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秘密 Ⅱ

「なんかもうね〈アフトクラトル〉って名前がもう色々キツいよね! 中二病の権化みたいな名前だよ!」

 楓は我が家のダイニングで荒れていた。呆れ顔のつばさと、初めから家事やっていて別行動中の遥香。遥香の行動はたぶん、彼女なりのお詫びの印なのだろう。


 因みにデータリンク機能をフルに活用している故に、遥香は勝手知ったる様子でテキパキ働くことができている。空間認識データとか共有しているのだ。不特定多数とのデータリンクは難しいが、互いに登録しあっているアンドロイドならばこういったことも可能だ。

 楓の椅子が、身振り手振りに合わせて小さく揺れている。


「それはそれでロボットっぽいと思うけど?」

 長さと語感は十分それっぽいと思うんだけどなぁ。ちょっと濁音が足りない気もするけど。


「〈皇帝〉って意味だよ? 自分の機体にそんな名前付けるって凄いセンスだよね」

 楓には珍しい、嫌味じみた言葉だった。

 こんな様子の楓を見ると、なんだか安心してくる。クラスの男子が話す優しい『楓さん』じゃない、俺の知ってる楓がそこにいるような気がして。

 そんな感傷は無しにして、こちらもあの機体のことを思い出す。


「ああ、だから皇帝っぽいデザインだったのか」

 威風堂々、自信満々。そんな調子だった。こちらの全弾発射を無傷で耐えていたりと、実際そのモチーフに見合うような実力を見せていた。ゲームバランスの兼ね合い上、機体性能自体は殆ど変わらないはずなのに。


「マントが盾代わりっていうのも変な話ですね」

 つばさがお茶を煎れながら、そう言った。緑茶の柔らかな香りがダイニングに広がっていく。

 ああ、リラックス。やっぱり埃っぽいところよりこういう柔らかで暖かな空間が良いよなぁ。


「まあ、日本のロボット文化の中ではそれほど珍しくも無いけどな……」

「……あ、本当ですね。ネットで検索したら結構一杯例が出てきました、マントのロボット」

「マントをどう使うかは判断が分かれるけどな」


 さすが日本文化だ。時代を問わなければ何でもある。


「こういう話は花音ちゃんが喜びそうだねー」

 ロボットの武装話は後輩の千歳花音、通称チトとよく話している。未来のARROWプレイヤーの知的好奇心は凄まじい。あれで彼女は個人でアンドロイドを所有していないので、ARROWのプレイは少し難しいんだけれど。


「でも、あいつ自身はチトが嫌いなタイプみたいだけどな」

 キャッチャーを立たせての敬遠球ばりにストライクゾーンから外れている予感がする。

「そうだね、花音ちゃんはああいうタイプ苦手そうだよね……そういう私もだけど」

 なんとも受けの悪い輝だった。見てくれはいいのだからもう少し人気があるものなんだと思っていたのだけれど、そんなことはないみたいだ。


「つばさはどうだ?」

 なぜか考え込んでいるような様子だったつばさに話をふってみた。


「――あの人は、レンタルのアンドロイドを連れていました」

 ああ、つばさはそっちを気にしていたのか。確かに彼女からすれば、むしろそっちが気にかかるのも当然だ。同類なのだから。


「ああ、例の。処理速度が違うんだってな」

「はい。私と彼女たちとでは、理論上二倍以上の開きがあります――陸は、何とも思いませんか?」

 肩書きや性能でそのアンドロイドの価値を決めるようなその接し方は、到底受け入れられる物ではなかった。

「そんな関係はイヤだな、俺なら」

 だからなのか、漠然とした嫌悪感を覚える。


 そんな最初っから利用するだけ利用してやるっていうのを前提にした関係は論外だ。アンドロイドを盤上の駒のように使うなんて。

 労働力としてアンドロイドが活用されているということも知っているし、それが社会的にも産業としても、今更どうしようもないことだというのも理解しているけど――それでも、この不快感と不信感は拭えない。


