秘密 Ⅰ
「楓、分かってはいたけど、あれは何なんだよ、本当に……」
「一位グループだしね。ここらへん一帯でも一番強いみたいだからね。まず間違いなく、一番の敵になる」
撃っても駄目、斬っても駄目、そしてラビュリントの機雷はあっさりと攻略されてしまった。〈アカンティオン〉がすべての機雷・ビットを巻き込んで自爆しその穴を〈アフトクラトル〉が駆け抜けた形だった。
そんな苛烈な対応をされたのはさすがに初めてだったらしく、楓も対処ができなかった。
機を待ち、〈フリューゲル〉が墜ちた後は連携に徹した葵さんの〈アカンティオン〉と、圧倒的な戦力差を見せた輝の〈アフトクラトル〉。一朝一夕でどうにかなるような差ではなかった。
1対1では圧倒的だった〈ラビュリント〉だが、2対1となるとそうもいかなかった。片方が機雷除去、片方が突破に徹すれば案外あっさりと突破できてしまった。
「楓、策はあるのか?」
「無いわけではないよ」
「格好良いな」
「ありがとう」
やはり彼女は、かなり頭がキレる。一位グループとの一件も、何か腹に一物持っているみたいだし。
二人で日の当たらない例の場所に来ていた。ほこりっぽく、人の気配はない。飯が不味くなりかねない空間だ。なぜかここに来るのが定着してしまったのだ。
二人とも特に気にしていないので、問題なし。
可愛い女の子と、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるアンドロイドの弁当がお供ならばどこに行っても楽しいだろう。
「なあ、楓。なにか秘密にしてることあるだろ」
「そりゃあそうだよ。秘密のない人間なんていないよ」
「そうやって話を大きくしたって誤魔化されないからな」
一般論に逃げるんじゃありません。
「うぐっ」
図星だったらしく、楓は妙なうめき声と共に動きが止まっていた。
なんだか最近の楓は、優しすぎて時たま凄く不安になる。普段もそりゃあ優しいのだけれど……なんというか、ええと、無理をした優しさとでも言うべきなのだろうか。優しい通り越して、献身になっているというか……。
「――陸はさ、本当に変な時にだけ勘が鋭いんだから」
自信が出てきたらしい卵焼きをパクついてから、楓は誉めてるんだか馬鹿にしてるんだかよくわからんことを言う。
「で、何を秘密にしているんだ?」
さぁ、白状しなさい。
「話せないから秘密にするんだよ」
むう、こやつめ今日は強情だぞ。それにしても、そこそこ後ろ暗いはずなのに彼女は一転してニコニコ笑っている。もしや、自分が勘ぐりすぎているだけなのだろうか? 本当は何の問題もない感じだったりするのかもしれない。それだったらかなーり道化じみてるな。
「わたしも陸に話せないようなことを少しは抱えてるってことだよ」
「――ごめん。ちょっと不躾すぎたな」
いくら幼なじみとはいえ、踏み込んではいけない一線だってある。そこに踏み込まないのは、むしろ互いのことをよく知っているからだ。
「良いの、そんなことは。わたしのわがままみたいなものだから」
「うん。了解。まあ、無理はするな」
楓のことだ。めったなことにはならないだろう。彼女は思い悩む性質の人間だけど――決して一人で抱え込んでいく人間ではない。必要な時には、頼ってくれるさ。
「聞かないうちから、秘密ごと受け入れる構えだね」
「何年のつきあいだと思っているんだ。たかが秘密くらいで揺らぐものじゃない」
良くも悪くも長い付き合いなんだ。パイルバンカーを笑って受け入れられるのに、秘密の一つや二つでどうこう言うとも思わない。
「うん。私はそう言ってくれる陸のそういうところ、好きだよ」
「みだりにそういうこと言うなよ? 男子連中が泣くから」
長いつきあいがなければ誤解を招くような言葉だった。
免疫という名の装甲が薄い男子ならば、その言葉は易々とその心臓を貫くことだろう。それこそまるでパイルバンカーのように。
「はいはい。陸以外には言わないよ、大丈夫……ミートボール食べる?」
なぜか呆れきった複雑な笑顔を楓は浮かべていた。
「食う」
複雑でも、笑顔は笑顔だ。さっきまでのように沈んでいるよりはずっとましだ。
「……すこし、良いかしら?」
「あ、葵さん。どうしたんだ、こんなところに?」
日の当たらない場所に、わざわざ美女がやってきてくれた。
正直チーム戦でぼっこぼっこにされていたのであまり顔を見たくはない気もするけれど――向こうは友好的な態度で微笑んでいる。ここで細かいことにこだわっては男が廃ると言うものだろう。
しかし、あの独特の不快感はもう無かった。被害妄想か何かだったのだろうか? 勝たなければならないという強迫観念に支配されていた……とか?
