EP 14
赤字覚悟の魔導バズーカ! ――狂った算盤が弾き出す最高利益率の勝利
夜の闇を切り裂くような、死蟷螂の狂乱の咆哮。
180℃に熱されたコンビニの業務用フライヤーの油を顔面と関節に浴び、視界と機動力を奪われた古代の生体機械兵器は、激痛と混乱から完全に暴走状態へと移行していた。
周囲の木々や無人のテントが、出鱈目に振り回される超微細振動の鎌によって次々と細切れにされていく。
だが、その圧倒的な破壊の嵐の中にあって、丸川光雄の立ち姿には微塵の揺るぎもなかった。
彼の太い腕には、今しがたゴルド商会のニャングルが運び込んできたドンガン地下帝国製の最新鋭兵器――『魔導誘導バズーカ』がしっかりと構えられている。
「へへっ、どうやミツオはん! その重み、たまらんやろ!」
ニャングルは純金の算盤をカチャカチャと鳴らしながら、興奮気味に叫んだ。
極端に暴力を嫌う彼が、わざわざこんな物騒な重火器を密輸し、自ら最前線まで運んできたのだ。
「こうなったら赤字覚悟や! ミツオはんのコンビニの売上と、ワテの極秘のへそくりを限界まで突っ込んで買った、特大の魔導バズーカや! 原価なんか気にせんでええ! ミツオはん! あのアホ虫に、一発かましたり!!」
普段は一円の損得にもうるさい商人が、利益度外視で戦場にフルコミットしている。
その言葉の裏にある「相棒への絶対的な信頼」を受け取り、光雄はバズーカの照準器を覗き込みながら、口角をニヤリと吊り上げた。
「分かった! 投資した分のリターンは、きっちり回収してやる!」
光雄は右肩にバズーカを担ぎ、重心を落とした。
しかし、ただ引き金を引くだけでは、あのネクロ・アーマーを完全に粉砕できる保証はない。確実な『死に体』へと敵を誘導する必要があった。
「キャルル! マンミア! あいつの足を完全に止めろ! 三秒でいい!」
「了解しましたのぉっ! 月影流――!」
光雄の指示に即座に反応したのは、過剰防衛ヤンデレ村長ことキャルルだった。
彼女は安全靴のつま先で大地を抉るように踏み込み、死蟷螂の懐へと信じられない速度で潜り込んだ。
狙うは、熱油を浴びて脆くなっている右脚の関節ジョイント。
「顎砕きッ!!」
ダブルトンファーによる強烈な打撃が関節をカチ上げ、死蟷螂の巨体がガクンとバランスを崩す。
そこへ、時速八十キロに加速したマンミアのチャージタックルが、パイルバンカー式シールド『アグニ』と共に左側から直撃した。
「メビウス・インパクトォォォッ!!」
ケンタウロスの全馬力と、巨大な質量が衝突。
さしもの死蟷螂もその衝撃には耐えきれず、完全に両前脚を浮かせ、無防備な腹部の装甲を夜空に晒す格好となった。
「ミツオ殿! 今です!」
「上出来だ! 二人ともそこから離れろ!」
二人が射線上から離脱した瞬間、光雄はバズーカの安全装置を解除した。
と、同時に――光雄の背後にある絶対安全圏、コンビニのイートインスペースから、マイクを通したようなクリアな歌声が響き渡った。
『♪絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば山となる!』
安全な店内からガラス越しに、芋ジャージ姿のリーザが即席のステージを作り、拡声の魔導具を使って歌い始めたのだ。
恐怖に震えていた避難民の村人たちが、彼女の歌に合わせて自然と手拍子を打つ。
『♪世界中が私の為に愛を叫ぶ! 全部抱きしめるわ、最強!!』
アイドルの狂気と純真が反転した、最強のバフスキル【Love & Money】。
リーザの歌声が風に乗って光雄の鼓膜を震わせた瞬間、光雄の身体の奥底に眠っていた『闘気』が、まるで油を注がれた炎のように爆発的に膨れ上がった。
(なんだこの力……底が知れねえ)
疲労は完全に吹き飛び、細胞の一つ一つが歓喜の声を上げている。
光雄はその有り余る闘気を、自身の手から魔導バズーカの砲身へと一気に注ぎ込んだ。
元々高火力だった魔導カートリッジが、光雄の規格外の闘気とリーザのバフによって臨界点を突破し、バズーカ全体が眩いほどの蒼い光を放ち始める。
「……ロジスティクスの基本は、圧倒的な物量と正確な配送だ。お前みたいな不良在庫は、市場の原理に則って即時廃棄してやるよ」
光雄は冷静に、死蟷螂の腹部にある最も装甲の薄いコア部分に照準を固定した。
暴走状態の死蟷螂が、体勢を立て直し、最後の足掻きとばかりに超微細振動の鎌を光雄に向けて振り下ろそうとする。
その刃が光雄の鼻先に届く、コンマ一秒前。
「――消えろ」
光雄は、力強く引き金を引いた。
ドガガガガガアアアアアアアンッ!!
