第六話 ここにいる
「ば、馬鹿にするな鶴屋恩義! わた、私だって……!」
ぐいっとぼくの胸ぐらを掴み。
思いが先走って声にならない様子で、美叶木さんは怒りをぶつけてくる。
「生きてるって、証明しようとした! 私のおつむがちょっとだけおかしいのはみとめるけど、そんなことにも思い至らないアホとして、おまえの目には映っていたのっ?」
「違うよ。違う上で、何を試したの?」
「動画で私の存在を訴えようとしたわよ!」
けれど、その姿はカメラに写らなかった。
吸血鬼は、鏡に映らないから。
「あと、役所に直談判しようともした。でも、そのたび〝アレ〟が襲ってきて」
「アレ」
「黒い影。私の姿をした、なにか。それがずっと追いかけてくるのよ、たぶん、学生としての生活を逸脱しようとすると、やってくる。私はアレに勝てない、力でさえ、不死性でさえ。下手を打てば、今度こそ……殺されちゃう」
殺す。
怪異を殺せるほどの力。
それは。
「たぶん、それが〝おまじない〟で呼ばれたものだ」
「なんですって?」
戸惑った拍子に、ぼくの首を締め上げる力が緩んだ。
二三度咳き込んでから、息を整え。
ぼくは、頭の中を整理する。
「きみのお母さんは、絶えずきみを甦らせようとした。その方法は、来い来いメール。自分のところにやってきてくれるように頼むもの」
一方で、本人である美叶木夜目はどうしていたかといえば、家に寄りつけなくなっていた。
「吸血鬼の有名な逸話に、招かれないと家には入れないというものがあるよね。本来なら来い来いメールの力できみは招かれるはずだった。けれど、先客がいたなら? きみより先に、招かれてしまったものがいたら」
「それが、影?」
おそらくはそうだろう。
あるいは影は、美叶木夜目の人生が投影されたものなのかもしれないし、だから彼女の代わりに家の中にいるのかもしれない。
「学生の本分をきみが忘れると引き戻そうとする……そういう類いのもの、という可能性もある。逆に言うと、きみがいない場所を常にうろついて探しているとか」
「……迷惑。心の底から迷惑だわ」
「同意するよ。ただ、それだけ強く、きみの復活が望まれていることは確かだ」
彼女がすでに試しているとおり、動画配信サイトで訴えかけて、行政を動かすという手段は使えない。
家に入って、美叶木母に〝おまじない〟をやめるよう説得することも難しいだろう。
死を取り消す手段なんて、まったく皆無のようにすら思える。
けれど。
「……声」
「なによ」
「声は、届くのかい?」
「……言ったはずでしょ? ここで叫んでもお母さんには」
「いや、電話をかけたことは、あるのかい?」
彼女が面食らう。
そんな発想ははなからなかったという様子だ。
「だって、私の携帯はお母さんが持っていて」
「それだ」
頭の中で、線が走る。
点と点を結んだ線は、やがて一つの形を取った。
「きみは死んでいるのに、携帯端末は解約されていない。名義人は?」
「私だけど……それって、お母さんの手続きが杜撰なだけじゃ」
「学校にだって通えていた。きみは家に帰れないだけで、学生としての生活しか送れないだけで、死者では受けられないサービスと遭遇してはいない」
「待って、それは、まさか」
「そう、きみのお母さんは」
美叶木母は。
「まだ、死亡届を提出していない可能性がある。あるいは、その可能性をたぐり寄せる方法がある」
あとは言わずもがなだ。
「きみが、きみこそが、おまじないの力を利用するんだ」
ぼくの、おそらく状況を打破しうる策に対して。
美叶木さんは。
「……嫌よ」
悩んだ末に、そう答えた。
「いまさら、お母さんを頼りたくなんてない。私は家族が嫌いで、私の家は、もうなくなってしまったの」
「違うよ、美叶木さん。きみは、思い違いをしている」
「まだ私をこき下ろす気?」
状況をジョークにしてしまいたいらしく、呆れたように笑う彼女へ、ぼくは真剣に訴えかける。
「きみに必要なのは、決別だ」
ぼくは懐から携帯端末を取りだして。
彼女の手に、握らせた。
「お母さんへ、伝えるべきだ。言いたいことを、全部ね」
「……そんなの、いまさらじゃない」
「そうだね」
「都合よく、家庭が戻ってくるわけないじゃない」
「うん」
「私は今がいい。いまのままがいい」
「聞いたよ」
「でも」
携帯のダイヤルナンバーをプッシュして。
3コール。
疎通状態になった瞬間。
彼女は、叫んだ。
「私――」
――ずっと、心の内側で凝り固まっていただろう想いを。
「私、ここに居る! ここに、居るからっ!!」
電話口から返答があるよりも早く、変化が起きた。
美叶木さんは感極まっていて、対応できなかった。
だから、動けたのはぼくだけで。
「……え?」
美叶木夜目が、唖然と目を見開く。
彼女の眼前で崩れ落ちるぼく。
咄嗟に飛び出したぼくの腹を、黒い拳が、貫いていた。
影法師。
美叶木夜目のニセモノ。
〝おまじない〟が呼び寄せたイツワリが……いま、牙を剥く!
自らこそが、美叶木夜目だといわんばかりに。




