第二話 決壊
翌朝。
目が覚めても、昨日の会話は頭から離れなかった。
宿の窓から差し込む朝日が眩しい。
眠れたはずなのに、体は重かった。
階下へ降りると、仲間たちはすでに朝食を囲んでいた。
「お、リーダー。」
ガルドが手を挙げる。
「珍しく遅かったな。」
「悪い。」
席に着く。
向かいではカイルがパンをちぎっていた。
「ちゃんと寝れたか?」
「……ああ。」
それ以上は聞いてこない。
ありがたかった。
◇
今日の依頼は、森の奥に住み着いたオーガの討伐。
報酬も高く、難易度も高い。
だからこそ、俺たち『暁の剣』に依頼が来た。
森へ入る。
湿った空気が肌にまとわりつく。
「レイン。」
隣へ並んだカイルが地図を見せる。
「足跡ならこっちだと思う。」
俺も地図を見る。
確かにそっちの可能性もある。
だが昨日のことが頭をよぎる。
「いや。」
思わず口を開いていた。
「予定通り進む。」
「……分かった。」
カイルは何も言わなかった。
その一言が、逆に胸へ刺さる。
◇
結果から言えば、俺の判断は間違っていた。
進んだ先にオーガはいない。
代わりに巣へ近付きすぎた俺たちは、囲まれた。
「右から二体!」
「後ろも!」
仲間の叫び声。
剣を振るう。
一体。
二体。
だが数が多い。
「レイン!」
叫び声。
振り向く。
巨大な棍棒が頭上から迫っていた。
避けられない。
そう思った瞬間。
ガキィン!!
衝撃とともに棍棒が弾かれる。
「下がれ!」
カイルだった。
そのまま一歩踏み込み、オーガの懐へ潜り込む。
閃く銀の刃。
首が飛ぶ。
「今だ!」
俺たちも立て直す。
そこから先は早かった。
カイルを中心に隊列が整う。
魔法使いが援護し、弓使いが射抜き、俺も前線を押し返す。
十分後。
最後の一体が崩れ落ちた。
◇
「危なかったなぁ!」
ガルドが地面へ座り込む。
「死ぬかと思った。」
「でも助かった!」
魔法使いが笑う。
「カイルのおかげだね。」
「ほんと、それ。」
「さすがだよ。」
また。
また、その名前だ。
「いや。」
カイルは首を振る。
「レインが前にいてくれたから——」
「でも最後止めたのはカイルじゃん。」
「判断もカイルの方が合ってたし。」
「最初からあっち行ってれば楽だったな。」
悪気なんてない。
そんなことくらい分かる。
分かるから余計に苦しい。
「帰るぞ。」
短く言う。
誰も返事をしなかった。
◇
宿へ戻る道中。
誰も俺へ話しかけなかった。
ガルドはカイルと笑っている。
魔法使いもそうだ。
俺だけ少し前を歩く。
背中へ笑い声だけが届く。
……俺は。
リーダーじゃなかったのか。
◇
夜。
宿の食堂。
酒場も兼ねているこの場所は、今日も賑やかだった。
「乾杯!」
仲間たちが杯をぶつけ合う。
「今日も生きて帰れた!」
「カイルのおかげだ!」
「ほんとにな!」
笑い声。
拍手。
酒場の客まで振り返る。
「兄ちゃん、強いんだって?」
「いやいや。」
「謙遜するな!」
また笑いが起きる。
俺は席を立った。
「レイン?」
カイルが呼ぶ。
聞こえないふりをした。
◇
夜風が冷たい。
一人で歩いていると、後ろから足音が聞こえた。
「待てよ。」
カイルだった。
「どうした。」
「それはこっちの台詞だ。」
俺は立ち止まる。
振り返らない。
「怒ってるだろ。」
「怒ってない。」
「嘘つくな。」
まただ。
また見抜く。
昔はそれが嬉しかった。
今は腹が立つ。
「なあ。」
カイルが静かに言う。
「今日の判断のことなら気にしてない。」
「……。」
「誰だって間違える。」
「そうだな。」
笑う。
「俺は間違えた。」
「レイン。」
「お前は助けた。」
「……。」
「みんな、お前を褒めた。」
拳を握る。
震えていた。
「昔からそうだ。」
「レイン。」
「俺は努力してきた。」
声が震える。
「お前より早く剣を握った。」
「誰より訓練した。」
「誰より考えてきた。」
息が苦しい。
「なのに。」
振り返る。
「なんでみんな、お前を見るんだ。」
カイルは何も言わない。
黙って俺を見ていた。
その優しそうな目が、たまらなく嫌だった。
「何とか言えよ!」
叫ぶ。
「違うって言え!」
「俺は——」
「お前はいらない。」
言葉が止まる。
違う。
今のは。
そんなことを言いたかったんじゃない。
でも口は止まらなかった。
「もう、お前はいらない。」
静寂。
風だけが吹いている。
カイルは何も言わなかった。
怒りもしない。
悲鳴も上げない。
ただ、少しだけ目を伏せた。
長い沈黙のあと、小さく息を吐く。
「……分かった。」
それだけだった。
荷物を肩へ担ぐ。
俺の横を通り過ぎる。
一歩。
二歩。
三歩。
呼び止めれば、まだ間に合う。
そう思った。
なのに。
声が出なかった。
「今までありがとう。レイン。」
振り返らず、カイルは夜の闇へ消えていった。
俺は、その背中を見送ることしかできなかった。




