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第三話 あいつを追放したのは間違いだった

 カイルがいなくなって、一週間が経った。

 最初は誰も何も言わなかった。

 「あいつなら、そのうち戻ってくる。」


 そんな空気が、どこかにあった。

 俺もそう思っていた。

 けれど、戻ってこなかった。

「……次の依頼だ。」

 ギルドのテーブルへ依頼書を置く。

「オーガ三体の討伐。」

「俺たちなら問題ない。」

 誰も依頼書へ手を伸ばさない。


「どうした。」

 ガルドが小さく息を吐いた。


「……カイルがいればな。」

 胸の奥が小さく軋む。

「俺たちだけでもやれる。」


「……そうだな。」

 返事は返ってきた。

 けれど、その声には力がなかった。

 俺の判断は、間違っていた。

 魔物の数を読み違えた。

 囲まれ、連携は崩れ、撤退を余儀なくされた。

「撤退!」


 森を駆ける。

 仲間の息は荒い。

 街へ戻った頃には、全員が傷だらけだった。

「悪かった。」

 宿へ戻るなり頭を下げた。

「俺の判断ミスだ。」


 誰も責めなかった。

 慰めもしなかった。

 沈黙だけが部屋に残る。

「今日は休もう。」


 そう言って部屋へ戻ろうとすると、

「レイン。」

 ガルドが呼び止めた。

「なんだ。」

「……次は、気を付けよう。」


 励まそうとしてくれている。

 でも、その言葉がどこか遠く聞こえた。

 それから二週間。

 依頼は成功しても、以前ほど綺麗には終わらない。

 小さな怪我が増えた。

 連携も少しずつ噛み合わなくなっていく。

 以前なら何も言わず通じていた動きが、今は一瞬遅れる。

 その一瞬が、命取りになる。


 ギルドで聞こえる声も変わった。

「最近、『暁の剣』どうした?」

「前はもっと強かったよな。」

「カイルって奴が抜けたらしいぞ。」

「なるほどな……。」

 聞こえないふりをした。

 一か月後。

 最初に姿を消したのは魔法使いだった。

 朝、部屋を訪ねると、荷物ごとなくなっていた。


 書き置きもない。

 数日後。

 槍使いが荷物をまとめていた。


「悪い。」

 それだけ言って部屋を出ていく。

 引き止める言葉は浮かばなかった。


 そして最後。

 机の上に、一通の封筒。

 ガルドからだった。


『悪い。俺、このパーティを抜ける。お前を嫌いになったわけじゃない。でも、このままじゃ命を落とす。』


 短い手紙だった。

 翌朝には、姿はなかった。

 食堂へ降りる。

 四人で囲んでいた机。

 今は俺しか座っていない。


 料理を一口食べる。

 味がしない。

 半分も食べられず、席を立った。

 店主が心配そうにこちらを見ていた。

 久しぶりに剣を抜く。

 重い。

 こんなに重かっただろうか。


 昔は違った。

 俺が前へ出る。

 カイルが隣へ並ぶ。

 俺が迷う。

 何も言わず、あいつが剣を振るう。


 その背中を見て、

 俺はまた前へ進めた。

 それが当たり前だった。

 ……違う。

 当たり前なんかじゃない。


 俺が支えていたんじゃない。

 支えられていたのは、

 ずっと俺の方だった。


 手から力が抜ける。

 剣が地面へ落ちた。

 乾いた音だけが部屋に響く。

「……そうか。」


 村人が笑っていた。

 仲間も笑っていた。

 みんな、カイルを見ていた。

 あいつが目立っていたからじゃない。


 あいつが、

 みんなを支えていたからだ。


 俺は。

 何を見ていた。

 何を妬んでいた。

 何を失った。


 その場に、座り込んだ。

 顔を覆う。

「……間違えた。」

 その一言だけが漏れた。

 翌朝。

 ギルドの受付へ向かう。

「今日は依頼ですか?」

「いや。」


 首を振る。

「人を探してる。」

「冒険者ですか?」

「ああ。」


 喉が渇く。

 名前を口にするだけで苦しかった。

「カイルっていう。」

 受付嬢は少し考え、

「ああ。」

 と思い出したように頷く。


「少し前に、東の村の依頼で名前を聞きました。」

「詳しい場所までは分かりませんが……東の方だと思います。」

「ありがとうございます。」

 礼を言って外へ出る。

 朝日が眩しかった。


 もう一度だけ。

 会わなくちゃいけない。

 謝らなくちゃいけない。

 許されなくてもいい。

 殴られてもいい。

 罵られてもいい。


 それでも。

 俺には、伝えなければならない言葉がある。


 ――あの日は、ごめん。

 その一言だけを胸に抱いて、

 俺は東へ向かって歩き出した。

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