第二章 極貧人魚VS堕天使ゴッドチューバー! 霊感壺売り詐欺師をロジスティクスで完全粉砕する
太客喪失の極貧魚と、ポポロ山の野鳥狩り
朝の冷気が心地よく頬を撫でる時間帯。マンルシア大陸最強の緩衝地帯ことポポロ村は、今日も奇妙な活気に満ちていた。
その中心に鎮座する、一切の継ぎ目がない純白の壁と絶対防犯ガラスで構成された異質な建造物――異世界初の【コンビニ】のバックヤードで、丸川光雄は本日の在庫チェックと売上予測のロジスティクスを構築していた。
「よし、おばちゃん弁当の製造ラインは今日も順調だな。ニャングルの輸送馬車も予定通りに出発した。不良在庫もゼロだ」
光雄はタブレット端末の代わりに、独自の魔導通信石と連携させたバインダーにペンを走らせる。社畜時代に培った緻密な管理能力は、異世界においても彼の最大の武器であった。
「ミ・ツ・オ・さ・んっ♡」
不意にバックヤードの扉が開き、甘ったるい声と共に一人の少女が飛び込んできた。
動きやすいパーカーにショートパンツ、そして足元にはタローマン特注のいかつい安全靴。頭のウサ耳をパタパタと揺らしながら満面の笑みを浮かべているのは、ポポロ村の村長であり元近衛騎士隊長候補の月兎族、キャルル・ムーンハートだ。
「おはよう、キャルル。村の仕事はもういいのか?」
「はいっ! ミツオさんのロジスティクスを邪魔するような面倒な書類仕事は、昨日の夜のうちに全部終わらせておきましたから! 今日もミツオさんの右腕として、完璧に働かせていただきます!」
「そうか、助かるよ。お前がいると在庫の回転率が段違いだからな」
光雄が頭を軽く撫でてやると、キャルルは「えへへっ」と頬を染めて嬉しそうに目を細めた。彼女のヤンデレ気質は相変わらずだが、仕事に対するオン・オフの切り替えを覚えてからは、極めて優秀なビジネスパートナーとして機能している。
「それで、今日は一つ提案があるんですけど……ミツオさん、これから私と一緒に『狩り』に行きませんか? ポポロ山に」
「狩り? 魔獣の討伐か?」
「いえ、野生の『トライバード』です。ポポロ山の麓に、いい狩場があるんですよ」
トライバード。肉も卵も羽も無駄にならない、この世界ではお馴染みの三徳な鳥型魔獣だ。光雄たちの主力商品である『メガ盛り・にんにく唐揚げ弁当』のメイン食材でもある。
「実はこの間、ミツオさんが作ってくれた『特製の餌』がものすごく良くて。野生のトライバードが面白いようにかかるんです」
「ああ、あの廃棄寸前のフライドチキンの衣に、ガーリッ君の切れ端と独自のスパイスを混ぜたやつか。ジャンクな匂いが魔獣の食欲を刺激するんだろうな」
光雄は顎に手を当てて、瞬時に脳内でソロバンを弾いた。
現在、トライバードの肉は村の畜産農家から適正価格で買い取っているが、需要の爆発的増加に供給が追いついていない。もし野生の個体を効率よく狩猟できるなら、仕入れコストを大幅に削減し、利益率をさらに数段階引き上げることができる。
「悪くないな。ちょうど俺も、外の空気を吸いながら新しい補給ルートを開拓したいと思っていたところだ。よし、行こう」
「本当ですか!? やったぁっ! ミツオさんと二人きりで、大自然の中で愛の共同作業……ふふっ、害虫のいない静かな山で……」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもありませんっ! 準備してきますね!」
ウキウキと足取り軽くバックヤードを飛び出していくキャルルを見送りながら、光雄はふと首を傾げた。
「そういえば、リーザの奴が見当たらないな。いつもなら、この時間には廃棄弁当を狙ってレジ横をうろついているはずだが……あいつも狩りに連れて行くか?」
大食漢の彼女のことだ、狩猟に行けば獲物をその場で丸焼きにして食えると思い、喜んでついてくるだろう。
光雄はキャルルとの待ち合わせの前に、リーザが寝泊まりしているポポロ・コーポの彼女の部屋――というか、共有スペースの隅に設置されたダンボールハウス――へと向かった。
「おい、リーザ。これからキャルルと山にトライバードを狩りに行くんだが、お前も――」
光雄が声をかけようとしたその瞬間、彼は思わず足を止めた。