 実際は俺が異常なんだろうけど、そう思ってしまう。


「アンドロイドの人間性とか、心は何かとか哲学を語ろうとは思いませんが――あれは、悲しすぎますよ」

「そうだね。つばさ、陸の家族としてこの家にいるしね……」

 つばさはいつだって自分の隣にいてくれて、孤独を埋めてくれていた。この子が居なかったら今の俺は無い。そう思えるほどに大事な存在なのだ。


「なんだろうな――アンドロイドの可能性を否定して、処理速度にだけ目を向けているその感じが、自分たちを否定しているかのように思えるのかもな」

「私にとって、実体を伴った人間といったら、楓様と陸くらいですから――なんだか、ああいう方は本当に、驚いてしまって。すみません、らしくもなく取り乱して」

 つばさはしゅんと落ち込んでいるけれど、キレていたのは自分も同じだ。彼女のことは責められない。


「追いつめられてるのにそこだけは譲らなかったんだよね、陸は」

「処理速度程度がなんだコノヤロー」

 そんなものを第一に考えるようなら、そもそも俺は『チップ・アダプタ』獲得のために動いたりしない。さっさと新型に買い換えてる。自分の考えと根本の所で違っているから嫌悪感を抱く。

「陸にとっての大事なものと、輝君にとっての大事なもの、食い違ってるよね」

「俺は新型よりもつばさが良いよ」

「陸…………明日の夕飯は何が食べたいですか?」

「クリームシチュー」

 お前、そればっかりだな……とは、自己分析である。




「葵さんはどうなんだろうな? 話したところ、そんなに悪い人じゃなさそうだけど」

「〈アカンティオン〉でしたっけ。ギリシャ語で『アザミ』ですね、恐らく」

「唐揚げとかお浸しにしてたよな、つばさ」

 アザミの鮮やかな桃色の花。ひろげた新聞紙の上でそれらを乾かすのは季節の風物詩だ。

「そうですねー、アザミ、綺麗ですから陸も喜びますしね」

「ものすごい生活感だね……」

 良いんだよ、俺はそういう暮らしが好きなんだから。



「それとですね、アザミの花言葉は――」

「自立、尊厳、私にふれないで、復讐……ここらへんかしら?」

 遥香が言った。どうやら家事は終わったらしい。礼を言う前に大きな衝撃が来てしまい、機能停止ししてしまう自分。


「………………え?」

 葵さんの印象とその言葉は、自分の中では噛み合わなかった。自立や尊厳というものは何となく分かるけど……? 復讐?



「復讐なんて花言葉を持つのは、そう多くないと思うんですけどね……」

 花言葉というと、なんだか口説き文句のような甘い言葉が並んでいるイメージだった。口にするのも恥ずかしくて歯が浮き上がりそうな印象の文句ばかり並んでいると思っていた。


「他にはトリカブトとかクロユリとかがその花言葉で有名かしら」

 トリカブトは言わずとしれた植物最強の毒性があるからな……。フグに次ぐそれは、未だに人間に対する驚異であり続けている。クロユリはその美しい漆黒の中に、そういう想いを見いだせなくもない。

