10.三王子との情報交換
自国の王宮にも負けず劣らずの美しい庭園に、そのテーブルは用意されていた。アルベルトのエスコートで姿を現したリネットをふたりの王子は笑顔で出迎えた。
「招待に応じてくださり、ありがとうございます。園遊会ではご挨拶もできませんでしたからね」
第一王子の言葉に、第三王子もうなずいている。
「マイヤー伯爵が娘、リネットでございます。以後、お見知りおきを」
リネットは挨拶をし、テーブルに着いた。彼女の後ろには護衛のオルフェオがぴったりと張り付いている。アルベルトの企みは残る二人の王子にも話をしてあるから、彼らは護衛の正体を知っている。しかし王子たちが人払いをしたのにリネットの護衛だけがこの場に残るのは不自然だ。
「お前も除け」
アルベルトがキラキラした笑顔でオルフェオに命じた、こうしておけばはた目にはにこやかな談話に見えるのだろう。顔とセリフが一致していないのは怖い、王族というのはこういう生き物なのだろうか。
オルフェオの不満そうな視線にリネットは扇で口元を隠し、大丈夫だから、と伝えた。
「せめて席を変えろ、リネットの背中しか見えん」
確かに彼に用意された立ち位置ではリネットの手元が見えない。居並ぶ給仕のメイドたちを疑うわけではないが、なにか仕込まないとも限らない。しかし貴族にとって席は序列を示すものであり、はいそうですか、と変えられるものではない。なにかもっともらしい理由はないかと視線を走らせ、第一王子の席が少し木陰になることに気が付いたリネットは、
「ここでは日焼けしてしまいますわ」
と、びっくりするほどわざとらしい態度でセリフを吐いた。リネットの見事な大根役者っぷりに四人の男たちは吹き出しそうになるが、そこをこらえてアルベルトが言った。
「リネット嬢の肌に日焼けができたら大変だ。兄上、お譲りいただけますか?」
「そうだね、彼女は大事な弟の婚約者だからね」
こちらのふたりはごく自然に会話を交わし、リネットは無事、オルフェオから見える位置へと移動し、オルフェオもようやくテーブルを離れた。
「それで?リネット嬢の登場でどういう変化が?」
第一王子の言葉にアルベルトはため息をついた。
「俺の派閥はさっさと跡継ぎを儲けろと言い出してる」
「跡継ぎって」
それはつまり婚前交渉をしてしまえ、ということであり、その言葉の意味するところにリネットは絶句し、まだ年若い第三王子も赤面している。
「ずいぶん過激だな。まぁ当然か、わたしの一番の弱点はそれだからね」
第一王子は淡々と言っている。病弱ゆえに跡取りを残せるかわからない彼に身を差し出そうという令嬢は、個人レベルではいたとしても、血脈を得たい当主がそれを許さないだろう。
「王妃様はなんと?」
「別になにもおっしゃられてはおりません、相変わらずなにを考えておられるのか」
アルベルトの問いに答えたのは第三王子だ。彼は遅くに生まれた子で、第一王子とは十以上歳が離れている。彼の公務はまだ少なく、それゆえ、王妃の住まう宮で過ごす時間が長い。自ずと、三王子の中で王妃と接する回数が一番多いのは彼となり、その動向もつかみやすくなる。
「先日の母上との茶会はどうでしたか?」
第一王子に聞かれたリネットは、少し考えてから、
「貴国の争いは我が国の火種になりかねない、とお伝えしましたが、それを積極的に収めようという気はないようです」
もっとも彼女が我が子を推しだしたら、それはそれでさらにややこしいことになる。貴族たちの意見は、婚約者候補を連れ帰ったアルベルトを立太子すべきだという意見に傾いてきたからだ。自らの派閥に辞退を促してくれればいいのだが、それをおとなしく聞き入れるような面々とは言い難く、旗印が無関心を貫くのが一番賢い選択のようにも見える。
「とにかく、アルベルト様の婚約が調うまでが勝負です。膿を出し切るならこの機会をおいてほかにありませんわ」
リネットは紅茶の注がれたティーソーサーを持ち上げながら三王子に言った。思えば偉くなったものだ。自分は、こんなふうに王族を前にしても堂々と意見を述べるようなタイプではなかったのに。しかしリネットとてなりふり構ってはいられない、この国の継承者争いが落ち着かないことにはリネットとオルフェオは永遠に他人のまま。
愛するオルフェオと結ばれるためにはどうしたらいいのか、リネットは彼を視線の端に入れながら、そっと紅茶を口にした。
「・・・?」
口に含んですぐ、妙な味だと思った。そこで元々この席は第一王子のものだったと思い出し、これは薬湯だったのだろうか、と考えた次の瞬間、耐えられないほどの吐き気が襲ってきた。
すっかり強気になったリネットでも王族の前で嘔吐などできるものではない、しかし、どうにもこらえられず、吐き出したその液体の色が真っ赤に染まっていることに気づき、自分の身に何が起こったのか、瞬時に理解した。
