第三話 あいつを追放したのは間違いだった
カイルがいなくなって、一週間が経った。
最初は誰も何も言わなかった。
「あいつなら、そのうち戻ってくる。」
そんな空気が、どこかにあった。
俺もそう思っていた。
けれど、戻ってこなかった。
◇
「……次の依頼だ。」
ギルドのテーブルへ依頼書を置く。
「オーガ三体の討伐。」
「俺たちなら問題ない。」
誰も依頼書へ手を伸ばさない。
「どうした。」
ガルドが小さく息を吐いた。
「……カイルがいればな。」
胸の奥が小さく軋む。
「俺たちだけでもやれる。」
「……そうだな。」
返事は返ってきた。
けれど、その声には力がなかった。
◇
俺の判断は、間違っていた。
魔物の数を読み違えた。
囲まれ、連携は崩れ、撤退を余儀なくされた。
「撤退!」
森を駆ける。
仲間の息は荒い。
街へ戻った頃には、全員が傷だらけだった。
◇
「悪かった。」
宿へ戻るなり頭を下げた。
「俺の判断ミスだ。」
誰も責めなかった。
慰めもしなかった。
沈黙だけが部屋に残る。
「今日は休もう。」
そう言って部屋へ戻ろうとすると、
「レイン。」
ガルドが呼び止めた。
「なんだ。」
「……次は、気を付けよう。」
励まそうとしてくれている。
でも、その言葉がどこか遠く聞こえた。
◇
それから二週間。
依頼は成功しても、以前ほど綺麗には終わらない。
小さな怪我が増えた。
連携も少しずつ噛み合わなくなっていく。
以前なら何も言わず通じていた動きが、今は一瞬遅れる。
その一瞬が、命取りになる。
ギルドで聞こえる声も変わった。
「最近、『暁の剣』どうした?」
「前はもっと強かったよな。」
「カイルって奴が抜けたらしいぞ。」
「なるほどな……。」
聞こえないふりをした。
◇
一か月後。
最初に姿を消したのは魔法使いだった。
朝、部屋を訪ねると、荷物ごとなくなっていた。
書き置きもない。
数日後。
槍使いが荷物をまとめていた。
「悪い。」
それだけ言って部屋を出ていく。
引き止める言葉は浮かばなかった。
そして最後。
机の上に、一通の封筒。
ガルドからだった。
『悪い。俺、このパーティを抜ける。お前を嫌いになったわけじゃない。でも、このままじゃ命を落とす。』
短い手紙だった。
翌朝には、姿はなかった。
◇
食堂へ降りる。
四人で囲んでいた机。
今は俺しか座っていない。
料理を一口食べる。
味がしない。
半分も食べられず、席を立った。
店主が心配そうにこちらを見ていた。
◇
久しぶりに剣を抜く。
重い。
こんなに重かっただろうか。
昔は違った。
俺が前へ出る。
カイルが隣へ並ぶ。
俺が迷う。
何も言わず、あいつが剣を振るう。
その背中を見て、
俺はまた前へ進めた。
それが当たり前だった。
……違う。
当たり前なんかじゃない。
俺が支えていたんじゃない。
支えられていたのは、
ずっと俺の方だった。
手から力が抜ける。
剣が地面へ落ちた。
乾いた音だけが部屋に響く。
「……そうか。」
村人が笑っていた。
仲間も笑っていた。
みんな、カイルを見ていた。
あいつが目立っていたからじゃない。
あいつが、
みんなを支えていたからだ。
俺は。
何を見ていた。
何を妬んでいた。
何を失った。
その場に、座り込んだ。
顔を覆う。
「……間違えた。」
その一言だけが漏れた。
◇
翌朝。
ギルドの受付へ向かう。
「今日は依頼ですか?」
「いや。」
首を振る。
「人を探してる。」
「冒険者ですか?」
「ああ。」
喉が渇く。
名前を口にするだけで苦しかった。
「カイルっていう。」
受付嬢は少し考え、
「ああ。」
と思い出したように頷く。
「少し前に、東の村の依頼で名前を聞きました。」
「詳しい場所までは分かりませんが……東の方だと思います。」
「ありがとうございます。」
礼を言って外へ出る。
朝日が眩しかった。
もう一度だけ。
会わなくちゃいけない。
謝らなくちゃいけない。
許されなくてもいい。
殴られてもいい。
罵られてもいい。
それでも。
俺には、伝えなければならない言葉がある。
――あの日は、ごめん。
その一言だけを胸に抱いて、
俺は東へ向かって歩き出した。