 それはおいといて……。


「その人、何か深い理由でもあるのかもね」

「そこまで考えて名付けるか?」

「どうかしらね……単にアザミの天ぷらが好きとか、語感が好きとかだったら平和でいいのかもしれないけど」

 うう、遥香の言うような理由だったら良いなぁ。下衆な勘ぐりはひとまずここまでにしておこうかな。


「〈アカンティオン〉はどんな機体だったんだ?」

「なんかね、すっごい平凡な感じ。本当に二足歩行のロボットが実現したら、こんな感じで戦うんだろうなぁって思ったよ」

 堅実なコンセプト、ということだろうか。堅実な二足歩行ロボを作った場合のメリットというと、恐らくその敏捷性と汎用性だろうか。


「〈アフトクラトル〉はどうだったの?」

「なんだか――こう、意外性を狙った主人公機って感じだった」

 マントとか実体剣とか、ある意味お約束だと思う。



「あの戦闘の映像データは残ってるから後で確認するとして――今日はともかく、遥香のおいしいご飯でも食べようか」

「今日は陸と楓共通の好物、カレーライスよ。因みにレシピはつばさの方に準拠」

「つばさのも美味しいよねー」

「カレーか……ナイスカレー!」

 カレーとかシチューとか大好きです。その割にアザミの天ぷらとか渋いものも食べるけどね。つばさのおかげで好き嫌いはない。

 遥香はテキパキ準備を進めていく。最初から楓用の食器が用意されている辺り、付き合いの長さを感じる。

 セットで付いてきたものや貰ったペアグラスで使っていない方を回している形だ。


「「いただきます」」

「はい、めしあがれ」

「あ、これなんか複雑な気分ですね。お姑さんの気分ってこんな感じでしょうか」


 楓、凹んでいたのが嘘のように思えるけれど――。

 きっと、この態度の方が、『嘘』なんだろうな。それが分かってしまうことが嬉しいようで、悲しくもあった。



 夕飯の片づけを終え、残った細かな家事を片づけようとしていたところをアンドロイド組に『私たちの仕事を奪うな』と追い出されてしまい、結局自分たち人間組は部屋でグダグダしていた。良いじゃん手伝いくらい。


「陸、あの、さ」

 なぜか、クッションの上に正座している楓。見えてはいけないものが見えないように、可能な限りそっぽを向いている自分。長い付き合いでもどうにもならないこともある。

 お願い、いつもの、あの女子特有のすげー上手い立ち回りを取り戻して。

「……どうしたの?」

 何か深刻な話でもされるのかと、自分のくだらない考えを振り切って聞き返す。そっぽを向いたままに。



「今日…………泊まっていって、良いかな」



 天使と悪魔の討論会が脳内で開始される。開始早々、悪魔は多数の資料を効果的に用い楓が『誘っている』ということを証明しにかかる。そしてだめ押しとばかりに『女に恥をかかせるのか』などと楓を思う天使の心を揺さぶる作戦に出始めた。


 天使と言えば出鼻をくじかれ、しかも天使らしく道徳や信頼を説く理想論、感情論に終始してしまい決定力に欠けている印象は拭えない。このままでは悪魔の勝利は目に見えていた。勝ち誇った悪魔の顔と敗北に打ちひしがれる天使の顔が交互に脳裏をかける。どっちも自分だしなんか変な気分。いや、そんなことはどうでも良い。一時の欲望で家族のように大切な存在を失うなんてことはあってはならない。



 この間、およそ0.2秒。高速戦闘に慣れたおかげか有事の頭の回転が速くなってる気がする。


「お前は無防備すぎだ」

 イエスでもノーでもなく、そう言った。単なる苦情である。


「陸の家なら、良いかなと思って……」

 悪魔側の参加者たちがハイタッチを始めたぞ、どうしてくれる。天使側も開き直り始めている。人の心はなんて弱いんだろう。


「ああ、もう……分かった。一晩くらい一緒にいるよ。どうせ明日は休みだ――その代わり、つばさと遥香の非行防止機能を使わせてもらう。あと遥香の警戒レベルをあげてもらう。これだけは守ってくれ」

 その機能はあらゆるアンドロイドに備え付けられていて、18歳以下の持ち主やその家族の行動をある程度制限する機能だ。人権との兼ね合いなどの都合でグレーゾーンが広く、あまりあてにできる機能ではないが、無いよりましだ。

 ちなみにつばさのほうは初期設定でオンにされていて、18歳までは親の承諾無しに変更できないので、俺にはどうにもならなかったのだった。親代わりがつばさだし……。


 警戒レベルをあげておくと、ガスの元栓閉め忘れからセクハラなんかまで防げるのでかなり便利らしい。ただし、電力消費は跳ね上がる。子供だけでのお留守番なんかには便利な機能だ。


