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14/15

開幕

 久しぶりのアイスクリーム屋で、四人でまったり。この金曜日も、今日も今日とて不気味なほどに平和なのだが残念なことに明日からはそうもいかない。なんたって、大会の予選期間が始まったのだから。否が応でもバタバタし始める、


 こういうフードコート的な場所はアンドロイドの普及に伴って来店する客一グループあたりの人数が倍近くになっているそうだ。おかげで、ちょっと狭い。面積的に、あまり余裕がないそうだ。


「最初は対人戦でのある程度の成績の確保か。よかったな、殲滅戦だったら分が悪いし」

 楓の機体は改良したくせに未だにパイルバンカー以外の直接的な攻撃手段を持ち合わせていないので、対人戦に向いている。……というより殲滅戦に向いていないと言った方が良いだろうか。


「まあ、ただの予選、それも第一戦だから条件スッゴい緩いんだよね。とりあえず、やる気さえあればどうにでもなるよ」

「そうなのか?」

 あんまり初っぱなから落としたら次回から参加しなくなるからな。言わば、サービスステージみたいなものだろう。


 参加する大会の予選として課されたのが、『対人戦でのある程度の成績』だった。予選だけあってゆるゆるな条件だからまず、突破できるだろう。


「勝率とか一切関係なしに、10勝だけすれば良いんだよ。時間さえかければどうとでもなるんだよね」

「……本当に簡単だな」

 落とす気がさらさら無いな。さすが初戦。


「まあ、ゲームルームで勝たなきゃカウントしてもらえないっていうのはあるけどね」

「なるほど。収益増を狙っているのか」


 ありがちな手法ではあるよな。大会と言うよりもはやキャンペーンとかそういうものになってきている。

 この大会はARROWの公式大会であるらしく、所々に収益を増やす策が潜んでいる。が、のどから手がでるほど欲しい『チップ・アダプタ』が手に入るかもしれないのだから文句は無い。


「そこらへんのドロドロは置いといて、ともかく勝ち上がらないとな」

 俺たちは主催者の手の上で宝探しをするしかないのだ。わざわざ悩むのも馬鹿馬鹿しい。

「そういえば、陸は対人戦は殆ど経験が無いわね――」

「以前の挑戦状の一件くらいですよね」

 対人戦ではCPUではなく、生身の人間を相手にしなければならない。当然CPUより柔軟な対応をしてくるので厄介ではある。けれどその分、意表を突いた設計である我らが二機の本領を発揮できるかもしれない。意表を突ける、という点だけには自信がある。なんせ、自分が常に度肝を抜かれているのだから。


「そうだ! この機会に、花音ちゃんのデビューもやっちゃおうよ」

「はあ?」

「対人戦って、必ずしも四人集まらないといけないわけじゃないのよ。CPUを何人か入れることもできるから。この場合は私たちチームと花音、CPU組で戦えば良い感じかもしれないわね」

 遥香の説明を聞いて、なんとなくだが納得した。

「なるほど。それなら楽しく勝利数を稼げますね」

「それじゃあ、とりあえずチト誘ってみるか」

 チトというのは彼女の愛称で、『千歳』という名字に由来するものである。中学生の頃のあだ名であって今はあんまり普及していないらしく、呼んでいる奴は俺だけだと思う。戦車の名前と同じなんだそうだ。そして無論、彼女の名前はカノン砲とは関係ない。


