EP 2
害鳥注意! 罠にかかったトップゴッドチューバーと魅惑のジャンクフード
ポポロ村の背後にそびえ立つ、豊かな緑を抱いたポポロ山。
木漏れ日が差し込む獣道を、丸川光雄はタローマン製の頑丈なワークブーツで踏みしめながら進んでいた。その後ろを、村長のキャルルがウサ耳をパタパタと揺らしながら、上機嫌な足取りでついてくる。
「ミツオさん、足元気をつけてくださいね! この辺りは少し地盤が緩んでますから」
「ああ、助かる。それにしても、いい山だな。資源の宝庫だ」
光雄は周囲の植生や地形を観察しながら、脳内でポポロ山のロジスティクスマップを構築していた。
急斜面が少なく、運搬用のロックバイソンや荷車を入れやすい地形。水場も近く、自生している香草やキノコ類も豊富だ。ここを安全な仕入れルートとして確立できれば、異世界コンビニの利益率はさらに跳ね上がる。
「ふふっ。ミツオさんと二人きりで山歩きなんて、なんだかピクニックみたいですねっ♡」
キャルルは光雄の背中を見つめながら、頬をほんのりと赤らめていた。
村の業務を完璧にこなす彼女だが、その根底にあるのは「ミツオの役に立ちたい」「ミツオの隣にいたい」という重めの情念である。今日という日は、あの強欲でやかましい人魚姫が太客の喪失で絶望し、ダンボールハウスに引きこもっているため、誰にも邪魔されない完全なプライベート空間が保証されていた。
(ああ……山の澄んだ空気に混ざる、ミツオさんの男らしい汗の匂い……。このまま二人で山の奥深くへ迷い込んで、ずっと帰れなくなってしまってもいいかもしれないわ……)
などと、村長らしからぬ物騒なヤンデレ的思考を巡らせていたキャルルだったが、光雄が不意に足を止めたことで我に返った。
「よし、ここにするか。トライバードの羽が落ちてるし、足跡も新しい。獣道の交差点になってるな」
「あっ、はい! そうですね、トライバードの狩場としては一級品のポイントです!」
キャルルは慌てて村長の顔を取り繕い、周囲の安全を確認した。
光雄は持参したリュックから、コンビニで調達したパラコード(頑丈なナイロン製のロープ)を取り出し、手際よく近くの太い木に滑車代わりの細工を施し始めた。
獲物が足を踏み入れると、ロープが弾けて足を絡め取り、そのまま逆さ吊りにするという原始的だが確実なスネア(くくり罠)である。
「ミツオさん、ロープの結び方がすごく手慣れてますね」
「商社に入る前、学生時代はキャンプやアウトドアによく行っててな。まあ、本物の魔獣相手にこのナイロン紐がどこまで耐えられるかは未知数だが……そこは獲物がかかったら、俺のタックルとお前の『月影流』で即座に仕留める」
「お任せください! どんな魔獣が来ても、私の安全靴で一撃で脳震盪を起こして差し上げますから!」
頼もしい右腕の言葉に頷き、光雄は罠の中心部――枯れ葉で偽装した小さな窪みに、タッパーに入れた『特製の餌』を慎重に設置した。
蓋を開けた瞬間、ジャンクで暴力的なまでの香ばしい匂いが辺りに漂う。
「うわぁ……何度嗅いでも、お腹が空いてくる匂いですね。唐揚げの端切れと、ガーリッ君(喋るニンニク)の欠片を混ぜただけだというのに」
「なぜこの餌が魔獣に効くのか分かるか、キャルル?」
「ええと……お肉の匂いが強いから、でしょうか?」
光雄は首を横に振り、罠の偽装を整えながら解説した。
「高級レストランの凄腕シェフがどれだけ技術を尽くしても、大量生産されるファストフードのハンバーガーの味を完全にコピー(再現)することはできないのと同じ理屈だ」
「ファストフードの、ハンバーガー?」
「ああ。工業的な食品製造の過程で計算し尽くされた脂質と塩分、そして化学的な旨味の黄金比。それはもはや『料理』という枠組みを超えて、脳の報酬系を直接ハックする『兵器』に近い。職人の手作りにはない、ジャンクフード特有の強烈な依存性があるんだよ」
光雄は手袋を外し、立ち上がった。
「コンビニのフライヤーで揚げられたチキンの衣には、その工業的な旨味が極限まで凝縮されている。自然界の素朴な味しか知らない野生の魔獣にとって、この匂いは抗いようのない劇薬だ」
「なるほど……! つまり、ミツオさんのロジスティクスは、魔獣の脳内物質まで完璧にコントロールしているということですね! さすがです!」
キャルルは尊敬の眼差しでパチパチと拍手をした。
二人は罠の設置を終えると、風下にある茂みの裏へと身を潜めた。
「あとは、獲物がかかるのを待つだけだ。気配を消せよ、キャルル」
「はいっ♡」
茂みの中は狭く、二人の距離は必然的に密着することになる。
光雄は狩りの成果(ROI)に集中して全く気にしていないが、キャルルにとっては心臓が爆発しそうなほどの至福の時間だった。光雄の分厚い胸板に肩が触れるたび、彼女のウサ耳がピクピクと忙しなく動く。
(ああ、ミツオさんの体温が……! ミツオさんの、鼓動が聞こえる……! もう、トライバードなんて来なくても、このままずっとこうして……)
ヤンデレ村長の思考が完全にピンク色の暴走状態に突入しかけた、その時。
――バサバサバサッ!!
