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第14話:master class

 

 烟山(けぶやま)先生は自由人だ。

 敷地内禁煙って書いてある立札の横で煙草を吸うし、こっちがテストを必死に解いている最中に居眠りだってする。


 自由人というか不良(ダメ)人間というか……


 だから、校舎の屋上にリクライニングチェアを広げて横たわる先生を見ても、もはや驚かない。



 ──カシュッ。



「あーダメダメ先生それは流石にダメ」


「うるせェ何がだよ」


「それチューハイじゃないですか、しかも9%って」


「お前も飲むか?」


「飲みません、未成年なので。先生も学校で飲酒はダメです」


「もう開けちゃったからな」



 へへぇ、と気怠く笑って缶チューハイに口をつけるその姿は、ダウナー系なんてかわいらしく形容できない。

 風に乗って、ふわりとアルコールの香りが鼻をくすぐる。

 

 なんで貴重な休日に、呼び出されるがままこんな所に来ちゃったんだろ。



「合唱は順調か?」


「……まぁ、ぼちぼちです」


村崎(むらさき)先生の指導も熱入ってるもんな」


「そうですね」


「お前うまいこと声量いじったりしてんだろ、他の奴の」


「──っ!」




 バレた、いきなり。

 


 

 立ち尽くしたまま目を見開いて、肺に入っていく風がぴたりと止まったのを感じた。

 

 誰かの上擦る声を潰して、歪んだ声を引き延ばして。

 風の力を借りて完成された"歌"を作るのは、意外と難しくはなかった。

 

 だから、金賞を獲れた──獲りに、いってしまった。



「別に不正じゃねえから良いんじゃねえの。それがお前の能力なんだし」


「……でも、」


「なんか引け目があんなら、もうやるな。次の大会で落ちるだけだろ」


「それは──」



 次の言葉が出てこない。

 

 この合唱部は、決して強くない。

 (くれあ)の声は別格で上手い。独唱のほうが向いてるかも、と思うくらい。

 空気の震わせ方をよくわかってる。ちょっと緊張しがちなだけで。

 

 でも、自分たちがやっているのは合唱だから、ちゃんと合唱になるように……私が調整してみただけ。



「ま。脚が長ぇ奴はモデル、頭がいい奴は学者……生まれつきの才能、能力は生かして当然だろ。したっけ、風見鶏が風操ったって文句ねえべや」


「……そう、ですかね」


「知らんけど」


「出たまた無責任」



 この人の脳みそに、責任感という単語はたぶんない。

 たぶん。



「……烟山先生は、生まれつきの才能なんですか? その、煙使うの」


「呪い」



 私が言い終わる直前に、先生は被せるように言った。



「のろい……」


「烟山家はもともと異能の家系、足利尊氏の時代から国を支えてきた。烟山の家に生まれた日から、死ぬまで延々とネムリケをブッ殺すのが運命。結婚してガキ作って次の戦士に育てんのも含めて全部決まってる」



 ぶはぁ、と煙を吐きながら、先生は相変わらず気怠そうに言った。


 その目に、自由なんてなかった。



「足利尊氏は何した人?」


「えっ……と、室町幕府を開いた人です」


「せいかーい」


「急な日本史やめてください」


「知ってた? 俺、社会科教師」


「知ってますけど……」


「てかお前どーすんの、進路。テキトーに進学か? 合唱はもうやんないべ?」


「……はい、多分」



 お金のかからない、ちょうどいい青春を求めて入部しただけの合唱部。

 やってみたら案外楽しくて、一体感が心地よくて。

 でも、生涯続けるかと言われたら、そうでもない。


 中途半端な微熱。



「なら、高校の部活くらい楽しくやりゃいいじゃん。風見鶏の能力使って、どこまで行けるかは知らんけど。どうせ就職したら忘れるべさ」



 チューハイを呷って、煙草を吸って、吐いて。

 烟山先生は、ふっと小さく笑った。



「後悔しなきゃ何したっていいんだよ。ガキのうちは特にな」


「……先生はあるんですか、後悔」


「あるよー、教え子をひとり死なせた」



 いつもの無気力なテンションで。

 でも、少しもこちらを見ずに、先生は小さく言った。



「ネムリケとの戦いに巻き込んだ。てかアイツが興味本位で首突っ込んで……あぁ、いいや。この話終わり」



 ゆらり。


 先生の目がゆっくりと私を捉える。


 動けない。



「お前はどうすんの、風見(かざみ)


「……え」


「俺と一緒にいると死ぬかもよ、お前も」




 先生の声は冷たくて、鋭くて。

 なんだか、消えてしまいそうな儚い風を纏っていた。



「火遊びしてえなら大学生の彼氏でも作れば? 俺やネムリケなんかにこれ以上関わんな、マジで」



 烟山先生とふたりで秘密を共有するような、異能力者同士でしかわかり合えない会話をして。

 この非日常が楽しいって感じちゃってたんだろうなあ。


 だから、はっきりと拒絶されて──凍りつくような冷風が、心臓を撫でる感じがした。

 


 不意にスカートの中でスマホが震えた。

 手首のスマートウォッチに目を落とす。



『まだ?』



 短く一言、紅からのメッセージ。

 そう、私は烟山先生だけじゃなく、紅にも呼び出しを食らっている──学校の近く、ショッピングモール内のイートインに。



「……私、もう行きますね」


「はいよ」


「紅に呼び……待ち合わせしてて」


「その格好で行くのか?」



 先生は呆れた目で私を見た。

 学校に来いって言ったのは先生なのに……でも確かに、休日にモールに行く格好でもなかった。

 せめてジャージにすればよかったかな……


 初夏のやわらかくて、どこか生ぬるい風が、セーラー服のリボンを揺らした。



 紅が、呼んでる。

 

 

みなさんはぁ、高校生のときにぃ、年上の異性とぉ、火遊びしたことありますかァ???

(最大限の煽り)

(最大級のブーメラン)

(即死)

(いままでありがとう)

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