第15話:reverb
「なんで制服なの?」
モールのイートイン。先に席に着いていた紅が呆れ顔で迎えた。
「えっ……と、さっき学校寄ったから」
「ふぅん」
……興味ないんかい。
もし私服で学校に行くのが許されたとしても、紅のように肩を出したり、踵の高いブーツを履いたりはできないな、と。
心は、紅の露出高めな服装と、目元の赤いメイクを見ながら、クッションのない椅子に腰掛けた。
「で、話なんだけどさ」
手元のカップから氷の音を響かせて、紅はさっそく口を開いた。
薄く色付きリップを塗った唇が、ゆっくりと動く。
「あたし合唱部辞めるから」
「…………えっ?!」
なんで──と訊き返す前に、紅はカップをテーブルに置く。
「ひとりで歌う方が性に合ってんだよね、あたし」
「えっ……だ、って……アンサンブルで金賞獲ったじゃん、つい先週だよ……?」
「あれはさ──」
紅がそっぽを向いて、小さく溜息をついた。
黒髪の先が、白くて細い肩にかかる。
「心がやってくれたんじゃないの?」
「……え」
席の周りを子供が走り回る。親が怒りながら追いかけて、ざわざわと暴れた風がふたりを包む。
胸の内も、頭の中も、ざわつく。
「あたし音感あるんだよね、絶対音感。自分の声が少し高いとか低いとか、テンポが速くなってるとか、歌いながらヨユーでわかんの。金賞獲った日のあたし、ちょっと速かったっしょ?」
「……うん」
「ほら」
紅が笑う。
「やっぱり、心はわかってたかぁ。調整してくれてたんだよね」
もしかして、バレた?
烟山先生は異能力者だし、私の"風見鶏"の能力を知っている。紅の声に風を当てて、リズムを矯正したことも。
でも、紅は──
「ちっ、が、気のせいじゃない? 私にそんな、調整できるような能力なんて、ないよ」
「下からぐって支えられた感じがしたけど、歌ってて。あー、あたし支えられながら歌ってんなーって」
「私アルトだから、みんなを支えるのが仕事だよ」
にっこり笑って言った、つもり。
自分がどんな顔をしているかわからない。
心臓がうるさくて、まわりの風なんて読める状態じゃなくなった。
「て、てか紅、本当に合唱辞めちゃうの?」
「うん」
紅は無表情で、手元のカップを口に運びながら頷いた。
凛とした丸くて大きな瞳が、カップの上辺を見つめている。
不意に、紅の背後を一羽の鳥が横切ったように見えた。
スズメくらいの小さな、白と桜色の中間のような色。真っ赤な目元は紅みたいだ。
「……鳥?」
「あたしが抜けても金賞は獲れるよ、心がいれば」
「そっ、そんなこと……本当に辞めちゃうの、なんで?」
「心のせいじゃん」
耳鳴り──
鼓膜は風を感じていない。
小さな音を立てて、紅はドリンクを飲み干したカップをテーブルに置いた。
「心はさ、風見鶏じゃん。全部知ってるよ。心が風を操ってあたしの声を歪ませるから、それがあったから地区予選で金賞を獲れました、ってこと。烟山先生と一緒にバケモノ退治して、みんなに内緒でコソコソ逢ってることもさ。楽しかったんでしょ心は。そんな非日常の全能感」
淡々と。
無感情な瞳で、紅の口だけが動く。
「そんなの、あたし、喜べるわけないじゃん」
「く、れあ……」
なんで。
全てを暴かれた。
胸の奥を、むりやり素手で掴まれて引きずり出されたみたいに。
眩暈がして、視界が歪んで。
ガタン──と、音を立てて椅子から落ちた。
「ちょ、大丈夫?」
「う、ぁ……うん……」
テーブルに手をついて起き上がる。
前髪が額に張り付いて離れない。
ここには風がない、なんでだ。
「てかさ、心──」
紅は呆れた顔で、ため息混じりに口を開いた。
次になにを言われるのか。
どの過去を、なんの秘密を……
「なんで制服なの?」
「えっ……? と、さっき学校寄ったから」
「ふぅん」
……あれ?
「で、話なんだけどさ。あたし合唱部辞めるから」
「…………えっ?!」
デジャヴ、というか。
そんなんじゃないなこれ。
心は小さく首を振って、紅のカップを見た。
飲み干したはずのドリンクが、まだ入っている。
戻ってる──ふたりの時間が。
いよいよ後半戦に突入してます実は。
月内に完結するかなぁどうかなあ。
引き続き応援よろしくおねがいします!




