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第二話 決壊

 翌朝。

 目が覚めても、昨日の会話は頭から離れなかった。

 宿の窓から差し込む朝日が眩しい。

 眠れたはずなのに、体は重かった。


 階下へ降りると、仲間たちはすでに朝食を囲んでいた。

「お、リーダー。」

 ガルドが手を挙げる。

「珍しく遅かったな。」

「悪い。」


 席に着く。

 向かいではカイルがパンをちぎっていた。

「ちゃんと寝れたか?」

「……ああ。」 


 それ以上は聞いてこない。

 ありがたかった。

 今日の依頼は、森の奥に住み着いたオーガの討伐。

 報酬も高く、難易度も高い。

 だからこそ、俺たち『暁の剣』に依頼が来た。


 森へ入る。

 湿った空気が肌にまとわりつく。

「レイン。」


 隣へ並んだカイルが地図を見せる。

「足跡ならこっちだと思う。」

 俺も地図を見る。

 確かにそっちの可能性もある。


 だが昨日のことが頭をよぎる。

「いや。」

 思わず口を開いていた。

「予定通り進む。」

「……分かった。」


 カイルは何も言わなかった。

 その一言が、逆に胸へ刺さる。

 結果から言えば、俺の判断は間違っていた。

 進んだ先にオーガはいない。


 代わりに巣へ近付きすぎた俺たちは、囲まれた。

「右から二体!」

「後ろも!」

 仲間の叫び声。


 剣を振るう。

 一体。

 二体。

 だが数が多い。

「レイン!」

 叫び声。


 振り向く。

 巨大な棍棒が頭上から迫っていた。

 避けられない。

 そう思った瞬間。


 ガキィン!!

 衝撃とともに棍棒が弾かれる。

「下がれ!」

 カイルだった。


 そのまま一歩踏み込み、オーガの懐へ潜り込む。

 閃く銀の刃。

 首が飛ぶ。

「今だ!」

 俺たちも立て直す。


 そこから先は早かった。

 カイルを中心に隊列が整う。

 魔法使いが援護し、弓使いが射抜き、俺も前線を押し返す。


 十分後。

 最後の一体が崩れ落ちた。

「危なかったなぁ!」

 ガルドが地面へ座り込む。

「死ぬかと思った。」

「でも助かった!」


 魔法使いが笑う。

「カイルのおかげだね。」

「ほんと、それ。」

「さすがだよ。」


 また。

 また、その名前だ。

「いや。」


 カイルは首を振る。

「レインが前にいてくれたから——」

「でも最後止めたのはカイルじゃん。」

「判断もカイルの方が合ってたし。」

「最初からあっち行ってれば楽だったな。」


 悪気なんてない。

 そんなことくらい分かる。

 分かるから余計に苦しい。

「帰るぞ。」


 短く言う。

 誰も返事をしなかった。

 宿へ戻る道中。

 誰も俺へ話しかけなかった。

 ガルドはカイルと笑っている。

 魔法使いもそうだ。

 俺だけ少し前を歩く。

 背中へ笑い声だけが届く。


 ……俺は。

 リーダーじゃなかったのか。

 夜。

 宿の食堂。

 酒場も兼ねているこの場所は、今日も賑やかだった。

「乾杯!」


 仲間たちが杯をぶつけ合う。

「今日も生きて帰れた!」

「カイルのおかげだ!」

「ほんとにな!」

 笑い声。

 拍手。


 酒場の客まで振り返る。

「兄ちゃん、強いんだって?」

「いやいや。」

「謙遜するな!」


 また笑いが起きる。

 俺は席を立った。


「レイン?」

 カイルが呼ぶ。

 聞こえないふりをした。


 夜風が冷たい。

 一人で歩いていると、後ろから足音が聞こえた。

「待てよ。」


 カイルだった。

「どうした。」

「それはこっちの台詞だ。」

 俺は立ち止まる。

 振り返らない。


「怒ってるだろ。」

「怒ってない。」

「嘘つくな。」


 まただ。

 また見抜く。

 昔はそれが嬉しかった。

 今は腹が立つ。

「なあ。」


 カイルが静かに言う。

「今日の判断のことなら気にしてない。」

「……。」

「誰だって間違える。」

「そうだな。」


 笑う。

「俺は間違えた。」

「レイン。」

「お前は助けた。」

「……。」

「みんな、お前を褒めた。」

 拳を握る。


 震えていた。

「昔からそうだ。」

「レイン。」

「俺は努力してきた。」


 声が震える。

「お前より早く剣を握った。」

「誰より訓練した。」

「誰より考えてきた。」


 息が苦しい。

「なのに。」

 振り返る。

「なんでみんな、お前を見るんだ。」


 カイルは何も言わない。

 黙って俺を見ていた。

 その優しそうな目が、たまらなく嫌だった。

「何とか言えよ!」


 叫ぶ。

「違うって言え!」

「俺は——」

「お前はいらない。」


 言葉が止まる。

 違う。

 今のは。

 そんなことを言いたかったんじゃない。


 でも口は止まらなかった。

「もう、お前はいらない。」


 静寂。

 風だけが吹いている。

 カイルは何も言わなかった。

 怒りもしない。

 悲鳴も上げない。


 ただ、少しだけ目を伏せた。

 長い沈黙のあと、小さく息を吐く。

「……分かった。」


 それだけだった。

 荷物を肩へ担ぐ。

 俺の横を通り過ぎる。


 一歩。

 二歩。

 三歩。

 呼び止めれば、まだ間に合う。

 そう思った。


 なのに。

 声が出なかった。

「今までありがとう。レイン。」


 振り返らず、カイルは夜の闇へ消えていった。

 俺は、その背中を見送ることしかできなかった。

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