「なっ……なんやこれ」
「お前の『劣化コピー』の残骸だよ」
ミツオの言葉に、火原の顔からスッと血の気が引いた。
「見た目だけは古代の聖遺物を完璧にトレースしているが、お前の頭の中にオリハルコンの分子結合や魔導回路の知識がないせいで、中身はただの『泥と空気の塊』になっている。引張強度もゼロ、魔力伝導率もゼロ。ちょっとの衝撃で粉砕するチャイナボカン仕様だ」
「ちっ、違うわ! それは持ち主の信仰心が足りんかったから割れたんや! わしはちゃんと説明して売ったんやぞ!」
火原の言い訳に対し、キャルルが冷たく言い放つ。
「嘘ですね。あなたの心音は今、激しい動揺と『バレた』という焦りで満ちています。月兎族の耳は誤魔化せませんよ、詐欺師さん」
「……この異世界にクーリングオフの制度があるかは知らんが、商売のルール(コンプライアンス)はどこに行っても同じだ」
ミツオは一歩、火原へと歩み寄り、絶対的な威圧感で見下ろした。
「中身が泥の壺を『神の加護が宿る魔法具』として売った。これは明確な【産地偽装】であり【製造物責任法(PL法)違反】、そして【詐欺罪】だ。お前のビジネスモデルは、流通と品質管理を舐めきった三流の泥舟だよ」
「う、うるさいわ! 契約書にはサインと血判があるんや! どんな手段を使おうが、借金は借金や! わしに手ぇ出したら、バックの金融機関が黙ってへんぞ!」
火原が最後の切り札である契約書を掲げて喚き散らす。
だが、それを見たニャングルが「アハハハハッ!」と腹を抱えて大爆笑した。
「傑作やな! あんた、自分が今どこにおるか分かっとるんか? ここは『ポポロ村』やで?」
「な、なんやと?」
「ポポロ村の金融と財務は、全てこのワテ、ゴルドスマイル銀行支店長のニャングルが管理しとるんや。無許可のモグリの闇金が、ワテのシマで勝手にトイチの貸金業を営む……そんなマネ、ワテらゴルド商会が許すと思っとるんか?」
ニャングルは純金の算盤をカチャリと弾いた。
「昨日の夜のうちにな、あんたのダミー会社の資金ルート、全部洗わせてもろたわ。ポポロ村に持ち込んでた隠し口座も、闇金の送金ルートも、ゴルド商会の権限で『完全凍結・差し押さえ』や。あんたの資産、今この瞬間からゼロやで」
「は……? 嘘、嘘やろ!?」
火原は慌てて懐から自分の残高確認用の魔導通信石を取り出した。
そこに表示された数字は、無慈悲にも『0』。
完全に逃げ道を塞がれた。物理的にも、経済的にも。
「あ……ああ……! 金が、わしの金が……っ! これじゃあ、ナンバーズへの上納金が払えへん! 上納金が払えんかったら、この首輪が……っ!」
火原は自らの首に巻かれたドワーフ製の爆破首輪を掻きむしり、狂乱したように叫んだ。
契約書という名の武器を失い、資産を凍結され、詐欺の手口を論理的に完全看破された。商社マンと天才商人による『ロジスティクス包囲網』の前に、火原のような場当たり的な悪党が太刀打ちできるはずがなかった。
「お前の負債(借金)は全て無効化させてもらった。あとは、ルナミス警察に身柄を引き渡すだけだ。大人しくお縄を頂戴しろ」
「ミツオさんの手を煩わせるまでもありません。私がこの特注安全靴で、両足の腱を正確に切断して無力化しておきますからね♡」
ミツオが冷徹に宣言し、キャルルが恍惚とした表情でトンファーを構えながらジリジリと距離を詰める。
完全にチェックメイト。
だが、極限まで追い詰められた小悪党は、絶望のあまり最悪のスイッチを押してしまった。
「ふざ……ふざけんなぁぁぁっ!! わしの人生、一発逆転のチャンスやったんやぞ!!」
火原は血走った目で三人を睨みつけ、懐から禍々しい紫色の光を放つ『カプセル』を取り出した。
それは、ナンバーズから護身用として与えられていた、違法な魔獣召喚アイテム。
「わしを刑務所やマグローザ漁船に送る気か!? そんなんなら、お前らも道連れじゃあ!! 出てこい、合成キメラぁぁぁっ!!」
火原がカプセルを地面に叩きつけた瞬間。
ドロドロとした紫色の瘴気が小屋を埋め尽くし、天井を突き破って巨大な異形の魔獣が咆哮を上げた。
獅子の頭、山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ狂暴な合成獣。
「ちっ、往生際の悪い不良在庫め。キャルル、下がれ!」
「ミツオさんこそ危ないです! 私が盾に——!」
狭いバラック小屋が完全に崩壊し、狂乱のキメラがミツオたちに襲い掛かろうとした、その時だった。
「――お待たせしましたぁっ!!」
崩れ落ちた屋根の隙間から、眩いばかりの黄金の光が差し込んだ。
天界のBGMがどこからともなく鳴り響き、純白の翼を広げた少女が、空中にふわりと舞い降りる。
「ホーリーメイク・アップ!!」
トップゴッドチューバー、キュララ・アルセルラ。
遅れてやってきた承認欲求のバケモノが、PV(撮れ高)の匂いを嗅ぎつけて、ついに『変身バンク』のスイッチを入れた瞬間であった。
読んでいただきありがとうございます。
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