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第11話:limelight

 

 目立ちたくなかった。

 でも、高校生らしく"青春"してみたかった。

 お金を掛けずに、そこそこの達成感とトモダチ感を得られるちょうどいい部活を選んだつもりだった。



 ……だからこれは、想定外すぎて。

 


「それではもう一度、地区予選金賞を受賞した団体の再演をお聴きいただきます。サッポロ市立──」



 自分の高校の名前がコールされた。

 呼ばれるがままもう一度、教育文化会館小ホールのステージに立つ。

 

 照明が熱くて暑い。

 金賞常連校の生徒達の涙が、観客席のあちこちで夜の海のように煌めいているのが見えた。

 その姿を見ると、なんだか申し訳ない。



「っしゃ、いくぞ」



 隣に立つ(くれあ)が、震える唇で呟くように言った瞬間──

 

 空気が変わる。

 風が背中から吹いてくるのがわかった。

 観客たちが歌声を聞く前に、一斉に息を吸い込んだからだ。ほんの微かな空気の揺らぎが、(こころ)の前髪だけを揺らす。




「Богородице──」




 紅が歌い出す。

 つい数分前、予選のために歌ったばかりの曲。

 数週間後には本選でも歌うことに決まった曲。



「Благодатная──」



 心も合わせて歌い出す。

 アルトのパートは、全体を下から支える(はり)だ。

 紅のソプラノは屋根であり窓。曲の奥行きと開放感を、観客の耳に優しく捩じ込んでいく。



「Марие──」



 あ、速い。

 

 隣に立つ紅の風圧がいつもと違う。

 

 心は即座に、会場に対流する風の流れを動かした。

 紅の口元に風を寄せて、甲高く伸びる歌声を少しだけ押しつぶす。

 ソプラノは大きく広がりながら、伴奏に溶け込んで客席の最後列まで届いていく。


 その空気の流れを見つめながら、心は胸の内で深く頷いた。

 

 

 目立たず、誰も傷つけず、でもちょっとは役に立ちたい──その言葉通りに、できてるかな?

 結果、サッポロ地区の予選会で金賞を獲れちゃって、再来月には北方地区大会に出ることになっちゃった。創部以来、初らしい。

 まだ実感ないけど。



 心は、全員の歌声の響きを風で調整しながら、真正面にある照明器具を見つめた。

 光が揺らいでいる。

 音圧のせいか、生み出した風のせいか。もしかして、大きな大会に出れる緊張とか高揚感で、視界がぼやけて──



 あ、違う。


 違う……



「благословен ──」



 これは神からの祝福だと腹の底から歌いながら、心は風の揺らぎを凝視していた。

 内心、歌どころではない。

 

 じわりと指先に汗が溜まる。

 セーラー服のスカートの、奥に秘めた煙が暴れるのがわかった。


 



 この会場に、ネムリケが潜んでる。

 




「ありがとうございました。皆様、今一度大きな拍手を──」



 司会者の声と割れんばかりの喝采に一礼して、ステージ脇まで移動して。

 半ば放心しながらも喜びを隠せないみんなと手を繋ぎながら、楽屋まで移動したところで。



「ごめん私、ちょっとトイレ」



 一声掛けてすぐさま部屋を出た。



「心……っ、私も行く!」



 紅の声が追いかけてきたが無視。

 廊下に飛び出したところで、微かに煙草の匂いを感じた。



「けっ、烟山(けぶやま)先生、いる……?」


「あ、なんだお前。楽屋戻れ」



 後ろから声を掛けられた。

 振り向けば、火のついていない煙草を手にしたまま、(しゅん)が鋭い視線を空中に向けていた。



「先生……」


「戻れって、写真撮ったりどうのこうのあるだろお前」


「でっ、でも、どこかにネムリケがいます……!」



 自分の声が、少し震えていた。

 合唱コンクールで金賞を獲ったことよりも、ネムリケが近くにいることへの危機感の方が遥かに勝っている。

 しかし瞬は、いつも通り気怠げにため息を吐いた。

 


「知ってる」


「やっつけないと」


「うるせェ。それはお前の仕事じゃねえ」


「心待って……っ、あれ、烟山先生!」



 楽屋から紅が飛び出してきて、瞬を見て立ち止まった。靴が片方脱げかけている。



「先生もしかして、見にきてくれたっすか?」


「ん、まあそんなとこ」


 

 瞬は紅に向き直ると、ぽんぽんと心の頭を撫でながら口を開いた。



「金賞おめでとさん。地区大会も頑張れよ赤井あかい。声、綺麗だったぞ」


「あ……」



 紅の頬がみるみる赤く染まる。

 瞬は小さく笑うと、心を置いて大股で歩き出した。

 頭に微かに残る熱を感じながら、その後ろ姿を見送るしかできなくて。



「うわ、あの女たらし……」



 心が呟いたのと、館内に煙感知器の非常ベルが鳴り響いたのは同時だった。

 鼓膜を叩く警報音は実際の火災ではなく、瞬とネムリケが原因だと直感して──心は夢中で、床を蹴った。

 

 

仕事が!忙しい!!(血涙

前作、バターナイフヴァリアントは狂ったように書きまくって200日以上毎日更新、65万字で無事完結したのですが。

あれから仕事が鬼です鬼。

ゆっくりぼちぼち書いていきます。

 

皆様からのご支援・応援だけが明日の活力!

いつもありがとう!!

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