第四話 旅の果て
東へ向かう街道を、一人で歩く。
春の風は穏やかなのに、足だけが重かった。
以前なら、こんな旅を一人ですることはなかった。
地図を広げるのはカイル。
「こっちだ。」
その一言で十分だった。
俺は何も考えず、隣を歩いていればよかった。
……まただ。
歩けば歩くほど、あいつのことばかり思い出す。
◇
最初の村へ着いたのは夕方だった。
宿を取ろうとすると、受付の老人が俺の剣を見て笑う。
「冒険者か。」
「ええ。」
「なら、少し遅かったな。」
「遅かった?」
「少し前まで、若い冒険者が泊まってたよ。」
胸が小さく跳ねる。
「……名前は。」
「確か、カイル。」
思わず息を呑んだ。
「知り合いか?」
「……はい。」
老人は懐かしそうに目を細める。
「いい青年だった。」
「宿代が払えない子供がいてな。」
「その子の分まで、何も言わず置いていった。」
「礼も受け取らず、朝には出て行っちまったよ。」
俺は何も言えなかった。
昔からそうだった。
困っている人を見つけると、放っておけない奴だった。
◇
翌日。
さらに東へ向かう。
昼頃、小さな橋の前で荷馬車が立ち往生していた。
車輪がぬかるみに埋まっている。
「手伝います。」
二人で荷車を押す。
ようやく車輪が泥から抜けると、商人は何度も頭を下げた。
「助かった。」
「いや。」
「最近も助けてもらったばかりなんだ。」
もう驚かなかった。
「若い剣士でね。」
聞かなくても分かる。
「橋が崩れかけていたところを、一人で支えてくれた。」
商人は少しだけ眉を寄せた。
「ただ……。」
「礼を言う間もなく行っちまってな。」
「まるで何かに追われてるみたいだった。」
追われている。
その言葉が胸に引っかかった。
「休めばいいのに、と思ったよ。」
商人は苦笑しながら荷馬車を走らせていった。
◇
三日後。
山あいの村へ着く。
子供たちが広場を駆け回っていた。
一人の少女が木の枝を振る。
「えいっ!」
「もっと腰を落とせ。」
思わず口から出た。
少女は目を輝かせる。
「そうやって教えてもらったの!」
「誰に?」
「カイルお兄ちゃん!」
無邪気な笑顔だった。
「また来るって約束してくれた!」
俺も笑いそうになる。
あいつらしい。
「絶対来るって言ってたよ!」
「そうか。」
「うん!」
少女は少し首をかしげた。
「でもね。」
「帰る時だけ、少し変だった。」
「変?」
「泣きそうな顔だった。」
その言葉だけが、胸に残った。
◇
夜。
焚き火を見つめる。
薪が弾ける音だけが響く。
あの日。
あんなことを言わなければ。
今も隣で笑っていただろうか。
火を見つめても答えは出ない。
もう一度だけ。
やり直せるなら。
そんな都合のいいことばかり考えてしまう。
◇
翌朝。
村を出ようとすると、老婆に呼び止められた。
「冒険者さん。」
「はい。」
「これ。」
温かいパンを差し出される。
「持っていきな。」
「でも……。」
「カイルさんにも渡したかったんだけどね。」
老婆は寂しそうに笑った。
「もう行っちゃったから。」
「……どこへ?」
「もっと東さ。」
「誰かが助けを求めてるって聞いたらしい。」
最後まで、人助けか。
「ありがとうございます。」
俺は頭を下げた。
パンはまだ温かかった。
◇
夕暮れ。
山道を抜けると、遠くに煙が見えた。
嫌な予感がして、足が速くなる。
坂を駆け下りる。
村へ近づくにつれ、人々の声が聞こえてきた。
「助かった!」
「全部倒したぞ!」
「一人であの数を……!」
村の入り口では、折れた魔物の角が山のように積まれていた。
俺は息を切らしながら駆け寄る。
「すみません!」
「ここに、カイルという冒険者が来ませんでしたか!」
村人は驚いたあと、笑顔になる。
「ああ。」
「さっきまでいたよ。」
心臓が大きく脈打つ。
「どこですか!」
村人は村外れの丘を指差した。
「たぶん、まだあそこだ。」
礼も言わず走り出す。
息が苦しい。
足も痛い。
それでも止まれなかった。
もう一度だけ。
会いたい。
謝りたい。
それだけだった。
丘の向こうには夕焼けが広がっている。
その先に、
俺が探し続けた親友がいる。
そう信じて、
俺は最後の坂を駆け上がった。




