EP 13
死蟷螂襲来! コンビニ要塞防衛戦
深夜のポポロ村に、けたたましい半鐘の音が鳴り響いた。
村人たちが何事かと家から顔を出すより早く、上空から凄まじい突風が吹き荒れ、村を囲む魔導装甲の防壁の一部が「紙くず」のように切り裂かれた。
「敵襲ぅぅッ! 空から巨大な化け物が……うわあああっ!?」
見張りの自警団員が絶叫する。
月明かりを遮って村の広場に降り立ったのは、全長四メートルを超える漆黒の異形――神蟲魔大戦の生体機械兵器『死蟷螂』であった。
無数の紅い複眼が不気味に明滅し、両腕の超微細振動チェーンソー鎌が、ギィィィンッ!と耳障りな駆動音を立てる。
「なんだ、あれは……!? 通常の魔獣とは明らかに魔力波形が違うぞ!」
自警団リーダーのマンミアが、四本足の蹄を鳴らして前線へと駆けつけた。彼女の背には、攻防一体の巨大パイルバンカー式シールド『アグニ』が構えられている。
「自警団、後退しろ! あいつの刃の間合いには絶対に入るな!」
マンミアの指示と同時、死蟷螂の鎌が一閃された。
真空の刃が広場の巨木を両断し、周囲のテントが吹き飛ぶ。
「させませんよ……ッ! 私の村で、好き勝手には!」
風を切り裂き、キャルルが飛び込んできた。
月兎族の跳躍力を活かした空中からの強襲。両手のダブルトンファーに闘気を極限まで圧縮し、死蟷螂の頭部目掛けて急降下する。
「月影流・破衝撃ッ!!」
装甲を内部から粉砕する必殺の一撃。
しかし――ガキィィィィンッ!!
激しい火花が散り、キャルルの身体が大きく弾き返された。
「くっ……!? なんて硬さなの……闘気が、完全に弾かれた!?」
「キャルル殿! 私が脚を止めます、その隙に追撃を!」
マンミアが『チャージタックル』で時速八十キロの突進を仕掛け、死蟷螂の巨体にシールドごとぶつかる。だが、ケンタウロスの全馬力を以てしても、死蟷螂は数歩後ずさっただけで、逆にその凶悪な鎌をマンミアへと振り下ろしてきた。
「しまっ……!」
「二人とも、一旦退け!!」
その時、広場の奥から響き渡った声が、戦場の空気を一変させた。
煌々とLEDの光を放つ『コンビニ』の入り口に、腕まくりをした丸川光雄が立っていた。
「ミツオ様ぁっ! あれ、ヤバいですの! すっごくヤバい虫ですのぉっ!」
「泣めいてる暇があるなら働け、リーザ! お前の声で村人たちを店の中に誘導しろ!」
ミツオは即座に【領域展開:店舗召喚】の防衛レベルを最大まで引き上げた。
「皆様! こちらですの! ミツオ様の神の蔵へ急いでくださいませーっ!」
リーザがアイドル仕込みのよく通る声で誘導し、パニックに陥っていた村人たちが次々と自動ドアの中へと雪崩れ込んでいく。
ギシャアアアアアッ!