「二人と、お話したくて」
「あ、わたしたちなんかでよければ――あ、こら、鼻の下を伸ばさない!」
「伸ばしてない!」
緊張はしているけれど、別に鼻の下は伸ばしていない。葵さんは美人だけれど――俺はこの人を特別に意識するほど彼女のことを知らない。可愛ければ誰でもいいのなら、俺は今頃人間よりアンドロイドを好きになっている。
実際の所、我らが〈フリューゲル〉と葵さんの〈アカンティオン〉は刃を交えていない。俺が気にするのもおかしなことだろう。
「恨まれてるかと思ったのに――なんだか、お二人とも優しいのね」
「恨むような話じゃないからな」
むしろ胸を貸してくれた二人には感謝しているくらいだった。
俺たちは何が何でも優勝しなければならないのだから。
「あなたのアンドロイドが死ぬのに?」
少しまじめな顔でそう言われる。確かに、二人に負ければつばさはいつか死ぬ。
「本当に、なんか変なところまで知っているんだな」
つばさが聞いたら悲しみそうだ。
「ふふ――だって、有名よ? 〈つばさ〉さん、っていうのよね?」
ごめん、つばさ。この学校で君は有名人らしい。
「……チップ・アダプタもARROWの大会もそこそこ有名なせいか?」
骨董品のようなアンドロイドにはアダプタが必要になるケースが多いこと。そして、そのアダプタが大会に景品として出品されること。ついでにそれに楓と新人の俺が出ること。
三つのピースは、簡単につながる。
「――私たちは、きっと貴方の邪魔になる。恨まないの?」
「まあ、葵さんのせいでつばさがどうこうするわけじゃないしな」
無理矢理に悪者を作り出すようなことでもないだろう。
……というのは、この間楓に迷惑をかけたことからくる反省だった。よく分からん自分の中のドロドロは無視しておくに限るのだ。
「ふふ、優しいのね。私、本当なら貴方達に殴られるつもりだったのに」
「殴る? 俺が葵さんを?」
いや、そんなことをしたら輝を初めとした男連中に俺が殴られる。ただでさえ楓と幼なじみって事実で男子を敵に回しがちなのに、これ以上の蛮行は自重したい。
「葵さん、陸はあのメールそれ自体は見せてないよ」
メール……というと、先日の挑戦状のことを言っているのだろうか?
「――なるほど。分かりました」
何か得心がいった様子の葵さん。どうやら楓が秘密にしていることとはそのメールの文面らしい。
なにがあったというのだ、そのメール。
「迷惑をかけたお詫びと言っては何だけれど――〈アカンティオン〉と〈アフトクラトル〉は私たちのメインの機体よ。この情報、生かしてね」
--ハンデキャップのつもりだろうか?
いや、葵さんにこちらを侮るような様子は見られない。何か深い意図があると思うけど……?
去っていった葵さんを、二人で見送る。
「内容、聞かないの?」
「楓が秘密にするんだ。俺が知らない方が良いことなんだろう?」
「うん」
「なら、それで良いさ。ありがとう」
楓の反対を押し切ってまで不快になる理由は無い。
「陸はさ、こう言うときに『一人で抱えこむなー!』とかって言わないよね。だから一般受けが悪いんだよ」
確かに、少し枯れたような態度をとってしまっているかもしれない。それにしても一般受けが悪いとは言いたい放題言ってくれるな。――楓は少し寂しそうだった。薄暗い場所だからこそ際だって見えた。
「言って欲しいのか?」
楓はどこか追いつめられているようだった。先日は珍しく楓が本気で怒っていたし……。
「陸は、話せば聞いてくれるし、話さなければ聞かないし……なんというか、落ち着きすぎててつまらないというか、なんというか」
「俺なりの信頼だ」
必要なときはしっかり頼ってくれると思っているから、出しゃばろうとは思わない。
「有事には真っ先に頼ると思ってるの?」
「必要なときに、必要なだけそうしてくれ」
別に俺以外の友達でも、楓がそれで良いならそっちに頼ればいい。
楓は呆れたようにほほえんでいる。
「俺は知らない方が良いことを知ったくらいでどうにかなるような人間じゃない。最近のお前はなんかキャパシティオーバー寸前に思えるから、あまり無茶はするなよ」
いつか頼ってくれると楽観視していたけれど……。
「あはは……変な陸」
「お前も十分変だからな」
全く、なんなのだこいつは。長い付き合いになるが未だによく分からない所がある。
「今日、陸の家に遊びに行って良いかな」
「ああ。元々、一人と一機には広すぎる家だ」
時々その広さがイヤになるけど――こういうときはきっちり活用するのが、人間の強かさというものだ。
「……そのときは、わたしの話、ちゃんと聞いてね」
「ああ」
「怒らない?」
「事と次第による」
「そこは怒らないって言ってよ、バカ」
そんな安請負ができるか。彼女は多分、俺が怒るようなことだから秘密にしていたのだろうし……。
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
楓の笑顔は、五時間目開始の頃まで続いていた。