夜の静寂を粉々に砕く、天地を揺るがす大爆発音がポポロ村に響き渡った。
バズーカの砲口から放たれたのは、単なる魔力弾ではない。光雄の濃密な闘気が圧縮された、極太の『蒼いレーザー』とも呼べる圧倒的なエネルギーの奔流だった。
その光の奔流は、死蟷螂の鎌を根本から蒸発させ、分厚いネクロ・アーマーの腹部へと直撃する。
一切の抵抗を許さない。
強固な生体装甲が内側から融解し、内部の魔導フレームが次々と悲鳴を上げて砕け散っていく。
「ギ、ギギギ……ギャアアアアアアアアッ……!!」
死蟷螂の断末魔の叫びは、圧倒的な破壊の光の中に呑み込まれ、かき消された。
光の柱が村の上空を貫き、分厚い雲を真っ二つに割って夜空に星々を覗かせる。
数秒後。
爆発の余波で巻き起こった熱風が収まると、そこには何も残っていなかった。
神蟲魔大戦の遺物であり、大陸を恐怖に陥れるはずだった古代の生体機械兵器は、光雄の放った一撃によって細胞の一片すら残さず、完全に『消滅』したのだ。
「……よし。検品完了、不良在庫ゼロだ」
光雄は砲身から白煙を上げる魔導バズーカをドスンと地面に置き、ワイシャツの首元を緩めてふっと息を吐いた。
シンッ……と。
静まり返った広場。
その数秒後、沈黙を破ったのは、コンビニの中から飛び出してきたリーザの甲高い声だった。
「や、やったああああああああっ!!」
その一声を皮切りに、村中から割れんばかりの歓声が爆発した。
「す、すげええっ! あんなバケモンを一撃でチリにしちまったぞ!」
「ミツオさんが俺たちを救ってくれたんだ!」
「ミツオ様万歳! コンビニ万歳!」
避難していた村人たちが一斉に店から飛び出し、光雄を取り囲んで歓喜の声を上げる。
マンミアは安堵の息を吐きながらその場にへたり込み、ニャングルは「アハハハハッ! これでワテらの投資も大回収やで!」と空に向かって算盤を放り投げた。
「ミ・ツ・オ・さ・んっ♡!」
歓喜の輪を掻き分けて、キャルルが猛然と飛び込んできた。
彼女は光雄の分厚い胸板に飛びつくと、兎耳を嬉しそうにパタパタと揺らしながら、涙目で彼を見上げた。
「ミツオさん! やりましたね! 私たち、村を守り抜きましたよ!」
「ああ、お前とマンミアが足止めしてくれたおかげだ。よくやったな、村長」
光雄が大きな手でキャルルの頭を撫でると、彼女は「ふぁうっ♡」と蕩けたような声を出して完全に骨抜きになってしまった。
「あーっ! キャルル村長、ずるいですの! 私の歌のバフがあったからこその勝利ですわ! ミツオ様、私にもナデナデと、あと特上の廃棄弁当を要求しますのぉっ!」
リーザが反対側から光雄の腕にしがみつき、いつものようにタダ飯の要求を始める。
右に極貧アイドル、左にヤンデレ村長。
二人の美少女に挟まれ、村人たちから英雄として讃えられる光雄。
(……やれやれ。社畜時代には、こんなふうに誰かから感謝されることなんて、一度もなかったな)
商社マンとして、ただ数字とノルマに追われ、自分の時間をすり減らすだけだった前世。
だが今は違う。
自分が下した決断と、構築したロジスティクスが、目の前にいる確かな体温を持った人々を守り、笑顔にしている。
「おいおい、お前らあんまりくっつくな。俺はまだ風呂に入ってないんだぞ」
苦笑いしながら二人の頭を撫でる光雄の顔は、過労で死んだ魚のようだった営業マンのそれではなく、確かな充実感に満ちた、一人の頼れる『店長』の顔になっていた。
赤字覚悟の魔導バズーカがもたらしたのは、ただの勝利ではない。
ポポロ村という居場所と、そこに集う不器用な仲間たちとの、何にも代えがたい『絆』という最高利益率のリターンであった。
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