永遠 Ⅰ
「よし、君の名前は――」
目の前にした第八世代アンドロイドさん。デザインを高名な人がやっているので、少々洒落た格好をしている。色素薄めで金髪に近い長髪を複雑な形で結っている。可愛らしい髪型ではあるのだが、メンテナンスの時に元に戻すのが大変そうだ。
やはりその髪からか、「金」というイメージが第一に来る子だった。艶やかな髪。白くすべらかな人工皮膚、そして、人間にはあり得ない金色の瞳……ぱっと見たかぎりでアンドロイドだと分かるくらいに完成されている美を宿していた。
しかしそんな見た目の割に背格好は案外子供っぽく、慎重は150cm前後くらいだろうか? 目線が違っている。それに、胸部パーツ(婉曲表現)がとても小型化(婉曲表現)されている。
--なにはともあれ、見とれていないで名前をつけないといけない。
「……………………私の名前は〈DA8ー2p〉」
こちらが名前を言う前に、彼女は自分から名乗ってくれた。なんて前衛的なお名前なんでしょうか。pはプロトタイプのpだろうか?
型番に『DA』とついているのは『Daybreake』社の作ということだ。アンドロイドの発明を世界の夜明けに引っかけたネーミングだそうだ。
ちなみに、『チップ・アダプタ』を作っている会社とは別だ。コネが出来て譲って貰えるなんて甘い話にはならない。
「いや、それは型番だって」
冷静に返す。それくらいのアクシデントは予期していたさ。
彼女は小さく頷いた。よかった、納得してくれたか。やっぱり新型だから、当初のつばさばりに融通効かないのかと思っていたのだけれど、そうでもなかった。これは良い兆候だ。
「開発コードは〈エーヴィヒ〉。まだ商品名としては仮決定だけど、そっちでも良い」
どうやら俺の思いこみだったらしい。
「違う! 開発コードに興味があったわけじゃないんだ! しかも開発コードめちゃくちゃゴツい! 絶対ドイツ語だろ、これ」
「ドイツ語で永遠って意味ですね」
つばさが呆れ気味に笑った。まあ、そうやって笑ってるお前も最初はこんな感じだったけどな! いや、もっと酷かったかも!
「永遠に稼働し、永遠に進化し続けるというコンセプトで作られた」
エーヴィヒさんは何の感慨もなくそう言う。意味と由来もゴツいな……。
ドイツ語の時点でものすっごいゴツいのに、コンセプトまでなんか凄いことになっている。
だいたいSFで自己進化を積んだ機械って、人間に反旗を翻すのがお約束だよな。……や、やばい! フラグだ! 自らフラグをたててしまった!
「由来はどうあれ、日本語圏では珍しい名前になっちゃうわね」
遥香の言うとおりだ。さすがにつばさの妹分がエーヴィヒだったら驚かれるよ。アンドロイドの名前は持ち主の趣味志向をフルに反映するので、カオスな名前も多いけれど――あ、なんかエーヴィヒでも良い気がしてきた。今まで出会ったキラキラしているアンドロイド達に比べれば全然問題にならないレベルだ。
「しばらくはエーヴィヒでも良いか。急に名前変わっても戸惑うしな」
今までずっとエーヴィヒと呼ばれていたのなら、急に名前を変えられても戸惑うだけだろう、これでも良いか。彼女がストレスをためるのも、良くないだろうし。
「名前の変更は、私に搭載している公式アプリからできる」
私的なものでなく、公での登録方法を語る。
「知ってるよ、エーヴィヒ」
初期の名付けから一度も変えていないから、使ったこと無いけど。エーヴィヒ、か。なんだか段々慣れてきた。感覚が麻痺していると言っても良い。
高倉エーヴィヒ…………うん。売れない芸人の名前みたいになってしまった。
「ここに長居していても迷惑だろうから、さっさと帰ろうか」
「あ、日高さん帰ってきたわよ。……って、陸、かなり我が儘いったのね」
この店に置いてある一番大きいサイズの紙袋を抱えて小走りにやってくる営業さんこと、日高さん。
紙袋の中には俺が頼んだメンテナンス器具が詰まっていることだろう。
「最新型の試験機を預かるわけだから壊すわけにもいかないからな。俺の役目は耐久力検査じゃない」
「成り行きにしては、責任感あるんだね」
そうもなるよ。責任に打ち勝てそうにないからと、最初は断ったくらいだし。
「成り行き?」
エーヴィヒが『成り行き』に食いついた。
日高さんと一言二言話してから、袋を受け取る。別に我が儘を言ったわけではなく彼なりの『迷惑料』らしかった。そんな、気を使わなくても良いのに……もちろん、ありがたく貰うけれど。
「そうそう。本来エーヴィヒが行くべきだった家で色々あって、結局テストは俺が引き受けることになったんだ。これからよろしくね」
まさか昼ドラばりのドロドロを紹介するわけにもいかないので、概略だけ説明する。
エーヴィヒは特に何とも思っていないようすで、小さく頷いた。
「大丈夫です。貴方もきっと、すぐに慣れますから」
俺たちのノリに慣れることが良いことなのかは分からないが、ともかく引き受けたからにはやるしかない。
少し離れたところで顔合わせをしていた花音と合流して、今日のところは帰ることにした。
それにしても、周りからの視線が凄い。エーヴィヒが一般にはまだ出回っていない第八世代型だからだろうか? 第七世代の発売から一年強、そろそろ世の中の期待が第八世代型に向けられ始めるころだ。
……やばい、包囲網ができ始めている。
男としてはやはり『最新型』とか『ワンオフ』とか『新機能』とか『プロトタイプ』……、そういうものに心を引かれてしまう気持ちは分からなくもないけれど――エーヴィヒのプライバシーくらいは保証してあげてほしい。
「チト、逃げないとヤバい」
「え――? ……ああ、なるほど第8世代ですしね。設備がかなり優秀とは言え、ここでの受け渡しは失敗だったかもしれないですね」
ああ、大失敗だ。日高さん顔真っ青だもの。計画立案はお前か。
「エーヴィヒ、走れるか?」
「最高自走速度は35km」
「ずいぶんと速いなっ」
「50m走だと5秒と少しですね」
さすが最新型!