標的が逃げるのを見た死蟷螂が、コンビニに向けて強烈な風の刃を放った。
鋼鉄をも切り裂くその刃が、店舗のガラス窓に直撃する。
――しかし。
『♪テロリロリ・ローリ』
入店音と共に、ガラスの表面に波紋のような防護結界が展開され、カマイタチはそよ風のように完全に霧散した。
竜のブレスすら弾き返す絶対防犯ガラスの前に、古代兵器の攻撃は文字通り『無力』だった。さらに、店内のイートインスペースに避難した村人たちは、店舗特有の『精神安定バフ』によって瞬時にパニックから回復し、落ち着きを取り戻していく。
「よし、非戦闘員のロジスティクス(避難)は完了だ」
ミツオはネクタイを外し、首の骨を鳴らしながら、キャルルとマンミアの立つ最前線へと歩み出た。
「ミツオさん! ダメです、下がって! あいつの装甲、私の闘気もマンミアのパイルバンカーも通りません!」
「ミツオ殿、危険です! あれは生物というより、歩く城壁だ!」
悲痛な声を上げる二人の前に立ち塞がり、ミツオは冷徹な眼差しで死蟷螂を観察した。
商社マンにとって、どんなに強固な企業(敵)にも必ず『サプライチェーンの弱点』が存在する。
(装甲が硬いなら、無理に砕く必要はない。機械と生物の融合体……なら、外界の情報を得る『センサー(複眼)』と、動力を伝える『ジョイント(関節)』の生体部分に必ず隙があるはずだ)
「キャルル、マンミア。あいつの注意を正面に引きつけろ。俺が『機動力』を削ぐ」
「わ、分かりました! 行きます、マンミア!」
「承知した!」
二人が左右に展開し、死蟷螂の鎌を掻き潜りながら牽制攻撃を仕掛ける。
死蟷螂の紅い複眼が、鬱陶しい羽虫を処理すべく二人にロックオンした――その一瞬の死角。
「――仕入れの時間だ」
ミツオは虚空に【コンビニ】のウィンドウを展開した。
彼が呼び出したのは、武器でも魔法でもない。
コンビニのレジ横で、唐揚げやフライドチキンを揚げるために二十四時間フル稼働している『業務用フライヤー』の巨大な油槽である。
「食らえ」
ミツオの分厚い両腕が、極限まで圧縮された闘気に包まれる。
彼は180℃に煮えたぎる『数十リットルの熱油』を、自身の闘気でコーティングし、温度を一切逃がさないまま空中へと打ち出した。
「【熱油フライヤー・バースト】ッ!!」
バシャアアアアアアッ!!
闘気の推進力を得た180℃の熱油の塊が、死蟷螂の紅い複眼と、両腕の鎌の関節部分(生体組織が露出している部位)にクリーンヒットした。
「ギ、ギギ……ギャアアアアアアアアッ!?」
夜の村に、死蟷螂の鼓膜を劈くような絶叫が響き渡った。
硬質なネクロ・アーマーは無事でも、繊細な生体センサーである複眼と、油圧駆動の関節部分に180℃の熱油が直接入り込み、ジュウウウッという嫌な音を立てて生体組織を『フライ』にしていく。
「お、おおっ……! 化け物の動きが、目に見えて鈍ったぞ!?」
「複眼が焼かれて、視覚センサーが潰れたんだわ! さすがミツオさん!」
驚愕するマンミアとキャルル。
熱湯ではなく『熱油』であるため、装甲の隙間にへばりついて長時間熱ダメージを与え続ける、極めて非人道的かつ合理的な状態異常攻撃だった。
「ギシャアアアアアアアッ!!」
しかし、死蟲王の最高傑作である死蟷螂は、これだけでは沈まなかった。
視界を失い、関節から煙を上げながらも、その殺戮中枢は暴走状態へと突入。滅茶苦茶に超振動の鎌を振り回し、周囲の建物を手当たり次第に破壊し始めたのだ。
「ちっ……タフな野郎だ。だが、これで完璧な『的』になったぞ」
ミツオは舌打ちをしつつも、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
回避能力を失った巨大な的。
装甲をぶち抜くための「最後の一手」の準備は、すでに整っている。
「――おーい! ミツオはん! 待たせたなァ!」
その時。
広場の入り口から、一台の輸送馬車が猛烈な勢いで土埃を巻き上げて突っ込んできた。
御者台から飛び降りたのは、純金の算盤を懐にしまった猫耳の商人、ニャングル。
そして彼の手には、ドンガン地下帝国から密輸したばかりの、黒光りする長大な『魔導誘導バズーカ』が握られていた。
「最高のタイミングだ、ニャングル。さあ……不良在庫の『一斉処分』と行こうぜ」
ミツオがバズーカを受け取り、装甲の隙間を的確にロックオンする。
異世界コンビニ店長と、天才商人の『狂った算盤』が、古代の絶望に引導を渡す瞬間が訪れようとしていた。
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