第9話:slight fever
サッカー部と野球部の野太い声、吹奏楽部の演奏と合唱部の歌声。
放課後ならではの喧騒を聞きながら、瞬は胸ポケットから煙草を取り出して咥えた。
「……ふぅ」
機材室──といえば聞こえはいい、物置き同然の空き教室。
カビ防止のため新設された換気扇だけが静かに唸る室内に、ゆっくりと煙草の煙が広がった。
二人目。
ネムリケの存在と、自分の能力を知られた生徒は、これで。
本当は、これ以上誰にも知られたくなかった。
まさか生徒の中に、ネムリケの能力に対抗できる異能力者がいるなんて。
「はぁぁぁ…………」
深く溜息を吐いた瞬間、機材室のドアがガタガタと音を立てた。
もともと建て付けが悪く、施錠されていると勘違いされるレベルのドアを、こじ開けるように。
「やっぱりいた、烟山先生」
「……風見」
前髪を短く切り揃えたセーラー服の生徒が、そこにいた。
ドアを上下に揺らしながらようやく閉めると、スカートの裾がふわりと広がった。
「入っていくのが見えたの、で……いや煙草吸ってるし」
「ここ喫煙所だぞ」
「どう見ても倉庫ですよ、灰皿どこですか」
「うるせェな、あるだろそこに」
火の用心、と書かれた赤いバケツを指差す。
缶コーヒーと数本の吸い殻が、バケツの縁から顔を覗かせていた。
心が眉を顰める。
「……」
「てか何しに来た。合唱やってんじゃねえのか」
「今日は男声パート決めることになって」
「だとしてもちゃんと部活出ろ。サボってんじゃねえぞ」
「烟山先生に言われたくないです……」
「うるせェ」
吐き捨てるように返しながら、心の表情を窺った。
露骨に悩んでいる顔をして瞬を見つめ返してくる。
その表情には見覚えがあった。心ではない、別の生徒の。
思い出したくない記憶。
「ネムリケのこととか聞きにきたんだろ、どうせ」
「はい……よく、わかりましたね」
やっぱりな。
「話すこと無ェよ。アレは悪い生き物、俺みたいな大人がぶん殴って殺さなきゃいけない相手。ガキは関わんな」
「私も、ぶん殴っちゃいました、さっき」
「殴ったのはお前じゃねえ。お前が操った風だろ」
──しまった。
言い方を間違えた。
これではただの、能力の肯定。
心は顔を曇らせながらゆっくりと近づいてくると、放置された椅子に腰掛けた。
真後ろにある掃除用具用のロッカーに肘が当たり、微かな金属音が反響する。
「……じゃあ先生、"風見鶏"の力はどう使えばいいんですか」
呟くように、心は言った。
「生まれつき風見鶏で、空気が読めて風向きがわかって、そんなのって大して役に立たなくて……目立ちたくないのに」
「お前根暗だもんな」
「先生は、その煙を使う能力って、」
「ネムリケと戦うためだ。他に使い道なんて無ぇし、そう使うように教えられてきた。お前のソレは平和的利用できんだろ、自分で考えろ。はーいこの話おしまーい」
吸い切った煙草を空き缶に押し込んだ。
とにかくこの話を終わらせたい。
幼少期から対ネムリケ戦士として育てられた自分の、悲劇的な身の上話を語ってやってもいいが、逆に興味を持たれても困る。
ガキが首を突っ込んでいい世界じゃない。
「む、無責任な……」
「うるせェ。お前の人生、なんで俺が責任取らなきゃいけねーんだよ」
「だって先生じゃないですか、生徒がこんなに悩んでるのにっ」
心がむっとした表情で立ち上がる。
これ以上ガタガタ騒ぎ出す前に、この部屋を出た方がマシかも知れない──
瞬も立ち上がり、心の前を通ってドアに向かおうとした瞬間。
「風見さん本当にこの中?」
「えぇー、さっき見えた気がしたんだけどなぁ」
「ここにいなかったら一旦音楽準備室に戻ろうよ、心が選抜なのはみんな知ってるんだし」
ドアの向こうから声がした。
同時に、建付不良のドアを揺らす音。
「やば──」
心があんぐりと口を開けた。
不意の来訪者には慣れているので、瞬は心の真後ろにあるロッカーに、音もなく片足を突っ込んだ。
ガッコン、と音を立てて機材室のドアが開く。
「ほら、誰もいないじゃん。行こ」
「今のでドア壊れてない……?」
生徒たちのそんな声を、
狭いロッカーの中で身体を密着させながら、瞬と心の二人は聞いていた。
「……な、ッんで、お前まで入ってきてんだよ馬鹿かよ出ろ」
「出れる訳ないじゃないですか私が先に入りましたよ先生が出てください」
「うるせェ喋んな動くな狭い暑い」
「先生マジで変なとこ触らないでくださいよ訴えますよ教育委員会とかに」
「揉めるような部位が無ェだろ育ってから言え」
「な゙……ッ!」
体温が、上がる。
狭いから。暗いから。
密着、しているから?
「うるせェごちゃごちゃ言ってっと中にいるってバレるだろうが黙れバカ」
「…………」
睨みあげてくる心を冷ややかな目で見下ろしながら、瞬は出どころのわからない汗の感覚を感じていた。
slight fever -微熱-