「まあ、陸が誘えば来るわよね」

 冷やかすような遥香の言葉だが、こういった対応はもう慣れっこだった。

「仲が良いからな」

 先輩後輩でここまで仲が良い例も珍しい。付き合いが長い――といっても三年だけだが――おかげもあるけれど、こればかりはちょっとした自慢だった。


「花音ちゃん、陸に懐いてるもんねぇ」

 なついているというか--慕ってくれているのは、確かだな。

 楓は楽しそうに笑いながら、アイスクリームをぱくつく。今日はライムミント味らしく、派手になりすぎない程度にビビットなカラーリングをしていた。


 じーっと見ていたら、恥ずかしくなったのかはにかみながら口元を隠される。


「陸も大概だけど、楓の無自覚も問題よね……」

「私はどこで育て方を間違えたんでしょうか」

 うちのアンドロイドさんが、何故か反省会を始めていた。

「アンドロイド一人で真人間を育て上げたんだからそれで良いんじゃない? 凄いことよ」

「それでも、贅沢の一つも言いたくなりますよ……」

 よく分からないけれど、とりあえず、ストロベリーアイスが美味い。

 ……前一口貰ったものの、緊張のせいで大ざっぱにしか味がわからなかったので、、折角だからこの機会に食べていたのだった。




「つい先日、私もアンドロイドと暮らすことになりました」

 声をかけたら10分で合流してきた花音。なんだか急かしてしまったみたいで申し訳ない。楽しそうに笑う彼女の額には、うっすらと汗が張り付いていた。

 そこまで早く会いたかったのではないか、とか考えたい自分に冷静な自分が『なんであれ、後輩を無闇に急かすな』とくぎを差す。

 彼女は隣のテーブルから椅子を借りてきて、いわゆる『お誕生日席』のポジションに添えてそこに腰掛けた。相変わらず、そんな所作まで上品極まりないのだ。


「……あ、そっか。チトはアンドロイド、連れていなかったよな」

 アンドロイドに頼らずともやっていける家は、ある程度の年齢になるまでアンドロイドを遠ざけておくこともある。確かに小さな頃から彼女たちと隣り合わせな生活を送ると、性格がゆがむのではとか危惧する人たちも居るからな。アンドロイドを排除した子育てを唱える層は確かに存在する。

 そういうわけでアンドロイドに育てられたも同然な自分としては複雑な心境なのであった。

 デイブレイク社--アンドロイド寡占三社の一つである大企業の御曹司も似たような境遇にあって、この問題を議論する際には真っ先に槍玉に挙げられるそうだ。

 自分はまだ、ひっそり暮らせているだけましなのかもしれない。


「あ、違いますよ? 家としては、アンドロイド何体もいるんです。ただ、私個人としては初めてだっただけで。父もデイブレイク社に勤務していますしね」

 あ、そうか。家事手伝いが主な仕事なのだから、家として購入するのは当然な話だった。

 これを見越していたからARROWの話を聞きたがっていたのか。高校生では、アンドロイドと出会って初めにすることがARROWのインストールだという人もいるらしいからな。

 自分の場合はそんな流行と全く無縁だったときにつばさと出会っているから、単純に機を逃していたのかもしれない。



「父の都合で、新型のテストもかねているんです」

 寡占が進んでいるこの産業での重役といったら、もう……。新型のテストなんて重要な仕事をしているのも、さすがと言わざるを得ない。


「凄いねー、新型ってことは、第8世代になるのかな?」

「恐らく、ですけどね。第8世代になれるかどうかはこれからAIが発達するかどうかで決まりますので。第8世代では、究極的にはアンドロイドの感情面での発達が最終目標らしいですから」


 感情面での発達、か。確か第八世代は、久しぶりに『演算領域』以外で世代を区別するものだったんだっけ。だから、新世代の登場が比較的遅くなっている。

 第八世代と呼ばれる条件は、不特定多数とのデータリンク……つまり、アンドロイド間で同じデータベースを共有できること、だそうだ。これは簡単なようでいて、とても難しい。自己の同一性が保てず、アンドロイドが機能停止することが有るのだろうだ。

 想像に過ぎないが、確かに--他人の記憶が頭に流れ込んできたら、自分が誰なのか分からなくなるのも仕方がないのかもしれない。だからこそ、『感情面での発達』が必要なのだろう。しっかりした意識が有れば、データリンクに耐えうるだろうから。


 つばさは第2世代、遥香は第6世代、輝と葵さんのツレは第7世代だ。第6、第7辺りは演算領域を世代の基準としているため、性能的には向上しているが感情面での発達はあまりない。

