12.帰りましょう
王宮の美しい庭園。その一角に設けられたテーブルでリネットとオルフェオは茶会の相手を待っていた。
「よく来てくれた」
「お招きいただきありがとうございます」
ふたりの前に現れたのは国王陛下その人であった。
「カルバーニ辺境伯、愚息が迷惑をかけ、すまなかった」
「いえ、隣人の安定は我が国にとっても必要不可欠なことです」
オルフェオがそう答え、リネットも祝いの言葉を述べる。
「アルベルト殿下の立太子、おめでとうございます。きっと素晴らしい統治者になられますわ」
リネットの言葉に陛下は寂しげな笑みを浮かべて言った。
「後継者争いはまだ続くとは思わないのかい?」
「思いませんわ。貴国は血脈を重んじられます。となれば、アルベルト殿下以外おられません」
「しかし第三王子が」
オルフェオの反論にリネットは何も言わず首を振り、陛下は苦笑した。
「本当に目の良いお嬢さんだ、何もかもお見通しというわけだね」
「何もかもなどと。ただ第三王子が陛下の嫡子でないことはわかりますわ」
リネットの発言にオルフェオは目を剥くが、陛下は微笑みながら言った。
「そうだ、あれは我が従妹から譲り受けた子だ」
「なぜそのような」
驚くオルフェオに陛下は言う。
「正妃との間には長く第二子が授からず、側妃がすぐに身ごもったこともあって、彼女への風当たりが強くなった。なんとか守ってやりたくて、思いがけず子を生した従妹から赤子を引き取り、我が子としたのだ。
我が国は血脈を重んじる。わたしが後継として任命できるのは我が血を引く者のみ、つまり最初からアルベルトしかいなかったということだ」
そこで国王陛下は言葉を切り、大きくため息をついた。
「わたしはただ、彼女を愛しただけだったんだがな」
リネットは躊躇いながらも口を開いた。
「あの、陛下はいつから第一王子のことをお気づきになられたのでしょうか」
先日のパーティで陛下はなんの前触れもなく突然、王妃とその兄に切り込んだ。それは彼が事前に正確な情報を掴んでいたことに他ならず、彼らは言い訳すらせずに平伏して詫びていた。
「最初からさ」
「最初、というのは?」
オルフェオの言葉に陛下は少し笑った。
「恋焦がれる女性が何を見ているかなんて、すぐにわかるだろう?」
陛下は一瞬だけリネットに視線を走らせ、オルフェオもそれを理解し、そうですね、と笑った。
リネットが見ている物など考古学絡みのことしかない。オルフェオは己の幸運に感謝した。陛下の愛する女性は別の男、それも実の兄を愛していたのだ。
「それでも実の兄妹なのだから、どうこうなれるはずもないと高を括っていた。それが確信に変わったのは、リネット嬢がドーラ遺跡を見学したことを王妃が興味を持ったからだ」
ドーラ遺跡は兄である当時の王が実妹の為に作った街だということは、この国の歴史に詳しい者は知っている。
陛下は王妃が興味を持ったと言っているが、実際には王妃はそれをおくびにも出さなかった。アルベルトの婚約者候補がドーラ遺跡へ行ったらしい、という話を陛下は朝食の席で王妃に伝えた。それを聞いた彼女はほんの僅かに食事の手を止め、そうですか、と言った。たったそれだけのことであったが、長年、疑いを持っていた陛下にはそれで充分だった。
普通の令嬢は遺跡なんかには行きたがらない。リネットだからこそ出掛けていき、そのリネットが第二王子の婚約者候補として来訪したからこそ、陛下と王妃の話題に登り、結果として解決に至ったのだ。
アルベルトはリネットでなくてもよかったと考えていたが、リネットという考古学中毒の令嬢でなければなしえなかった解決であった。
「彼女の本を読む所作は、とても美しかったな」
陛下の言葉はリネットの胸に切なく響いた。
ドーラ遺跡からは書物を読む女と名付けられた石像が発掘されている。それは女性軽視の傾向にある太古という時代に、女性が学びに参加していた証拠として注目を集めた石像だった。誰をモデルにしたものかはわかっていないが、陛下はそれに王妃の姿を重ねているのだろう。