「ふふ……変なの。陸、元々そんなことできないのに」

「できなくても悩むものは悩むんだよ」

 団らんを失うような行為は、自分にとってのタブーだ。それは分かっている。だからきっとあの討論会も最後は悪魔が天使の主張を受け入れる形で終わるだろう。

 だが、結果はどうあれ開催される時点で嫌なのだ。がっつり疲れる。


「麦茶と水と炭酸系、どれが良い?」

 長居するようなので、とりあえず飲み物を用意することにした。どうせ麦茶だろうというのは分かっていたのだが、聞くのが形式美というものだろう。


「麦茶だけど、私も一緒に取りに行く」

 予想的中。彼女の味覚は平常運転、ただし、残念ながら心の方はそういってないみたい。……どうしたんだ、本当に。急に人恋しくなったとか?


 楓のおかしな振る舞いには、戸惑いを隠せない。

 遥香は彼女の着替えを取りにいってしまったし、つばさはお風呂の準備をしているし……あのさ、二人とも。さっき端末で事情話して非行防止機能の話もしたよね? なに上手いこと優先度上の他の仕事とかち合わせて命令から逃れてるの。賢い二人はこれだから……。

 キッチンで二人分の麦茶を用意して、自室に戻る。同じペースで歩く二人。手にするグラスは、ペアグラス。シンプルで余り主張しすぎないデザインが好きなせいか、なぜか気に入る食器は皆ペアやらセットのものになってしまっている。


 楓は再び、クッションに座る。今度は、もっとリラックスした体制だった。

 ……何年も前につばさがわざわざ刺繍して、無地のクッションに『楓』の葉っぱをあしらった専用クッション。付き合いの長さと親密さを感じさせる。


「私、陸に軽蔑される」

「……は?」

 急になにを言い出すんだ、こいつは……ってさっきから行動と言動が突飛なのは、たぶん、彼女自身頭の中でことの整理がついていないからなのだろう。


「ずっと秘密にしてたんだけど……あの二人のこと、本当は知ってるんだ」

 ぽつりと、彼女は言った。

「向こうもそんな感じの対応だったもんな」

 それ自体には、あまり驚かなかった。あの不快感の原因も、輝達への不信も――元をたどれば、そこに原因があるのかもしれない。自分の性格の問題と思いたくはないしな。


「あの二人、ずっと『五位から下に落ちたこと無い』って言われてるよね」

「うん。よく聞く」

「なんだか遠回しな宣伝文句だと思わない?」

「ああ。なんか妙に後ろ向きだよな。普通ならもっと華やかに宣伝するだろ」


 一度でも一位になったことが有れば、まるでそれが毎回のことであるかのように言うとかさ。テレビコマーシャルとか見ているとそういうのがとても顕著だ。どこが調べているともしれない『お客様満足度第一位』みたいな。まさか『満足度が五位以下になったことはないです』みたいな宣伝はしない。

 結局、二人の成績を話の種にして盛り上がってるのだら、話はデカい方が良いに決まっている。


「あれね、本当は遠回しの嫌味のニュアンスが入ってるんだよ」

「嫌味? どうして?」

「一位と大差をつけられてるから」

 それくらい別に良いだろ。二位とか三位とかに入れているんなら。

 と、思ってしまうのは自分が下位層にいるからなのだろうか。上位層的にはそうじゃないのかもしれない。


「……何回やってもゆらがないのか、その一位の奴」

「うん。一位以外、取ったこと無い」

 ――なんとなく、話の流れが見えてきた。


「なるほど。楓がトップなのか。そうか、そうだよな、楓は頭が良いから」

「驚かないの? だって、殆どマンガだよ? ゲームとかやってるのに、成績常にトップなんて」

 なぜか彼女は慌てて、取り乱していた。ああ、なんか可愛いな。ふと、そう思った。そんなこと、ずっと前から知っているのにな。


「楓は人に見えないところで努力するタイプだろ。それに、ゲームは息抜きだろ」

「う、うん……ね、ねえ、陸。ひかないの?」

 本気でうろたえているぞ、こいつ。変な奴だ。

「どうしてひくんだよ? 幼なじみが成績良いんだから鼻が高いよ」

「嘘だよ、だって……」


「楓、落ち着け、お前は俺が成績のために命を燃やすタイプだと思っているのか?」

「……思わない。だって、陸が鞄に教科書詰めてるのとか、見たこと無い」

 宿題は学校で済ませているので本当に持ち帰っていない。長期休暇なんかのときは、大部分を授業中に内職して片づけている--発表が夏休み開始よりかなり前だからな。宿題をやる理由はつばさに怒られるから、だ。