 第8世代は、まさに未知の領域である。

 その未知の領域に、どうやらデイブレイク社は足を踏み入れていたようだ。


「確かに、それは不朽の目標ですよね」

「そうね」

 アンドロイド組も同意する。

「自我らしいものが芽生えるまでに一年近く、それを肯定するのにさらに一年。ちょっと長くかかりすぎましたから、私は」

 第8世代ともなるとかなりの速度で確立した自我を構成するのだろう。

「第2世代だものね。まあ、私でもどっちも合わせて一年少しかかってるしあんまり変わらないけど」

 つばさの速度がずば抜けているというのもあるが、遥香だって早い方だ。世間には、死ぬまで自我に目覚めない子さえいる。

「お二方とも人間と変わらない……というより、人間を基準にその自我を論じるのがおこがましく思えるほどですからね。第8世代は、そこにたどり着けるんでしょうかね」


 アンドロイドという機械に人間性を求めるものはいくらだっている。遠い日の自分はつばさの中に家族性を求めた。それが無かったら今頃どうなっていたのかなんて想像もつかない。

 その不確実性こそ、アンドロイドの可能性なんだと思っている。そして、それは人間にも言えることだ。


「それはともかくとして――せっかくですから、一緒に電気屋までいきませんか? 提携している企業ですので、最終メンテナンスはお任せしていたんです。本日付けで来てくれるはずですから」

「ああ。それなら、プラモコーナー寄ってこう。何かしら参考になると思うしな」


 相変わらずプラモコーナーが大繁盛中な電気屋だった。なんでもモデラー達はほぼ全員その店の常連であるらしく、新商品はコアなファン達によってその日の午前中の内に貪り尽くされるんだとか。恐ろしい世界だ。


「楽しみです。最近、ARROWのお話のおかげかお友達が増えたんです」

 花音はいつも通りの朗らかな笑顔を浮かべている。元々遠巻きにされているような節があったからか、とてもうれしそうだった。

「男か?」

 そんな彼女の幸せをさしおいて、真っ先にそれを確認しようとしていた。何故か、確認せずにいられない。

「ええ。今までは距離を置かれてしまっていたんですけど、私がARROWに興味があると知ってからはよく話しかけてくれるようになりました」

 まあ、そりゃあそうなんだろうけど……。


「男には気を付けろよ。チトは可愛いし、家もお金持ちなんだから……付きまとうアホは一定数いるはずだ」

「大丈夫ですよ。私には、心に決めた人がいますから」

「……そうか」

 花音みたいな可憐で清楚な子が自分と共通の趣味を持っていたらそりゃあ食いつく。チャンスがあるって思うもの。本当は楓と俺の影響であったとしても、そんなことは知らないんだろうし。

 それにしても、ロボット好きの女の子がいると聞いて話を振ってみたら彼氏の影響だったと分かったときの、あの言いようのない敗北感はなんなんだろうな、本当に。

 いや、今はそれはどうでも良いんだ。ただ、勘違いする彼女のクラスメイト男子を思うとあの敗北感を思い出すのだった。

「そうだ、花音ちゃん、暑かったでしょ。アイス食べる?」

「……すみません、私、ミント系はどうにも」

 楓が自分のアイスを勧めたけれど、花音の舌が受け付けない味だったらしい。確かに、ミント系は香りも強いからな。

「イチゴはどう?」

 さすがに後輩を呼びだした罪悪感も有るので、そう尋ねた。彼女はいまいち話の流れが分かっていないようで、少し不思議そうにしながら『イチゴなら』と答えた。


「それじゃ、あーん」

 備え付けのスプーンにアイスを乗っけて、彼女の方に差し出した。かなり溶けていたアイスは、彼女の口の中に消えていく。

 俺の不作法が気になったのか随分と狼狽えていたけれど、頬張ったあとはかなり幸せそうにしている辺り、彼女も年頃の女性なのだと再認識するのだった。

 冷房が効きすぎているエコに反したこの店も捨てたものじゃない。こんな役得を味わえるなら、いくらだって冷房を効かせてほしい。そんな前時代的なことを考える。





「ところで陸。男の子達に〈ラビュリント〉のお話をすると変な顔をされてしまうんですけど……どうしてなんでしょう」

「うん、チト、君は〈ラビュリント〉なんて変な機体知らないんだ。それで良いじゃないか」

「〈フリューゲル〉なんて機体もね」

 楓がこちらをジト目で見ながらそう呟く。互いにバカにしあっているけれど、こういうのを五十歩百歩と言うのだろう。


「羽根は男のロマンだ」

 だから、俺は五十歩の方。

「パイルバンカーだってロマンだよ」

 が、楓も譲らない。


 そしてそんなやりとりは、いつの間にか夫婦漫才のようになっていた

 観客だった遥香が、笑ってくれる。ただし、心底あきれ気味に。



 花音に二人でクレープおごってから電気屋へと向かうことにした。

 立ち食いなんてせずに食べてから出て行くあたり、さすがの花音である。上品に食べているのが極彩色のアイスクリームなんだから、なんだかギャップがあって、そんなギャップが何故かとても可愛らしく思える。

