EP 12
小悪党の浅ましき末路と、解き放たれし死蟲機
ポポロ村から北へ数キロメートル。
木々が生い茂り、昼間でも薄暗い鬱蒼とした原生林の奥深くに、崩れかけた古代の石造遺跡が口を開けていた。
風化した石壁には、現行の人類言語では解読不能な不気味な紋様が刻まれ、周囲には鳥や小動物の気配すら一切ない。まるで世界から隔絶された墓場のような場所だった。
その遺跡の入り口で、松明の明かりを頼りに、下品な罵詈雑言を撒き散らしている男たちがいた。
「クソが……ッ! あのデカブツ野郎……! 絶対に許さねえ、絶対にだ……!」
顔中に包帯を巻き、憎悪で血走った目をギラつかせている男――数日前、ポポロ村の広場でリーザのみかん箱を蹴り飛ばし、ミツオの超低空タックルによって一撃で吹き飛ばされたチンピラのリーダー、ガルドであった。
彼の背後には、同じくミツオの殺気に怯えて逃げ帰った二人の手下が、怯えながら付き従っている。
「ア、アニキ……本当にここに入るんですかい? この遺跡、昔から『神蟲魔大戦の呪われた墓所』って言われてて、入った奴は生きて戻らねえっていう禁忌の場所地ですぜ……」
「黙ってろ! 俺様が舐められたままで引き下がれるかよ!」
ガルドは手下を一喝し、唾を吐き捨てた。
彼の胸中を支配しているのは、理性を焼き尽くすほどの逆恨みだった。
たかがしがない商売人風情の大男に一撃で沈められ、村人たちの前で無様に地べたを這いつくばらされた屈辱。
さらに、あの村でミツオが開いた『コンビニ』という店が莫大な富を生み出し、三国の軍隊すら手玉に取って大儲けしているという噂が、ガルドの浅ましい嫉妬心を限界まで肥大化させていた。
「あのデカブツを八つ裂きにして、あの青髪の生意気な小娘を泣かせてやる……! ついでにあのみんなが欲しがってる光る店の財宝も、村の女どもも、全部俺たちのモンにしてやるんだよ!」
ガルドは懐から、禍々しい紫色の光を放つ古びた水晶球を取り出した。
裏ルートの闇商人を脅し、有り金を全て叩いて手に入れた『古代の封印解除具』である。
「この奥には、古代の大戦で世界を恐怖に陥れた『生体兵器』が封印されてるって話だ。この解除具を使えば、俺様がその兵器の『マスター』になれる! あの大男の筋肉なんざ、古代兵器の爪先でミンチにしておしまいよ!」
根拠のない全能感と歪んだ復讐心に突き動かされ、ガルドは遺跡の最奥へと足を踏み入れた。
***
湿った冷気が肌を刺す石造りの回廊を進むと、やがてドーム状の巨大な石室に行き当たった。
部屋の中央には、何重もの極太な魔導鎖で幾何学的に拘束された、黒い巨大な石棺が鎮座していた。石棺の表面には、数千年にわたって漏れ出し続けた怨念が黒い靄となって漂っている。
「ヒッ……! ア、アニキ、やっぱヤバいですよこれ! 空気が重すぎて息が……」
「ビビってんじゃねえ! 俺様が世界を支配する第一歩だぞ!」
ガルドは手下の制止を振り払い、石棺の台座にある窪みへと駆け寄った。
そして、手にした紫の水晶球を、迷うことなくその窪みへと叩き込む。
――カチリ。
金属が噛み合うような冷徹な音が、静寂に満ちた石室に響き渡った。
次の瞬間。
ギギギギギギギッ! ギュオオオオオオンッ!!