「そんなの俺にとってはどうでも良い。ひどい成績取ると、つばさが好物作ってくれなくなること以外は」

 栄養管理とか適当なことを言いつつ、シチューとかカレーを拝めない日々が続くのだ。人はそれを『兵糧責め』と呼ぶのだ。


「り、陸……」

「な、何故泣く!? そんなにか、そんなに俺が哀れだったか!?」

 アンドロイドの尻に敷かれているのが。

 ポロポロとこぼれていく涙が、頬を伝う。

 そのくせ、彼女は笑っていた。


「なんでこう、陸には繊細さってものが皆無なのかな……」

「それについてはつばさが十年かけて研究してる」

「あー……なんかもう、考えすぎた。一年以上、何を気にしてたのかな、私」

「実際そういうの気にする人もいるんだろうな」

 進学校だし。近いから通っているだけの俺からすれば、別世界のお話だ。もはや、ファンタジーの域。


「最初は話さなかっただけなんだけどね――いつの間にか、輝君がつっかかってくるようになってね」

「どうりでやたらめったら敵視してくるわけだ」

「酷かったんだよ! この間の模試なんてどこから手に入れてきたのか解答入手してまで一位とろうとしてたし!」

「……うわぁ。そんなことしてどうするのさ」

「私に勝つんでしょ?」


 実際全国模試の解答なんていうのは結構簡単に入手できてしまう。事前受験を認めているからなぁ。部活動をやっている生徒だと当日が大会だったりすることもあり、前日受験をすることもある。我らが高校も前回の模試ではバレー部が前日受験をしたため、解答と問題の横流しが発生するおそれがあった。


 皆カンニングなんて前時代的なものが本番で通用するなんて思っていないからやらないんだけどな。安価なアンドロイドを監視員として数人雇うだけで試験会場には死角が存在しなくなる上に、映像の記録も思うがまま。発覚するのが分かっているイカサマをするものはごく少ない。


「楓、それ公表しないの?」

 一発で奴の社会的評価を地の底にたたき伏す、パイルバンカー以上の力を持つ切り札ではないか。


「挑戦状届いた日の前日に、成績のデータだけネット上にあげられてたんだけど知ってる?」

「いや、全く」

 楓は『そうだよね、陸だし』と笑った。そんなものをこまめにチェックするくらいなら置き勉などしない。

「普通に勝ってたの、私」

 …………何がなんだかさっぱり分からない。え、なにそれ? 正義は勝つって奴?



「……………………。チートすぎない? どういうことなの?」

「あのとき、わたし、本気で潰そうとしたから……今となっては、ちょっと馬鹿なことしたと思ってるけど」

 本気を出した楓の集中力は、確かに凄い。〈ラビュリント〉の戦闘スタイルなんてものは楓のそういった能力をフルに活用しているのだから。


 実際、横流しで入手できたとしても前日の夜程度になるわけだから、それの解析なんてことは一夜漬けでしかできない。そして、情けないが自分は一夜漬けの限界をよく知っている。覆らないものも多い。当日会場に持ち込むことは不可能だし(学校で開催され、学校で所有しているデイブレイク社のアンドロイドが監視に当たる)前日に頭に入れる以外の方法は無いわけだが--。

