第一話 俺がリーダーなのに
魔物の首が地面を転がった。
飛び散った黒い血を剣で払う。
ようやく息を吐いた、その時だった。
「レイン! 後ろ!」
声と同時に銀色の軌跡が視界を横切る。
振り返るより早く、飛びかかってきた狼型の魔物の首が宙を舞った。
どさり、と地面へ崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
差し出された手を掴んで立ち上がる。
「ああ。助かった。」
「間に合ってよかった。」
安心したように笑う男。
カイル。
幼い頃から一緒に育った親友であり、Sランクパーティ『暁の剣』の仲間だ。
木の枝を剣代わりに振り回し、「世界一の冒険者になる」と笑い合っていた頃から、ずっと隣にいた。
だから、このパーティを結成できた時は嬉しかった。
リーダーは俺。
誰かが決めたわけじゃない。
気づけば俺が先頭を歩き、みんながついてきていた。
それだけのことだった。
「レインさん!」
依頼主の村長が駆け寄ってくる。
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げられ、俺も軽く頭を下げ返した。
「いえ。当然の仕事です。」
「本当に助かりました。」
村長は顔を上げると、そのまま俺の横を通り過ぎた。
「特にカイルさん!」
「最後の一撃、本当に見事でした!」
「娘もあなたのおかげで助かりました!」
「さすが英雄です!」
「え、いや……」
カイルは困ったように笑う。
「最後だけですよ。みんながいたから倒せたんです。」
「そんなことありません!」
「あなたが来てくれなかったら村は終わっていました!」
気付けば、村人たちはみんなカイルを囲んでいた。
俺は剣を鞘へ収める。
――カチン。
金具の音だけが、妙に大きく耳へ残った。
「レイン。」
カイルが振り向く。
「報酬の確認しよう。」
「あ、ああ。」
村長と話し始めたカイルの背中を、俺は少しだけ眺めていた。
……別にいい。
昔からそうだった。
あいつは誰とでも仲良くなれる。
人気者なのも今さらだ。
気にすることじゃない。
そう、自分に言い聞かせた。
◇
王都へ戻る荷馬車。
揺れる荷台の上で、仲間たちが笑い合っている。
「今日のカイル、すごかったな。」
「最後の動き見たか?」
「あれは俺には真似できねぇ。」
「魔法との連携も完璧だった。」
「やめろって。」
カイルは苦笑いを浮かべる。
「レインの指示があったから勝てたんだ。」
「いやいや。」
弓使いのガルドが肩をすくめた。
「正直、カイルがリーダーでも上手くいく気がする。」
空気が止まる。
「あ……。」
ガルドも失言に気付いたらしい。
「悪い。そういう意味じゃ──」
「気にしてない。」
そう答えて笑う。
笑えた、と思う。
剣の柄を握る。
手のひらが汗で湿っていた。
「それより腹減ったな。」
誰かがそう言うと、話題はあっさり変わった。
魔物料理がどうだとか、酒がどうだとか。
さっきまでの言葉なんて、最初からなかったみたいに。
俺だけだった。
まだあの一言を引きずっているのは。
◇
宿へ戻ると、俺は部屋で剣を磨き始めた。
砥石を滑らせる。
シャッ。
シャッ。
いつもなら、これだけで頭は空っぽになる。
今日は違った。
村人の笑顔。
仲間の笑い声。
英雄。
命の恩人。
カイル。
砥石を持つ手に力が入る。
「……らしくないな。」
聞き慣れた声だった。
顔を上げると、カイルが扉にもたれていた。
「入るぞ。」
「勝手にしろ。」
「なんか機嫌悪い?」
「別に。」
「嘘だ。」
即答だった。
「幼なじみだから分かる。」
昔からそうだ。
俺が嘘をつくと、こいつはすぐ見抜く。
「疲れてるだけだ。」
「ならいいけど。」
カイルは向かいへ座る。
「最近、休めてないだろ。」
「大丈夫だ。」
「無理するなよ。」
「お前こそ。」
「俺は平気。」
沈黙が流れる。
昔なら、この静けさは嫌いじゃなかった。
何も話さなくても落ち着けた。
でも今は違う。
静かになればなるほど、自分の中の声が大きくなる。
「そうだ。」
カイルが立ち上がる。
「明日の依頼だけど──」
「……なあ。」
気付けば口が動いていた。
「ん?」
「お前さ。」
カイルが振り返る。
「俺がリーダーじゃなくてもいいと思ってるか?」
きょとんとした顔。
「なんだよ急に。」
「答えろ。」
少しだけ声が強くなる。
「そんなこと考えたこともない。」
「本当に?」
「ああ。」
「みんなは違うみたいだけどな。」
カイルの表情が曇った。
「昼間のことか。」
「……。」
「気にするなよ。」
「気にするなって?」
思わず笑ってしまう。
乾いた笑いだった。
「俺は前に立つ。」
「お前は敵を倒す。」
「みんなは、お前を見る。」
言葉が止まらない。
「俺がリーダーなのに。」
部屋が静かになる。
カイルはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「俺は、お前がリーダーだからここにいる。」
「慰めはいらない。」
「慰めじゃない。」
「だったら証明してみろよ。」
言った瞬間、自分でも何を言っているのか分からなかった。
カイルは何も言い返さない。
ただ少し困ったように笑って、
「今日は休め。」
それだけ言った。
「……また明日な。」
扉が閉まる。
一人になった部屋は、不思議なくらい静かだった。
磨きかけの剣を見る。
刃には、情けない顔をした俺が映っている。
……いつからだろう。
あいつの隣に立つたび、自分が少しずつ小さく見えるようになったのは




