11.後継者の指名
アルベルトの調査により、事件の詳細が明らかとなった。
日差しの強かったあの日、病弱な第一王子が日陰の席を選ぶことは、王宮に勤める使用人なら誰でも簡単に予測できた。実行犯であるメイドは一人だけが日陰となるあの位置にテーブルを設営したのだ。その者は『仕事』を終えるといち早く城を出ていた。
彼女が提出した紹介状はでたらめで、それを書いたとされる貴族は田舎の男爵家であったが今はもうなく一家は離散していた。男爵家は一代限りの為、わざわざ王都まで出向いて爵位返上の手続きをする者は少ない。貴族一覧と実情が一致しておらず、そこをついた犯行であった。
こうなると各派閥は勝手な憶測でそれぞれを攻撃し始めた。
一番有力なのは第三王子の犯行だという声で、第三王子の派閥は少しの上位貴族と多くの下位貴族から成り立っていたからだ。名前を使われた男爵家は間違いなく下位貴族であり、下位というだけでその関与が疑われた。
しかし貴族たちには真実などどうでもよかった。これに乗じて第三王子の息の根を止め、継承者から外しにかかっていた。
この殺伐とした状況下で、陛下のご生母、王太后の誕生日を祝う夜会が開かれることになった。彼の御仁は集まりを好む為、中止にすることはできなかったのだ。
「変わらない顔ぶれを喜ばしく思います、今日は共に楽しみましょう。乾杯」
王太后の合図でグラスを掲げる。集まった王族と貴族たちは内心はともかく、優雅な動作で乾杯をした。
会場内は殺伐としていて、見事なまでに三つの派閥に分かれている。互いにけん制しあい、にらみ合いをする様はとてもじゃないが祝賀モードとは言い難い。この場に外国の人間であるリネットがいれば彼らは取り繕うこともしただろうが、今は身内のみと言ってもいい。第一王子の毒殺未遂事件で、もはやその敵意を隠し立てすることもなく対立しており、ついに小競り合いが始まった。
「王位継承権、第一位であらせられる王子の毒殺など許せるものではない」
「疑わしきは罰せずというではないか」
「火のない所に煙は立たぬとも言いますね」
次第に怒号へと変わっていき、第一王子が声を荒げた。
「太后様の祝いの席だ、つまらぬ言い争いは止めよ」
「つまらぬとはお言葉ですな、自国の将来を思えばこその発言です」
答えたのは第二王子派の貴族だった。王族に反論をするなど、この国の混乱が目に見えるようだった。第一王子が攻撃されたことでその忠臣は仕返しとばかりに小さくなって人影に隠れている王妃の兄に矛先を向けた。
「王妃様の実兄ならば堂々となされてはいかがですか、そのように背中を丸めてみっともない」
なにも言い返さない実兄である伯爵を王妃がかばう。
「それはわが一族、つまりわたくしへの言葉だと受け取っても?」
「滅相もございません」
さすがに王妃が相手では分が悪いと思ったのか引き下がった。
「お兄様はお疲れです、控室へご案内を」
王妃は近くにいた使用人に命じ、彼を会場から出そうとしたが、それを阻んだのは他でもない陛下だった。
「伯、家族水入らずでゆるりと過ごすのはどうだ?」
その言葉に伯爵は固まり、次の瞬間にはその場にひれ伏した。
「陛下、どうかお許しください」
そんな兄を妹は背中に手をまわしかばっている。
周囲にはわからなくても当事者にはそれで充分すぎた。王妃の兄は謝罪を口にし、その兄を王妃がかばっている。それは兄妹というのはあまりに親密すぎた。勘づいたのであろう第一王子の顔色が今にも倒れそうなほど青くなっている。
王子の側近が慌てて彼を退出させようとするが、そこに第二王子アルベルトが割って入った。
「兄上にはわたしが付き添いする」
アルベルトはそう言って素早く第一王子の腕をとり、自らの肩に回した。そして第三王子にも手伝うように言い、彼も躊躇なく第一王子を支えた。
「いいか、よく見ろ。これがあるべき姿だ、わたしはこれからも兄上をお支えしていく、弟も同じだ。俺たちは三人で国を盛り立てていくと決めてる。余計な小細工をしても無駄だ、俺たち兄弟の絆は壊れない」
アルベルトの宣言に黙っていた貴族たちだったが、一人の反論を機にそれが噴出した。
「三人の首長など、国が分割してしまいます」
「お三方はこの国を三つに分けるとおっしゃるか」
「協政などバカバカしい、我が国は絶対君主の王政で成り立っているのです」
そんな中、底抜けに明るい声がその場を支配した。
「なんと素晴らしい、貴国の故事に倣った三本の矢でございますね」
それは、オルフェオのエスコートで会場に現れたリネットであった。王太后の誕生祭を開催するように進言したのは他でもないリネットだったのだ。