薄暗いダンボールハウスの隅。
そこに、エンジ色の芋ジャージを着たリーザが、両膝を抱えて体育座りをしたまま、虚空を見つめてブツブツと何事かを呟き続けていたのだ。
その背中からは、この世の終わりすら凌駕するほどの、どす黒く重たい絶望のオーラが立ち上っていた。
「おかしい……おかしいですの……」
「リーザ? どうした、腹でも壊したか?」
光雄の問いかけに、リーザは焦点の定まらない虚ろな瞳を向けた。
「ミツオ様……私、何か悪いことをしましたの……? 私の歌、昨日は調子が悪かったんですの……?」
「いや、いつも通り広場のみかん箱の上で元気に歌ってたじゃないか。何があったんだよ」
「ないんですの」
「何が?」
「太客だった『石油王さん』からの……赤スパチャが、ないんですのぉぉぉっ!!」
リーザは頭を抱え、床に突っ伏して絶叫した。
「いつもなら! 週末の配信ライブの後は、必ず名無しの石油王さんが真鍮の五円玉をドサッと投げ入れてくれていたのに! 昨日は一枚も……ただの一枚も来なかったんですの! これじゃあ、今日のタローソンでの半額もやし争奪戦に参加する資金すらありませんわ!」
極貧の地下アイドルにとって、固定の太客からの安定した収入源の喪失は、文字通り死活問題である。
「ああ、どうしましょう……! このままでは、また公園の雑草を摘んで塩で揉むだけの『雑草サラダ生活』に逆戻りですの……! お肉が……ミツオ様のコンビニのホットスナックが、遠ざかっていきますわぁぁっ……!」
ガタガタと震えながら、禁断症状のように虚空を掴むリーザ。
光雄は商社マンとしての冷徹な観察眼で彼女の精神状態を分析した結果、『現在の彼女を狩りに連れ出すのは、著しく生産性を低下させるノイズにしかならない』という極めて合理的な結論に達した。
「……何かよく分からないが、深刻な経営危機に直面してて忙しそうだな。お前のビジネスモデルの再構築には俺も後で相談に乗ってやるから、今はとりあえず心を落ち着かせとけ」
「ミツオ様ぁ! 助けてくださいませ、私に唐揚げを……せめて廃棄のツナマヨをぉぉっ!」
「山から帰ってきたらな」
すがりつこうとする極貧人魚姫の頭に軽くチョップを落とし、光雄はあっさりとその場を後にした。
アパートの外に出ると、ウサ耳をパタパタと揺らしながら、特注安全靴の踵を鳴らして待機しているキャルルがいた。
「お待たせしました、ミツオさん! 準備万端です!」
「ああ、悪い。ちょっとリーザの様子を見てきたんだが、あいつはなんか自分のビジネスの太客が飛んだとかで、絶賛パニック中だった。今日は俺たち二人だけで行くぞ」
「えっ!? リーザちゃんはお留守番ですか!?」
キャルルの声が、一オクターブ跳ね上がった。
「ああ。あんな状態で連れて行っても、山の雑草を手当たり次第に食い尽くすだけで足手まといになるからな」
「そ、そうですか! それは残念ですねぇ! でもミツオさんがそう判断したなら仕方がありません! ええ、ええ、とても残念ですけど、今日は私とミツオさんの二人だけで、ポポロ山の大自然を満喫しましょうねっ♡」
口では残念がりながらも、キャルルの顔面は歓喜で完全に綻んでいた。
(やった、やった、やりましたわ……! あの強欲な貧乏魚がいない、ミツオさんとの完全な二人きりの時間……! これで心置きなく、ミツオさんに私の有能さをアピールして、外堀を完璧に埋めることができますっ!)
背後で燃え盛るヤンデレ特有の重たい情念に、光雄が気づくはずもない。
「よし、ロジスティクスの確保に出発だ。トライバードの巣のポイントは頭に入ってるな?」
「はいっ! お任せください、ミツオさん! 私についてきてくださいね!」
ポポロ村の背後にそびえ立つ、豊かな緑を抱いたポポロ山。
新たな食材ルートを開拓し、利益率を最大化するという光雄の野望と、ミツオを独占したいというキャルルの純粋な執着を乗せて。
二人の足取りは、これから山で遭遇する『あり得ない獲物』のことなど露知らず、軽やかに山道へと踏み出していった。
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