第19話:tether
翠を死なせたのは俺の責任だ。
加速度を操るネムリケ──なんて厄介な野郎に、翠を巻き込んだ。
高校教師になって、初めてクラスというものを受け持って、翠は俺に懐いてくれて。
「せーんせっ!」
女子バレー部の快活な生徒。
なんにでも首を突っ込み、良くも悪くも引っ掻き回して、それが大概、何故かいい方向に決着する。そんな子だった。
だから、ネムリケとの戦いにも巻き込んで、俺の目の前で命を奪われた。
『そいつは二人目か、烟山の若いの』
ショッピングモールの吹き抜けに吊り下げられたオブジェに佇んで、"桃花鳥戻"が言う。
視線は俺じゃない──俺の後ろから走ってくる、小さな人影に向いていた。
『また殺してやろうか?』
また、だと?
「うるせェ……」
『烟山の家系はやはり強い、私の精神攻撃にも余裕そうだ、が──その娘なら殺せそうだな』
「二度と、テメェ……ッ、黙れクソ鳥、今すぐ殺してやるからな……!」
"桃花鳥戻"がニタリと笑う。
吐き気がした。握りしめた拳が痛む。
背後から足音が聞こえた。ぱたぱたと鈍臭い不規則な靴の音と、ひどく息切れした荒い呼吸。
翠は、このくらいじゃ息上がんなかったな。
「先生……?」
風見だ。合唱部で日影者、友達も多くない。
翠とは正反対と言ってもいいくらいの。
つい比べてしまう自分に対して舌打ちしながら、ジッポライターに火を点けた。
そこからは無我夢中だ。
また翠が現れて、風見が吹っ飛ばして、それで。
それで、気がついた。
というより、思い出した。
自分が言った言葉を。
「どうやったって過去は変えられねえ……」
燃え上がる"桃花鳥戻"が、断末魔の叫び声を上げている。
いくら時を戻しても、いい思い出も悪い思い出も、変えることなんてできない。
だから俺は、翠との記憶に縛られたまま──
「烟山先生ッ!!」
耳元で叫ばれて目が覚めた。
背中をざわざわとしたものに支えられながら、宙に浮いている感覚。
髪が暴れて口に入りそうだ。
「風見……?」
「先生いつまで寝てるんですか!」
「え、あと5分」
「馬鹿なこと言ってないでっ、あのこれ、やってみたら出来ちゃったんですけどどうやって降りたらいいですか?!」
「降り……?」
──浮いてる。
真下から強烈な風が吹き上がり、身体を持ち上げていた。
3階の吹き抜けからダイブしたはずだが、床に叩きつけられなかったのは……
「お……おおおお前マジ、なにしてんだ馬鹿降ろせ!」
「ゆっくりですよね、ゆっくりですよね?!」
「当たり前だ馬鹿ゆっくりやれ死ぬぞ!」
「死にたくないですぅ!」
風見が腕にしがみついたまま喚いている。
テレビで見たことあるな、下からすごい風を出して空に浮くアトラクション。
「てかなんでお前まで飛んできてんだよ?!」
「先生が死んじゃうって思って飛んじゃいましたあああスカートの中見えてないですよね?!」
「知るか!!」
ゆっくりと風が弱まったかと思うと、そこそこ強めの衝撃が腰を襲う。
「うわ痛ェ馬鹿!!」
「ごめんなさい!」
風見がよたよたと立ち上がり、あたりを見回す。
俺も床に手をついて、視線を周囲に向けた。
「……戻ったか」
モールにいた人たちがこちらを見ている。スマホを向けている奴もいて、それは困るなと顔を背けた。
「せ、先生、風が……」
「はーいありがとうございましたー、みんな空中浮遊系教師で検索してみてねー」
なにかの撮影です感を出しながら風見の腕を掴み、人混みに紛れた。
ぱらぱらと拍手すら巻き起こる。こんなことならフード付きのパーカーでも着てくればよかった……
「い、いつから元に戻ったんでしょう」
「"桃花鳥戻"をブッ殺した瞬間に、だろ」
「無事に倒せたんですね、よかった……すみません私、あの女の子、風で吹き飛ばしちゃって」
「ん? あぁ……」
その人もう死んじゃってる、と叫びながら翠の幻影を弾き飛ばした姿を思い出す。
結局俺は、翠を幻覚だと理解していながら、なにもできなかった。
風見は、ちゃんと頑張ったのにな。
「……助けてくれたことには礼を言う。お前のお陰で"桃花鳥戻"を殺せたのも事実だし。けどな風見、何度も言うけど、危ねえから。もう二度と関わんないでくれ」
「……はい」
風見はどこか不服そうというか、納得できなさそうな表情だ。
これ以上、俺の傷を増やさないで欲しいんだが。
「……あっ、忘れてた! 待ち合わせ!!」
「うるせェ急にでかい声出すな」
「フードコート、フードコート行きます先生!」
「俺は行かねえよ」
「すみません私行くので!」
「はいどーぞ」
そういえば同じ合唱部の奴と話があるとか。
大慌てで頭を下げながら走っていく姿を見送って、ようやく肩から力が抜けた。
異能との生き方を教えろとか言ってたな。
戦う以外に使い方を知らない。
だからこれ以上俺と関わらなければ、戦う以外の使い方を自然と身につけるだろう。歌うときとか。
だから。
走り去りながらも何度か振り返る気配を、あえて無視した。
──これで正解だろ、多分。
いきなり現れた新キャラ、翠ちゃん!
もう出てこないよ翠ちゃん!今までありがとう!
いよいよ次回で最終話!