陛下との面会を終えた二人は彼の許可をもらい、ゆっくりと庭園を散策していた。ここは王族だけに許可されたエリアであり、アルベルトの妃候補ではなくなったリネットはもう二度と立ち入ることはできない。美しいこの場所を目に焼き付けておこうと思ったのだ。
「しかし愛する者の為とはいえ、赤子をやり取りするなど」
「あら、血縁を重んじる風潮は、いつの時代にもどの国にも存在するわ」
眉をしかめたオルフェオをリネットは窘めた。
「それはわたしたちの国だってあるわよ」
「例えば?」
「陛下がまさにそうだわ」
「なに?」
リネットの言葉にオルフェオは度肝を抜かれた。
「陛下は先代の子ではないわ、近親者であることは間違いないけれど。でもそれは重要なことかしら?」
リネットはオルフェオに言った。
「血縁を重視するあまり愚かな統治者が立つ時代ということはよくあることよ。でも我らが陛下の治世は素晴らしいものだわ。大事なのは国が豊かで平和であることですもの、陛下がどなたのお子であろうとも歴史の中では些末なことなのよ」
そう言って微笑むリネットにオルフェオはうなずいてみせた。
「そうか、そうだな。なにが一番大事なのかを考えたら、どうでもいいことだな」
オルフェオはリネットに手をとった。
「豊かで平和な我が国に帰ろう」
「えぇ、そうしましょう」
ふたりは周囲をはばかることなく体を寄せ合い、深い口づけを交わした。それはいつかの『レッスン』以来の触れ合いで、オルフェオは己が腕の中に愛しい恋人が戻ってきたことを、彼女の甘い吐息で実感した。
自国へと向けて出発した馬車の中でリネットは隣に座るオルフェオに尋ねた。
「ねぇ、オルフェ。聞きたいことがあるのだけれど」
「なんだ?」
リネットは少しばかり顔を赤らめながら言った。
「わたしは、王都で再会した貴方を素敵だと思ったのが、たぶん最初だと思うのだけど、貴方はいつからわたしを、その」
そこでリネットは言い淀み、代わりにオルフェオが後を続けた。
「好きになったのかってことか?」
リネットは真っ赤になりながらそれでも懸命に頷いた。その愛らしさにたまらなくなったオルフェオは彼女を抱き寄せ、その耳元に、
「最初からだ」
と囁いた。
「最初?」
「君に治癒魔法をかけてもらったときだな」
「でもあのときは意識がなかったはずじゃ」
「いいや、不思議なことに声は聞こえていた」
それを聞いてリネットは逃げ出したい衝動にかられた、もっとも走っている馬車の中に逃げ場はないのだけれども。
がけ崩れに遭遇した後、リネットは気分が落ち込んでいるだろう兄妹に明るい話題をと思い、懸命に話をしたのだ。しかしそれは考古学中毒のリネットにはハードルが高く、結局、屋敷に到着する頃には歴史の授業のようになってしまった。
そのことをメイドに話をしたら、白い目で見られたことは言うまでもなく、リネットがオルフェオとの出会いを忘れていたのは、自身が忘れたかったからでもあったのだ。
「君が子供たちを慰めようとしてくれたことは、声しか聞こえなかった俺にもわかった。それに君の講義はとても分かりやすくて、優しく聡明な女性だと思った。その上、王宮で再会した君はとても綺麗で。そんな君に惹かれない男がいるのなら、会ってみたいものだな」
そうしてオルフェオはリネットをうっとりと見つめ、深い口付けをした。その合間にオルフェオはなんでもないことのようにリネットに告げた。
「言っていなかったが、あの子供たちは王太子殿下とその妹君だ」
「えぇ?!」
驚いて大声を出したリネットの口をオルフェオは自分のそれで塞いだ。
「静かに、御者が驚く」
「でも、オルフェっ」
リネットの声はオルフェオに飲み込まれ、消えてしまった。
これでおしまいです。
お読みいただきありがとうございました。




