第12話:whirlwind
「ただいま、係員が状況を確認しています。次の放送があるまで──」
甲高い非常ベルに混じって、落ち着きのあるアナウンスが聞こえる。
確認中なら女声、火事と断定されたら男声でアナウンス……と、以前ニュースで見たことがあった。
だからこの放送は、ずっと女声だ。
靴を鳴らして駆け出して、廊下の角を曲がったところで腕を掴まれた。
「待って心!」
「紅……」
腕に紅の細い指が食い込んで、ふたりのセーラー服が揺れる。
「どこ行くの、火事かも知んないんだよ!」
「大丈夫だよ。火事じゃな……いと思うから」
「なんで……!」
異形の怪物ネムリケと烟山先生が、この建物のどこかで戦っている。
だからベルが鳴ってしまっただけで、これは火災ではない──なんて、言えない。
紅の顔が、歪んだ。
「心は勘が鋭いし周りをよく見てるから、そういうのなんとなく"分かる"のかも知んないけどさぁ、あたしは分かんないんだよッ!」
紅の怒声と風圧に、一瞬たじろいだ。
ぶわり、と紅のまわりの空気が襲いかかり、心の前髪が微かに揺れる。
「落ち着いて紅……」
「心はどうしてそんなに落ち着いていられるの? 金賞獲ったんだよあたしたち、烟山先生にも合唱聴いてもらえて、して今は火事だよ? 色んなことが起きすぎてるってわかんないの?!」
「わ、わかる、けど」
「普通なら金賞獲ったらもっと喜ぶし、普通なら火災のベル鳴ったらもっと焦るんだよ、普通なら……!」
怒りでも呆れでもなく。
困惑。
紅の声の揺らぎで、それがわかった。
「係員の指示に従って、避難を開始してください。繰り返しお伝えします、館内の──」
紅の勢いに気圧されて、アナウンスを聞き逃していた。
ばたばたと足音が大きく聞こえる。人が一斉に動き出す風の流れを、首筋に感じた。
背中がぞわぞわする。
「く、れあ……とりあえず出よう、避難しろって言ってるし」
「…………」
紅は心をしばらく黙って見つめると、勢いよく踵を返して楽屋の方へ走って行った。
あっという間に、その姿が見えなくなる。
……今のは正解?
紅の言うことは正しい。こんなの普通じゃない。
"風見鶏"と名付けられた、代々受け継いできた普通じゃない異能。
風が読めて、空気感がわかるから、結末がどうなるか予測しやすいだけ。落ち着いた性格って訳じゃない。
また、風向きが変わる。
渦のように激しくうねる、一陣の旋風──
「まだ残ってたのか馬鹿が」
煙の匂い。
廊下の向こうから、瞬が走ってくるのが見えた。
「烟山先生……!」
「邪魔!」
しっしっ、と手を振りながら瞬は駆け寄ってきて、鋭い視線を周囲に向ける。
「今回はどんなネムリケなんですか?」
「うるせェ、お前に関係な──」
瞬が言い終わる前に、嫌な予感がした。
足元から迫り来る、風を纏って高速で近づく何か。
その気配に気付いたのと同時に。
「「うわ……ッ!!」」
二人の声がシンクロする。
同時に足を掬われて、その場でひっくり返るように転倒。
床に思いっきり肩を強打しながら、心は天井を見上げた。
「な、何……?!」
「"透融"ゥ……!」
瞬が苦々しく呟きながら立ち上がる。
スーツは皺くちゃで、ところどころ汚れが付いていた。このネムリケに転がされたのは、今のが初めてじゃないらしい。
風が踊るように、廊下の隅に小さなつむじ風が生まれた。
「待てガキ、ブッ殺してやるこの野郎ッ」
キュ、と靴音を響かせて瞬が駆け出した。
心も思わず走り出す。
目には見えない、でもそこに確かに存在している──透明なネムリケを追って。




