第17話:hover
ショッピングモールはいつも通りの賑やかさだ。
家族連れがカートを押し、カップルが並んでクレープを頬張りながら歩いていく。
「とにかく、"桃花鳥戻"をブッ殺す。それが終わったら、お前はネムリケなんかに二度と関わるな。俺も別の高校に移るからな」
隣を歩く瞬は、険しい表情で煙草の箱を握りしめた。
本来なら、その仕草ひとつですら、指の隙間から風が吹き出すはずなのに……
「先生、"桃花鳥戻"ってどんなネムリケなんですか?」
風がない、という前例のない違和感に胸の奥をざわつかせながら、心は問うた。
「知らん」
「いや、教えてくださいよ」
「うるせェ、俺も詳しくは知らねえんだよ。とにかく永遠に悪夢を鬼リピしてくるネムリケで、殺せば元の……時間軸っつうの? そこに戻れる的な」
「アバウト……」
「レアキャラなんだよ"桃花鳥戻"は。直接見たことも無ェ」
ときもどし。
トキ──
「……もしかして、目元が赤の、白っぽい鳥ですか? 割とちっちゃめの」
言い終わる前に、瞬の目の色が変わった。
「どこで見た」
「フードコートで紅と話してる時に、紅の後ろを飛んでました。えー店内に鳥いるーって、ちょっとびっくりしたんですけど」
「お前……肝が据わってるっつうか、動じないっつうか……とにかくソイツが"桃花鳥戻"だ。探すぞ」
人混みを縫うようにして、瞬が先を歩いていく。
風がないこと以外はなにもかわらないショッピングモールだ。軽やかなメロディが、16時になったことを告げていた。
このメロディを聞くのは何回目だろう。
「……だぁめだ、見つけらんねえ」
しかし、歩き出してわずか数分で瞬は座り込むと、煙草に火を点けた。
まわりを歩く人々が一瞥するが、誰も咎める者はいない。警備員でさえも。
「ちょ、こんなとこで吸わないで先生……」
「もー無理」
「退職代行みたいなこと言わないでください」
「このまま仕事も辞めてぇ」
「辞めないで……」
ぶわわ、と煙を吐き出す瞬の肩に触れたとき。
その煙がゆっくりと、天井へ向かって立ち昇っていくのが見えた。
そこには、上昇気流がある。
「……風……!」
走っても、何をしても生まれなかった風が、目の前にあった。
熱く灼けて、不純物にまみれた、煙草の煙が。
瞬が訝しげに心を見上げる。
「何?」
「先生、思いっきり煙草吸ってください!」
「は?」
「して、この店全部を煙で埋めてください!」
「あ?」
「"桃花鳥戻"を見つけて、やっつけることができるかもしれません」
この巨大なショッピングモールで、一羽の鳥を無策に探しても、時間と体力を浪費するだけだ。
それなら、炙り出せばいい。
心は迅る心臓を押さえながら言った。
「先生の煙草の煙には、風があります。煙でいっぱいになれば、"桃花鳥戻"が動いたときにわかります」
「……教育文化会館でやった感じか」
透明なネムリケ、"透融"を見つけるために編み出した技──今回は建物の規模が遥かに大きいが。
瞬は短く舌打ちすると、ケースから何本か煙草を取り出して口に咥えた。
「これで肺ガンになったらお前のせいだからな」
「えっ、それはおかしくないですか」
「うるせェ」
ジッポライターの火打石が擦れる。
火花が飛び散り、煙草が一本、また一本と赤熱していく。
瞬の肩が大きく動いた。
その瞬間、咥えていた煙草が全て爆発したように燃え上がると、一瞬で細い灰と化した。
可燃部はすべて濃煙になって、瞬の肺の奥へ。
ぶわっ──
「うへェ」
瞬が小さくえづくのも、心には聞こえていない。
店内も、吹き抜けも。巨大なショッピングモールの空間全てが、白っぽい煙にみるみる侵食されていくのを、黙って見つめるしかできなかった。
「……すごい」
その煙の、細かい粒子ひとつひとつに触れられる。
ようやく風を動かせる。
風が、読める──
「……ッ! い、いました先生! "桃花鳥戻"です!!」
「どこに」
「1階のフードコート!」
言うが早いか、心は駆け出した。
視界は薄暗い。瞬が吐き出した濃煙が薄く広く、ショッピングモールの全てを包み込んでいる。
無風で通り過ぎる人の波を避けてフードコートに飛び込んで、心は足をとめた。
そこに"桃花鳥戻"がいた。
紅の膝の上にちょこんと座って、こちらを見上げている。
赤い目元は紅のメイクとお揃いのようだ。
紅がそこにいたら、"桃花鳥戻"に手が出せない──
「く、紅……」
「心」
立ち尽くす心を見上げて、紅は口を開いた。
「なんで制服なの?」
家から最寄りのモールはフードコートが3階なんですけどね、以前行ったモールは1階にあったのでそちらのイメージです。
ミスドとかがありました。