石棺を縛り付けていた魔導鎖が、眩い紫の火花を散らしながら一斉に砕け散った。
重厚な石の蓋が内側から吹き飛ばされ、ドスンッ!という地響きと共に床に激突する。石棺の中から溢れ出したのは、腐敗した金属と血の匂いが混ざり合った、この世のものとは思えない猛烈な異臭だった。
「ひ……っ!?」
松明の炎が狂ったように激しく揺れる中、棺の底から『それ』がゆっくりと這い出してきた。
――カチ、カチ、カチ、カチ。
金属の関節が擦れ合うような、耳障りな生体機械の駆動音。
闇の中から現れたのは、全長四メートルを超える、異形の殺戮生命体だった。
漆黒の甲殻は刃のように鋭く磨き抜かれ、有機的な昆虫の肉体と無機質な魔導フレームが冒涜的に融合している。
頭部には紅く発光する無数の複眼。
そして、両腕に備えられたのは、それ自体が巨大な両刃剣であり、刃の部分がチェーンソーのように超微細振動を繰り返している二対の凶悪な鎌――。
神蟲魔大戦の遺物、死蟲軍の生体機械兵器。
死蟲機が一体――『死蟷螂』。
「お、おお……! 出た、出たぞ! すげえ、これが古代の生体兵器か!」
その圧倒的な威圧感を前にしながらも、愚かなガルドは勝利を確信して下卑た笑みを浮かべた。自分が『マスター』になれたと思い込んでいるのだ。
「へへっ、いい面構えじゃねえか! おいカマキリ! 俺様が貴様の主だ! さっそくポポロ村へ行って、あのコンビニのデカブツ野郎をミンチにして、女どもを――」
ガルドが意気揚々と命令を下そうとした、その時だった。
――シュパッ。
風が鳴った。
ただ、それだけだった。
「……え?」
ガルドの隣に立っていた手下の首から上が、忽然と消え失せていた。
一秒遅れて、切断面から鮮血が噴水のように吹き上がり、首を失った胴体がドサリと崩れ落ちる。
「ヒ……? ギャ、ギャアアアアアアアッ!? ヒィッ、ヒィィィィッ!!」
もう一人の手下が発狂したように叫び、出口へ向かって走り出そうとした。
しかし、死蟷螂の紅い複眼が一瞬だけ明滅する。
――ズババババッ!!
超微細振動する鎌が一閃したかと思うと、逃げようとした手下の身体は、空中でサイコロ状の肉片へと解体され、血の雨となって石畳を濡らした。
「な……な……」
ガルドは膝から崩れ落ち、腰を抜かした。
股間から生温かい液体が漏れ出し、石畳を汚していく。
命令など、最初から届いていなかったのだ。
死蟲王サルバロスが創造した死蟲機は、生けるもの全ての魂と肉を喰らい尽くすための純粋な殺戮機構。人間が小細工の水晶球ひとつで制御できるような代物ではない。
「ま、待て……! 俺は貴様の封印を解いてやった恩人だぞ……!? 助けろ……助けてくれぇぇっ!」
ガルドは涙と鼻水を垂れ流し、額を床に擦り付けながら必死に命乞いをした。
かつてリーザのみかん箱を踏みにじり、他者の誇りと尊厳を嘲笑った男の、これが無様すぎる現実だった。
死蟷螂は、感情の欠片もない紅い複眼をゆっくりとガルドへと向けた。
カチ、カチ、と顎門を鳴らしながら、一歩、また一歩と無機質に間合いを詰めてくる。
「ひ……やめ……来ないで……! 誰か……誰か助けてええええええええっ!!」
暗い石室に、ガルドの絶望の絶叫が木霊した。
そして――。
――グシャッ。
骨が砕け、肉が引き裂かれる無慈悲な咀嚼音が、静まり返った古代遺跡に響き渡った。
怨嗟と浅ましき欲望に塗れた三流チンピラの命は、誰に知られることもなく、哀れな餌として瞬く間に消滅したのだった。
***
数分後。
三つの肉塊を完全に喰らい尽くした死蟷螂は、血塗られた鎌を器用に擦り合わせ、全身の魔導フレームを再起動させた。
永き眠りから目覚め、新鮮な生体エネルギーを補給したことで、その殺戮中枢(AI)が完全に覚醒したのだ。
ピピピ……ターゲット探索シークエンス。
生体反応、魔力熱源、闘気熱源、探知開始。
死蟷螂の複眼が、南の空――ポポロ村の方向を正確にロックオンした。
そこには、数百人の豊かな生体エネルギーと、二十四時間煌々と光を放ち続ける『コンビニ』の莫大な魔力熱源が存在していた。
ギシャアアアアアアアッ!!
死蟷螂は甲高い金属質の咆哮を上げると、背中の硬質な翅を展開し、猛烈な突風を巻き起こしながら暗い遺跡を飛び出した。
木々を薙ぎ倒し、大地を震わせながら、古代の悪夢が一直線にポポロ村へと進軍を開始する。
かつてない破滅の脅威が、平穏を取り戻したはずの村へと、刻一刻と迫りつつあった。
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