EP 4
やらせ大食い配信! 満たされる胃袋と承認欲求
ポポロ村の治安と経済を支える『異世界コンビニ』でのハードなシフトを終え、丸川光雄は自室であるポポロ・コーポA301号室の扉を開けた。
「……どれくらい部屋がぶっ壊されてるか、計算しておくか」
数時間前、石油王(太客)を奪われた極貧人魚姫リーザと、それに煽りを入れた堕天使ゴッドチューバーのキュララが、血で血を洗う壮絶なキャットファイトを展開していたのだ。敷金礼金ゼロの優良物件とはいえ、壁に穴が空いていれば修繕費が嵩む。
ミツオは重い足取りでリビングへ足を踏み入れた。
だが、そこに広がっていたのは、予想に反して極めて平穏――いや、異様すぎるまでに統率された『撮影スタジオ』の光景だった。
「はい、照明の角度オッケー。スマホのバッテリーよし、魔導通信の電波もビンビンね。……ちょっと、そこの貧乏魚! スタンバイはいいの!?」
「いつでもいけますの! 胃袋のコンディションは、雑草を三日食べていない飢餓状態……つまりベストオブベストですわ!」
リビングの中央には、天界支給品のエンジェルすまーとふぉんが三脚にセットされ、どこから調達したのか丸いリングライトが煌々と部屋を照らしている。
そしてそのカメラの画角の中心、ローテーブルの前にキュララがちょこんと正座しており――そのテーブルの『下』、画角に絶対に入らない死角の暗がりに、エンジ色の芋ジャージを着たリーザが四つん這いで待機していた。暗闇の中でらんらんと目を光らせるその姿は、完全に餌を待つ野生の獣である。
「……お前ら、殺し合いは終わったのか?」
ミツオが呆れ顔で声をかけると、キュララはパッと振り返り、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「あっ、ミツオさんお帰りなさーい! ふふん、殺し合いだなんて野蛮なこと、天使がするわけないじゃないですかぁ。私とこの貧乏魚はね、互いの利益を最大化するための『ビジネス同盟』を結んだのよ!」
「……ビジネス同盟?」
ミツオが眉をひそめると、テーブルの下からリーザがヌッと顔を出した。
「そうですの! キュララが稼ぐ莫大な再生数とスパチャ……その恩恵にあやかり、私は究極のタダ飯にありつく! これぞ弱肉強食のエンタメ業界を生き抜く、完璧な共生関係ですわ!」
「なるほど。つまり『やらせ配信』をする気だな」
商社マンの直感が、一瞬で事態のカラクリを理解した。
キュララの配信デバイスがピロリンと鳴り、画面に『ルナイーツ、間もなく到着します』という通知が表示される。
キュララが「同情を誘うコラボ配信」と称して、リスナーにルナイーツで大量の出前を頼ませたのだ。
「ピンポーン! ルナイーツでーす! リスナー様からの差し入れ、『豚神屋監修・特上メガ盛りカツ丼』十杯、お届けに上がりましたー!」
扉の外から配達員(始祖竜クロノが擬態した宅配トカゲのロード)の声が響く。
ミツオが代わりに受け取り、テーブルの上に十個の巨大な丼を並べた。
蓋を開けた瞬間、甘辛い特製ダレの匂いと、分厚い豚肉をラードでカラッと揚げた暴力的なまでの香ばしさが部屋中に充満する。コンビニのホットスナックをも凌駕する、圧倒的なカロリーの結晶だ。
「ジュルルルッ……!」
テーブルの下から、滝のようなヨダレの音が聞こえてきた。リーザが限界を迎えているらしい。
キュララはコホンと咳払いをし、アイドル特有のキラキラしたオーラを全身に纏った。
「それじゃあミツオさん、本番いくから絶対静かにしててね! ……配信、スタートッ☆」
瞬時に、キュララの表情が『トップゴッドチューバー』のそれに切り替わる。
「全宇宙のみんなー! こんばんきゅららっ☆ トップ天使のキュララだよぉ! 今日はね、なんとリスナーのみんなから差し入れでもらった、この『特上メガ盛りカツ丼十杯』の大食いチャレンジをやっちゃいまーす!」
スマホの画面に、凄まじい勢いでコメントが滝のように流れ始める。
『キュララちゃん細いのにそんなに食えるの!?』
『無理しないでね!』
『赤スパ投げとく! がんばれー!』
チャリン、チャリンという電子音と共に、高額なスーパーチャットが次々と飛んでいく。キュララはそれを見てホクホク顔になりながら、カツ丼の器を両手で持ち上げた。
「みんなの応援があれば、十杯なんてペロリだよっ! それじゃあ、いただきまーすっ♡」
キュララは小さな口を開け、カツの一切れをパクリと頬張った。
「ん〜っ♡ お肉がサクサクで、甘辛いお出汁が卵に染み込んでて、最っ高に美味しいぃ〜!」
カメラに向かって最高の笑顔を振りまくキュララ。
だが、その直後だった。
彼女は「ちょっとお茶飲むね☆」と不自然にカメラから目線を外し――手元にあったカツ丼の器を、サッ、とテーブルの下へとスライドさせた。
瞬間。
テーブルの下の暗がりから、「バゴォォォォンッ!!」という、およそ食事中とは思えない轟音が響いた。
「ふぉおおおぉぉぉっ!! 肉! 肉ですのぉぉっ! 脂身の甘さと炭水化物の暴力が、雑草サラダで荒れ果てた私の胃壁を優しくコーティングしていきますわぁぁっ!!」