リネットは毒を盛られたのだ。いや違う、狙われたのは第一王子。間抜けな自分は、彼の代わりに毒をあおっただけ。
仮面を脱ぎ捨てたオルフェオが駆け寄ってくるのが見える。あぁ、自分はここで死ぬのか。もう一度、ドーラ遺跡に行きたかった、リネットはそんなことを考えて目を閉じた。
「リネット!」
血を吐いて倒れたリネットに誰よりも早くオルフェオが駆け付けた。近くにいた三王子は護衛に阻まれ、近寄らせてはもらえなかったからだ。
「牛乳だ、牛乳を持ってこい!」
体内に入った毒は牛乳である程度抑えることができる。辺境の地で他国と攻防を繰り返してきたカルバーニ家だからこそ知りえた知識であった。
オルフェオは居並ぶメイドに怒号を浴びせるが、メイドたちはリネットの惨劇に恐れて動けないでいる。
「オルフェオの命令に従え!」
アルベルトの声で我に返った一人の男性がミルクピッチャーを片手に駆け寄った。それをひったくるように奪ったオルフェオは自らの口にそれを含み、リネットの口へと流し込んだ。
リネットは再び咳き込んで嘔吐したが、吐しゃ物にはまだ血液が混ざっている。
「リネット、頼む。飲んでくれ」
オルフェオは何度もリネットに口移しで牛乳を飲ませ、そのたびにリネットは吐き、ようやく血液が混ざらなくなったところで、彼女を抱き上げた。
「医師を呼べ」
「こっちだ」
アルベルトの案内でリネットは彼の寝室へと運ばれた。ぐったりと力を失ったリネットの顔色はひどく悪い。医師の診察の間もオルフェオは絶対に傍を離れなかった。毒はこの王宮で盛られたのだ、もはや誰も信用ならない。最愛の女性を誰かに任せるなど、オルフェオにはできなかった。
医師が部屋から出ていき、青白いリネットの顔をオルフェオは見つめながら、なぜリネットが毒を飲むことになったのかを分析しはじめた。
紅茶は同じティーポットから注がれた、それはオルフェオも目視している。リネットより前に第三王子が紅茶に口をつけていたことから、毒が紅茶ではなくカップのほうに仕込まれていたとわかる。あの席は第一王子のために用意されたものだった、三王子の座る位置が決まっているとしたら第一王子を狙った可能性が高い。しかしそうでなかったとしたら、リネットがあの席に座ったのは偶然だ。リネットを含めた四人のうち、誰でもいいから亡き者にしたかったということになる。だが、そんな下手を打つだろうか。同じ手は二度と使えなくなる。
いや、リネットがあの席に座ったのは偶然だったか?リネットの手元が見えないことを危惧したオルフェオがあの位置に移動させた。オルフェオの立ち位置をあの場所に定めたのは誰だ?ぽっかりと空いたあのスペースはリネットの護衛のためのものだった。誰かが意図的に空けたのだとしたら、狙われたのはリネットだ。
「あの子は!王子は無事なの?!」
オルフェオの思考が沈んでいく中、女性の甲高い声が廊下に響いた。薄くドアを開けて確認するとそれは王妃であった。彼女の言う王子とは第一王子のことで、見苦しいほどに取り乱して叫んでいる。従者が懸命になだめているも聞き入れず、第一王子が姿を現したことでようやく騒ぎが収まった。アルベルトがこちらへ向かってくるのが見え、オルフェオは扉を閉め、リネットのベッドサイドに移動した。
「騒がしくしてすまない、リネット嬢の様子はどうだ?」
「医師はしばらく高熱が続くだろうと言っていた、それが生死を分ける、と」
オルフェオの淡々とした口調に彼の怒りの深さが垣間見えた。
「すまない、俺を殴ってくれ。伯から彼女を借りておきながらこんな目に遭わせてしまった」
「殴るだけではすまない、リネットが死んだら俺はお前を殺すと決めた。貴国とは戦争だ」
オルフェオの言葉にアルベルトは息をのんだ、反論したい気持ちはあるが今は無駄だと悟った。彼は冷静な判断が下せないだろうし、それは自分も同じこと。
リネットの席に座っていたのはアルベルトの愛する侯爵令嬢だったかもしれないのだ、彼女がこんな目にあわされたらアルベルトでもその元凶に死を与えるだろう。そう考えるとリネットを巻き込んだのは完全な悪手だった、彼女を侯爵令嬢の身代わりとして危険な目に合わせたかったわけではない。稀有な魔法が使える令嬢を婚約者に据え、各派閥にインパクトを与える。そうすることで滞っている国内の空気を一新したかったのだ。
アルベルトは、すまない、ともう一度謝罪し、部屋を出て行った。オルフェオは一度も彼の顔を見ようとはしなかった。視線が交われば殴り飛ばしてしまうとわかっていたからだ。リネットが吐血したことで慌てたオルフェオは素顔をさらしてしまった。その辺境伯オルフェオ・カルバーニが第二王子を殴れば一気に外交問題だ。
「リネット、俺を置いて逝くな」
オルフェオは力なく横たわる彼女の手を自らのそれで握りこみ、彼女の生還を祈った。




