第五話 差し伸べたのは君が先
家族のことが大嫌いだと、美叶木さんは語った。
「それは、自分の死を蔑ろにされたから? それとも、怪異になっても存在しているのに、心配してすらくれないから?」
「私が答えてやる義理、ある?」
「お母さんと話をする、ということは出来ないのかい?」
「……対話、ね。でも私は家に入ることすらままならないわけ。メールに返信しようにも携帯端末はお母さんが持ってるし、ここで大声を叫んでも届かない。もうずっと、ネカフェに泊まり込んで暮らしてるわ」
財布の中身も空っぽに近いから、そのうち橋の下で暮らすのかもね。
などと、彼女は自嘲する。
……その様を見て、卑屈だと、憐れだと感じた自分に驚く。
恩義を返すこととは関係のないはずのそれは、立ちこめる重たい空気を吹き飛ばすべく、ぼくの口を開かせた。
「なら、ぼくがいく」
「鶴屋恩義、無駄よ無駄無駄。お母さんは聞く耳なんて持たない。実際私は死んでるんだもの」
「それでも」
「いまのままがいいのっ!」
少女が、大声を出す。
目を剥き、牙を剥き、憤りを隠すこともなく。
喚き散らすように、続ける。
「なんで私にかかわるの?」
「お、恩義を返すために」
「ひとの人生に嘴を突っ込むってのが、どれだけ重い責任を伴うかわかんないわけ? ああ、わかんないでしょうね。高みから相手を見下して、さて助けて差し上げましょうなんて思う人間に解るわけがないのよ!」
彼女は叫ぶ。
堰を切ったように。
「私はいまがいい。ここからどこにも行けないの。身じろぎ一つしたら、私は不安定な足場から転がり落ちてしまう」
「落ちて」
「ええ、そう、落ちるの。前に進めば、壊れた家庭環境が待ってるだけ。後ろにさがっても、吸血鬼のままじゃ人間としての幸せなんて望めない。元に戻る方法はわかんないし、家族はもうダメ」
ダメなのだと、彼女は繰り返す。
「これでも、お母さんのこと尊敬していたのよ? 料理は上手だし、やりくりだって得意だし……それがいまじゃあなに? お金を湯水みたいに使ってる、誰のため? 私のために! お父さんのことだって誇りに思っていたわ、日曜大工をする姿が好きだった。でもお母さんを見捨ててあのひとは消えちゃった。全部全部、もうダメなのよ! ここは、私の居場所じゃない……」
前にも進めない。
後ろにも下がれない。
不安定ないままこの場所に立ち続けることも、いずれ出来なくなると嘆いて。
「とっくに詰んでるのよ、私は。そう、一番度し難いのは私自身。どこにも行けなくて、このまま消えて無くなるしかない私」
「消えてなくなる」
そう、ひとは消える。
死者は、忘れ去られる。
けれど、きみは――
「だから、お願いだから、これ以上干渉しないで。私の今を壊さないで。今よりマシならどこへだっていくけど、そんな場所はどこにもないの。逃げ場なんてないの、放っておいて」
「…………」
彼女の言い分はわかった。
心から理解できた。
あるいは、この望みを叶えることこそが、ぼくのやるべきことなのかも知れない。
だが。
「それでも」
ぼく、鶴屋恩義は。
「きみを助けたいんだ、美叶木さん」
「……はっ。気持ちいいでしょうね、可哀想な娘に手を差し伸べるのは」
「違うよ」
「なに?」
「先に差し伸べてくれたのは、きみだ。掴んで掬い上げて貰ったのは、ぼくのほうだ。それからこの手を、離したことなんてない。だから、必ず助ける」
「……だったら」
怪力を誇りながら、それでは何も解決できない彼女は。
力なく。
縋り付くように、ぼくへと問い掛ける。
「どうするっていうのよ……」
「既存構造を破壊する」
「え?」
「きみを人間に戻すことはぼくには出来ないし、家庭環境をなんとかするなんて、それこそただの学生には荷が勝ちすぎる」
けれど、この不安定な足場を叩き壊して。
ちゃんと地に足を着けて歩いて行けるよう、彼女の人生を舗装することなら、可能だ。
「おまえ、いったい、なにを」
戸惑う彼女へ。
ぼくは真っ直ぐに、極めて明瞭に答えるのだった。
「きみの死亡届を、撤回させるんだ」




