表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

第2話:cold menthol

 

 顎の先から汗が垂れて、もう何度目かわからないほど訪れた体育館の床にぽたりと落ちた。

 丸一日──体操服姿の生徒たちは微動だにしない。


 

 凍りついたのは時間、だけではない。

 


「チッ……」



 小さく舌打ちしながら、ポケットに手を突っ込む。

 ジッポライターと煙草の箱を指先で弄びながら、ふと体育館倉庫にまだ足を踏み入れていないことに気付いた。


 スニーカーの音を響かせながら、倉庫の扉に手を掛けて勢いよくこじ開ける。



 そこには、ひとりの生徒がいて。




「……烟山(けぶやま)先生……?」



 

 その口が、そう、動いた。



「…………え」



 思わず声が出て、慌てて口を閉じた。

 その拍子に、ポケットから煙草のソフトケースがこぼれ落ちる。



「えっ、えっ、あの、烟山先生」


「どうした風見(かざみ)


「……校舎内は禁煙ですよ」


 

 指をさされて、烟山(しゅん)は小さく頭をかいた。



「……うるせェ。てかお前、なんで──」




 なんで、動ける?




「どうなってるんですか先生、丸一日は時間が止まってるんですけど」



 その生徒、風見(こころ)は表情を変えずに問うた。

 女子にしては低く落ち着いた声が、生徒たちでひしめくだだっ広い体育館にこだまする。

 


「……えらい冷静だな」


「なんか、変な感じがして、騒いだらよくないかなって」


「賢明じゃん」



 適当に返しながら煙草を拾い上げた。

 指先が微かに震えているのを隠すために、手にした煙草を強く握りしめる。



「……風見、お前今、どういう状況かわかってんの?」



 ソフトケースから、ぐにゃりと折れ曲がった煙草を取り出しながら、瞬は問うた。


 ポケットの中で、ジッポの蓋を静かに開く。


 いつでも点火できるように。



「なんか……風が凍ってます」



 その言葉に、無意識のうちに眉がぴくりと動いた。



「風が?」



 訊き返せば、心は"しまった"という顔をした。


 今更、しまったも何もない。止まった世界で動けているのだから、常人でないことは誰の目にも明らか。



「……お前も、異能か」


「あっ……あの、わ、私……"風見鶏"の家系なので、風とか空気の流れが読めるし、()えるんです。 ……これ、異能っていうんですかね」


「……へぇ」



 ひん曲がった煙草を咥えながら、瞬はこめかみを押さえた。

 教え子、異能持ち。

 最悪なピースが、脳内で小気味のいい音を立てて嵌っていく。



「先生はなんで動けるんですか?」


「あ? 先生だからだよ」


「そんなわけ」



 心が気怠そうに笑う。

 無気力に流されていそうで、しかし今の状況を的確に把握しているようだ。

 取り乱しもせず、ただ目には見えない風を見つめている。

 



「……ネムリケの仕業」




 瞬は小さくため息を吐いてから、声を出した。

 


「……ネムリケ?」


「なんつーの、化け物的な? 人間に悪さする存在がこの世界にはいて、俺らはそれをネムリケって呼んでる。で、あのネムリケは時間ごとこの一帯を凍らせて、俺にバレないように誰かを喰おうとしてんの」

 


 どんな政変や市民革命よりも単純明快、社会の授業より簡単な話だ。



「して、俺はネムリケを倒すためにいる。なんで風見が動けてんのかは、まぁこの際どうでもいい。黙ってそこにいなさい、危ねえから」


「はい」



 心は頷いて、ぺたんとその場に座った。



 特異な事象に巻き込まれても取り乱さないのは、特異な事象に慣れているからか──いや。


 

 今は理由なんてどうでもいい。


 

「でも、よかったです」


「何が」


「このまま時間が止まったままなのかと思いましたけど、先生がいてくれて。ほかに誰がいるんですか?」


「…………は?」


「え。先生ともうひとり、風が動く気配がしてて──」



 心が言い終わる前に、瞬は素早く煙草に火をつけた。



「あっ、先生ここ禁煙ですってば」


「もうひとりって何処だ」


「え?」


「何処だって聞いてんだ!」


「え、その、体育館の……」



 瞬のこめかみに汗が伝う。

 煙草の煙を深く吸い込んでから、瞬は吐き捨てるように言った。




「この中で動けるっつったら、あとはネムリケしかいねえだろうが……!」

 

 

ここまで読んでいただいてありがとうございます!

皆様からの応援だけが生きる糧。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