第18話:downwash
「そいつは赤井じゃねえ。"桃花鳥戻"が見せてる偽物だ。一緒にブッ殺すからな」
「それはさすがにちょっと抵抗が……」
フードコートの一角にちょこんと座る紅を見つめながら、心は眉間に皺を寄せた。
一体いつから……
合唱部辞める、と言った紅は本物だったのか。それとも、"桃花鳥戻"が見せた幻?
最初から? 途中から?
もし紅が本当に、私が風見鶏だって知っていたら──
「考え込むな」
隣に立つ瞬は短く告げると、置いてあった椅子を軽々と振り上げた。
「え、待っ──」
心が慌てて制止しようとした途端、"桃花鳥戻"は勢いよく羽ばたいた。
ほんのりと桃色がかった羽根が舞い、あたりを満たしていた煙草の煙が激しくゆらめく。
瞬が"桃花鳥戻"を追って走り出した。心は一瞬、紅を振り返ってから、すぐさま瞬の後を追う。
「クソ逃げんな!」
「先生待って!」
「卑怯だろこの野郎バタバタ飛びやがって!」
「待っ……せんせ……」
思えばさっきから走りっぱなしだ。
エスカレーターを段飛ばしに駆け上がり、2階へ、3階へ。
息が上がって足がもつれそうになりながら、瞬の背中をひたすら追う。
「……てかお前足遅いな」
「足が短いって、言い、たいんです、かっ」
「空気抵抗なさそうな身体してんのに」
「なッ、殴りますよ先生!?」
誰が凹凸のない流線形ボディだ。
思いっきり言い返したくても、酸素を吸うので精一杯。
自然と顎が上がり、視線が上向く。
「……あっ、いた……!」
吹き抜けの天井から吊るされたオブジェ。
3階のここからなら近く感じるその端に、"桃花鳥戻"はとまっていた。
よく見ればかわいらしい。今までの怪異じみたネムリケとは違う見た目だ。
「先生!!」
「……うるせェ……」
先を走っていた瞬が、立ち止まって"桃花鳥戻"を睨んでいる。
いつものやる気のない、ぼんやりとしたジト目ではなく──視線だけで誰かを殺してしまいそうなくらい、険しい表情で。
「うるせェ……二度と、テメェ……ッ、黙れクソ鳥、今すぐ殺してやるからな……!」
「先生……?」
瞬の視線を追って、心も"桃花鳥戻"に目を向けたが、微動だにしないままそこに佇んでいるだけだ。
鳥は喋らない。
ネムリケは──喋っている?
瞬がジッポライターで煙草に火をつけた。
そのまま、火球のように火を噴き出す煙草を投げつける。
"桃花鳥戻"は悠々と飛び回り、瞬の投げた炎の塊を避けていく。背後にあったオブジェが、乾いた音と共に炎に包まれた。
場所を変えるように、瞬が走り出した途端。
「──ッ!!」
瞬の目の前に、ひとりの少女が現れた。
ブレザーの制服、白いワイシャツ。膝上のスカートは、心よりも短い。
さっき、モールの前で何度もトラックに撥ね飛ばされていた、女子高生。
「せーんせ」
女子高生が甘い声を出す。
瞬が立ち止まる。
「来週の学校祭、先生と一緒に回ってもいーい?」
「だめ……」
小さく呟いたのは、心だった。
その女子高生が誰かは知らない。先生との間に何があったかも知らない。
でも。
でも、今は。
「先生ッ、今はその人、もう死んじゃったんですよ!!」
言いながら、心はまわりの風を集めると、全力で女子高生に叩きつけた。
まるで、トラックに正面からぶつけられたみたいに、女子高生は鋭く宙を舞う。
どさり──鈍い音が風に溶けて、女子高生は床に転がった。
「…………っ!!」
瞬の険しい視線が、心を捉えた。
思わず目線を逸らす。
……もともと、死んじゃってた子だし。
あれは"桃花鳥戻"が作り出した過去の幻だし、先生を傷つける存在だし。
私、悪くないし……多分。
瞬の瞳は、そのまま"桃花鳥戻"へ。
憤怒に染まった顔で、瞬は叫んだ。
「堕とせ、風見!」
「えっ?!」
訊き返す前に、瞬は吹き抜けの高いアクリルの壁を軽々と飛び越えて、空中へと飛び出した。
呆気に取られたのは、一瞬。
心はすぐに風を集めた。
早くしないと先生が落ちる。
もう落ちてる。
床に叩きつけられる前に。
早く、速く──
「うわああああああ!!!」
モール中のすべての風を、全身で操って。
心は、暴風と化した風の塊を、"桃花鳥戻"の頭上から叩きつけた。
羽根が舞う。
強烈な風が吹き下ろされ、ひらりと優雅に羽ばたいていた"桃花鳥戻"の身体が、くの字に折れ曲がった。
瞬が1階の床に落ちるよりも速いスピードで落下する"桃花鳥戻"に向かって、
「死ね」
瞬が短く言った、ように聞こえた。
ジッポライターの火打石が擦れる音。
空気が膨張し、爆ぜる感覚。
真下へ押し潰すように差し向けた風が反転して、天井へ向かい──
"桃花鳥戻"は、燃え上がった。
まもなく完結!
駆け抜けるぜい!