 美人は得だな、なんて一般論にすり替えて心の平静を保ってみる。







「……て、テスターが一人キャンセルですか?」

 炎天下の中を歩き、どうにかたどり着いた電気屋の喧噪に花音の弱々しい言葉が消えていく。

 場所は一階のアンドロイド売場。メンテナンスから販売までをこのワンフロアですませられるので、多くの人間が一度はお世話になったことのある場所だ。



「え、ええ。なんでも現行、家で稼働中のアンドロイドさんが『私はもう不要なのか』と冷却水の涙を流したそうで。このままでは新たなAIにも悪影響が出ますので」

 髪の毛をキッチリと7対3に分けてい企業戦士の男性はそう答えた。二十代後半くらいだろうか? 花音とは顔見知りの様子だ。この様子だとデイブレイク社の関係者なのだろう。


 それにしても、アンドロイドの尻に敷かれているのか――なんだか日本社会は取り返しのつかないところまで来ている気がする昨今。家庭は社会の縮図と言うし、この危惧はあながち的外れでもないのかもしれない。

 それはそれとして、確かにそんな昼ドラみたいな所に暮らしていたら悪影響が出てしまいそうだ。


「それで、辞退されたんですね?」

 花音は少し呆れ気味。

 そうは言っても、テストくらいで揺らぐものでもないと思うのは俺だけだろうか。揺らがないとしても、一緒の時間が減るのが嫌だったとか?

 ……でも、テスターが俺だったとしても、つばさに泣かれたら迷わず断っただろうから、何か言う権利は無いな、うん。


「気持ちは分からなくもないですがね」

 店員さんも同じ穴の狢だった。デイブレイク社はアンドロイドの感情面を重視する社風だからだろうか。

 そんなデイブレイク社だからこそ、第8世代の開発に成功しそうになっているのだろう。


「テスターの条件は凄く厳しいのに……」

 花音がぽつりとそう言った。噂に聞くテスターの条件はかなり複雑で、高い給料を貰える代わりに面倒な条件を突破しなくてはいけない。チップアダプタの入手が必須と分かったときに調べたバイト情報では、一番割の良いアルバイトがこの『テスター』だった。


 感情の土台とも言える部分を作らなければいけないのがその原因だ。前の世代の記憶を引き継ぐと何かと歪みが生じやすいので、新たな世代を開発する際には支障のない範囲でのデータ継承以外は新しく教育をすることが多い。ここら辺の不便さが改善するのはまだまだ先になるだろうから、しばらくはこの形になるだろう。

 生まれたときから他人の記憶があるなんてことになったら……確かに、混乱はしそうだよな。不特定多数のデータリンクと似たようなものだ。データリンクの方は確立した自我の構成を待てばいいが、生まれた直後では自我も何もあったものじゃない。


「たしか、条件は--多感な思春期であるのが望ましく、平均的な生活をしていてアンドロイドの使用歴とAIの教育に実績があり、人柄的にも問題がない人間……だっけ。ほぼ無理だよな」


 そんな人間がゴロゴロいるわけがない。なんせ『思春期』と『実績』が両立するのが極めて稀だからだ。

 小さな頃からアンドロイドと一緒にいないとそんなことは、まず不可能だ。


「ええ。私は給料が出ませんから多少甘めに見てもらってましたけど……実際、条件満たす人なんて殆どゼロに近いんです。この条件だって、『理想』であって『現実』とはかけ離れています」

 そうだよなぁ。厳しすぎるよな。子供の頃からアンドロイドと一緒にいて、しかも自分がそのAIの教育をしたなんて歪んだ過去を持つ人間がそう何人も居るとは思えない。しかも、ある程度AIの知識とかも必要だろう。そんなの、俺が知っている中ではデイブレイク社の御曹司くらいなものだった。




「陸、満たしてるよね。問題ないのかは限りなく微妙だけど」

 楓が当然のことのようにそう言う。




「「…………あ」」

 そういえばそうだった。俺と花音、絶句。俺は歪んだ生活を送っていたんだった。つばさが乾いた笑い声をあげた。そうだよ、俺、ビックリするぐらい歪んだ人生を送っていたじゃないか!