マイクにギリギリ入らない絶妙な音量で、リーザがカツ丼を『吸引』している音だった。
咀嚼というより、それはもはや工業用ダイソンの掃除機である。分厚いカツも、汁の染みたご飯も、わずか三秒で消滅していく。
「はいっ、一杯目完食ぅ〜! えへへ、美味しくて一瞬で食べちゃった!」
キュララがテーブルの下から、ピカピカに舐め回された空の丼を取り出し、カメラに向かってドヤ顔で見せつけた。
コメント欄が『は!? 早すぎだろ!』『ブラックホールかよ!』『すげえええ!』と狂喜乱舞し、さらにスパチャが加速する。
ミツオは壁際に寄りかかり、腕を組んでその光景を眺めていた。
(……見事なまでのコンプライアンス違反だな。だが、これはビジネスの構造としては非常に理にかなっている)
ミツオの脳内で、商社マンとしての冷徹な分析が始まる。
キュララは『大食い美少女天使』というブランド価値と莫大なスパチャ(利益)を得る。だが、実際に十杯も食べればアイドルの体型管理に致命的な悪影響が出る。
そこで、実作業(カロリー摂取)を極貧の地下アイドルに『丸投げ(アウトソーシング)』したのだ。
リーザ側から見れば、報酬は金銭ではなく『カツ丼』という現物支給だが、飢餓状態の彼女にとっては金貨以上の価値がある。
「二杯目、いただきまーすっ♡ あむっ……ん〜、美味しいっ!」
スッ……。
ズゴゴゴゴゴゴッ!!(吸引音)
「ぷはぁっ! 卵の半熟具合がたまりませんのぉっ!」(小声)
「二杯目もペロリだよっ☆」
恐るべき連携プレイだった。
キュララが一口だけ食べてカメラに愛想を振りまき、残りの9.9割をテーブルの下のリーザが秒速で処理する。
表向きは『大天使の奇跡の大食い』。
裏の現実は『極貧人魚の残飯処理』。
(下請けに実務を全部押し付け、表の顔(元請け)だけが手柄と利益を総取りする……日本のゼネコンやIT業界の多重下請け構造そのものじゃないか。だが……)
ミツオの視線の先で、テーブルの下から空の丼を渡すリーザの顔は、かつてないほどの至福に満ち溢れていた。
口の周りをカツ丼のタレでベタベタに汚し、パンパンに膨れ上がったお腹を擦りながら、彼女は恍惚の表情を浮かべている。下請けいじめどころか、彼女はこの『残飯処理』という業務に命を懸けて歓喜しているのだ。
「ふぅ〜、十杯目も完食ぅっ! さすがにお腹いっぱいになっちゃったかも☆ みんな、たくさんのスパチャと応援、本当にありがとうっ! キュララ、みんなの愛で胸がいっぱいだよぉっ♡ それじゃあ、また次の配信でねっ! バイバーイ!」
完璧なアイドルスマイルで配信を切るキュララ。
通信が切断された瞬間、彼女は大きく伸びをして、スマホの画面に表示された本日の収益額(売上)を確認した。
「よしっ! 今日の配信だけで、金貨三百枚(約三百万円)の売り上げ達成ね! いや〜、やっぱり大食い企画はチョロ……コホン、リスナーの食いつきがいいわぁ!」
「げふぅ……。神様、仏様、石油王様……そしてキュララ様……。私、もう思い残すことはありませんの。このタレの染みたご飯の海で、永遠に眠りにつきたいですわ……」
テーブルの下から這い出してきたリーザは、カツ丼十杯分のカロリーで臨月のように膨らんだお腹を抱え、カーペットの上に大の字で転がった。極貧生活から一転、かつてない飽食の喜びに浸り、彼女の瞳は完全にイッてしまっている。
「……お前ら、見事なもんだったな」
ミツオが呆れ半分、感心半分で声をかけると、キュララは誇らしげに胸を張った。
「ふふん! これがトップ配信者のプロデュース力よ! 私は美味しいところ(お金と名声)だけもらって、この貧乏魚はタダで限界までご飯が食べられる! まさに完璧なエコシステムでしょ?」
「そうだな。見事なアウトソーシングだ。利益相反すら超越した、狂った生態系を見せてもらったよ」
ミツオは深くため息をついた。
異世界でのスローライフ。静かで落ち着いた夜。
そんなものは、このアパートにはもう存在しないのだ。
承認欲求のバケモノである堕天使と、食欲のバケモノである極貧人魚。この二つの強欲が手を組んだ以上、ポポロ・コーポA301号室は、全宇宙を巻き込んだ『詐欺配信のスタジオ』として機能し続ける運命にある。
「ミツオ様ぁ……げふっ。明日の……明日のコラボ企画は、『超高級焼肉百人前チャレンジ』がいいですの……。私、牛の脂で胃もたれしてみたいですのぉ……」
「あんたバカ!? そんなの経費(リスナーの財布)がもたないでしょ! 明日は『激辛麻婆豆腐地獄の耐久配信』よ! あんた、ちゃんと火を吹くリアクションの練習しておきなさいよ!」
「ひぃっ!? 激辛は……私のお尻が爆発してしまいますのぉぉっ!」
床の上で再びキャットファイト(という名の業務連絡)を始める二人を放置し、ミツオは無言でキッチンの換気扇を回した。
部屋に充満したカツ丼の匂いと、これからの面倒な日常の予感を、少しでも外に逃がすために。
読んでいただきありがとうございます。
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