あれから十日ほど熱に苦しみ、なんとか生還したリネットはオルフェオに現状を確認し、内戦が起きてもおかしくない状況であると判断したのだ。リネットの国と違ってこの国の源流は狩猟だ。不思議なものでそういうものが魂にも刻み込まれているのだろうか、この国の人間は俗にいうならば血の気が多い。誰かが武器を取ったらもう終わりだ、後戻りはできなくなる。
複雑なことなどひとつもない。ただ、三王子の仲が良好であることを示せばいいだけだ。
今までそれができなかったのは様々なしがらみがあったからだ、しかし命のやりとりがあった今となってはすべてが些末なこととして片づけられる状況になった。
代わりに毒を受けたのがリネットだったのは僥倖だった。病弱な第一王子ではもたなかったかもしれない、そうなれば一気に内戦に突入だ。被害者であるリネットが三王子を称賛することで、彼らの行動に説得力が加わる。
「それとも三人集まれば文殊の知恵のほうでしょうか。どちらにせよ歴史文化を大切になさる貴国らしい、大変に素晴らしい選択ですわ」
リネットはさらに言葉を続ける。
「そもそも三という数字は考古学的に興味深いとされておりますの。今から五千年ほど前には一とそれ以上という考えしかなかったのですが、その後の千年間で二という概念ができました。そのあとすぐに三が生まれて」
「リネット、もういい」
オルフェオは語り足りないリネットの口に手をあて黙らせた。そして王太后に目礼をし、それを受けた彼女はことさらにゆっくりと発言をした。
「何事も、対話から始まるのです。対話し、相手を知ることで己を知ることもまたできましょう」
王太后の言葉に反論できる者は誰一人としていなかった。三王子がこれほどまでに信頼を寄せあっていることを家臣の誰も知らなかったのだ。彼らは最初から三人で力を合わせて国を盛り立てていくと決めていたのだ。どれだけ各派閥が暗躍したところでうまくいかないわけである、旗印である彼ら自身に相手を貶めようという気がないのだから。
そしてこの派閥政治の犠牲者は王妃も同じであった。
オルフェオはリネットの願い通り、ムトー侯爵令息として元使用人と接触し、その証言を得ていた。
王妃の最大の不幸は、自身の所属する派閥の中で、陛下と釣り合う年齢の唯一の女児として産まれてしまったことだろう。
産み落とした赤子が女の子であると分かった時、王妃の両親は狂気のように喜んだという。派閥唯一の女児ならば、伯爵家だとしても大きな発言権を得られるからだ。
彼らの過度な期待は、常軌を逸した厳しい教育に垣間見える。朝五時には起床し、歩行レッスン。それが終わると朝食を兼ねたマナーレッスン。その後は休憩もなく様々な教科の座学が続き、またもマナー講師の鋭い目線にさらされての昼食。午後も分刻みでのレッスンが詰め込まれ、寝台に入るのは深夜も過ぎたころ。
そんな日々に耐えられたのは、彼女の支えになった人物がいたからだ。王妃より少し年上の男の子は家庭教師や両親の目を盗んでは、彼女のもとへ遊びにきた。レッスンができなかった罰として食事を与えられなかった彼女に、こっそりお菓子を運んできたのもその男の子だった。
それは王妃の実の兄だった。
伯爵家を継ぐのは彼であり、普通なら彼は嫡男として大切にされるはずだった。しかし息子が伯爵家を継いでもたらす財より、娘が王妃となり手に入るであろうそれのほうが遥かに大きい。その為、王妃の両親は彼をどうでもよい存在として扱っていた。
どうでもいい人物に、金の卵を産むであろう娘の一分一秒を無駄することはできない。少しでも王妃教育に時間を割きたい両親は兄妹の対面すら彼女に不要だと判断していたのだ。
神経をすり減らしていく女の子を可哀そうに思ったら、優しくするのは人として当然のこと。知らない男の子に優しくされれば、その手に縋ってしまうのも普通のこと。
陛下と初の顔合わせとなる茶会に出発するその日、偶然、男の子とホールで会い、両親はぞんざいに、これはお前の兄だ、と告げた。
そのときの王妃は卒倒し、陛下とのお茶会は延期になったと使用人は言っていた。それほどの衝撃が王妃を襲ったのだった。
その後のことは使用人は決して口を割らなかったが、ふたりが男女の関係になったことは、第一王子という存在で明らかだ。歪んだ環境が生んだ歪んだ愛。
「陛下、どうか命だけはお助けください」
小さく縮こまっている王妃の兄は、誰の目から見ても矮小で情けない姿であった。それでもそんな兄をかばうように王妃は彼の背中に腕を回し、ただ、申し訳ございません、と言った。陛下もまた静かにそれを受け取った。
「正妃の座を解く、どこへなりとも行くがよい。王太子は第二王子、アルベルトとする。本日より一年後、アルベルトを戴冠し、新たな王とする」
陛下の宣言に居並ぶ一同は驚きの声を上げ反論を述べたが、陛下の意思は覆らず、後継者問題はここに終結した。
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