頭上の樹冠を揺らし、巨大な影が音を立てて舞い降りてきた。
風圧で茂みの葉が激しく揺れる。
狙い通り、強烈なジャンクフードの匂いに誘われた大物が罠のポイントに着地したのだ。
(来たな。重さと羽音からして、かなりデカい個体だぞ)
光雄は息を潜め、手元のロープの端を強く握りしめる。
ガサゴソ、という音が聞こえる。獲物が餌のタッパーに顔を突っ込み、夢中でチキンの衣を貪り食っている音だ。
「今だっ!」
光雄がロープを渾身の力で引き絞る。
バチンッ!という小気味良い音と共に罠が作動し、仕掛けられたパラコードが獲物の足首を的確に捉えた。
滑車の原理でロープが巻き上がり、巨大な獲物が「キャアアアアッ!?」という悲鳴と共に、大木から逆さ吊りにされる。
「かかった! 行くぞキャルル!」
「はいっ! 月影流・顎砕きの準備はできています!」
二人は茂みから勢いよく飛び出し、逆さ吊りになった獲物の元へと駆け寄った。
光雄はタックルの体勢に入り、キャルルは両手のダブルトンファーを構え、闘気を解放する。
しかし。
二人の目に飛び込んできたのは、三徳な鳥型魔獣『トライバード』ではなかった。
「…………え?」
光雄は構えを解き、ぽかんと口を開けた。
パラコードに足首を縛られ、地上三メートルの高さで逆さ吊りになってブラブラと揺れていたのは――純白の美しい翼を生やした、金髪の少女だったのだ。
「ふぇぇ〜んっ! なによこれぇぇっ! 離してよぉぉっ!」
少女は涙目でジタバタと暴れている。
背中の純白の翼から、白い羽毛がハラハラと舞い落ちる。
フリフリの可愛らしい衣装を着込んでいるが、逆さ吊りになっているせいでスカートがめくれ上がりそうになっており、彼女は必死に手で押さえていた。
しかも、その両手には、光雄が仕掛けたタッパーと、半分食べかけの『ガーリック風味のチキン衣』がしっかりと握りしめられている。
「……キャルル。俺の目が狂ってなければ、あいつはどう見ても鳥じゃないよな?」
「は、はい……。天使族、ですね。どうしてポポロ山なんかに……」
「食べないでぇぇっ! 私は美味しくないよぉ! お肉はパサパサだし、カロリーもないし、焼いても煮ても絶対に出汁なんて出ないんだからぁぁっ!」
逆さ吊りの天使は、チキンの欠片をモグモグと咀嚼しながら、意味の分からない命乞いを絶叫している。
「……えっと、お前は誰だ?」
光雄が呆れた声で問いかけると、少女はハッとして涙を拭い、逆さ吊りの状態のままビシッとポーズを決めた。
「ふふん! よくぞ聞いてくれました! 私はキュララ! 全宇宙のリスナーを虜にする、トップゴッドチューバーよ!」
「ゴッドチューバー……?」
女神ルチアナが言っていた、神界の予算を左右するという動画配信プラットフォーム『ゴッドチューブ』のことだろう。
「そうよ! 今日は『大自然の中で魔獣の巣に潜入してみた!』っていう撮れ高満載の企画のためにカメラを回していたんだけど……なんだか、信じられないくらい美味しそうなジャンクな匂いが漂ってきたから……」
キュララは手の中のチキン衣を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「気付いたら、フラフラ〜っと匂いに釣られて、気がついたらこんな罠に……。だって、ルナミス帝国の美味しいご飯の匂いがしたんだもん! 天使だって、我慢できない時があるのよ!」
「……つまり、ただの食い意地が張った不法侵入者ってことですね。ミツオさん、こいつ、不法投棄していいですか?」
「待て待て、キャルル。トンファーを構えるな」
キャルルが本気で害獣駆除の構えに入ったのを制止し、光雄はため息をついた。
現代の工業的食品の魅力は、野生の魔獣だけでなく、天界の天使の脳内報酬系すらハックしてしまうらしい。恐るべきファストフードの依存性である。
「俺は野生のトライバードを狩りに来たんだがな。まさか、こんな変な『害鳥』を獲っちまうとは」
「が、害鳥って言わないでよ! 私の月給、2億円なんだからね! リスナーに言えば、こんなロープくらいすぐに……っ! ああん、頭に血が上ってクラクラしてきたぁ……」
キュララはパタパタと翼を動かそうとしたが、光雄が結んだ頑丈なパラコードの縛りは完璧で、抜け出せる気配は微塵もなかった。
光雄は腕組みをし、この面倒なトラブルメーカーをどう処理すべきか、ロジスティクスの観点から計算し直した。
「……まあ、放置して飢え死にされても寝覚めが悪い。一応、村に連れて帰るか」
「ええっ!? ミツオさん、こんな胡散臭い女を連れて帰るんですか!? 絶対に裏がありますよ! 私の特注安全靴で、記憶を少し飛ばしておいた方が……」
「やめろ。国際問題……いや、天界問題になったら面倒だ。下ろしてやるから、大人しくしろよ、キュララ」
「は、はいぃ……ありがとうございますぅ……」
光雄がロープを緩め、キュララを地面に下ろしてやる。
解放された彼女は「助かったぁ……」とへたり込みながらも、手に残っていた最後のチキン衣の欠片をパクッと口に放り込み、「んんっ♡ ジャンク最高ぉっ♡」と幸せそうな声を上げた。
ポポロ山での新規サプライチェーンの開拓は、思わぬイレギュラーによって頓挫した。
だが、この食い意地の張った堕天使系ゴッドチューバーを村に連れ帰ったことが、アパートの自室で絶望している極貧人魚姫との、血で血を洗う『太客争奪戦』の引き金になろうとは。
平和を愛する商社マン・丸川光雄の胃痛の種は、異世界においても尽きることがないのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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