「……ええ、はい。私は陸を育てて、陸に育てられましたね」

 つばさも同意する。彼女がそう言うってことは、まず客観的に見たらそうなるという証拠だ。

 アンドロイドは確実な証言をするから各種公的な書類・機関で一種の証拠として扱われる……つまりは、そういうことだ。


「ほ、本当ですか! テストが遅れると他会社の第8世代に遅れをとってしまうかもしれないんです! 私も本社の営業の端くれ、それは避けねばなりません! 陸さん、是非お願いします!」

「え、えええ? ちょ、ちょっと待ってください、俺は普通の高校生でしかないんですよ!」

 アンドロイド業界も大変なんだろうけど、俺に出来ることはない!

 ……よく考えれば、俺が普通の高校生を名乗るのは全国の普通の高校生さん達に失礼かもな。

 普通の高校生は、アンドロイドと13年も一緒にいたりしないもの。


「そちらのアンドロイドさんの様子を見ればすぐにそのアンドロイド愛が分かります!」

「第2世代ですしね、私。アンティークですよ、アンティーク。細かな手入れの証拠です。生きてることそれじたいが奇跡なんですからね」

 なんだかちょっと嬉しそうだ。『えっへん!』と、胸を張っている。

 けれどこの場合、自虐なのか自慢なのかいまいちわからない。


「お給料ははずみますから! どうかこの私を助けると思って! なんとしてでも半年以内にテストを終えないといけないんです!」

 店員さん改めデイブレイク社の営業さんに頭を下げられてしまう。花音の知り合いみたいだし無碍にはできないが――やはり新型のテストのような、大きな責任を伴う仕事を簡単に引き受けるなんてことはできない。


「い、いえ、それは――自分にはこの子がいますから」

「陸、私のことは気にしないでください――いや、むしろ、私のことを気にかけてくれるのならこの誘いを受けて下さい」

 つばさはあくまで真剣な顔だった。

 断ったとかいうテスターのアンドロイドとは違って、むしろつばさは俺にテストを勧めてきている。それも、めずらしく強い調子で。


「つ、つばさ。だけど――」

「忘れてるかもしれませんけど……陸、私たち貯金の真っ最中ですよね」

 確かにその通りだ。『チップ・アダプタ』を正攻法で入手するためにも頑張っていたのだ。

 ARROWでの勝利は手段の一つ。今の自分にできる最善の手段だったからこそ力を注いでいた。

「でしたら、是非! 報酬は私たちが言うのもなんですが、かなりのものです!」

 うぐっ……確かに、新たな世代となればかなりの経済効果が生まれる。それの自我構成を手伝ったなんてことになればかなりの報酬が出るのは確実だ。だけど。

「いえ。自分の利益のために一つの世代を巻き込むようなことをするわけにはいきません。俺のせいでアンドロイドの多様性が失われたりしたら、つばさに顔向けできません」

「陸、逆効果なこと言ってない? さっきから花音ちゃんが感嘆のため息をついているけど」

「そこまで真剣に考えられるのも、さすがよね」


 楓と遥香までつばさと営業さんの味方に回っていた。元来、花音は営業さん側の人間だし……孤立無縁じゃないか。


「陸、是非お願いします。日高さんもこう言っていますし」

 花音が頭を下げる。営業さんの名前は日高さんというのか……というのは別にして。そんなこと言われても、という思いは変わらない。後輩に頭を下げられても、手に負えないという思いは変わらない。


「――だ、だって俺、つばさと仲良くなるのに一年もかかったんだぞ? 半年そこらじゃ……」

 しかし押され気味であるようで、少しどもり気味になってしまっていた。

「この、第2世代の子……つばさちゃんと一年で? 化け物ですか!? そのこの制作会社は恐らくスプリング社でしょうけど--メモリーチップの扱いに関しては他の会社と大きく差を付けられていたというのに……」

 日高さんは驚きを隠そうともせずにそう言う。

「ひ、酷いです! ポンコツでも、旧型でも、私なりに陸と……!」

「い、いえいえ! すみません、元技術屋なもので……そうですよね。アンドロイドは機械である前に、人間の友人なんですから」

 地雷を踏み抜いた日高さんは、つばさに平謝りをしていた。つばさは少し潤んだ瞳で、頬を膨らませている。……確かに、まあ、これだけ人間味あふれる第2世代なんて、滅多にいないかもしれない。


「――各種経費と責任は会社で持ちますから! この人材を逃せば僕は上司に怒られますので!」

 なんだその脅し文句は。畜生。経費という名目で最新の整備グッズを買い揃えてやろうか!