なんとなくわかる。こいつ、最高速度で離脱するつもりだ。この人混みのなかをそんな速度で走ってみろ。ロボット三原則と空間認識能力のおかげでぶつかりはしないだろうけど、実際危ない。
「君が最速で走ったら、誰も追いつけないからな。それに、目立つ。あと、エスカレーターを駆け上るのは危ないのでやめましょう」
「……でも」
「一人で行っちゃったら誰が君のテストをする。ともかく、俺から離れないで」
「――了解」
エーヴィヒは納得した様子で頷いてから、こちらの首根っこを掴んでひょいと持ち上げる。わー。凄い浮遊感。それにしても凄い力ですね、エーヴィヒさん。つばさも力はあるけれど、ここまでではない。あと、初日から無茶な機動しないでください。電磁筋肉が千切れたら交換にどれだけお金がかかると思ってるんですか。
そして、なんとそのまま走り始めてしまいました。どうやら私もここまでのようです。
--でも、なぜでしょう。心は、静かな水面のように穏やかなのです。
なるほど。これが死か。
「…………え?」
「え?」
つばさと花音が間の抜けた声を上げた。この感じ――そう、スラスターをフル稼働させた改修型フリューゲルの感じによく似ている。風を切る音。地面を叩く音。全てが混ざって、判別できなくなる。
「つばさ、楓、チト今までありがとう」
別れはすませた。後は好きにやってくれ。
俺、今……風になってる!
……不本意!
「……大丈夫。エスカレーターでは走らない」
あ、そこはちゃんと守ってくれるのか。うん。もっと他のお願いにするべきだった。俺は稼働直後のアンドロイドを舐めていた。
「それ以外にも気をつけるべきところは沢山あるよ」
それだけを伝えておいた。
ああ、もの凄い風圧。
……なんだろう、思い出が目の前を流れていく。涙もいっしょに流れていく。
はは、前が見えないや。
「エーヴィヒ!」
できるだけ大きな声で呼びかけた。そうでもしないと風切り音とエーヴィヒの駆動音にかき消されてしまう。
「なに?」
澄んだ声だ。良く通る。こんな状況下でも。思考がまとまらん。
「ごめん、どこか服屋で一端止まってわふっ!」
急制動の衝撃が全部首に集中した。アンドロイドの頑丈さと筋力もたいしたものだが、人間の体も捨てたものではないな。案外、頑丈じゃないか。滅茶苦茶痛いけれど、それだけで済んでいる。
負け惜しみじみたことを考えながら、エーヴィヒの拘束をほどいて……ほどいて……ほどけない! 凄い握力だ。空き缶処理とか素手でできそう! 地味に便利!
「ここ、服屋」
いつの間にか店の外に出ていたらしく、エーヴィヒは顎を「くいっ」として洋服屋を指し示した。
「…………っ、痛いって、エーヴィヒ。人間はお前と違って脆いんだからな!?」
根本的なところで行き違いがあった気がしたので、俺はついついそう叫んでいた。エーヴィヒ、なんて名前を本当は出すべきではないのだが、そんなところに気を回す余裕は無かった。
「放した方がいい?」
生まれたてでも、言えば分かってくれるあたりさすがはアンドロイド。また、デイブレイク社は特に感情が豊かなので相手への感情移入なんかもかなりのものである。
「お願いします」
ぱっ、と手を離される。それは予想済みだったので、上手く対処して着地。ギャラリーから感嘆の声があがった。ありがとう諸君。できれば見なかったことにしてくれ。
電気屋を出たおかげか、目立っている理由は『第8世代』がどうとかじゃなくて、単に『力持ちで足の速いアンドロイド』が物珍しいせいだろう。顔を見られる前にさっさとどこかに隠れないと。
「エ……とりあえず、下向いて。この店に入るから」
ともかく『エーヴィヒ』という開発コードをあまり口に出すのもまずい。やっぱり、名前がないと少し不便だ。
それにしても……こんな調子で、突破できるのだろうか、予選大会。
まさかの時間切れを迎えそうだなぁ……。
この調子だと、そもそも、俺が生き残れるのかさえも分からないではないか……。
突如姿を現した不安の源を、何ともなしに眺める。
--ちんまい後ろ姿が妙に可愛らしくて、何もいえなくなっている自分が恨めしかった。
シリーズ他作品の「夜明けの葦」でさんざんネタにしていた別個体の第8世代機はこの子のことでした。
執筆時期と公開時期が全然かみ合わなかったため、あちらで先にお披露目となってしまいました。




