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第五話 もちろん

 丘を駆け上がる。

 息が苦しい。

 足はもう限界だった。

 それでも止まれない。

 止まる理由なんて、なかった。

 木々を抜ける。


 夕日が視界いっぱいに広がった。

 そして、その丘の上に。

 一人の男が立っていた。

 風に揺れる黒い髪。

 見慣れた剣。


 何度も背中を追いかけた、その姿。

「……カイル。」

 思わず声が漏れた。

 男がゆっくり振り返る。


 俺を見る。

 一瞬だけ目を丸くして、

 それから小さく笑った。

「……レイン。」


 その声は、昔と変わらなかった。

 胸の奥が熱くなる。

 言いたいことは山ほどあった。

 なのに、何一つ言葉にならない。


 ようやく口をついて出たのは、

「……久しぶりだな。」

 そんな一言だけだった。

「そうだな。」


 カイルは静かに頷く。

 風が草原を揺らす。

 どちらも何も話さない。

 この沈黙が、昔なら苦しくなかった。


 でも今は違う。

 俺は拳を握った。

 ここまで来たんだ。

 逃げるな。


「……あの日は、ごめん。」

 頭を下げる。

「全部、俺が悪かった。」


 喉が震える。

「お前ばかり褒められるのが悔しかった。」

「みんながお前を見ている気がして。」

「俺がリーダーなのにって……そんなことばかり考えてた。」


 情けない。

 本当に情けない。

「お前を傷つけた。」

「追放なんて、するべきじゃなかった。」


 頭を下げ続ける。

「許されないのは分かってる。」

「それでも。」

 唇を噛む。

「……戻ってきてくれ。」


 返事はなかった。

 風だけが吹く。

 鳥の鳴き声だけが遠く響く。

 やっぱり駄目か。


 そう思った、その時だった。

 カイルはゆっくり視線を落とした。

 足元の草を見つめたまま、動かない。

 何を考えているんだろう。


 それとも。

 もう、何も考えていないんだろうか。

 俺には分からなかった。

 やがて、小さく息を吐く。


 そして顔を上げた。

「もちろん。」

 静かな声だった。

 俺は勢いよく顔を上げる。

 笑っていた。


 昔と同じように。

 優しく。

 穏やかに。

 ……そう見えた。


 でも。

 ほんの一瞬だけ。

 その笑顔が、ひどく遠く感じた。

 目の前にいるはずなのに。

 もう二度と届かない場所にいるような。

 そんな気がした。


 いや。

 気のせいだ。

 そう思うことにした。

「ありがとう。」

 そう言うと、カイルは何も答えず、もう一度だけ微笑んだ。


「帰ろう。」

 俺が言う。

「ああ。」

 短い返事だった。


 二人で丘を下り始める。

 夕日はもう沈みかけていた。

 昔みたいに、

 隣を歩いている。


 ただ、それだけなのに嬉しかった。

 これでまた、

 やり直せる。


 俺はそう信じていた。

 隣を歩くカイルは、

 何も言わなかった。


 俺も、

 何も聞けなかった。

 あいつを追放したのは、間違いだった。

 もう二度と、

 同じ過ちは繰り返さない。

 そう心に誓いながら、

 俺は親友と並んで歩き続けた。


 夕焼けの中、

 カイルは静かに笑っていた。

 その笑顔が、

 何を意味していたのか。


 俺は、

 最後まで知ることはなかった。

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