 つばさがじっとこちらを見据える。信用と期待に満ちたその目は、自分に身の丈に合わない行動をとらせようとする。

「陸。知っていますか? デイブレイク社の、会社としての方針を決定させた、御曹司さんの言葉を」

 つばさが訥々と語り出す。青みがかった目は、やはりこちらをじっと見据えいる。サファイアなんかよりなお碧く、澄んでいる。こちらの全てを見据えるような、そんな目だった。

「『アンドロイドに育てられることを、不幸にしないで欲しい』と言ったそうですよ。第七世代アンドロイド、〈DA7 ピア〉をテストした際に」

「…………なるほど。どうりで、最近のお前はデイブレイク社贔屓だと思ったよ」

 それはきっと、彼女の究極的な目標で、理想のアンドロイド像なのだろう。彼女はきっと、第2世代の自分が子育てをしたせいで俺が歪んだのだと思いこんでいる。そんなことないと言ったところで、彼女は聞き入れてはくれないだろう。

「お願いです、陸。私の、最後のお願いです……」

「--わかった。つばさ、だから最後とか言うな」

 ……そこまで言われて、断れる訳がなかった。彼女の願いを無視するなんてことができるのなら、俺はARROWの大会になんて出ていない。

 やっぱり、自分はどうしようもない『アンドロイド偏愛』なのかもしれない。


「日高さん、どうなっても知りませんからね」

「大丈夫です。私は、確信しています。貴方には、あの御曹司と同じものを感じますから」

「庶民的な御曹司もいたものですね」

 本気みたいだった。俺なんかで良いのだろうか?

 その疑問は無くならないけれど--もはや、進むしかない。


「……あと、その子の整備グッズは経費で落ちますか?」

 案外強かな自分に、日高さんは目を丸くしていた。

「落として見せます」

 なんでちょっとドヤ顔なの、日高さん。まあ、いい。それのおかげでつばさの寿命が延びてくれれば万々歳。新しい子にも、いくら借り物とはいえ長生きしてもらいたい。

「夜まで基本ずっとARROWやってますよ?」

「大歓迎です」

 そういえばAIの創造性を養うゲームでもあるんだった。そりゃあ、歓迎もされるよな。

 さすがにそればかりやっていてもダメだけれど……。


 観念して、俺は日高さんに促されるまま、よくわからない書類にサインをした。なお、規則とか注意事項は後から読めばOKらしい。なにそれ怖い。--難しいことはつばさに任せて、俺は流れに身を任せることにした。ただ、やれることをやってみるだけだ。