 それくらいに負けるなら、揺らがぬ一位など存在しないということか。


 輝がこちらを敵視して、嫌がらせじみた挑戦を叩きつけた理由はこれで納得がいった。俺の知らない楓のことを、あいつがライバル視していたからなのだろう。

 あいつ、次に会ったらぶん殴ってやる。男の腐ったような奴め。


「――楓への印象、ちょっと変わったよ」

 楓、強いんだな。ここまでしっかりした女性だったとは思わなかったよ。『才色兼備』なんてたったの四文字で彼女を表すのも気が引けるくらいに、凄い人だ。


「それが怖くて話せなかった」

 ちょっと拗ねたような調子。クッションをこちらに投げてくる。彼女なりの抗議なのだろうか。手に持っていた麦茶を守るのについつい必死になってしまい、考えていたことが吹っ飛んだ。

 ちなみに低反発の堅めなクッションなので、割とマジで衝撃強めだった。


「やっぱり、どこまで行っても楓は楓だよ。ほら、小学生の頃からテストの点数凄かったよな、おまえ」

 自分にとってはその延長線上でしかない。なにか変わるようなものでもない。

「あはは……そういう陸は、学校にランドセル置いて帰ってたよね」

「紙媒体とか正直古いと思うんだ」

 いい加減そこの所改善して欲しい。重い、かさばる、劣化する。タブレット一つあれば良いじゃないか。わざわざランドセルに入れて持ち歩くなんて、馬鹿馬鹿しいと思う。

 ……って、今はそういう話をしている場合でもないか。


「あの野郎が楓に変な執着を抱いて追っかけてくるって言うなら、正面から叩き潰してやろう。二度と、戦いを挑みたくないと思うくらいにな」

 正直、頭にきていた。


「――うん。ごめんね」

「やりすぎだよ、ばーか」

「……うん。馬鹿だね、私」

「だけど、俺も同じ馬鹿だ。せっかくだ。ここまで来たら、徹底的にぶっ潰してやろう」


 めくるめく、追い打ちタイムだ。勉強で勝てないからゲームでぶっ潰すなんてことをやろうとしている奴に情などかける気はない。


「でも、大丈夫かな? さすがに、少しだけ不安だなぁ」

「策はあるんだろ?」

「罠は張ってるよ」

 致命傷になるかは分からない、といったところか。罠は所詮罠。けりを付けるのは自分たちのこの手だ。


「なにが大変かって、そんな因縁を抱えてる奴を倒すのが最終目標じゃなくて、さらに優勝までしないといけないってことだよな」

「だよね。輝君倒しても陸の問題は特に何も解決しないよね」

「なんせ優勝が目的だからな」

 越えるべき障害の一つでは、あるけどな。



 ……泊まっていく、といったのは彼女なりの『背水の陣』だったのかもしれない。

 人に汚いところを知られたいなんて、誰も思わない。長い付き合いならなおさらだ。

 ほら、悪魔。やっぱり誘ってたわけじゃないじゃないか。むしろ彼女の悪魔的部分を知ってしまったよ。いや、『知ってしまった』じゃない。『知ることができた』と言おう。


「楓、ロボットものの主人公が敵キャラにボッコボッコにされた時、どうするか分かるか?」

「……どうするの?」

「新しい武器を作るとか、新しい機体に乗り換えるとか、そういうことをするんだ。もしくは、秘密の特訓」

「――男の子って単純だね?」

「それが様式美って奴だよ。伝統と言っても良い」


 よく片づけられた勉強机に備え付けられている本棚から、スケッチブックとある資料を回収する。

 それは、プラモデルのパッケージ画が多数納められたイラスト本。塗装やデザインの参考にどうぞ。


「さあ、〈フリューゲル〉の改良につきあってもらおうか」

「……ふふ。陸って、本当におかしな人」

「うるさい。よし、つばさと遥香呼んでくるぞ」


 どうせ明日は休みだ。徹夜だって問題ない!

「とりあえず、スラスター増やそうか」

「…………陸? 正気?」

「もちろん」

 結局、その夜は激論をかわしている内に更けていった。


 ……甘酸っぱいイベントの一つもなかったのはちょっと残念な気もするけど、更けてしまっては仕方がないのだった。

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