 自分を信じてくれた周りの人間を、信じよう。


「陸がいつも通りにしていれば、きっとだいじょうぶです。私は、陸以上にアンドロイドに愛される人を知りませんから」

 つばさは俺にしか聞こえない小さな声で言う。慈愛に満ちた、柔らかな声だった。

 親には愛されなかった代わりにアンドロイドに愛された……と思うと、なんだか寂しいような、すごくうれしいような複雑な気分だった。

「安心してください、陸。あなたは、アンドロイドに関しては、胸を張れる人間ですから」



 おかしな偶然に打ちのめされた心をごまかすためにも、俺は新しいアンドロイドの名前を考え始める。

 ……脳内がお花畑になっているらしく、変な名前が浮かんでは、また消えていった。








「二人目のアンドロイドかぁ。それ自体は、珍しくはないよね」

 件のプラモデル売場にたどり着いた頃、楓はそんなことを言った。

「そうですね。アンドロイド好きの方なら、そういう人もいると聞いています」

「私たちくらいの年齢では、かなり稀ですけどね。すみません、巻き込んで」

 むしろ高校生は一人目のアンドロイドを親に買い与えてもらうことが多い。二人目なんて夢のまた夢だ。

 そのような背景から、アンドロイドの新型の多くは、新学期直前の3月くらいに発売されるのが定例となっていた。恐らく第8世代も、それにあわせるつもりなのだろう。

「良いんだよ。チトにはお世話になってる」


 ざっくり渡された説明書きを呼んだところ、テストと言っても、実際の所は殆どレンタルと同じらしい。期日まで一緒に生活する。メモリーチップはデータを回収した後は会社としては不要になるのでプレゼント、ということらしい。素体については高価な実験機とのことで返却となるそうだが。それは仕方がない。プレゼントしてしまっては、報酬分の金が翼を生やして飛んでいくのだから。


「…………」

 プラモデルを一つ、手に取った。リアル寄りなロボットだった。スラスター馬鹿の〈フリューゲル〉とは違う。でも、こういうのもありかな。

「一緒にARROWをプレイするのも良いかもしれないな」

 その時はもう一機、新しくデザインするんだ。二人でのデザインは初めての共同作業。

 ……というと何だかおかしいけれど、ちょっとした話の種くらいにはなるかもしれない。

「そうだね。きっと楽しいよ」

 今度はあまり変態的なものにしないであげよう。そう決めた。

「家族が増えるんですね。なんだか、実感がわきませんけれど」

 つばさと同じく、俺も少し戸惑っていた。ずっと昔、『義務だから』と自分と一緒にいたつばさのことを思い出す。それが今じゃ、ロボット三原則をすり抜けようとしたり、上手いこと命令を無視してみたり――あれ、退化してる? い、いや、人間に近づいたと言っておこう。


「つばさ、名前はどうする?」

「陸が決めてあげてください。それが一番嬉しいはずです」

 あっさり即答されてしまった。彼女の経験則から来るんだろうし、疑問を挟む余地もなさそうだ。

 --ついつい、悩んでしまう。メモリーチップを貰う以上、長い付き合いになるのかもしれないのだからそこは慎重にいきたい。一度きりの大事なプレゼントなのだから。


 つばさは今日も今日とて、翼の生えたロボットのプラモデルを見つめている。こらこら、これ以上〈フリューゲル〉にスラスターは増やさないからな。


「チトは、名前、決めてあるのか?」

「はい。私は、ずっと前から決まっていましたから」

 それもそうだよな。彼女にとっては、昨日今日で決まった話ではないのだから。


「難しいよね。私も遥香って名前、かなり迷ったから」

「……さらっとそういうこと言うのは卑怯よ、楓」

「ふふ、さっきまで間近でのろけられっぱなしだから、仕返しだよ」

 主に被害を受けているのはのろけていなかった遥香である様子。とんだ二次災害だ。

 まあ、原因となった俺が言うのも何だが。



「陸、これ格好いいです! 肩が大型スラスターと一体になってるんですよ!」

「『このスラスター馬鹿が!』って突っ込もうと思ったら、予想以上に格好良いな。折角だから買……いや、買わない! 積みプラモをこれ以上増やすのは駄目だし貯金しないと!」



 俺が思いついた名前、喜んでくれるだろうか?

 その子と一緒に作る機体を気に入ってくれるだろうか?

 そんな疑問が頭を回っている。疑問はつきずに、ただ増え続けていく。



 話を聞く限りは女性型――アンドロイドの多くは女性型なのでテスト機も女性型が多い――らしいから、女性名か。やはり異性の名前となると、どうも馴染みが薄い。


「本当に、陸はアンドロイド好きだよね」

「世話にはなったからな」

 グレなくて済んだのはつばさのおかげだ。多少変人になってしまったが。

 ――30分程度で設定は終わるらしいから、もう一度あそこに行けば良いようだ。入り口付近の、メンテナンスコーナー。

 不幸にしないためのアンドロイド、なんて言うけれど--俺の人生が、周りから不幸呼ばわりされたことは事実であっても、俺は決してそれを不幸と思ったことなんてないのだ。



 不思議と、胸が高鳴り始めているような気がした。

 ……いいや。不思議なことでもないか。


 目の前に並んだ色とりどりなロボット達も霞んで見えるほどに、目の前が輝いているような気がした。

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